128 コルストンの困惑
「今日は贅沢品を届けにコルストンの所に行ってくる。荷が多いので、ミドリと…そうだなベレヌイも一度顔合わせしておくほうが良いだろう、2人は来てくれるかな。他の皆はそのまま各々の楽器に慣れるように練習していてくれ。鉄琴も使ってみたければ試してくれ。」
ミドリは戦略や戦術を学習する意欲があるからな。ミドリを育てることで俺の思考も、より安定した独りよがりでない方向に向くだろう。ベレヌイはまだどういう適性があるのかわからんが、何れはケルート人のアドバイザーになる事を考慮して、連れて行ったほうが良い。
「すまんなミドリ。うちのメンバーでコルストンとの話に付いてこれるのはミドリだけだから。一緒に聞いておいてほしくて指名したんだ。ベレヌイは最初は何がなんだかわからないだろうが、戦の舞台裏の駆け引きや下準備の一つだと思って経験していてくれ。」
「ご主人様、有り難うございます。選んで戴けて嬉しいです。」
「伊織様、ありがとうございます。邪魔にならないようにして、できるだけ学びます。」
ベレヌイは人族だが、俺より遥かに体力がある。十分に荷車も曳けるのだが、作法通り、膝枕担当にミドリが指名する。最初は驚いていたベレヌイも俺が目を瞑って思案に沈んだので ”伊織家はこういうものなのだ…” と納得したようだ。
季節は晩秋、そろそろ冬の気配が忍び寄っている。北に黒の海が有るので北風が吹き出すと一気に冷え込みそうだ。
もう冬に向かうので、前回の山越えでのケルート人領侵攻は当分無理だな。黒の海や塩湖の波濤を乗り越えての侵攻はどうだろう?冬の季節風がどの程度かだが、準備次第で十分可能だろうな。むしろ、補給物資の運搬は水運が使えるので楽なはずだ。魔物による水中からの妨害が爆雷などで排除できる目処が立てば来るか。魚雷がほしいところだが、流石に技術ハードルが高すぎる。やはり原油を利用した火矢主体で燃やすか、原油を仕込んだ焼夷弾で船ごと燃やすか…実行は可能だろうが、恐ろしい死人が出るなあ。多分、第一陣は全滅か。
「ご主人様?」
「あ、いや、思いつく戦術が沢山死人がでる方法ばかりでなあ。勿論敵側の死人だが。いま一つ、パッとしないんだ。」
「伊織様はいつも敵の死人も気を使って戦うのですか?」
「出来る範囲で…だがな。沢山殺せば殺すほど和解が難しくなる。可能ならできるだけ殺さずに追い返すほうが後がやりやすい。ま、根絶やしに成るまで殺し尽くすと割り切ってしまえば別なんだが、相手が宗教となると、根絶やしにするのは事実上不可能に近いのでな。」
「ご主人様、商館にもうすぐ到着します。」
3人揃って奴隷商の館に入る。ベレヌイも予備の貴族服を着用しているので傍目には立派な貴族だ。堂々と奴隷商に入っていってもなんら違和感はない。
「伊織様、いつもどうも。奥へどうぞ。」
銀行員風の店員さんが何も云わずとも奥へ通してくれる。すでに俺とコルストンの関係は周知の事実なので他の客も黙って見ているだけだ。
「伊織様、いつもありがとうございます。」
「暫く遠国にでていたので帰りにまた仕入れてきた。珊瑚と真珠だ。いつもの要領で頼む。」
「承ります。もう、珊瑚は流行になりつつありますな。予約が殺到し始めています。それは良いのですが、伊織様、アーミル将軍が直接来られまして往生しましたよ。なにせ、今までは寧ろ避けられていた感じでしたから。いきなり来られて顧問に招聘したいと仰せで…意図が読めず困惑しました。」
「やっと来たか。アーミル将軍も貴殿に声を掛けるまでの度胸はなかなか定まらなかったという事か。まあ、アーミル将軍に限って腹に一物という事はないから、安心して良い。純粋に内政のアドバイスを求めているだけだよ。」
「まあ、そうなんですけどね。とりあえず、経済力の許す範囲でしか軍隊は維持できないのだから、役職の7割は文官にしなさいと言っておきました。」
うわっつ、ゴリゴリの武官にいきなりそれを言うか。困惑したアーミル将軍の顔が目に浮かぶわ。だが間違っては居ないので、この進言をどう捉えるかでアーミル将軍の鼎の軽重が問われることになるな。いや…そうか、コルストンの奴わざといきなりコレをぶつけたのだな。自分を使いたいと云うのであれば覚悟を示せ…と踏み絵を迫った訳だ。
「…ふふふ。流石コルストン、迫り方が半端ないな。」
「いえいえ、人には分相応というものがありますので。ふふ。」
「くく。いやいや、それでこそ、推挙しがいが有るというもの。まあ、保険にサールトも推挙してあって、こちらは旨くお守りしてくれるようだから、仮にアーミル将軍が根性見せてもコルストンの負担はさほど増えないはずだ。それに貴殿であればアーミル将軍の伝手を上手く活用出来よう。収支は確実に合うだろ。」
「伊織様には敵いませんな。だからこそ、踏み込んだお話もできますが。そうそう、帝国では男性に限ってですが、国民皆兵になるようですな。まあ、まさか50や60の爺さんを戦場に駆り出すわけではないでしょうが。」
「ほう?新しい枢機卿とやらの方針かな?」
「流石、よくご存知で。正確には枢機卿が抜擢した、例のムロータ将軍ですな。そのムロータ将軍に自薦で採用された新しい参謀の差し金のようです。いまは軍事面はすべてその参謀が立案していて、ムロータ将軍も枢機卿もメクラ判押している状態ですな。」
「ふむ。そんな状態にも関わらず、珊瑚はバカ売れ。当然、酒のほうも?」
「ええ、飛ぶように売れておりますよ。ふふ。」
「そうか、新しい参謀はコツコツ足元を固めるほど呑気ではないようだな。」
「はい、なにか秘策でもあるのでしょうか?例えば…火…」
「火薬だな。」
コルストンと輪唱になり場が砕ける。お互いの懸念は奇しくも一致していた訳だ。
「やれやれ。で、どうだ、その参謀はどんな奴か、なにか情報があれば助かるんだが。」
「私も直接会ってはおりませんが、かなり若いようですな。そうそう、ハンニバルが好きなようで自薦の時もポエニ戦争を持ち出してムロータ将軍を丸め込んだようですが。」
やはりそうか。短期的に国力を戦争に集中させて、後は野となれ山となれ…って感じか。ハンニバル自身がカルタゴの政治改革を怠っていたように、帝国全体まで面倒見る気はなさそうだ。
「そうか。うん。十分に参考になった。これからも良しなにな。」
「こちらこそ、伊織様。で、そちらのお嬢様は?」
「ん?ああ、新しく来てもらうことに成った嫁でベレヌイと云う。ケルート人でもある。」
「ほう、ケルート人とは。なるほど、遠国ですな。イオリ様は海をコントロールする術をお持ちなので行けるわけだ。さすがですな。」
「まあ、言わずもがなだが、内密にな…」
…
…
「ご主人様、わざとベレヌイさんがケルート人である事を伝えたのですか?」
「ああ。コルストンも手の内を少し見せてくれたので俺も見せた。一方的に頼る間柄ではないからな。これからも少しずつ踏み込んだ話ができるように成っていくほうが、都合が良いからな。」
ベレヌイが困惑した表情をしている。さすがにいきなりコルストンはきつかったかもな。