124 孵化
宴の勢いのままベレヌイを引っ掴んで床に直行する。もうココまでお膳立てされ外堀も内堀も埋まっているのだ、今更四の五の云う余地はない。ベレヌイも当然のように受け入れる。さすが民族を背負っているだけの事はある。俺よりもよほど肝が据わっている。
「ベレヌイにもアクセサリーを造るけど、何がいいかな?」
「大丈夫です。お傍に置いて戴ければ。」
おい、聞いたか。元の世界の各々方。録音して薬にして聞かせたくなるよな。
「いや、俺の嫁には皆それぞれに合わせて一つプレゼントする習わしなんだ。だから遠慮する必要はない。」
「では、よろしければ指輪を。」
そうか、指輪か。俺のもとの世界では指輪に変な意味付けがされていて…
…
…
昨夜は指輪の話をしているうちに寝落ちしてしまったようだ。大して働いていなかったが初めて最前線に立ったので意外と疲労していたようだ。たぶん、ムロータ将軍だろうけど、今はどの付近を撤退しているのだろう。過酷な撤退になっているはずだが。
「主さま~~、もう朝もだいぶ過ぎてるよーー」
「ああ、そうか.ベレヌイ…もう先に起き出して働いているのか。」
「ミドリちゃんが、ご主人様は寝かせておけって言ってたけど、もうご飯だからーー。」
「ああ。」
のそのそ起き出して皆のところに行くと、すでに持ち帰る硝石が荷造りを終えている。原油も少し甕にいれて持って帰れる状態だ。何も言わずともココまで準備できるようになったか。皆成長したな。
「伊織、またいつでも来い。そしてまたいろいろ教えてくれ。」
「ガラディー、俺の方こそ世話になった。必ずまた来る。達者でな。」
ガラディーと別れて帰路につく。今日は塩湖で一泊するので皆でゆったりと歩いて戻る。
「旦那さま、どうやらメガロドンの卵が今日にも孵化するそうです。」
ついにこっちの世界で俺の子が生まれる。感無量だな。
「そうか、それはしっかり見届けねば。」
「伊織さま、メガロドンの卵?」
「ベレヌイ、メガロドンの長も俺の嫁なんだ。でまあ、俺の子供でもある卵なんだが孵化するそうだ。」
「まあ、メガロドンの長までお嫁さんに…さすが伊織さま。」
純粋に感嘆している…んだよな。よかった。手あたり次第に手をつける、とんでもない奴という意味ではないようだ。
「たのしみだねーー主さま~~」
テイルぐらいになると、ハッキリしていて分かりやすいんだが、ベレヌイはガラディーも言う通り、かなり知的な感じなので俺が深読みしすぎて勘違いしないように気を付けないとな…そもそもが、いきなり嫁にしろ…ってなあ。嫁にしてから人柄や性格を少しずつ理解していくって大変だわ。戦国時代や平安貴族とか、よくこんなことやっていたものだ。
「旦那さま、先にお付き合いしたところで、狡猾な女子はその場だけ猫被ります。それで余計に騙されるだけですわ。それならご自分の第一印象と勘を信じて即断されてもたいした違いなどございませんですわ。」
むう…なるほど。下手に長期間付き合うとその女子の工作期間が長くなり入念に第一印象や勘を上書きされてしまうので、返って失敗を掴む可能性もあるわけだ…さすが、一億五千万歳のダナイデ、深い。
「ベレヌイちゃん、ほら、あれが塩湖の家だよーー」
「テイルさん、あの大きいのが! 凄い。」
早速メガロドンが来ている大きな池に皆で行く。メガロドンが体を弓型に曲げて卵を囲っている。
「間に合ったな。俺はこのままここで孵化するまで見届けるので、皆は適当に休んでいてくれ。」
…
…
結局孵化は日付けが変わる深夜になった。テイルがずっとそばに居たので寒くはない。次々孵化した超小型のメガロドンが長メガロドンの腹部に吸い付いて並ぶ。ある程度大きくなるまでは長メガロドンの腹の下で過ごすらしい。陽が上る頃にはユックリ泳いで塩湖を出て行った。
「行っちゃったねー。」
「ああ。行ったな…」
メガロドンと人。これだけ生態が異なると血縁関係を結ばないと繋がりを維持するのは困難だ。逆に一旦ここまで深く繋がってしまえば、なかなか一緒に暮らせなくとも縁が切れることはない。メガロドンの長が即座に俺との関係を求めてきたのは正しい選択だったのだな。帝国が塩湖超えでの侵攻を企図する可能性もしっかり想定して対処しないと…
「旦那さま、つい先日一戦終わったばかりですわ。すこしは頭も休められては如何ですか。」
「ダナイデ、そうしたい処ですが、一種の職業病みたいなもので。一旦スイッチが入ると寝ている間も夢で考えるぐらいでないと物に成らないとか。俺などまだまだ半人前です。」
たしかプロ棋士とかは道あるいているときも7割がた手を読んでいるので溝に足を踏み外しそうになると聞く。深酒していても自然と盤面が脳裏に巡っているらしい。軍事も政治も一身に背負っていた諸葛孔明とか、どんだけ大変だったことか。そりゃ早死にもするわな。
「旦那さま、その点はご安心くださいね。500年は私が死なせませんから。」
! 500年 ! この世界に年金があれば大儲けだったろうに残念だ。