118 ケルテイクの罠
ガラディーと相談して、山での猟の経験が豊富な8名を山の斥候に選抜して、4名に先発してもらう。のこりの交代の4名には、多めに食料を準備して、準備でき次第交代するため後追いで出発する事にする。
「さて、次は足止め用の持ち運びできる置き柵だが。」
「伊織、それならいつも大型の獣を狩るときに使っている足取り罠を使ったらどうだ?」
「足取り罠?」
ガラディーが一台の高さ30cmほどの木枠を持ってくる。木枠に不規則に棒が通してあり、追い込まれて逃げてきた獲物が足を踏み入れると絡め取られて転ぶ仕掛けのようだ。
「ほー、これは使えるな。どれぐらいある?」
「あちこちの狩場に置いてあるが、獲物が掛かると壊れるので村ごとに交換用に30個ずつはある。近所の村のものを集めれば100以上ある。」
十分な数になるので、本隊前面に3重の丸太の柵をつくり、その直前に足取り罠を正面から側面にかけて円弧状に並べる事にする。足取り罠が本命なので、丸太柵は丸太を地面に突き刺して縄でつないだだけの簡単なものに決める。柵を貧弱な柵に気を取られて舐めて突っ込んできた敵の足を絡め取る撒き餌に利用する。
「これは思っていた以上に強力な防衛戦ができそうだ。」
「伊織、足を取られて逃げ遅れた敵は、皆殺していいか?」
…殺されても文句が言える立場じゃないが、どうしたものかな。
「ケルテイクは誇り高い戦士だろう。足を痛めて動けない敵をなぶり殺しにするのは、名誉に傷がつくのではないかな。かといって捕虜にするのも面倒だ。敵にケルテイクの強さと慈悲を見せつけて、敗戦の恐怖も植え付け二度と戦う気にならないようにさせたい。捕まえた敵は丸裸に剥いて、髪の毛も全部刈り取って敵陣に追い返してやればどうだ?」
「丸裸で追放したら、あの山は超えられない。帰れないからどうせ死ぬ。」
「それも狙い目だ。引き上げる部隊の指揮官に丸裸で足も痛めている帰還兵を連れ帰る負担をかける。仲間を見捨てて逃げ帰ればもうだれもその者を指揮官と認めないだろう。仲間から装備をすこしずつ削り取って帰還兵に与えるしかなく、部隊全員が帰り道に非常に苦労するだろう。」
「そうか。単純に追い返すよりも、敵が苦しむのだな。ならそれで良い。」
横でダナイデが微笑んでいる。…またお姉さんに甘いと怒られそうだ。ミドリは…ああ、丸裸で放り出す発想が受け入れ難いのだな、生ゴミを嗅いだような顔をしている。
「ガラディー、どうだ、今後のために長弓を扱えるように皆が練習しては。俺はそんなに力はないが引ける。力の弱いものでも慣れれば良い戦士になれるが。」
「戦いには長弓のほうが便利な事は解った。遠くから長い時間撃てるのは良いな。皆にも相談して増やしていこう。」
「そうしてくれ。あと子供達はどうした?」
「子供と年寄などは北の村に移動させる。移動できない年寄りはそのままココで見届ける。」
「…そうか。」
皆が都合よく移動できるわけじゃないよな。災害時の避難でも、どうしても動けない者は動けない。
「これでもう攻めて来なければ一番良いが、また来るかもしれない。次は来襲の予想が出来ないかもしれないので、予め村を丸ごと守れるようにしておかないか?」
「村ごと守る?」
「ああ、たとえば…」
環濠集落のような絵図を地面に描いて説明する。堀があると防御力が格段に向上するので、空堀については特に細かく説明しておく。柵と逆茂木も説明するが、火攻めもあるので上部構造物では防衛に限界がある事も教えておく。
「常設の防御施設ができたら、長槍も造っておくと良い。堀をこえて上がってくる敵を上から突き刺して落とすには、弓より槍のほうが便利だ。頑丈な柵が造って有れば、柵の隙間から突き出すことも出来る。長弓が主兵装だが、長槍も装備しておくと敵に接近された場合には便利だ。勿論、接近させないように戦うのは当然だが。」
「槍と云うのか。だが獲物を取るには使いにくそうだ。」
「そうだな。でも練習は殆ど必要ないから、造って有るだけで、イザという時には役に立つ。」
「準備する事が多いな。」
「まあ、すこしずつ整備しておけばいい。」
「そうだな。」
…
…
今夜はガラディーの用意してくれた小屋で眠る。
なにか見落としてないか考えていたら寝落ちしてしまっていたようで、朝テイルに起こされる。
「主さま~~、臭いの見つけたーー」
「ああ、テイルお早う。なにか見つけたのか。臭い?」
テイルが見つけてきたのは原油のようだ。近所に湧いていたらしい。原油か…案外使いみちが無いな。木の鏃に染み込ませて火矢ぐらいは出来そうだが。下手に大量に使うと環境破壊が酷いし。でも、簡単な城が出来たら補助兵器にはなるか。
「ガラディー、敵はまだのようだな。今朝テイルが見つけてきた、原油だが知っているか?」
「ん?ああ、あの臭い奴だな。」
「知っていたか。村に堀が出来たらアレも溜め込んでおくと使える。堀を超えてくる敵に頭から浴びせてやれば良い。浴びてしまえば取り除きにくいので、戦闘不能に出来る。大量に溜め込むと上の方はすぐに火がつくので注意しろよ。」
「あの臭いのが燃えるのか。わかった、堀が作れたら少しずつ溜めるようにする。」
溜め込んだら火炎瓶ぐらいは造れそうだが、事故のリスクのほうが大きそうなので黙っておく。
「それより伊織、さきほど連絡係の若い者が戻って来た。なにか見つけたのかもしれない。一緒に来い。」
ガラディーが自分で考えて伝令を配置したのか。飲み込みも速いし先が楽しみかも。