107 似た者同士
成り行きでセイコ・サオリを泊める事になったが、ごく普通にミドリとテイルを両側に抱き寄せ、3人でダナイデ様の側に寄り添って眠る。セイコ・サオリは明日の事しか頭にないのかテイル用の屋上の台の上に上がって行った。上がれるんだな…やはり。
「ではサオリさん、先ずはヘルマンド川まで行きますので、乗ってください。」
俺とダナイデ様、セイコ・サオリを荷車に乗せて、ミドリとテイルが仲良く曳く。
「…前の2人は嫁ではないのか?」
「勿論嫁ですよ。こちらのダナイデも嫁です。」
「…嫁にいつも曳かせているのか。」
「ご主人様はひ弱だから私達が曳くのが合理的です。」
「主さまは考え事が多いから歩いていられないのーー。ダナイデ様はダナイデ様だから主さまに膝枕していたほうが、いいのーー。」
「…そうか。コレでいいのか。二人がそう云うのなら…」
セイコ・サオリは戦える相手では無いダナイデ様には興味が沸かないようだ。
今日も東の空に向かってコカトリスが飛んでいく。いつも優雅なものだ。って、また!!
「…ぁう…」
声を掛けるスキもなく、ニケのエフソス様が荷台に降り立つ。
うわぁ…このややこしい時なのに…
「伊織、また美味しそうな気を放ってますね。」
無視されたセイコ・サオリが驚いている。どう見ても魔物だよなあ、羽も出たままだし。いや、天使にも見えなくもないか。でも知ってるよなあ、バトルマニアならニケの事も。
「あ、ああ、お久しぶりですね、ニケのエフソス様。」
「…ニケ…だと??」
「ああ、エフソス様、こちらは前にもちょっとお話したセイコ・サオリさんです。これから修行場へ皆で向かうとこです。」
「貴方が噂のセイコ・サオリさんですか。私はニケのエフソス、なるほど、良い気を放ってますね。」
「言葉がわかるのか。ニケと云えば伝説の戦神の末裔のハズだが…」
「しばらく前に偶然知り合いになりまして、言葉が通じるようになりました。」
「そうか、神…だものな。その気になれば話もできるのか。」
異様な緊張感を湛えて黙々とヘルマンド川に向かう。流石に誰もがしゃべりにくい。
ヘルマンド川に到着して、呼石を使う。セイコ・サオリがぼんやり見ているが気にしない。気まずい沈黙だがマーマナが来てほぐれる。
「マーマナ、急な呼び出しで御免な。セイコ・サオリさんを修行場のエルブール山脈火口に案内することになってな。悪いが連れて行ってくれるかな。」
「解ったー。」
5人を載せた舟をマーマナが曳いていく。セイコ・サオリが混乱している。
「…あの子は…友達なのか、ずいぶんと馴れ馴れしいが。」
「マーマナ14才。可愛いでしょ。俺の嫁だよ。」
「14才で嫁だと!!」
おいおい、セイレーンである事は驚かないのかよ…まあいい…大分毒が回ってきたようだな。これならヒュドラと会わせてもなんとかなるだろう。
「べつに可怪しくもないでしょ。14や15で嫁に行くのは日本だって明治までは普通だったんだし。逆にダナイデなんて1億…あ、いや、なんでもありません…」
「マーマナはセイレーンだな。何故話が普通にできているんだ。お前たちは。」
「そりゃ、話そうと努力したからですよ。お互いが話が通じるように努力すれば、そのうち話せるようになる。外人相手に皆している事ですよ。逆に、なぜ今まで話そうとしなかったんですか?B以上は知性があるのは聞いていたはずなのに。」
「それは…いや、そうだな。全く話をしようとしていなかった自分が間違っていたんだな…」
「伊織は大怪我して困っていた私を助けてくれたんだよ。まだ言葉も通じなかったのに、脅かさないように近づいてきて。」
「そりゃ、こんな可愛いマーマナ、見捨てることは出来ないよな。」
「主さまは、あの時マーマナちゃんの、おっぱいジロジロみてたのーー。」
「なっ、それ、それはだ、ベテランドライバーが交差点でササッと左右確認するような、その、身に付いた習性だ。」
「で、傷口に当てた手をいつまでも離さないから、テイルがもう固まっているって教えたのーー。」
「…ふむ。すると伊織は性欲で魔物への恐怖を乗り越えたのか。見事だ…」
え?
「どんなに鍛えても実戦では足が竦んで使えない武芸者は何人も居る。見た目だけの判断だが、伊織はまるで武芸は出来ぬ丸腰だろう。にもかかわらず、恐怖を性欲で乗り越えるとは並々では出来ぬことだ…」
…本気…みたいだな。セイコ・サオリ…
「セイコ・サオリと申しましたね。なるほど、本物の勇者ですね。勇気の本質を理解している。気に入りました。私も修行に付き合いましょう。速さを極めるには私のほうが適任でしょう。」
「神の末裔たるニケがお相手くださるのか。有り難い、この通りだ、よろしく頼む。」
あぁ…結局こうなっちゃうか。まあ似た者同士だから可能性は高かったけどな。でも、これでヒュドラと会わせても、もう何の問題もないな。
「魔物といえば、先日出会ったグリフォンの勾玉、あれはどういう事だったのか。魔物や神と仲が良い伊織であれば、なにか知っているのではないか?」
「あー、あれ。あれね。あのグリフォン『マンディー』って云うのですけどね、俺の嫁。であの勾玉は俺がお守りにプレゼントしたアクセサリーです。」
「…嫁に持たせたお守りだったのか。目的通りの役目を果たしたのだな。幾人もの嫁が、なぜ伊織のような貧相な風体の男に付いているのか、少し解った気がするぞ。」
…あれ?怒らないの?軍の事なんかホントにどうでも良かったんだな。案外、魔物と相性良いのかも。セイコ・サオリ…
「主さまー、火山見えてきたよーここらで上陸しないとー。」
「そうだな。マーマナ有難うな、ちょっと行ってくるので安全な場所で待っていておくれ。」
「うん、落ちないように気をつけてね。」
…
…
2回めでもやはり結構怖い。だが怖がっているのは俺だけだ。エフソス様は優雅に飛んでいるしセイコ・サオリは満面の笑みだ。
「みんな凄いな。怖がっているのは俺だけか。」
「旦那さまは、そのへっぴり腰が良いのです。」
「時々泣いてるのがいいんだよねーー」
「完全無欠は嘘くさくて合理的ではありません。」
…やっぱこいつら、主と敬ってないだろ…
「ははは。伊織よ、違いが判る嫁達で良かったな。」
ダメだ。セイコ・サオリ、アッサリこの環境に染まってしまった。こんなに軽い者だったのか、勇者。
火口の鞍部にたどり着いて、よろよろと降り立つ。やれやれだ。
目の前には来る事を察したのか、すでに真っ赤なヒュドラが鎮座している。
「お主がセイコ・サオリか。我が稽古は少々手粗いぞ、加減はしてやるが死なないように気を引き締めてかかってまいれ。」
「おお、言葉が通じるのか!!、ならば挨拶抜きで参る。いざ!!」
あらら。いきなりヒュドラなのに全然ビビらない。というかヒュドラが師匠で違和感無いのか? 俺来なくても良かったような気が…まあ、二人の稽古をしばらく眺めるか…
やっぱまだまだ全然勝負に成らないな。だがまあ、そのうち慣れるか。
「ふむ。2ヶ月といったところか。」
「え?エフソス様。2ヶ月?」
「ああ。2ヶ月程度で本気でも倒せなくなりそうだな。私の速さにも、恐らく1ヶ月有れば対応するだろう。尤もセイコ・サオリが私の速さを身につけるには数年必要だが。」
…いつかはあの速さが出せるのか…やっぱチートだな。
「はあ、はあ、はあ。…ふはは。伊織よ、よ、よくぞ凄い師匠に出会わせてくれた。自分は納得が行くまで山を降りないぞ。ギルドには上手く伝えておいてくれ。ギルドに預けてある金は皆、ゴダン・オーディンの者達で山分けするように。ゴダン・オーディンは解散だ。戦の撤退の時、手加減してくれたので気持ちよく解散できる。もう会う事も無いかもしれんが、伊織、世話になった。」
…全部バレてるか。まあ、そりゃわかるか。
「あー、ギルドとゴダン・オーディンの件は引き受けた。縁があったらまた会う事も有るだろう。死なない程度にがんばれよ--」
…
…
「さあ、俺たちも帰るか。エフソス様は…やんちゃな孫でも見てる感じだな。ソッとしておこう。」