105 オリーミ公失脚
明日はまた暫く別荘から離れるので、マーマナを呼び寄せてすごす。
ミドリもダナイデ様も、元からその予定だったようだ。お釈迦様の手の上も悪くない。
…
…
「今朝も穏やかな好天だな。天気晴朗にして波もなし…ではアーミル将軍邸へ向かうとするか。此方の意思で訪問するのは初めてだが、もう3回めだ。問題なかろう。」
今日も凪の黒の海をマーマナに曳かれてヘルマンド川へ戻る。情報収集も大切だが、セイコ・サオリにも早めに接触して赤ヒュドラと手合わせさせないとな…だがまるで接点もないがどうしたものか…戦場からも目立った動きは消えたようだしどうして居るのやら…
「伊織ーもうすぐ着くよー。」
「お、もうそんなに来ていたか。いつもすまんな。」
マーマナが集めてくれていた、珊瑚や真珠も受け取りアーミル将軍邸へ向かう。臨時編成の軍も解体されたようで、街道の人の姿も平常にもどりつつある。
「ねえねえ、主さま~~。ニケのエフソスさまに壊されちゃったヌーリスのお城、どうなったかなーー」
「アレかぁ~。ハリボテのような城だったが、数日で修理出来るような物ではないからな。情けない姿で領民の目に晒されているだろうな。いままで偉ぶって居ただけにオリーミ公は肩身が狭いだろう。テイルは心配してやっているのかな?」
「違うの。あの高かった塔に登ってみたかったなーって。」
…ああ。そういう事ね。
「それなら、案外登れるチャンスはくるかもな。まあ、折れて半分の高さになっているけど。オリーミ公が失脚して壊れた居城も廃城になるかもしれない。そうなれば、登り放題だ。」
「そっかー。失脚してくれないかなー。」
好き勝手言っているうちにアーミル将軍邸が見えてくる。我々を見つけた門番が慌てている。まあ、荷車で将軍邸に乗り付けるような者は他に居ないだろうからな。
「これはこれは。伊織様。」
「突然ですまないね、執事さん。ちょっと珍しい珍味が手に入ったので将軍にお届けに来たんだけど、おいでかな?」
「将軍なら運良く居られますよ。どうぞ此方へ…」
「アポ無しだけど良いのかな?」
「将軍から、伊織様、コルストン様、サールト様が見えられたら将軍が留守でも歓待するように通達が出ております。ご心配には及びません。」
…ほう?本気で俺の進言を受け入れるとは。見かけによらず可愛いじゃないか。ロブスター1匹余分にオマケしてやろう。
「おお、伊織殿、よく来てくれた。」
「将軍、今日はちょっとした珍味を持ってきました。中庭で火を使わせてもらいたいので良いですか?」
「ほほう、伊織どのが珍味というからには並々ではあるまい。儂も中庭に行こう。」
中庭で早速塩茹でを始める。ロブスターが赤い色に代わってゆく。
「伊織殿…その、珍味とは今茹でている大きなエビ…なのか。」
「エビもですが、まだありますよ。美味いですよー」
将軍が青ざめている。まあ、初めてエビを食うとなればしょうがないか。
茹で上がったロブスターの表面を軽く炙って香ばしく焼く。
「これを真っ二つに割って、メガロドン・キャビアをタップリ乗せて…よし、さあ召し上がれ。」
「うっ…この大粒、メガロドン?メガロドンの卵なのか…い、いや、珍しいものばかりだな、では…」
将軍がびくびくで一口齧る。しばしの沈黙……
「こ、これは、美味い、美味いな、エビがこんなに美味かったとは。卵も実によく合う!!」
「美味いでしょう。ただ残念だけど入手が難しいので売りに出すほどの数は手に入らないのですよ。でも、貴族同士の話の種には面白いのでは?」
「うむ、さもあろう。このような巨大なエビは見たことがない。メガロドンの卵など伊織殿以外、おそらく誰も食べておらぬ。」
「いえねー、メガロドン・キャビアの件があったので塩湖が心配だったんですよね。オリーミ公が進めていた綿花畑が壊滅してやれやれですよ。」
「塩湖が干上がるようではな。あれはいかん。塩湖の猟師をなんと考えておるのか、あ奴は…しかし、よくこのような卵を。現地でも手に入らぬのに。…だが良い土産話ができた。こんど王城の晩餐会があれば、貴族達に話して聞かせてやろう。皆目を丸くしようぞ。」
「貴族たちが俺にも食べさせろ…とか騒ぎ出したら、数日余裕をもたせてください。少量なら手配できますから。」
「なんと、たまたま入手できたのではないのか。こんな巨大エビ、また捕れるのか。」
「ちょっと手間暇がかかりますけどね。予め聞いていれば準備できますよ。」
「それは有り難い。話だけでは荒唐無稽すぎて、ほら話と言いだす奴が出てくるからな。」
「無駄な戦争やっているより、美味い物探したほうがよほど楽しいですよ。」
「全くだ。戦争といえば、オリーミ公が惨めなことになっているな。代々仕えてくれていた執事長がついに愛想尽かして暇乞いして引退したようだ。それを機に使用人も次々辞めてしまいその日の食事にも不自由しておるとか。あの、ムロータ将軍も出奔して姿をくらましたようだ。」
「ほう?それはまた、急な話ですね。」
「で、オリーミ公は隠居。まあ事実上の更迭だな。旧オリーミ公領は一時的に王領預かりとなり、これから代理人の選定にはいる事になる。」
「オリーミ公の借金やら契約は?」
「当然、オリーミ公失脚と同時にチャラだな。」
「では、聖ハスモーン教の教会も…」
「勿論、認められるハズもない。聖ハスモーン教にしても表立って異を論っては来ぬ。『エフタール王国に手をつっこんで居るのに邪魔するな!!』などと言えようか。」
…うわぁ…展開早すぎ…これ、聖ハスモーン教の動きが加速しちゃうなぁ。こっちの手配が追いつかないぞ。ムロータ将軍の出奔も引っかかる。聖ハスモーン教にスカウトされたか?だとすると、次ムロータ将軍を相手する場合は向こうの軍事オタクの存在も考慮しないといけない。
…面倒なことになってきた…