胸を張って故郷へ帰るためにも
「やっぱ、ビッグワームか……!」
巨大なミミズのような姿をしたゲノヴァ。
目も耳もないそれは、地面の振動を感じ取り、獲物に襲い掛かる。普段は地中深くに生息しており、少しぐらいの振動なら奴らに気づかれることはない。
追っ手が起こした爆発の振動は、奴らのところまで届いたのだろう。奴らが地表近くにいる時に歩けば、追っ手のリーダーのように地中から襲われる。
旅をしているヨゾラたちはゲノヴァについて詳しいが、ゲノヴァの知識に乏しいであろう追っ手たちは、ビッグワームの特性を知らずにその場から逃げ去ろうとする。そんな彼らを、新たに現れたビッグワームが喰らった。
「なっ、三体も……!」
「しかも、大きいわね……人を丸呑みできるビッグワームは私も初めて見るわ」
ゲノヴァの襲撃に、村の人々は悲鳴を上げながら逃げ惑っている
そんな彼らに襲い掛かる、三体のビッグワーム。
「逃げるわよ、ヨゾラ!」
「でも、村が……」
「あんたは生きて故郷に戻りたいんでしょ! こんな所で死んでどうするのよ!」
「っ、分かった……」
どうにか自分を抑えて、ヨゾラは村から離れようと動く。
村の人たちを助けたいと思う一方で、自分の命が惜しい。ヨゾラはどうしても故郷に生きて帰りたいのだ。ここで死ぬわけにはいかない。
「きゃあぁぁ! 誰かっ、誰か助けてぇ!!」
自分を無理やり説得していたところで、叫び声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に振り向けば、そこには、崩れた宿屋の瓦礫で身動きが取れないサラがいた。そして、そのすぐ側には、サラを狙って口を開くゲノヴァ。
「っ、サラさん!」
「バカヨゾラっ! 何をするつもりよ!」
サラの元に向かおうとしたら、アマネに手首を掴まれた。
「まさか、私たちを売ったあの女を助けるつもり? 呆れた……それで死んだら、故郷に帰るって願いも果たせなくなるじゃない。それとも、なに、あんた自分のことを聖者とでも信じているの?」
アマネの言っていることは正しい。自分たちを売った人間を助けるほど、自分が殊勝な人間じゃないことは分かっている。
それでも、とヨゾラは掴まれている手首で橙色に輝く、己の腕輪を見つめた。
『いつか……俺たちみたいに、ゲノヴァで苦しんでいる人たちを救おうぜ』
腕輪を作った時に、親友とした誓い。
それが、ヨゾラの脳裏によぎる。そう、これはヨゾラにとって人格どうこうの話じゃない。
「分かってる、どうせ俺は褒められた人間じゃないって。それでも……!」
ヨゾラはアマネの手を振り払う。
「ここで逃げたら、俺は胸を張って故郷に帰れない!」
覚悟を決め、ヨゾラはサラの元へと駆けた。
己を捕食しようとするビッグワームを目の前にして、サラは自業自得だと心の底から思った。
これは天罰だ。人を売って、それでお金を得て楽をしようとしていた自分に、天罰が下ったのだ。
両親との思い出でもある宿は崩れ、今から自分はゲノヴァに食われる。
最低な自分が迎えるには相応しい結末だ。
「グガァァァ!!」
「……」
襲い掛かってくるゲノヴァの前にして、サラは自分の運命を受け入れるかのようにゆっくりと目を閉じた。
「…………?」
しかし、いつまで待ってもゲノヴァに食われる感触は来ず、代わりに、何か大きなものが倒れる音が聞こえた。
サラは恐る恐る瞼を上げる。
そこには、血を流して横たわるゲノヴァと、ヨゾラがいた。
ヨゾラの手には、どこから取り出したのか、派手な装飾の剣がある。
ゲノヴァには斬撃の跡が残っている。おそらく、その剣でゲノヴァを斬ったのだろう。そして、再生能力を持っているはずのゲノヴァが倒れたまま動かない。
「え……?」
「サラさん」
目の前の状況を理解できず、言葉を失っているサラに対して。
「ミトロアは、実在します」
ヨゾラはそう告げた。
ミトロアである剣を片手に、ヨゾラは、自分と同じくミトロアを所有しているアマネに叫ぶ。
「アマネ、一匹頼むぞ!」
「はぁ!? なんで私がっ!」
「今が稼ぎ時だろ、命勘定のアマネ!」
「っ……ああ、もうっ、仕方ないわね!」
苛立つアマネの右手に、一本の剣が輝きを放って姿を現す。
それが、アマネの所有するミトロアだ。
ミトロアはゲノヴァの再生能力を阻害する性質以外に、所有者が望めば、どこからともなくその手に現れる性質を持っている。
その後、残りのビッグワーム二匹を苦労しながらも倒したヨゾラたち。
二人は村の人たちから感謝されることになる。
代表である村長が頭を二人に下げた。
「なんとお礼を言ったら良いのか……貴方がたのおかげで村は滅びずに済みました」
「そんな、別に俺たちは――」
「それで? お礼として何が貰えるのかしら?」
「……」
「ん、何よ、その目は?」
これこそ、アマネが命勘定のアマネと呼ばれる由縁だ。
彼女のやり方は単純。ゲノヴァに襲われている人を助け、命を助けたのだから何かよこせと金品類を要求する。そのお礼が少ないと、自分の命と同等の価値を持つものをよこせと文句を言う姿から、彼女は命勘定のアマネと呼ばれているのだ。
「どうか、これを持って行って下さい。村でよく採れる野菜や果物が入っております」
「これだけ? 助けたんだから金を、へぶっ!?」
「ありがとうございます!! ちょうど食料を切らしていたんです!!」
案の定文句を言うアマネを黙らして、ヨゾラは村長に礼を告げる。
「じゃあ、俺たちはこれで! 先を急いでいるので!」
「もうですか? 村でゆっくりなされば……行ってしまわれた」
アマネの首を掴んで、すぐさま村から出る。
あれ以上は良心が耐えられそうになかった。
アマネが手から離れ、こちらをキッと睨んできた。
「何しているのよ、あんた! これだけで満足できるわけないでしょ!」
「あのな、今回の事件は俺たちにも原因があるんだぞ! 俺たちがカルロスと問題を起こさなかったら、村にゲノヴァが来ることなんてなかったんだから」
「そもそも論なんかに興味ないわ」
「お前な……」
「ヨゾラさーん!!」
名を呼ばれ、ヨゾラは振り向く。
「サラさん……」
サラが遠くから走ってくる。そして、彼女はヨゾラの元にたどり着いた途端、頭を深く下げた。
「本当にすみませんでした!! お二人を売るようなことをしてしまって!!」
「この女がカルロスの手下に連絡しなかったら、ゲノヴァも来なかったような気がするんだけど」
「アマネ、お願いだから黙っていてくれ……サラさん、頭を上げてください」
ヨゾラがそう言っても、サラは頭を下げたままだった。
「……」
「気にすることはないです。俺もサラさんの立場だったら、そうしただろうから。それに、俺たちの問題に巻き込んでしまってすみません。そのせいで、サラさんの宿も壊れてしまいました」
「……宿は、一からやり直します。今度こそ成功させてみせます、真っ当なやり方で」
「そうですか、じゃあ、いつかまた泊まらせてください。それで今回の件はチャラってことで」
「っ、はいっ! 最高のサービスをさせてもらいます!」
「ははっ、それは楽しみです」
サラと笑顔で別れて、ヨゾラたちは次の目的地に足を向ける。
「まったく、とんだ村だったわ」
「そうか? いい村だったと思うけど」
「あんたね、私たちは余計なことをしている暇はないのよ?」
「分かってるよ」
「あんたの故郷でもある、ミトロア所有者の都はまだまだ遠いんだから」
ミトロアの謎を追い求めて、二人は旅は続く。




