女であってもベッドは譲れない
「ふざけんな」
ヨゾラはアマネにパンを放り投げ、自分のパンにかぶりつく。水の入った容器を載せたお盆は、部屋に備え付けられている机の上に置いた。
「どうしたのよ、このパン」
「貰った」
「あっそ。そんなことより、ベッドで寝るのは私だから」
「いや、俺だ。それだけは譲れない」
パンをすぐに食べ切ったヨゾラは、自分の意思を示す。
「は? 女の私に床で寝ろって? ありえないんだけど。男としてありえないんだけど」
「女? この部屋にいるのは男二人しかいないだろ」
「誰が男ですってぇ!!」
「いったぁ!? 手を出すのは卑怯だって!」
平手打ちをしてきたアマネに抗議するが、彼女は謝る気配などない。
彼女もパンを食べ終わる。
「うっさいわね、おとなしく床で寝なさい。一緒にベッドで寝たら、あんたが欲情して襲い掛かってくるでしょ」
「しねぇよ」
「どうだか、さっき押し倒してきたじゃない」
「まだそれを言うのかよっ!? あの状況じゃ仕方なかっただろ!」
「あんたがあのまま何かしてきてもおかしくなかったわ!」
「はっ、無理に背伸びして大人の女性が着るような黒いパンツを履いている誰かさんには言われたくないね」
「な、な、なんですって……!」
みるみる顔が赤くなっていくアマネ。
あの黒いパンツを見られたことは彼女にとって、とても恥ずかしいことだったようだ。
ヨゾラは隙ありと思い、ベッドに寝転がる。
「なに寝てるのよ!」
「悪いけど、俺はホモじゃないんで。お前に手を出すわけがないだろ」
「だから、誰が男だコラぁ!!」
「そういう所だよ!?」
再び彼女から暴力を受けたが、ヨゾラは固い意思でベッドから退かない。
それはそうだ。何日ぶりかのふかふかのベッド。明日にはこの村を出て、野宿の生活がまた始まる。次にふかふかのベッドを味わうことができるのはいつになることやら。
「俺はもう寝るので、床で寝るかベッドで寝るか好きにしてください」
「あ、あんたね……」
ベッドの半分だけ占領し、アマネがベッドで寝れるスペースを確保する。
怒りと呆れの混じった声が聞こえてきたが、ヨゾラは旅の疲れのあまり、すぐに夢の世界へと意識を落とすのだった。
その数刻後、まだ夜中の時間帯でヨゾラは目を覚ました。
「頭いてぇ……」
明らかな寝不足による頭痛。
旅をする前の生活でこの時間に起きることが多かったヨゾラは、今でもこの時間に起きてしまう。普段であれば、このまま二度寝をすればいいのだが、今夜はそうするわけにいかなかった。
この時間に起きなければならない理由がある。
とにかくベッドから起き上がろうと、ヨゾラが横を向いたら。
あどけない寝顔を晒すアマネが目の前にいた。
キメの整ったミルク色の肌、寝息をこぼす唇、そして、彼女の発育途中の控えめな双丘に思わず目が向いてしまう。ほんの少し近づけば、仄かに甘い匂いがふんわりと漂っていた。
ヨゾラが寝た後、彼女はベッドで寝ることを選んだようだ。
「ほんと……喋らなければ可愛いのに……」
少しだけ見惚れてしまったヨゾラはそう呟き、彼女に毛布をかけてから起き上がった。
そして、そのまま部屋から出る。
受付へと向かうが、そこには誰もいない。受付の奥の扉から光がこぼれている。
その扉を開ければ、サラが電話機を片手に、どこかへ連絡をしようとしていた。
「こんな夜中に電話ですか?」
「っ!」
「相手もこの時間に電話がかかってきたら迷惑でしょ」
「どうして……」
信じられないと言わんばかりにサラが目を見開いて、こちらを見てきた。
なぜここまで彼女が驚いているのか。ヨゾラには見当がついている。
「水に睡眠薬を混ぜたはずなのに、なんで起きているのかって? そりゃ、パンは頂きましたが、水は飲んでいないので」
サラが息をのむ。直接確かめたわけではなかったが、その態度から、パンと一緒に渡された水には睡眠薬が混ざっていたと分かる。
「なんで……分かったの?」
「昔、同じことをされて引っかかったことがあるんですよ。それ以来、宿の提供する飲み物は口にしないことにしているんです。それに……こんなにも経営に苦しんでいるように見えるのに、客にパンと水をタダで配るのはとても怪しくて」
「そう……最初からばれていたわけね」
なぜ彼女が睡眠薬を混ぜた水を与えてきたのか。その理由もだいたい分かっている。だけど、問題はここからだ。彼女をどう説得すればいいのか。
ここまで話したにも関わらず、一向に電話から手を放す気配がない彼女。その態度が、説得の難しさを物語っている。
「サラさん、電話から手を放して頂けませんか?」
「あなたが一緒に旅している女の子……彼女は、命勘定のアマネね? かの大商人カルロスが賞金首にしている商人でしょ」
命勘定のアマネ。
ヨゾラの旅仲間である彼女の通り名だ。
サラの言う通り、アマネは問題を起こして大商人に追われている。しかし、まさかこの村の宿にまで知られているとは、とヨゾラは内心ため息をついた。
つまり、これからの旅では宿に泊まることすらできないということで。ふかふかのベッドを味わうことができるのは、しばらくないのだろう。
「人違いですと言ったら信じてもらえます?」
「ごめんなさい、実はこんなものが配られているの」
ヨゾラの予想していなかったものが出てきた。
サラが見せてきたのは、アマネの顔がでかでかと描かれた手配書だ。まさかそんなものまで配られているとは。
彼女の拘束に協力すれば、庶民が手に入れられないほどの金を払うと書かれている。おそらく、大商人の手下が配っているのだろう。
「ほら、彼女でしょ?」
「……うーん、どうだろ。本物よりも、その絵の女性の方が優しそうな気がするけど」
彼女がアマネではないという嘘は通じないことを知り、ヨゾラは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「とにかく、カルロスの手下に電話をするのはやめてもらえませんか? 今日だけでいいんです。明日の朝にはすぐにここから出ていくので」
「……そうしてあげたいけど、本当に経営が苦しいの。家族の思い出でもある宿を潰すわけにもいかない……」
サラの声は震えていた。彼女も厳しい現実を抱えているということで。
カルロスの賞金は彼女にとって希望の光とも言えるはずだ。
「私も今日を精一杯生きているの……本当に、ごめんなさい」
サラが電話先を入力し始める。
もはや説得は無理だった。




