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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第三章 風は嘯き 人を弄ぶ
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八話

 三人が目を開けるとまた狭間の領域と呼ばれた世界にいた。相変わらず不安になるほどに深く、暗く、静かなところだった。


「なにか得るものはあったかい?」

「失うものならあったが……。」

「実戦経験は得られただろう?失ったことよりも次に同じように失わないために、得られたものに目を向けて強くなっていかないといけないよ。」

「なんだ、励ましてくれるのか?」

「それが必要ならね。いつまでも引きずられても誰も喜ばないよ。」


 あくまでもネムレス主観で、その方が都合がいいことに関しては手を尽くすタイプだったのだろう。励まされた事実の裏にはそれをする意味やそれをする価値といった、ネムレスの利益が確かに存在していた。


「三人は確かに以前より強くなったけど、それでもまだまだ魔技使いとしては未熟だから精進してね。」

「……言われずともわかっている。」

「それで、次に行くところはどんな所なの?」

「行けばわかるさ。」


 そうして三人は次の世界へ飛んだ。目が回る様な感覚にも少しは慣れてきたかもしれない。それは同時に『異世界』というものの存在への慣れでもあったのかもしれない。


 きっと新しい世界へ着いたのであろうということを、吹き抜ける風が教えてくれた。

 しかしその風は、下から上に、上から下に吹いていた。


「ここは……谷……?」


 ルヴィナが問いかけた、谷という表現が正しいのかはわからない。

 三人が立っている場所の程近く。そこには大きな大きな穴が開いていた。その大穴の(へり)を回るようにルヴィナ達の足場は伸びていた。片方は上へ、もう片方は下へと。

 その大穴を覗き込んでみたものの光が差さない大穴はとても暗く、闇以外は見えるものはなかった。


 穴の回りは登るため或いは下るための道(と呼ぶにはお粗末ななにか)と、それをさらに覆うような岩壁しか見えなかった。

 円形に岩壁を組んだというよりは、中央の大穴の分だけ(くぼ)んでいると言う方が正しいように三人には思えた。

 実際はそうではないのだが。


「ここにいても何もわからないな……。とりあえずこの道を登るか下るかするべきだと思うんだがどうする?個人的には登る方がいいと思うんだが。」

「そう……だね。下が見えないってことは、穴の底からここはかなり高い位置にあるみたいだし、降りたら登り直すのも億劫になりそう。」


 直線距離で底が見えないほどの大穴を縁を沿うように回りながら登るとなるとかなりの負担になることは想像に難くない。

 三人は少しずつ上を目指して登っていった。ガードレールはもちろん、柵もなく道とは呼べない程の道は踏み均されており、こんな道でもどこか人の気配が感じられた。だが逆に人通りがある道を最低限の整備すらせずに足を踏み外せばそのまま終わるような道のままにしてあることもルヴィナには疑問に感じられた。


 どれほど歩いただろうか?数百メートル?数分間?

 異世界において『時間』という概念にどれほどの意味があるかは知らないが、そこそこ歩いた所で三人は少しの違和感に気付いた。正確には少しずつ気付いていった。


 息苦しい。

 少し歩いた程度でへばるような訓練はしていないし、ましてや悪路でもない。『この程度』の運動なんてマザーと対峙したときと比べるほどのものでもない。

 でも確かに三人は疲れてきていた。それでも進むしかなかった。


 しばらくして上空から飛来する何かにルヴィナが気付いた。それは初めはただの点だった。自分達が登っていくほどに大きくなっていく点が二つの影だと気付いたのがついさっきだった。


「あれはなに?」


 ルヴィナが指差すその先をアルスとニコルは顔をあげて見ていた。そしてそれらの話し声が三人にも聞こえてきた。


「ツムジ!人間が登ってくるよ!」

「んー?なんだってこんな時間に……。」

「……なんかあれ、怪しくない?」

「怪しさしかないな。カオル、確かめにいくぞ。」

「ボクの!名前は!薫風!だってば!く・ん・ぷ・う!」

「そう言うならカオルも俺のことを旋風って呼ぶべきだな。いいからいくぞ、カオル。」


「おい!そこのお前ら!……何者(なにもん)だ……?里の者じゃないな?」

「そんなの見りゃわかるよ!ツムジ!」


 アルス達が呼び掛けてきた、その影を見るとそこには二人の鳥人のような何かがいた。

 槍を持っているツムジと呼ばれたそれは明るい青色、具体的に言うなら露草色。その色の翼を有していた。背中からはえるその翼さえなければ、シルエットだけでいえば、人と大差ないだろう。実際は羽毛に覆われた胴体と手足の鱗から人でないことは一目でわかるのだが。

 一方、カオルというそれはツムジよりもさらに鳥に近く、両腕が翼と化していた。色は早苗色で艶があり上から降り注ぐ日に照らされてとても綺麗に見えた。やはりこちらも羽毛と鱗は変わらない。


 その二羽を見てニコルは警戒心を抱いた。人よりも遥かに『モンスター』に近しいそれを警戒すること自体はおおよそ自然で正しいことなのかもしれない。

 だがその行動の印象はよくなかった。


「すまない。ここがどこなのかよくわかっていないんだ。」

「よくわかってないだぁ?武装した人間二人が物騒な魔力の塊連れてこんな時間に来るなんて碌でもないこと考えてるんだろうが、俺らフェザードをなめすぎだな。」

「フェザント?私にはキジには見えないけど……。」

「フェザントじゃなくてフェザードだよ!ボク達を只の鳥と一緒にしないで!」

「そこらの鳥とは度量(スケール)が違うぜ!」

「そこらのとは(スケイル)が違うよ!」

「……まぁいいぜ。お前らが何を考えてようが知ったことじゃない。ここで倒れてもらうぜ!」


空から襲いかかる二人の鳥人(フェザード)。それに一早く応戦したのはニコルだった。ニコルは『発』により跳躍し『爪』で二人に斬りかかった。

 それに反応したフェザード達はそれぞれ左右に別れて回避した。そこをルヴィナの矢とアルスの『閃変万火』が襲った。そこまではおおよそ完璧であったが、アルスとルヴィナの攻撃は風の障壁に阻まれた。


「飛んでけ!『一陣の戦斧(トマホーク』!」


 自由落下するニコルを薫風が強く蹴りつけた。地面に叩きつけられこそしたがネコ特有の体幹と軽さ故にほぼ無傷であった。蹴られたところにもまるでダメージはない。


「おい、カオル!助けてどうすんだよ!」

「うぅ……ビリビリする……。助けないと奈落の底に真っ逆さまだったよ!」

「こっちまで跳んできてんだから同じ要領で帰れるだろ!それに落ちるなら願ったり叶ったりだ。」

「イヤだよ!ボクはあのネコ(すけ)を飼いたいんだから!」

「はぁ?あの猫を飼うだぁ?どうせ世話しないだろ。やめとけって。」

「ちゃんとできるよ!」

「できないって。どうせ俺が世話することになるんだ。前に飼ってたトカゲだってそうだっただろ。」

「ツムジはお母さんか!」

「せめてお父さんだろ!飼うでも飼わないでもいいから周りの二人だけでも撃退するぞ!」

「おー!」


 旋風はアルスを薫風はルヴィナを目掛けて飛んできた。素早く槍を振り下ろす旋風の一撃を、アルスは必死に受け止める。風を纏ったそれはただ受け止めるだけがとても難儀するものであった。

 薫風からルヴィナを護らんとニコルは薫風へと突っ込んだ。飛行能力と風の力があったとしても初速だけならニコルの方が遥かに素早いだろうという考えがニコルにはあった。その算段は間違ってはおらず虚をつかれた薫風は危うく『爪』に当たりそうになったが、間一髪のところで風の力で防いだ。

 ルヴィナも幾度もニコルの攻撃に矢を重ねたが結果には繋がらなかった。弓矢という武器と風というものの相性は最悪であった。それ故の焦りもルヴィナにはあった。マザーと対峙したときも自身の火力の低さに苦悩したのもあって、ニコルやアルスと比べて実績がないという認識をルヴィナは持っていたのだ。


 アルスが『業火剣乱』を使うことで旋風との戦いは多少優位にはなった。風に煽られた炎は強さを増していた。それでも旋風の風は単純な斬り合いに強く実際の筋力以上に旋風の槍を重く感じさせた。


「はぁ……はぁ……埒があかないな……。」

「埒があかない?ははっなんもわかってないな。」

「なんだと?」

「今のお前らじゃ俺と薫風には敵わないってんだよ。飛行能力もない、剣の間合いで攻めきる力も遠距離の俺らを倒せる魔技もない。これ以上やってもお前らに勝ちの目はないとみるぜ。」


 ニコルを除いては。という事を敢えて言わずに絶望感だけを与える言い回しだった。飛翔であれ跳躍であれ、飛んでいるフェザードに接近できないとアルス達の未熟な魔技では風に阻まれて戦うことすらままならないのであった。

 その点ではニコルだけは違った。瞬間的に相手に近付く魔技もあれば『爪』を持ってすれば風をも裂ける。旋風達の知る限り遠距離技は使わないが隠し球という可能性も否定できない。


 どごーん!


 いきなり大きな音がした。その発信源に誰もが目を向けた。そこにはニコルがいた。

 ニコルは自身が発生させた落雷を受け巨大化していた。先の異世界のマザー戦でみせた、それを自前でやってのけたのである。その魔技の名を『(びょう)』という。

 マザーの時とは異なり自分で制御しているのでそこまで酷い興奮状態にはならないが、それでも少しは気持ちが昂っていた。

 雷音を聞いたときから薫風も旋風も警戒態勢に入っていて、油断の一つもなかった。それでも急に大きくなったニコルに驚きは隠せなかった。


「ねぇ!あのネコ助おっきくなったよ!晴天に辟易って感じ!」

「それを言うなら青天の霹靂だろ。ふざけてる場合か!来るぞ!」


 フェザード達は危機状況において間合いを自ら詰めるようなことはしてこない。先程は攻め込んできた彼らがニコルが『猫』を使った途端に間合いをとって様子を見ている。そうなるとニコルにできるのはただ跳ぶことだけだった。

 大きくなり重くなったとはいえ同時に総合的な魔力が上昇したために『発』での速度も遅くなるどころか重みを増してむしろ加速してすらいた。


 ニコルの重たい『爪』を回避した旋風はすぐさまニコルの胴に槍を全力で刺しに行ったが『旋』でいなされ、弾かれたところにアルスが放った『閃変万火』が襲った。


「『狙撃の突風(スナイプガスト)!』」


 薫風が放った風の刃がアルスの攻撃を阻害した。ニコルは無事に着地したが分の悪さは否めない。


「おいカオル!もうアレで終わらせるぞ!」

「りょーかいだよ!薫風だよ!」


 二人が力を溜め始めたのを見てアルスとルヴィナが遠距離から攻撃を仕掛けたが、遅かった。


「『俺達流、烈風轟嵐牙』!!」


 旋風が作り出した中ぐらいの竜巻に、それより少し大きな薫風の竜巻がぶつかって大きな竜巻になった。その竜巻に巻き込まれ、アルス達の攻撃もろとも一行は打ち上げられた。

 そしてその竜巻に乗った薫風旋風が身動きのとれない三人を奈落へと叩き落としたのであった。


「ふぅ……なんとかなったな。」

「あっ……ネコ助……!ひどいよツムジ!ボクが飼うっていったのに!」

「いや、どう考えても手に負えないだろ……。とりあえず嵐隊長に報告だ。いくぞ、カオル。」

「薫風だよ!」


 落ちていくなかどうにかできないものかとルヴィナは模索した。アルスはおそらく頭を強く打たれて意識を失っている。ルヴィナ自身もかなり朦朧としていたが意識を強く持たないと、という気持ちだけで持たせていた。

 しかしそれも無駄だった。結局落ちていく体と共にルヴィナの意識も落ちていった。

一月分更新が遅れてすみません

気を長くしてお待ちいただけると幸いです

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