最終話
あれから幾つもの星が昇り、幾つもの霜が降りた。
彼女が目を開けると、見覚えのない知っている天井が見えた。
ここはシグザルやメディスがいた世界にあったベッドの上だった。
ゆっくりと起き上がると遠くでアラートのような物が響いているのが聞こえる。
彼女はぼんやりとしていた。頭では状況を理解はしていても心が理解を拒んでいる。
「お姉さん!起きたんだね!ぼくのこと、わかる?」
「……うん。」
彼女は声の主を知っている。だから解りはする。
問いかけて来たのはかなただ。
彼女の返事は声が掠れていてほとんど聞き取れるものではなかったがかなたは話を続けた。
「今、皆を呼んでくるから、待ってて!」
そう言ってかなたは、闇の中へと消えていった。
彼女は待てと言われたが待つ気はなかった。
しかしベッドから降りようとしても身体が全然動かない。ずっとベッドで寝ていたため、筋力が落ちているのだ。
彼女はふらふらな足取りで、壁にもたれかかりながら部屋を出た。
どこに行きたいわけでもない。ただ皆に会いたくない。
しかし当然ながら彼女の思惑通りにはいかなかった。
「ルヴィナ!どこ行くの!? まだ寝てなきゃダメだよ!」
声の方を振り返るまでもなく、誰が声をかけてきたのか彼女にはすぐにわかった。
振り返りたくなかった。顔を合わせたくなかった。
彼女は無視をして歩き続けた。
「待ってってば!!」
薫風が彼女の前へと回り込んだ。
「ルヴィナ……泣いてるの?」
濡れた頬と充血している目。問いかけるまでもない。
「ごめんなさい……一人にしてほしい……。」
彼女の口から掠れた細い声が、薫風に突き刺さった。確かにルヴィナの声なのに、今まで聞いたことのない声だった。
薫風は何も言えなくなった。
ルヴィナが目を覚ましてちゃんと会話が出来て嬉しいはずなのに、なんでこんなに悲しいんだろう。
黙っている薫風の横を抜け、彼女は最奥の部屋まで辿り着いた。
この部屋はマザーが居た部屋だ。その部屋で明かりもつけずに彼女は膝を抱えて丸くなった。
私はルヴィナだから泣いてはいけない。わかってる。だけど今だけ。今だけは。
ルヴィナは母親であるディアンナが亡くなった時を最後に泣かないと決めた。
それを今までずっと守り続けていたし、サフィーナが亡くなった時も、その後の戦いでどれだけ精神を打ち砕かれようとも泣くことだけはしなかった。
暗い部屋にすすり泣きだけが虚しく響く。
ガラリと部屋のドアの開いた音が聞こえた。
彼女はその音を聞いたものの顔を上げることもせず、ただ黙っていた。
「ルヴィナ。」
あぁ、この声は─
「顔を上げてくれないか。」
彼女は誰かが部屋に入ってきた時から泣き止んでいたが、顔を上げたくはなかった。
「いや、そうしたくないのならそれでも構わない。だが、今は少しでも食事を取って寝ていてほしい。」
彼女は返事をしない。動いてはいるので生きているのは間違いないが。
アルスは彼女の隣に座った。それ以上は何も言わずにただ彼女が前を向いてくれるのを待った。
とても長い時間のように感じる数分が流れた。
そうして突っ伏したまま、彼女が問いかける。
「……アルス。」
「なんだ?」
「皆、集まってるの?」
「かなたと薫風だけだ。グレンは『チビ達の面倒見なきゃなんねぇから』って言ってた。元気になったらこちらから顔を見せに行こう。」
「……そっか。」
彼女の声のトーン、言葉選び。その節々からアルスは違和感を感じた。いつものルヴィナらしくない。
アルスにふと一つの疑問が浮かぶ。
何故彼女は泣いていたのだろう。
アルスは一つの解を得たが、それは彼女の口から話されるべきものだと判断し、そこを詰めようとは思えなかった。
「ごめんなさい。ベッドまで戻るね。」
「あぁ、肩を貸そう。」
「ありがとう。」
ベッドまで戻ると薫風とかなたがいた。
「ルヴィナ……ごめんね。ボク、空気読めなくてさ……ダル絡みしちゃった……。」
「ううん、全然! 私こそ感じ悪かったよね! ごめんね!」
「……? ううん、大丈夫。ルヴィナ……あの……えっと……。」
「……どうしたの?」
「ううん、なんでもない……。」
薫風もやはり、彼女から違和感を感じ取っている。
そして薫風もアルスと同じ疑問を抱き、同じ結論に至る。
「ねぇ……元気になったらさ。ルヴィナと約束してた旅をしようよ。」
「旅……。」
「うん。きっと楽しいよ。そこで色んなものを見て色んなことを知っていくの。」
「うん。楽しそうだね。」
「ボクさ。もっとルヴィナのことも知りたいよ。ルヴィナがいた世界とか、ルヴィナの……お姉さんの事とかさ。」
「……! うん。そうだね。私も皆のことちゃんと知りたい。」
そう言うと彼女は穏やかな顔で笑った。
「……ボクね。ルヴィナが禁術を使ったってアルスから聞いて、さようならの挨拶もできずにもう話したりできないのかなって思ってた。だから起きてきてくれて心の底からとっても嬉しいよ!シナプス感激って感じ!」
「……うん。」
「でももし……あくまでももしもの話だけど、ルヴィナがそう望まないのなら、ルヴィナはルヴィナで居なくてもいいんじゃないかな。自分らしくとか、そういう風に生きることを誰かに望まれているからそうしないといけないとか、そういう貼られたレッテルに左右される必要性はないよ。ボクの生き方はボクが決めるし、それは皆が皆そうする権利があるものだと思うしさ。」
「うん。ありがとう。」
「お姉さんは『いずれ菖蒲か杜若』って言葉は知ってる?」
「うん……知ってる。ありがとう。」
いずれ菖蒲か杜若。どちらも優れていて優劣がつけにくいこと。
かなたが暗に言ったことは彼女も理解している。
最終的に彼女が選択したのは、誰にも何も言わない事だったが、アルス達も仲間だからこそ、それを尊重した。
彼女も仲間だから何も言わないことにしたのだ。
それから数日、数週間をかけてリハビリを済ませた彼女は、肉体的にも精神的にも十分に元気になって、アルスと薫風とかなたとの四人で旅に出た。
そして最初にグレンと合流し、その後アルスとルヴィナが最初に住んでいた世界へと戻ってきた。
世界というのは言葉の綾で今は同じ空間の延長線上にある。
「この世界も随分、懐かしいんじゃないか?」
「そうだね。でもフローラもネコちゃんもいないし、私はそこまでこの世界に思い残すものはないんだ。」
「騎士団に戻ったりするつもりはないのか?」
「今は騎士団なんかより皆との旅を楽しみたいから、考えるのはまだ先だよ。」
この世界を最初に来たのは彼女たっての願いだった。
終着点とするのであればここに来るのは最後で良かったはずだが彼女はここから周りたいと言ったのだ。
「サフィーナのお墓はどこにあるの?」
「あぁ。こっちだ。着いてきてくれ。」
花の神子の家。そこからほど近い、峠の上にサフィーナの墓標が立っていた。そこは自然豊かで地面に花も多く咲いていたが、それ用に墓前に添えられた花は、まだどれも新しくつい先日にも誰かが訪れたことが窺える。
五人はサフィーナの墓の前で黙祷した。
それぞれ色々な思いを抱えていた。
「……。ありがとう、わざわざ付き合ってもらってごめんね。」
「水臭いこと言うなって! ボク達仲間でしょ?」
「そうだね。それじゃ次はどこにいく?」
「ボクねぇ、ボクねぇ、アルスの家も見てみたいな!」
「私も見たことないなぁ。見に行ってもいい?」
そんな他愛のない話をしながら、一行の旅は続くのであった。
それぞれ今までの旅で得たモノと喪ったモノの事を想いながら、それぞれの世界へ向かったり、まだ行ったことないのない世界を見たり、一行は楽しく旅をしていく。
その旅が終わる頃には、彼女達の心も落ち着いて、またそれぞれの生活に戻っていくのだ。
いずれはそんな、未来が待っているはずである。
その先にまた何かの拍子に戦いの場に身を投じる事になるかもしれない。そうなったとしても今彼女の側にいる彼らと共に戦えるのなら、彼女にとってはそれも楽しい未来と思えるだろう。
いずれにせよ、彼女の未来は彼女にとって色こそ異なれど宝石のように輝かしいものとなることが約束されている。
なぜなら彼女はどんな未来も楽しむことを決めたから。そうしないと合わせる顔がないから。
いつかはそんな日が訪れるけれど、それはまだ未来の話。
今はただ、アルス達と親睦を深めながら旅をするだけ。
今はただルビーかサファイアかわからない原石を磨いていくだけ。それだけである。




