五十六話
「『炎環・火瓊玉』!」
グレンが放った無数の火炎弾がベテルギウス目掛けて回転しながら飛んでいく。
グレンとて馬鹿ではないので、遠距離攻撃が苦手ということに対して問題視していないわけではなかった。
本人の魔力の特性の問題でグレンはそもそも遠距離攻撃魔技が苦手だった。アルスも魔力的素養の観点で遠距離攻撃が得意ではないがグレンほどではない。
しかしグレンは対カストル&ポルックス戦で龍鬼の能力を覚醒させた。その折に飛行能力だけでなく、魔力のコントロール能力も向上した。その結果、グレンの魔技は全体的に強力なものになっている。(アルスも今はかなたより譲り受けた魔剣の能力があるので、今までほど苦手でもなくなっている。)
能力を覚醒させたのは薫風も同様で、こちらも全ての魔技や薫風本人のステータスが強くなっている。
それでもベテルギウスの魔力には遠く及ばない。
グレンの火炎弾はベテルギウスの作り出した闇へと吸い込まれていった。
そこからさらにアルス、ルヴィナ、薫風の『閃変万火』『螺旋』『疾風の狙撃』で畳み掛けたがそれらも全て闇へと吸い込まれた。
「ちっ……なんだよアレ……ズルだろ。旦那、遠距離戦じゃ埒が明かねぇ。オレは詰めるぜ!」
大翼を羽ばたかせグレンは飛び込んでいく。
「待って!グレン!ボクも行く!」
「あぁ!?お前が来たところで……いや、頼りにしてるぜ。カオル!」
「任せてよ☆」
グレンが薫風の事をカオルと呼んだのは初めてのことだったが、お互いにそこに何も違和感を感じなかった。
二人が飛んでいく間に沢山の魔力がぶつかり合う音がする。アルスとルヴィナも飛びはしないが可能な限り、二人を援護する。
アルスもルヴィナもその気になれば飛ぶことは出来るはずである。ただそうしないのは、やったことのない飛行をぶっつけ本番でやって失敗するとそのまま自由落下してダメージを負うからである。
グレンは並の人間とは体の構造が違うため、そもそもただ落ちた程度ではさしたるダメージを受けない。その為翼が生えた直後から強気に飛行していく気持ちになることができた。
グレンと薫風を撃ち落とすためにベテルギウスは魔力弾を放ってくる。一つ一つはベテルギウス的にはそれほど大きいものではないが、直撃すればかなりの痛手となるのでグレン達も無視はできない。
「グレン!アレでまとめて蹴散らすよ!」
「言われんでもわかってる!」
「「『風炎・震天鏖』!」」
薫風が生み出した竜巻が、グレンの業炎を飲み込みながらベテルギウスへと突き進む。
ベテルギウスの魔力弾も弾き飛ばしながら向かっていくその竜巻はベテルギウスに当たる直前で、ベテルギウスの持っている剣で真っ二つにした。
「そう来ると思ったよ!『恐風の爪痕』!」
竜巻の影から薫風が飛び出して、ベテルギウスを足の爪で斬り裂く。
ベテルギウスの肩に裂傷が付いたが、大きなダメージになっているわけではない。
そこへグレンが追撃する。
「『炎撃・火遇鎚』!」
大槌の形をした魔力の塊が振り下ろされた。ベテルギウスはそれを防御したが、威力が高く地上戦出来る程度の高さまで落ちた。
「『翡翠の牢獄』!」
「『落炎・禍墜火』!」
薫風がベテルギウスを拘束し、そこへグレンが追い討ちをかける。
二人のコンビネーションは、息があっていて薫風は旋風と一緒に戦っている時と同じぐらいの安心感と信頼感に包まれていた。
グレンの追撃も決まってベテルギウスに少なくないダメージが入った。
「あー……もう……そういう面倒なことする……。」
「はっ……さすがの大悪魔様も効いただろ!」
「君の話じゃないよ。三下は黙ってな?」
「あァ!?」
グレンがベテルギウスを見やると、薫風がベテルギウスの肩につけた傷がキラキラと光っている。
グレンとベテルギウスが口論している間も、ベテルギウスは薫風の支援を受けているグレンとアルス両名からの近接攻撃を捌きながらルヴィナの矢を弾き返し、的確に反撃をしている。
ベテルギウスが操っている闇は、自らに意思があるかのように自由に動き回り、アルス達からはベテルギウスが見えていない様に見える攻撃すら防いでいた。
ただ、戦っていてアルスが気付いたことは、遠距離攻撃は闇に吸い込まれるが、アルスの剣やグレンの槍を闇を使って防ぐことはしないということだ。
その闇の仕組がどうなっているのかは不明であるが、意図的にやらない或いはできない理由があるのだろう。
ルヴィナの零の剣の力を使った矢で幾度かベテルギウスを射ったが、どれも有効打になっているような手応えはなかった。
ルヴィナの意図としては、ベテルギウスが守っている闇を多少なりとも払えれば、やる価値があると思えたがどうにもそういうわけでもないらしい。
ルヴィナの(零の剣の力を帯びた)矢は魔力を消す力があり、ベテルギウスの闇も同じ様に消すことが出来れば良いと考えていた。
ベテルギウスの闇も魔力由来ではあるがそもそもルヴィナの矢も魔力で出来ているのでそこに少し最大許容量を食われていることと、アルスが直接零の剣を振っていた時と比較して、零の剣本体から距離が離れることが重なって、魔力を消す力そのものはかなり弱くなっている。
勿論それでも、魔力を消すという代用が効かない力が弓矢の半分程度の射程で(相手がベテルギウスでもない限りは)有効であり、必要に応じて矢を追加すれば消せる量は多くなるので、アルスが持っていたほうが良かったということはない。
アルスほどではないにせよ、ルヴィナも剣を振らせれば一人前であり、ルヴィナが零の剣を剣として振るうのであればその部分に関してはアルスと遜色ない性能で戦うことができるだろう。
「『隠牙の凰鳳』!」
「『炎架・十字放射』!」
アルスと薫風の、そしてルヴィナとグレンの魔技を同時にベテルギウスにぶつける。
今までのどの戦いでもここまで明確な殺意を持った最大火力をぶつけたことはなかったが、それでもベテルギウスに少しのダメージを負わせた程度のものだった。
「くそっ……バケモンが……。」
「でもボク達の攻撃が効いてないわけじゃないよ!」
「あぁ。そうだな!」
「それに……そんなに余裕もないでしょ?」
薫風の問いにベテルギウスは嫌な顔をする。
薫風の『恐風の爪痕』は傷をつけた相手から徐々に魔力を奪うというものである。長期戦になるほど影響は大きくなるためベテルギウスも悠長はしていられない。
だからこそ薫風は攻め続ける選択をする。相手の攻撃に対応するより自分から攻める事で相手に攻めさせない方が戦いは長引かせられる気がするから。
グレンは元々攻めっ気が強い。その性分と現在の仲間達の戦闘方針が噛み合っているので実力を十分に発揮できている。
アルスも体力こそあるものの元々持久戦する戦闘スタイルではないので短期決戦は本人的には望むところだった。
ルヴィナは急戦や持久戦といった括りで得手不得手ということがないので問題はない。
薫風の魔技の効果を薫風しか知らないので、薫風の狙いと他の仲間の思考はズレていたが、結果的に狙っている方向性が同じであれば、連携を取るのは簡単なことだった。
「『炎蔓流爛』!」
「『激動の原点』!」
アルスと薫風がベテルギウスの守りを崩しにかかる。
ベテルギウスはそれをいとも容易くいなしてみせるが、そこからグレンとルヴィナの攻撃のターンが回ってくるのでベテルギウスも中々攻めることができない。
ベテルギウスは冷めた目で攻撃を流している。そしてアルス達からの攻撃と攻撃の合間に隙ができた所を咎めてくる。アルス達が攻めているが、アルス達が有利であるという精神的余裕はどこにもなかった。
お互いに劣勢ではないにせよ、楽はできていないというマイナス方面でほぼ互角の状況になっていた。
拮抗したままベテルギウスとアルス達の攻防は続いた。
そうなるとどうなるか。
当然体力、魔力の絶対量が少ない者やコストパフォーマンスが悪い者からへばっていく。
なので長引くと攻め込んでいる側が不利になる。
薫風としては長引かせるために攻めていたが、果たしてそれがベテルギウスの魔力の最大値などを加味した上での上策であったかどうかは不明である。
大事なのはその策が上策だったか下策だったかではなく、生まれた結果だ。
ベテルギウスは戦いながら誰を最初に倒すべきかを考えた。
自分に与えてくる影響が最も大きいのは誰か。最も倒すのに手間取らず、短時間で最も自分がアドバンテージを稼げるのは誰か。
影響力の大きさはアルスとルヴィナが持つ剣がやはり厄介だ。ベテルギウスが攻めるにも守るにもどうにもこうにも邪魔になって仕方がない。
その厄介さは倒しにくさに直結している。先に倒したいが倒すのに一番時間がかかるのがルヴィナ、次点でアルスになるだろう。
ルヴィナは配置位置が後ろの方なのも相俟って、ベテルギウスが倒しに行こうとすればそれこそ間にグレンやアルスが入ってくる為、どう転んでも三番目以降になるだろう。
防御の要で、単純な個人の火力は薫風よりは高い上、こちらの防御のための魔力を零の剣で削ってくるのがとても厄介。それでも単体火力は所詮三番手で、運よく落とせるような相手でもない事を考えれば厄介だが放置が安定だろう。
フィジカルモンスターのグレンを倒すのはアルス達とは別ベクトルで骨が折れる。タイマンで殴り合っても負けることはないが、火力と硬さだけが取り柄なグレンを優先的に落とす必要性はない。
火力だけなら随一だが攻撃が自身の火力の高さを過信したもので、今まで火力で押せていた分攻撃が単調で受けるのは難しくとも流すなら難しくない。
それにグレンはメンタル的には恐らくそれほど強くない。状況が変われば落とすのも難しくないだろう。
薫風は火力のない支援役。とはいえ『恐風の爪痕』の存在により脅威度は増した。常にアルス達にかけられている『速撃の追風』による補助がなくなればベテルギウスの攻撃頻度はもっと上げられる。耐久の低さから考えても優先度は高め。
それに加えて、魔技を仲間と組み合わせて出してくる時に大体関わってくる存在なため、結果的に火力に貢献している割合も高い。冷静に考えれば考えるほど一番曲者であるという評価になる。
ただしルヴィナ同様、立ち位置が後ろである為若干無理をしないと攻めづらい。
アルスは元々、立ち回りがとても硬い。この旅を始めてからアルスはニコルとルヴィナを守りながら戦っていて、次に増えた仲間も薫風だったこともあり、ずっと守る戦いをしてきていて仲間を庇ったり相手の攻撃を受けたりする能力が最も優れている。
壱の剣によって属性が多様化した事をまだ活かしきれていないが、そこが明確なのびしろで今まさに成長していく様を目の当たりにしている事を考えるとあまり放置したくない、放置できない相手である。
アルス達は役割分担がはっきりしている。はっきりしすぎている。本来はここに、撹乱兼攻撃役としてニコルがいた。ニコルが居なくなったからこそ、戦闘面でニコルが居ない事実が今アルス達に重くのしかかる。
ニコルが居ると相手はニコルを意識しないといけなくなる。それだけでアルスは自分が攻めるタイミングを貰ってきた。アルスが相手を短時間しか止められなくても、ニコルのあまりにも素早い一撃が容赦なく相手を襲った。
ニコルの抜けた穴は他の仲間が強くなった分を差し引いてもまだ埋まってはいない。
ベテルギウスは倒すべき相手を見定めて、一手でそれを討つ心積もりだった。一度やれば二度は通じない搦手を使う場合はその一回で必ず致命打を与えなければならない。
敢えて先んじて手の内を見せることで意識のリソースをそこに割かせるという選択肢も存在はするが、相手の方が数が多いこの局面でその手段に出てもそこまで大きな成果にならないだろうとベテルギウスは考えた。
その機を伺って。待って待って待って待って。
ついに今、狙っていた状況になった。
攻撃の合間を縫って、ベテルギウスが一瞬闇の中へと消えた。
そして全員がその姿を見失い、全員が『自身の』身を守った。
それはとても自然な事だった。警戒態勢としてとても正しい。ただし、自然で正しいとは最も読みやすいということである。
ベテルギウスが消えたのは今まで狭間の世界を行き来していたものと同じものだ。闇に消え闇より出る。
ベテルギウスが出てきたのは……薫風の足元の背後からだった。
「薫風!」
「まずは一匹!」
アルスの呼びかけ虚しく、薫風は完全にノックダウンしてしまった。
生死不明。戦線復帰は絶望的であることは火を見るより明らかな状態であった。
いつもこういった不意打ちにいち早く対応し、対処してきたのもニコルだった。アルスはその事をこの瞬間に痛感した。
「てめぇ!! 赦さねぇ……!!」
グレンは完全に頭に血が上りベテルギウスへと突っ込んだ。
アルスは今のグレンを止めても無駄であることは百も承知だった。だからアルスもグレンに負けじとグレンの猛攻に合わせようと努力した。ルヴィナもその辺りは同じだ。
ただ、グレンの方が二人よりも遥かにフィジカル的に優れていたが故に、そしてグレンに合わせて動き出した二人とは異なり真っ先に薫風の状態に反応できてしまったが故に、グレンだけが突出した形となった。
そして勿論ベテルギウスはそこまで織り込み済みだった。
「ブッ殺す!!!『炎海・我断罪』!!!」
グレンの魔技では今までにないほどのとてつもない業炎がベテルギウスへと放たれる。暴走するリスクギリギリ手前のラインまで火力が引き上げられていて、グレンの実質的な最大火力だった。
そういった大技を使うと往々にして、その直後は魔力のバランスが崩れる(人間の感覚で言えば猛ダッシュした直後の息が不安定な状態のようなものになる)ので、グレンは一時的に攻撃力と防御力が下がってしまった。
グレンの攻撃は広範囲に広がりベテルギウスの眼前を覆い尽くす。
それに対してベテルギウスが取った行動は、気絶した薫風を盾にする事だった。
その事にグレンはひどく動揺した。
そしてその虚をベテルギウスが衝き、グレンもまた気を失ったのだった。




