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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
終章 いずれ菖蒲か杜若
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五十五話

 ニコルの最期の攻撃を、アルスは受け止める覚悟だ。

 そこに込められたニコルの愛情おもいも、アルスは理解していたからこそ、命を懸けてでもニコルが選んだ道をアルスは否定できない。

 これで斃される様ならそれでいい。アルスはそう思った。それがニコルとルヴィナの想いを汲むことになるのなら。それもいいだろう。


 アルスは剣を構えたが、それは無駄になった。アルスの背後から何かがアルスの横を通り抜けていったのだ。

 一つや二つではない。その正体はルヴィナの矢だった。


 ルヴィナの矢はニコルの魔技にぶつかりニコルの攻撃の威力を一矢毎に大きく減衰させていく。アルスには一目でルヴィナの矢がアルスが持っていた『零の剣』の性質を帯びていることがわかった。


 一発でニコルの魔技のすべてを消すことは叶わないが、それでも数発でニコルの魔技をすべて消し去ることに成功した。


 そして、静寂が訪れた。





 ニコルの姿はそこにはなかった。

 ニコルはもうどこにもいない。



「ルヴィナ……なんでそんなことを……!」

「これじゃ意味がないんだよ……。これでネコちゃんがあんたを殺しても、ネコちゃんはもういない。」

「だからってニコルの想いを無駄にするのが正しいとは思えない!」

「だったらそれであんたが死んだとして。私はどうしたらいいの?」

「ニコルの意思を継いで、ルヴィナの願い通りサフィーナを生き返らせればいい。」

「……あんたはずっと何もわかってないね。ずっと自分本位でしかない。」

「なんだと……。」

「ネコちゃんの意思だとか、私の願いだとか。結局私達に自分の選択を押し付けてるだけでしょ。サフィの事を話さなかったのもそう。」

「……。」


 アルスとルヴィナが話しているところに薫風が話しかける。


「ルヴィナ。ボクはルヴィナの言う事も正しいと思えないよ。」

「カオル……?」

「まずさ、ルヴィナも他人のこと言えないよね?ルヴィナだって相手のこと優先してばっかりでいつも貧乏くじ引いてるじゃん。」

「そんなことないよ。それにそうだったとしても、それは別の話でしょ。」

「ルヴィナはそうやっていつも逃げる!ルヴィナはボク達の事好きじゃないの? ボクはルヴィナの事好きだよ。」


 薫風のこの問いはアルスにしたものと同じだった。

 薫風にとってはこの質問の回答が全てだった。薫風はアルスもルヴィナもグレンもニコルもかなたも全てが好きで、それらはすべからく元気で楽しい人生を生きるべきだと思っていて。

 その上で、ニコルとアルスが真剣に殺し合いをしていたこともわかっていたので止めることもできず、ただひたすらにどちらにも負けてほしくないと願っていた。

 

 ルヴィナがニコルの攻撃を止めてくれたお陰で、大好きなニコルが大好きなアルスと共倒れという状態は避けられた。

 薫風にとって、ルヴィナがニコルを止めた時にそこにあった想いは、薫風のものとルヴィナのもので差はないと思った。ならばルヴィナもアルスのことが好きなのだろうというのが薫風の考えだった。



 そもそもの大前提として、ルヴィナはサフィーナを生かしたいと思いこそすれど、決して死にたいわけではないのだ。

 アルスはそこのところを少しだけ履き違えている。

 ルヴィナがやや自暴自棄になっていて、自らをかえりみない選択をしていることは事実だが、目的のために手段を選ばないだけで、他の手段があるのなら当然そちらを選んだだろう。


「私は……私だって……。」

「うん……わかってるよ。ねぇルヴィナ。ボクとの約束。覚えてる?」

「……?」

「この旅が終わったら、皆で一緒に旅をするって約束。」

「……うん。」

「あの約束をするずっとずっと前からルヴィナはアルスを殺そうと思っていたんでしょ?なんでボクとそんな約束したの?違うよね。ルヴィナは……時点でもうアルスのこと許してたんでしょ?」

「……。」


 ルヴィナとしては正確な表現は『許してしまっていた』である。

 そしてアルスを望まず許した自分自身を、サフィーナへの裏切りとして許せないでいた。


 黙っているルヴィナを見てアルスはいたたまれない気持ちになり声を掛けた。


「ルヴィナ……すまなかった。サフィーナを護れなかった事も、何言わなかったことも、全て俺の落ち度だ。」

「はぁ……もういいよ。私がサフィの記憶を持ったせいで、サフィが何をどう思ってたのかも知っているし、今更あんたを責めようとも思わないよ。」

「そうか……ありがとう。」


「アルスゥ……よかったねぇ……。ルヴィナが帰ってきてくれて……。」

「……あぁ……そうだな。」


 そんな話を、している最中にもベテルギウスとシリウスの戦いは続いていた。


 そして今、その戦いも決着しようとしていた。


「終わりだ、ベテルギウス……!辞世の句でも詠むといい。」

「僕は……そんなものを詠むつもりはないよ。」

「そうか。だったらそのまま果てるがいいさ。」


 鋭い氷がベテルギウスの身体を貫いた。ベテルギウスは力無く地へと落ちていく。


「封印なんて生温い事は言わない。私がこの剣で終わらせてやろう。」


 アルスはシリウスを止めようかと一瞬考えた。しかしアルスは結局そうはしなかった。


 ベテルギウスへの憐憫あわれみの情がありはするが、それはそれとしてサフィーナの死の直接的な原因はベテルギウスの魔力にあてられたエルム(=エイプリル)が、サフィーナに襲いかかったことである。

 エルムをベテルギウスが直接的に操っていたわけではないし、エルムの中にベテルギウスの魔力があったことに関してもベテルギウスに否があるわけではない。


 ではベテルギウスに全く罪がないのかと言えば、それも正しくはない。

 封印されていたからといってベテルギウスの原罪はなくならないし、ベテルギウスがそもそも封印されるようなことをしなければ……という話ではある。(マーチが悪いというのはともかくとして、ベテルギウスに罪がないわけではない。)


 ベテルギウスの魔力を持っていたサテライト達が暴走した原因は、ベテルギウスがネムレスの姿で活動を始めたのに呼応した(そうなることをベテルギウス自身が把握した上で望んだ)ということであり、直接的に操ってはないにせよ関与はしていた。


 ベテルギウスはそういうやつだということを、これまでのネムレスとの対話でアルスもルヴィナもよくわかっている。、



 サフィーナの死を受け入れはしたし、ベテルギウスの悲しみ苦しみを知っても尚、アルスはベテルギウスを許すことができなかった。

 ルヴィナのベテルギウスに対しての感情も、それと似たようなものだ。


 薫風とグレンはサフィーナの事は知らないが、目の前でニコルが消えた事は二人にとって身近な出来事であり、仲間が消えた原因がベテルギウスにあるということはわかっているため、ベテルギウスに対して強い怒りを覚えている。



 ベテルギウスはシリウスが今しがた討ち倒した。

 

 はずだった。



「ありがとう、シリウス。僕の最期の魔力を取り返してくれて。お陰で魔力が全部返ってきたよ。」

「なんだと……!?」

「僕の封印は解けきってなかったんだよね。その最後の封印がさっきの猫だったんだよね。」

「……なるほどな。だったら今お前を倒せば今度こそお前を倒せるんだな…!」

「ははっ……できるわけないだろ?『さっきまでの僕』といい勝負してたお前がさぁ!」

「やればわかる。」


 サテライトに猫を素材にしたものはなかった。

 天使達がベテルギウスの魔力を分割して封印した先はサテライトである。


 シリウスにも違和感はあった。

 ベテルギウスは元々猫の姿をした悪魔ではなかったからだ。

 それが何故猫の姿になっているのか? 勿論、アルス達を騙すためであると結論付けるのは簡単だ。だがそれならば嘘とバレた後、シリウスと戦闘をする上で猫の姿を維持する理由はない。

 だから封印された器が猫であるという説明をされれば、それには確からしさを感じられる。


 そこで関わってくるのがサテライトの親であり、諸悪の根源であるマーチである。

 ベテルギウスがサテライト達と天界へ攻め入った後、生きていたサテライト達は、あくまでも改造され利用されただけという客観的事実の元、ベテルギウスの魔力と共に追放と隔離(流刑みたいなもの)及び、預かった魔力の管理という罪で済んでいる。

 それはマーチも同様で、マーチはマーチでベテルギウスの魔力を持っていた。


 マーチは改造した妻子とは別の世界、アカツキの丘陵に行き、手にしているベテルギウスの魔力とそこにまだほんの少し留まっていた魔力(ベテルギウスがいうところのケーキを切り取った時に包丁に残っていた魔力)を使って魔力の研究を進めていた。

 そして十二分に研究が進み、遊び終わった頃に猫の体に収めたのだ。その過程で封印がどうなろうとマーチには関係のない話だった。

 そうして今のベテルギウスへと至る。



 猫の体が死んだベテルギウスの今の姿は、人に近しい二足歩行の生物に翼が生え、角が生えていて、魔王と呼ばれるにふさわしい姿だった。

 それがベテルギウスの本来の姿である。威圧感があって恐怖心を煽り、どこか荘厳で見る人によっては畏敬の念を感じさせるような、悍ましい姿だった。




「でもねシリウス。僕はある事に気付いたのさ。」

「……死でも悟ったか。」

「ははっ……まさか。僕が気づいたのは……僕の大事な剣の所在さ!!」

「なに……!?」


 そうベテルギウスが告げた瞬間のことだった。

 適切ではないとしても、そう表現するしか出来ない事象が起こった。

 空が割れ、砕けて、闇と光が混ざり合い、そことここが繋がった。


「ベテルギウス……!!」


 シリウスがベテルギウスに斬り掛かった時には既にベテルギウスの手には二振りの刀が握られていた。


「懐かしいなぁ!シリウス? 僕達の剣だ!二禍ふつかだ!」

「わかっているなら一本返してほしいものだ。」

「力尽くで奪ってみなよ!悪魔だろ!」



 『対太刀・二禍』

 アルス達一行がかなたから聞かされた、強力な刀だ。

 その刀が封印されていた場所。それは空ではない。大地でも海でもない。封印されていたのは狭間の世界だ。

 ベテルギウスは、世界の壁をぶち破ってその刀を取り出した。

 その過程で分断されていたすべての世界がまた一つに戻ったりしたが、ベテルギウスにとっては刀を取り戻した結果誘発した事象に過ぎない。


 世界中では空が突如砕け、異世界という存在すら夢物語だった世界でも異世界と繋がって異世界の存在を認めざるを得なくなったりした。

 また、魔力自体が存在しない全く無関係の世界とも繋がり、野生動物が魔物化したり、突如魔力が発現した人間たちが望まずモノや動物に損害を与えたり、時間が経ち魔力に慣れた者が犯罪に手を染めるなど、大混乱のきっかけとなった。


 多くの世界の多くの人々にとって、ベテルギウスの悪行の中で一番自身に与えた影響が大きく、この世界観の歴史的にベテルギウスが悪とされる最大の要因である。


「うん!やっぱり手に馴染む……!」

「はっ……。言ってろ……。」

「シリウス。諦めなよ。わかってるんだろう?僕には勝てないよ。」

「お前に……? お前の剣に、だろ?」

「弱いいぬほどよく吠えるってやつだねぇ。……さよなら。」


 シリウスはベテルギウスに敗北を喫した。

 ベテルギウスの身体は猫の体を捨てた段階で、おおよそのダメージはある程度回復しているが、シリウスはそうではないので仕方がない話である。

 死にはしないが、戦える状態になるにはあと数年はかかるだろう。


「ベテルギウス!」

「アルスかぁ……ニコルや元婚約者を殺して、ルヴィナさんは懐柔できたんだね。」

「……そうだ。俺はニコルやサフィーナを殺してでも、ルヴィナを生かすことを選んだ。そして……。」

「僕も殺すことを選んだんだよね。わかるよ。」

「そうだ。俺はシリウスほどお前に対して情はない。覚悟は出来たか?」

「覚悟ねぇ。僕は別に君達と戦いたい理由はないけど。その辺はどう?」

「お前にはなくても俺にはある。」

「知ったこっちゃないよ?正直さ、アルスとルヴィナさんが今持ってるその剣。見てるととてもムカつくんだよね。関わりたくないな。」

「……それは、お前を封印した剣だからか?」

「ははっ……くだらない。そんな子供染みた理由じゃないよ。その剣を作った……僕の『二禍』を作った人の事を思い出したくないだけさ。ましてやその人の忘れ形見と戦うことになるなんて悲しいもんだろ?」

「お前はまだ、その人の事が大事なのか?シリウスとも仲が良かったんだろ?」

「他人が口出しすることじゃないよ。誰から聞いたのか知らないけどさ。」

「それもそうだな。……じゃあ、死んでくれ。」


 アルス達はベテルギウスに対して、明確な殺意を持って相対した。

 今まではなんとか会話で済ませられないかと考えたりしたものだが、今はもうそんなつもりもなかった。



 『かがやく凶星─ベテルギウス』との最終決戦が今、始まった。

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