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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
終章 いずれ菖蒲か杜若
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五十一話

「ここは……?」


 ルヴィナがベテルギウスに問いかける。

 見渡す限り一面の荒野。砂と岩と寂しい風だけがそこにはある。それ以外にはなにもない。

 殺風景な空間。虚無的な空間。


「ここは僕が最初に目覚めた場所さ。封印された後の、僕の旅のスタート地点。」

「……。封印されていたのにどうやって目覚めたの?」

「大した話ではないよ。例えて言うのであれば、天使達はケーキを七等分して箱に詰めて冷凍保存していたんだけど、ケーキを切った包丁についていたクリームは洗い流しただけだった。だからその冷凍されてなかったクリーム部分が僕なのさ。本来はその程度の魔力では再生なんてできないけどね。」

「じゃあどうして再生できたの?」

「切ったケーキがあまりに大きかったら包丁に付くクリームの量は相応に多くなるだろう? 比率で言えば『その程度』でも絶対量はそうじゃなかったってだけさ。」

「そう……。それで、これからどうするの?」

「ニコルの願いをまずは叶えないとね。それがルヴィナさんの願いでもあるなら尚更だ。着いてきて。」


 三人はそれからしばらく黙って歩いた。行く先はベテルギウスしか知らない。





「起きて。お兄さん。」


 誰かに呼ばれている。聞き覚えのある声だ。

 今はどういう状況だったか。

 そうだ。ルヴィナに負けて……そして……。


「起きて。」


 ルヴィナはサフィーナを生き返そうとしている。

 それがニコルとルヴィナにとっての最善で。

 それが世界にとっても……。


「起きて。」


 起きる必要などあるだろうか。

 このまま生きていく理由などあるだろうか。

 あぁ。

 何のために戦ってきたんだったっけ。誰のために戦っていたんだっけ。

 すべてはサフィーナの為だった。それはニコルも同じだったはずだ。

 サフィーナを殺したのは俺だ。だからその責任を取らなくてはいけない。いけなかったが、その必要がなくなってしまった。

 空虚だ。虚無だ。


「アルス!起きてよ!」



 アルスは起きる気にはなれなかった。

 体はルヴィナに穿たれて、死に体といってもいいぐらいのはずだ。

 冷たくなった血液が張り付いているのを感じる。

 もういいだろう。


 次の瞬間、アルスは鈍い痛みが走り、体が中に浮かぶのを感じた。

 この感覚には覚えがあった。

 薫風に蹴り飛ばされたのだ。否応なくアルスを目を覚まさせられた。


「起きた?お兄さん。」


 最初に声を掛けてきていたのは、かなただった。

 しかし、アルスには今までのかなたとは異なって見えた。

 アルス達の傷はほとんどすべて癒えており、魔力もほぼ回復しきっていた。どれほどの時が経ったのかわからない。



「かなた?どうしてここに……。」

「どうしてって言われてもね。ぼくはずっとお兄さんを見てたからね……。それこそ、お兄さんと猫くんとお姉さんが旅を始めた時からね。」

「なに? 俺とかなたが出会う前から、かなたは俺のことを知ってたってことか?」

「正確に言えばベテルギウスの残滓に異変を感じて、それを見てた。それでお兄さん達がベテルギウスの魔力を解放して回ってるから、止めようとしたのが最初の出会いだよ。」

「かなたは……どこまで知ってるんだ?」


「そうだね。お兄さんが知ってることは大体知ってるよ。例えばお兄さんがアースの魔力を持っていることとか。ベテルギウスのこととか。」

「そうか……。」



「ねぇ!カナタンは見てたならなんでルヴィナと戦ってるとき手伝ってくれなかったのさ!カナタンがいればルヴィナを止められたのに!」

「……無茶言わないでよ。戦えるならそうしたよ。」

「え……?どういうこと?」


 薫風がよく見ると、かなたの右肩から胸元にかけて大きな切り傷が出来ていた。

 かなたの右腕は……ほぼ完全に機能が停止していた。


「その傷……どうしたの!?」

「……。前に牢の中で四本の剣の話をしただろう?あの後ベテルギウスに襲われてね。頑張って戦ったけどこのとおりさ。」

「そういえば……その時にベテルギウスがうるさいネズミを狩ってたって……言ってたような……。」

「そういうことだよ。」

「ごめん……ボク何も知らないで……。」

「大丈夫。鳥くんの気持ちもわかるから。なんであの場で戦えなかったんだろうってぼくも思ってる。」


「それより問題はこれからだよ。ぼくはベテルギウスの魔力の保管場所を知っていたから、お兄さん達を追えたけど、実際にベテルギウスの魔力そのものを追ってたわけじゃないからお姉さん達の行き先はわからない。」

「……今まで行った世界になら戻れるのか?」

「え?うん。ただ、そこにはいないと思うけど……。」

「じゃあ薫風のいた世界に薫風を送り届けてくれないか?」

「それってどういう……?」


 少しの沈黙の後、アルスが続ける。


「薫風。お前はもうこの旅に付き合わなくていい。」

「それって……。」

「待てよ!!」


 薫風の言葉をグレンが遮った。


「旦那……こいつとは仲間じゃなかったのか!? 旦那に付き合わされてこいつが着いてきてたと思ってるのか!?」

「はっきり言って、今の薫風じゃ実力不足だ。」


 アルスの目に揺らぎはない。ただそこに芯もない。

 グレンと視線があっているのに、アルスの焦点はズレている印象すら受ける。


「あぁ!? カストル相手でも、ミルザム相手でも十分活躍してただろうが!」

「頭の回転と小手先の技術で、な。これからの戦いに必要なのはそういうものじゃない。魔力と魔力のぶつかりあいだ。その点で薫風は俺と出逢った時からずっと成長していない。もう無理なんだ。」

「だからって見限るのかよ……!それが仲間かよ!!」

「グレンも降りてもいい。今ならかなたに連れて行ってもらえる。」

「くそが! そんな話してねぇだろうが!」


 アルスの発言がグレンには理解ができない。

 なぜいきなりそんな話になるのかもわからないし、薫風が事実として戦力外だったとして何故そこまで非情な選択をするのかもわからない。


 アルスは今、虚無感と喪失感に襲われ自暴自棄になっていた。

 ルヴィナを止めに行かなくてはいけない。だが、ニコルとルヴィナを止めた上でベテルギウスと戦う事が現実的ではない事もわかっていて、ただ漠然とした使命感だけで感情を置き去りにして理性だけで体を突き動かしていた。

 その自己満足でしかない勝てない戦いにまだ幼い未来ある薫風やグレンを連れて行くことに躊躇いや申し訳なさが少なからずあった。

 薫風に仲間を抜けるように言えば、グレンが噛み付いてくることもアルスにはわかっていた。それでグレンも降りてくれるならそれが理想だったが、そうはならないとしてもせめて薫風だけは降りさせたかった。


 アルスはルヴィナを止めるという大義名分の下、緩やかな自殺を望んでいた。 

 そこの根幹にあるのがサフィーナのことであるが、そんな事をグレンも薫風も知る由もない。

 


「グレン、ありがとう。でもボクは大丈夫だよ。……カナタン。ボクの世界まで連れてってくれる?」

「……わかった。」

「……。」


 かなたはそれでいいのかと問いかけてやめた。

 かなたが気にすることでもない。そういうことにした。

 かなたは彼らの仲間ではないのだ。それがかなたの認識だ。


「……。」


 グレンは何も言えなくなっていた。薫風がそれでいいなら危険な目に合わす必要もない。やる気がないのに無理強いする戦いでもない。

 グレンは思うところが沢山あったが、薫風が自ら降りる決断をしたのであれば、それが薫風やアルスにとって都合がいいなら、何も言うことはなかった。



  かなたに連れられて、闇を抜けて薫風がいた世界へと帰ってきた。

 アルス達が戻ってくるのがわかっていたのか、そこには旋風がいた。


「ツムジ……あの……。」

「待て、カオル。やるべきことは終わったのか?」


 薫風の言葉を遮って、旋風が詰める。


「まだ、だよ。」

「だったら……おかえりなんて言わないぜ。カオルが旅立つ前に俺が言ったことも覚えてるか?」

「もちろんだよ。フェザードの誇りを忘れるな、だね。」

「わかってんならいい。その上でなんで帰ってきた?」

「それは……。」


「薫風、俺が説明する。」

「アルスさん……。久しぶりです。」

「……。薫風は実力的にもう戦いについていけるレベルになかった。だからここに帰らせることにしたんだ。」

「……なるほど。」


「ツムジ。ボクちょっと行ってくるからみんなに『あの時』のこと話しといて!」

「あっ……おい!」



 薫風は旋風にそう言い残し、谷底へと飛んでいった。


「かなた。グレンの故郷へと向かってくれ。」

「鳥くんを置いていくの?」

「あぁ。必要以上にもめるつもりはない。」


「待ってくれ!アルスさん!カオルの事をアルスさんには知っておいてほしい。アルスさんは誤解してるんだ!」

「誤解?」

「……カオルはそもそもアルスさん達と旅を始めた段階で全力の状態じゃなかったんだ。今からカオルはフルパワーになって戻って来る!だから……見限らないでやってくれ……!」

「そういうことじゃないんだ……。」


「旦那。オレは旦那がどういうつもりでも旅を降りる気はねぇ。オレの世界に行こうとしたのはオレを置いてくつもりだったんだろうが、旦那がどう言おうが姉御のことを見捨てたりしねぇ。それはあいつだって同じだと思うぜ。」

「アルスさん。カオルのためにも頼む!」


 ここまで言われて、アルスも流石に突っぱねるのも気が引けていた。

 仮に逆の立場ならアルスは自身ならスッと降りられただろうかと考え、当然そんな事はできはしないと思い至る。

 立場こそ違えど、アルスも薫風もグレンもルヴィナの仲間であることは変わらないのだ。


「わかった。俺が間違ってたよ。すまない、グレン。」

「オレはいい。まだギリギリ斬られてないからな。でもあいつにもちゃんと謝っといてやってくれよ。」

「そうだな。」


「わかってくれたならいいんだ。カオルから頼まれた事を俺もやらないといけないしな。」

「そういえば……なんか言ってたな。」

「カオルと俺の……過去の話だ。カオルはこの事を話したがらない。」


「えっ……うーん。それじゃあぼくは聞いてない方がいいのかな……?」

「アホ鳥はみんなって言ったんだ。あいつがみんなって言ったらみんななんだよ。あいつにとっては……オレ達にとっても仲間だろ。」

「……。ありがとう。」


 薫風を待つ間、彼らの過去の話を聞いていた。



「幼い頃、俺とカオルが遊んでいたときに大きな地震が起こったんだ。その影響で俺の上に巨大な岩が降ってきて、それをカオルが止めようと思って全力でその岩を砕いた。そこまでは良かったんだけど、咄嗟に全力を出したもんだから制御ができなくてカオルは魔力を暴走させたんだ。」


 その話を聞いて、かなたは合点がいった。

 グレンがいた世界で、アルスが魔力を暴走させた時の薫風の極端な怖がり方は、薫風が過去に暴走させたことに起因していたのだ。


「暴走した薫風は岩を砕くことには成功したけど、そのまま暴れ回ってフェザードや人里を荒らし回った。それを命懸けで止めてくれたのが嵐隊長だった。嵐隊長はその時に片腕をなくしてしまって薫風はそこからずっと塞ぎ込んでたんだ。」


「薫風に実際に脅かされた人間達も薫風を許したけど、薫風は自分で許せなくてさ。でもそんな薫風を望んでるやつなんかいなくて。誰も得しない状態になってたから、見兼ねた風神様が薫風の中の魔力……というか魔聖獣を隔離して封印して二度と暴走しないようにするからってんで、薫風は出てくるようになったんだ。だから俺はその時から、絶対に薫風を守るんだって固く誓った。実際には実力不足でアルスさん達に着いて行けなかったけどな。」

「魔聖獣を封印したと言ったな?でも薫風は魔技を使ってたはずだが……?」

「あぁ……まぁ……あいつはちょっと特別なんだ……俺達フェザードの中でも若干異端というかさ。その話は薫風から直接聞いたほうがいいと思う。俺も詳しくは知らないからさ。」

「……そうか。」


 魔技は魔技の名前を呼ぶことで、魔聖獣に取り出してもらって使うという形式になっている。

 魔生物ではない存在にはその過程が必須となり、薫風もグレンも厳密な意味での魔生物ではないので、それがないと魔技は使えない。


「だから薫風は今、その魔聖獣をまた受け取りに行ったんだ。実力不足って言われて、事実としてこのまま足を引っ張るわけにもいかないからさ。」



 薫風は風神の元へとたどり着き、そして自身の魔聖獣と向き合った。

 そしてしばらくして、アルス達の元へと帰ってきた。


「おまたせ、みんな。」


 薫風の脚に着いていた装身具は外れ、薫風の魔力は今までとは見違えるほどになっていた。




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