四十九話
空を飛ぶポルックス。
それを撃ち落とすために斬撃が、矢が宙を舞う。雷鳴が轟き強風が吹き荒れる。
それを掻い潜りポルックスは魔力を込めた。
「さっきのお返し……!」
アルス一行は謎の力によって立っていられず地面へと這いつくばることとなった。上から抑えつけられているのか、或いは地面から引っ張られているのか。
原因は不明だがこのままではよくないことはアルス達にもわかっていた。ただ立てないだけというわけではない。地面に少しずつめり込んでいっているような感覚すら覚える。このままでは……圧死する。
アルスの剣で斬れれば打ち消せるのかもしれない。だがそれはアルスが剣を振れればの話でありそれができない以上、それは叶わない。
少なくともアルスがそう認識している以上、そうにしかならない。
薫風の『翡翠の拘束)』も本来はこうやって地面にいる相手を地面に抑えつける魔技ではある。魔力の消費が大きすぎるが故に限界があったことと、元々相手が上空を飛んでいたために地面に落とすに留まり、ダメージを大きく与えるには至らなかったが今のポルックスほどの魔力があったならまた違った戦いになっていたかもしれない。(当たり前だが薫風の魔力が無限にあったとしても潰して倒すのは現実的ではないし、その間他の味方も近付けないので薫風はできてもそこまでやりはしなかった。)
「ぐ……くそっ……!」
グレンは憤っていた。この戦いの間グレンは自分自身が活躍できていない事を自覚し許せないでいた。
オレはこの程度なのか。他の仲間が十分な戦果を上げる中、のうのうとここに居座っているだけでいいのか。
その怒りはグレンの中の何かを爆発させた。
グレンの成長は遅くはなかった。ただグレンの妹であるフィアの成長はもっともっと早かった。フィアの成長が早く能力の覚醒が早かったがためにフィアは利用されるために捕らえられ、最終的には亡くなってしまった。
フィアが覚醒したのは魔力の部分だった。
グレンが今覚醒させたのは、肉体的なものだった。勿論それも魔力の一環ではあるがフィアのような能力とはかけ離れたフィジカル的な覚醒だった。
グレンは龍と鬼のハーフだ。だが外見上は赤黒い肌と角という鬼の特徴が強く、龍の要素といえば鱗が随所に見られることと長い尻尾ぐらいのものだった。
だが今、元々抱えていた怒りや不安が言い換えればフラストレーションがグレンの姿に変化を与えた。
今のグレンにはベースはグレンのままであるが大きな翼が生えていた。
一応補足しておくとフレアには元々小さな翼しかなく、フレアの翼は飛ぶための機能を持っておらず飛行時の肉体バランスのコントロールのために使われていた。そもそもフレアは蛇型に近い龍である。
グレンは魔力で飛ぶことができないので飛行能力がない。それゆえに翼が必要なかった。
今のグレンは筋力で翼を動かし飛行できるようになっていた。
だから翼がついてきた。その翼は獰猛な龍の大翼そのものであった。
グレンは力尽くで立ち上がり、力尽くで飛翔し、ポルックスを力尽くで斬りつけた。
グレンの接近に気付いたポルックスもただ黙ってやられるわけはなく、応戦する。
元々アルス達が戦ってきたポルックスの攻撃は遠距離攻撃がメインではあるが、近接戦闘させればカストルと遜色ないぐらいには戦うことができる。
というよりも往年のポルックスは近接戦闘がメインであった。
悪魔は生まれた(発生した)時から魔力が極端に成長したり、衰弱したりすることはなく、ある一定ラインを維持する。より正確に表現するなら魔力の塊が悪魔なのだからその塊の分の魔力を持っているのが常である。
なのでポルックスは他の悪魔から酷く敬遠されていた。強大な魔力をコントロールできるほどの技術もない悪魔の近くにいること自体がリスクであった。
孤独の中ポルックスはひどく荒れていた。手当たり次第に気に食わない相手を魔力で黙らせてきた。魔力のコントロールなんてものをするつもりもなかった。
そんなポルックスとずっと一緒にいたのがカストルだった。カストルはずっとそこにいたけれど、ポルックスはずっと自分は孤独だと思っていて、そしてずっと荒れていた。
カストルは悲しかった。ずっと一緒に歩いているのに、ポルックスにはそう思われてないような気がした。
だからカストルはポルックスの隣を歩くのをやめた。
カストルは言った。カストルは誓った。
『ポルックスの代わりにカストルが怒り、カストルが全部解決すること』を。
最初こそポルックスは何も変わらなかったが、カストルの意気込みが本気であることを知っていきポルックスは徐々に大人しい性格へとなっていった。
そうして今の性格に至る。ポルックスの代わりにポルックスのために怒ってくれる。ポルックスと共に戦ってくれる、笑い合ってくれる、悲しんでくれる。それだけでポルックスの孤独感は薄れていった。
それからは楽しかった。苦しくても一人じゃなかったから。乗り越えられた。生きていたいと願えるようになった。ずっとずっとカストルと一緒に。
今のポルックスは孤独だ。
あの頃と同じ。同じ孤独。
本当に同じ……?
ポルックスの心は今やあの頃よりも深い、暗い、酷い孤独で覆い尽くされていた。
ポルックスはそんな孤独を、知りたくもなかった。
グレンと殴り合いながら、ポルックスは以前の自分を少しずつ取り戻していった。
あぁ。あの頃は……こんなに……。
グレンの力は確かに以前とは比較にならないほどに向上していた。それでもポルックスには、『ベテルギウスの魔力を得、カストルを失ったポルックス』には及ばなかった。
グレンの槍を受け止め、繰り出す拳は迷いなく殺意に満ちていた。ミルザムもその二人の戦いに混ざって二対一となってもポルックスは対等以上に戦っていた。
カストル戦で大きく疲弊し、ポルックス戦でもほとんど手を抜かずに支援を続けていた薫風はガス欠で動けない。そしてグレン達が戦っている場所は上空なため、ルヴィナの矢が届くまでに時間がかかる。当然、グレンやミルザムに当たるリスクを考慮すると、とても射れたものではなかった。
カストル、ポルックスの二人と戦っていた時はカストルの攻撃を補助するポルックスという立ち位置をキープしていたためにそこまで大きく位置がブレることもなく、また飛んでいるのがグレンではなく薫風だったために接近戦を仕掛けることも少なかったが現在はそうもいかなくなっていた。
グレンは空中戦が出来るようになったところであり、慣れていないため勝手の違いを痛感していた。
まず相手の攻撃に対して踏ん張りが利かない。そして相手への攻撃も相手が踏ん張らないので防御が成立するとそのまま相手が後ろへ飛んでいくことでほとんどダメージにならない。
筋力のダメージを与える役割がかなり薄いのが空中戦である。
対ミルザム戦において薫風を足蹴に飛んだグレンの攻撃がミルザムに受け止められた時に、グレンには見えていなかったが起こったことは、加えられた力のほとんどが後ろへ流されたためである。
攻撃の軸をずらされる受け流しとは異なり軸は合っているのに威力が流れていってしまうのが空中戦である。
攻撃のインパクトの瞬間のダメージは勿論あるが、そこから連続で叩き込むということも出来ないので、一撃でどれだけの魔力を込められるかという戦いになりつつあった。
グレンはそのことに気付くまでの間、ハンデを負って戦っているようなものだった。
そしてグレンは気が付いた。
さらに飛び天井近くになりつつも、辛うじて相手の上を取り、上からグレンは攻撃をすることにした。
先程までとは異なり、前向きに自分が落ちる感覚にグレンは若干の気持ち悪さを感じたがそれもすぐに慣れた。
攻撃によって相手が飛ぶのなら上から攻撃すれば相手は下へと落ちていく。
地上近くなれば当然頼れる仲間達がいる。ミルザムもグレンの意図を汲んだ。ミルザムはポルックスを落とすことではなく、グレンを抜けて再浮上させない立ち回りを徹底した。
グレンの目的に気付いたのはミルザムだけではない。
それに、グレンもミルザムもポルックスと比べると魔力的な余裕がないのは見て取れる。
恐らくここを凌がれれば薫風と同じくグレンもガス欠するだろう。
二人の戦いは激しくなっていく。グレンはカストルと同じく攻撃に特化している。自分が攻める側に回っている今こそが本調子である。それでもポルックスと互角には程遠い。
苛烈な戦いの末、グレンの魔力は尽きようとしていた。
飛ぶために魔力を使わないということは、飛ぶために体力を使うことの裏返し。慣れていないこともあって距離、時間的な効率面において走っている状態に近しい体力の消耗であった。
その体力の消耗を少しでも抑えようとすると今度は魔力が必要となった。例えば炎の出し方一つでバランスを制御したり等、出来ることはたくさんあった。
グレンは生涯の今までの戦いを鬼のフィジカルの強さでゴリ押して勝ってきた。それが正しかった。でも今はそうもいかない戦いを強いられてグレンは少しずつ成長をしていた。
グレンは次の魔技が今の残り魔力では最後になることを感じ取っていた。そして、魔技を使わずにこのまま戦い続けても望んだ結果を得られないこともわかった。
作戦というものは実行に移った段階で速やかに達成しないと相手に悟られてしまい、どうやっても達成できない状態にされる可能性があるということをグレンは実感した。
相手に察させて、相手に対応させてそこを狩るような戦略が取れるほどグレンは戦術というものに長けていない。
「やっぱオレは考えたりするの得意じゃねぇな。らしくねぇわ。」
グレンは誰に宛てるでもなく、一人呟いた。
「でも、今まで考えずに戦ってきたことの愚かさも思い知ったぜ。」
ポルックスはその言葉を聞いてはいたが、嗤ったりすることはできなかった。
戦いの中でグレンが少しずつ強くなっていたことを一番痛感していたのがポルックスだったから。
「終わりにしようぜ! 『落炎・禍墜火』!」
グレンの全身が炎に包まれた。そしてグレンはポルックス目掛けて勢いよく落ちてきた。
ただ自由落下する魔技ではない。ただ体当りする魔技でもない。
その魔技はグレンの今までの魔技とは何かが違った。今まで魔技はグレンの筋力を活かすための魔技がほとんどであったが、この魔技はグレンの魔力を活かすための魔技だった。その魔技を活かすためにグレンは筋力を使った。
グレンの持つ二本の槍。今まではただの強力な槍以上の性能はなかったがグレンが龍の力に目覚めてからというもの、グレンに応えるようにグレンの戦闘スタイルに合ったものへとなっていた。グレンが筋力で戦うのであれば相応に鋭く、魔力で戦うのであれば相応に魔力のコントロール力を強化した。
ポルックスにも今までと違うことはすぐにわかった。真っ向勝負する必要はない。この魔技さえ凌いでしまえばグレンはもう出涸らしになる。
それをわざわざ魔力でねじ伏せたらさぞ楽しいだろう。
ポルックスはグレンに魔力の塊をぶつけた。全力で。
グレンはその弾とぶつかり、貫いた。貫いた頃にはグレンの魔技は力をなくしていたがそれはグレンの算段のうちだった。
「そう来ると思ったぜ……!」
グレンはそのままポルックスを掴んだ。離れようとするポルックスを抱きかかえ、そのまま地面へと落ちていった。
純粋な筋力であればポルックス相手でもグレンは引けを取らない。地表近くでポルックスを地面に叩きつけ、グレンは着地した。他の仲間も近くへと集まってくる。
大きくダメージを受けふらふらになりながらもポルックスはまだ起き上がってきていた。翼を損傷していることが見てわかる。
「はぁ……はぁ……もうやめろ!お前の……その体じゃもう戦えないだろ……!」
「戦えるとか、戦えないとか。そんなの関係ない。」
「お前……消えたいのか?」
「魔を以て、悪しきを為す。それが悪魔が悪魔たる由縁。悪魔のイデア。……そうだろ……?カストル?」
「……それが……お前ら悪魔の種としての矜持だってんならオレはなんにも言わねぇよ……。否定する気もねぇ。」
グレンはもう限界が近かった。ポルックスとこのまま戦って決着をつけたかったが、今やグレンの命はグレン一人のものではない。ここで無理して戦うことを仲間は望まないだろうと判断し、グレンはアルス達に残りを託した。
「旦那……オレは疲れた……あとは頼んだぜ。」
「あぁ。俺達に任せて薫風と休んでてくれ。」
「へっ……ヤなこというなよ。休みづらくなっちまうだろ。」
「私は二人をお守りしておきますね。」
「あぁ、頼む。」
結果としてニコルとルヴィナ、そしてアルスの三人でポルックスと対峙する事となった。
この三人が相手ならとポルックスは飛ぼうとしたが、飛ぼうとした時にはニコルがポルックスの上に飛び込んで『爪』によって叩き落とした。翼に負った怪我による影響は如実に表れていて、飛ぼうとしていることを見てからニコルが反応し対応できるほどになっていたのだ。
地面に叩きつけられたポルックスに対して、ルヴィナの矢とアルスの剣が遠慮なく襲い掛かる。
ポルックスもただでやられはしないが、比較的体力や魔力を温存していた三人を相手取るには消耗が激しすぎた。更にポルックスにとって都合の悪いことに、この三人組は一緒に戦ってきた期間が最も長く、一番連携が整っている。
アルスが耐えてニコルとルヴィナが隙を突いてダメージを与えていく。それで相手が崩れればアルスからも攻撃が入るようになる。とてもシンプルなワントップ型の戦い方。
もはやポルックスに勝ちの目はほとんどなかった。
それでもポルックスはカストルの仇を討つために退くことを選べなかった。
アルスも、ルヴィナも、ポルックスは絶対に斃されるまで諦めたりはしない事がわかっていた。
ポルックスはかつてのルヴィナだったから。ルヴィナの時はフロウエルがそこにいたが、ポルックスは今は独りだ。
「終わらせてあげるよ。」
ルヴィナの構えた弓には強い魔力がこもっていた。悲しく鋭い冷たい魔力だった。
「さよなら。」
ルヴィナの放った矢が空を裂いて、ポルックスを貫いて、地面に転がって落ちた。
ポルックスの断末魔が響き渡って、カストルのそれと重なって、宙を漂って消えた。
そこに残ったのは虚しい静寂だけだった。ポルックスの影はどこにもない。
ポルックスは確かに終始悪魔に徹していたが、絶対的に悪い存在であったかと言えば、かなりグレーである。カストルもポルックスも『おいた』が過ぎただけではあった。
巡り合わせさえ違えば二人とは敵対することもなかったし、出逢うこともなかった。それが二人の悪魔にとっての不幸であるが、ルヴィナ達にとってもカストルポルックス両名との戦いは心苦しいものとなった。
「ルヴィナ……無理するなよ。」
「……してない。ほっといて。」
「……あぁ。」
ルヴィナはそんなことをアルスに言われたくなかった。
ルヴィナの心境を理解しているのはアルスとニコルぐらいしかいないため、その発言を出来るのはアルスだけではあるが、アルスはアルスで若干無神経であった。
「アルスゥ……。ボク疲れたよ。このままベテルギウスと戦うなんてことになったら、とてもじゃないけど……しんどいよ。」
「薫風様。いざ戦いとなればシリウス様にお任せして私達は邪魔が入らないようにさえしていれば大丈夫です。」
「そうは言うけどさ。戦えるのに戦わないのももどかしいよ。」
「シリウス様は一対一の方が得意なので、半端に手を出さないほうがいいとおもいます。」
「……そういうもん?まぁシリウスがそれでいいならいいけどさ。」
「薫風。少しでもいいから体を休ませておけ。ベテルギウスが来るまでそこまで長い時間はかからないだろう。」
「うん。そうだね。」
「呼んだかい?」
声を聞いて振り向くとアルスのすぐ後ろにベテルギウスがいた。
六章はここまでで、次から七章ですが六章と七章はほぼそのまま繋がっているので六章あらすじは書きません




