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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第六章 重ねる思い 過去と今
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四十七話

 夢を見た。

 暗い闇の中、ひらひらと舞う蝶がいた。

 その蝶は徐々に揺らめく炎に近付いていき、やがて翅を焦がされ堕ちていった。

 蝶の身体は土へと還り、そこに木が生えた。

 その木にはいつしか実が成りその実を鳥が啄んだ。

 そしてその鳥は翼を広げてまた何処かへと飛んでいく。

 ただそれを見守っていた。そこに何か特別な感情もなく。ただただ見ていた。


 そんな夢を見ていた。起きたときにはそんな事も忘れている。

 そこになんの意味もない。



 ルヴィナは目を覚ますと、今の状況を確認した。

 生まれた世界にいた頃はそんなことはなかったが、異世界を渡り歩く内に、ルヴィナは目を覚ます度に迷子のような感覚に陥っていた。いつも起きたときには毎度毎度違う天井に見られているのだから無理からぬ話かもしれない。

 だからルヴィナはいつも起きて一番最初に状況整理をする癖がついていた。



 落ち着いたルヴィナは顔を洗って、他の皆の姿を探した。

 最初に出会ったのはアルスだった。

 ずっと旅をしているのだから、そういう状況になることも少なくはないが、ルヴィナとしてはあまり気持ちのいいものではなかった。


「おはよう、ルヴィナ。よく眠れたか?」

「おはよう。ここの屋敷のベッドメイクはきっと一流の仕事なんでしょうね。」

「そうなのか?俺はあまり教養がない方だから、そう言われてもピンとこないんだ。」


 ルヴィナが言ったのは実際に一流であったかどうかではなく、一流と感じられる程に満足のいく応対をしてもらったというある種の比喩だ。

 ただしこの表現の仕方は真逆の意味で揶揄として使われる側面もあるのでルヴィナの発言はあまり適切ではない。


「カオルやグレンくんはまだ寝てるの?」

「ん……あぁ。ニコルは起きてるが二人はまだ起きそうにない。二人共朝はあんまり強くない方なんだろう。」

「ちゃんとした所で寝れるのも次はいつになるかわからないんだし、あんたももう少し寝てきたら?」

「いや、俺は野宿でもそこまで苦じゃないんだ。勿論それがいいとは思わないが、慣れてしまったのか体の調子にも影響がないぐらいには問題ない。ルヴィナこそ寝てきてもいいんだぞ。」

「……そんな気分じゃなくて。ミルザム探してくるね。」


 アルスの発言はルヴィナ的にはすべて若干ズレている。

 その事にアルスは気づいていない事もわかっているし、それに対して別にアルスが悪いともルヴィナは思っていない。

 薫風やグレンの方がよっぽどルヴィナと会話ができる。性差ではなく恐らくルヴィナとアルス個人の相性の問題であろう。


 ミルザムは他の邪精達と(この世界に朝はないが)朝食の準備をしていた。

 手伝おうかと声をかけたがもう終わるからと断られ、ダイニングで待つようにと言われてしまった為、ルヴィナは大人しくダイニングに居たニコルを撫でながら料理が運ばれてくる様を見ていた。



「うわ〜すごく美味しそう!」


 薫風が部屋に入ってくるなり嬉しそうに言う。薫風のそういう所は作る側としても作り甲斐があって良い。


「おはよう、カオル。」

「おはよう!ここはいいお屋敷だね!ずっとここで暮らしてたいぐらい!」

「そうするならカオルも他の皆みたいに料理作ったり、お庭番したりお客さんの対応したりしないとね。」

「なんでさ!!ボクもお客さんだよ!」

「ここで暮らすならお客さんではないかなー。ミルザムに頼めばエプロンとか用意してくれると思うよ。」

「もーーそういう話じゃないってわかってるくせに意地悪言ってくるじゃんー。」

「ごめんごめん。」



 グレンも遅れて起きてきて、アルス一行は食事を取った。

 そこにシリウスやミルザム、他の邪精達は居なかったが本来はそうなのであろう。

 出された料理を丁寧に頂いて、皿を片付けた後出発の準備をした。ミルザムもそのつもりで、準備をしっかりしていた。




「それではミルザム。お客人に粗相の無いようにな。」

「かしこまりました。」

「それと、言うまでもないことだが……。」

「あの件ですね。ぬかりなく成し遂げてみせます。」

「あぁ。だが無理はしてくれるな。」



「ねぇねぇ何の話ー?」

「薫風様にはまだ少し早い話かもしれません。」

「むぅ……ボクは子供じゃないぞ!」

「えぇ勿論です。ですが老婆老爺にしかわからないお話もあるんですよ。」

「そうなの?じゃあしょうがないな!」


「あのアホ鳥って旦那と出逢った時からあんな感じなのか?」

「あんな感じが何を指しているのかわからないが、薫風はいつもあぁいうノリで生きているな。」

「旦那はあれと付き合ってて疲れないのか?」

「疲れる? いや……俺は別にそんなことはないが、グレンは疲れるのか。」

「姉御にも前に訊いたら、姉御は元気が貰えるって言ってたしオレが少数派なんだな。」

「少数派ってことはないとは思うぞ。俺は薫風とそこまで関係性が深いわけではないから、なんというかそこまで感じないな。」

「あいつは旦那のこと気に入ってるんだろ?」

「どうだろうな。それは薫風にしかわからないし薫風は誰に対してもああいう感じだからな。」

「まぁ……そうか。」

「グレンがどうしても薫風が疲れるというのなら、あまり関わらないように薫風に俺が相談してもいいんだぞ。」

「あぁ、いや。そうじゃないんだ。別にオレもあいつのことが嫌いな訳じゃないし、疲れるったって嫌な気持ちじゃないんだ。」

「……そうか。」

「……んだよ。別にいいだろ!」

「あぁ。俺はグレンが羨ましい。」

「はぁ……そーかよ。」


 グレンの言う疲れるはルヴィナの言う元気が貰えるというものと同じものである。


「それでは参りましょう。結構な時間がかかりますので ……そのつもりでいてください。」


 アルス達はミルザムに着いていく。

 その道のりは事前に言われていた通り長く、景観も暗い世界なのでよく見渡すこともできず楽しいものとも言えない。例えて言えば真夜中の高速道路のようなものであった。


「ねぇーもっと簡単なルートってないの?」


 薫風がこぼす。


「ありますが……。」

「あるの!? なんでそっちいかないのさ!」

「歩けないルートか、敵対している悪魔であるリゲルの領土を通るかどちらがお好みですか?」

「歩けないルートは……優秀なボク以外無理だけど、敵対しているぐらいなら倒して進めばいいんじゃないの? 悪魔の社会は実力主義なんでしょ?」

「リゲルはシリウス様と同じ公爵の位を持つ悪魔ですよ?わたくしは顔が割れていますし、シリウス様に迷惑になりますので、事を構えたくありません。そのルートを進むというのであればわたくしは案内は中断することになりますね。」

「……。あはは、臆病なミルザムに免じて平和なルートでいいってことにしてあげるよ!」

「ご配慮いただき感謝いたします。」


「ミルザムって大人だよな。アホ鳥の言葉を呑んでやれるんだから。」

「カオルが望んでるのは多分グレンくんみたいにツッコミをくれることだと思うけどね。」

「……それもなんか釈然としないな。あいつの思い通りって言われても……なんかな。」

「思い通りって意味じゃなくて、息があってるってことだよ。」

「姉御がツッコミ入れてやればいいじゃねぇか。」



 ルヴィナはグレンのその発言を無言で微笑んでスルーした。

 そういうことではないのだ。



 そこからかなりの時間が経った。


 絡んでくる邪精や小さい悪魔等を倒しながら、長い長い道のりの進んでいった一行が目的地周辺へと着いた頃、ニコルと薫風、ミルザムの三人は急に警戒心を強めた。


「皆様、気を付けてください。」

「誰かが戦ってる気配がするよ。二人に対して三人ぐらい?が襲ってる感じかな……。」

「魔力の感じからして、二人の方は悪魔……というよりこれは……。」

「知り合い?」

「知り合いではありません。ただこの世界でこの二人組を知らないでいる事は不可能でしょう。……彼らはカストルとポルックスです。」

「……だれ?」


「薫風、シリウスが言っていただろう。公爵の一人がポルックスだって。」

「そんなの覚えてる方がおかしいよ!」

「そうか?」


「そんな話、してたんだ?私は聞いてないかもしれない。」

「ルヴィナやニコルが合流する前の事だからな。」

「そっか。まぁカオルの言うように覚えなくていいことだと思うけど。」

「そうか……。」


「ルヴィナ様。そのカストルポルックスと戦っている相手の中に、フローレンス……いえ、フロウエルが居ると予想されます。精霊の魔力は分かりにくいので確定ではありませんが、確信はあります。」

「フローラが……?フローラって戦えるの?」

「今、疑問を受ける所はそこであってますか?……彼女は直接戦うことよりも指揮を執ることが得意なので恐らくはそういった立場であるかと。」

「なるほど。」


 ルヴィナが騎士団にいた時と同じような感じであろうことはルヴィナの想像に難くない。要は最低限以上に戦えるはずだ。


「姉御、そのフロウエル?ってやつが誰なのかは知らねぇけど、そっちの味方をすればいいんだな?」

「うーん……主目的を達成するのが最優先。私たちの狙いを阻止することがフローラの目的なら戦う相手はフローラになる。」

「それにしたってまずは、助けてからの話じゃないのか?」

「ううん。フローラが邪魔するなら、先に消耗してもらった方が都合がいいよ。」

「姉御……?なんか姉御らしくないぜ。言ってることはわかるんだがストイックすぎないか。」

「ストイックってわけじゃなくて。今回の戦いは私だけのものでも私の仲間達だけのものでもないし、むしろ……シリウスさんがベテルギウスを倒すための一手に過ぎないんだよ。本命はあくまでもそっちで、私たちはその布石ふせき。ここでヘタをうつことは許されないんだよ。」

「いや、そりゃそうだけどさぁ!」

「それに……どんだけ苦しんでもフローラは死にはしないからさ……。」

「……! 姉御、それは……言っちゃダメだろ。」


「グレン、やめとけ。」

「……旦那はそれでいいのかよ。」

「腹くくってるやつに何度も指摘するのは男のすることじゃない。」

「あーーー!!そうだな、それでいいんだな!……じゃあ何も言わねぇよ……。」

「グレンには関係ないことかもしれないが、シリウスがやろうとしていることは俺たちが今までやってきた事の尻拭いでもあるんだ。ルヴィナはそれもわかってる。シリウスやミルザムに迷惑をかけたくないし、その二人が敵対するのが最も避けなきゃいけないんだ。」

「わかってんだ……わかってても納得できねぇんだ。」

「……理解しろとも納得してくれとも言わない。でも我慢してくれ。」

「……くそっ……。」


 そうして慎重に時間をかけて目的地に辿り着いた時に、そこにあったのは複数の天使や精霊だったものと、大怪我をして息も絶え絶えなフロウエル。そして高笑いする悪魔とその横で佇む悪魔だった。


 痛ましい現場だった。見るも無惨な景色だった。これがルヴィナが選んだ世界だった。


「……ル……ヴィナ?げほっ……遅……い……じゃ……ない。」

「……そうだね。もう少し早く来たら助けられたかもしれない。」

「……。」


 フロウエルは、ルヴィナ達がこの世界に来た時にベテルギウスの事を全て理解していた。その上でフロウエルがルヴィナとニコルを魔界へと送った。

 そしてベテルギウスの事を高位の天使にフロウエルが報告した折、当然咎められることとなり、挽回のチャンスとしてフロウエルでは敵わない天使と共にルヴィナを討つようにと、ここの守備を任せられた。

 だからルヴィナの言うように、戦う相手になるはずだった。


 本来はそうなのだが、フロウエルはルヴィナが来たら裏切るつもりだった。ルヴィナ達と手を組めば勝てない相手ではないと踏んでいたのもあるし、勝てなくてもルヴィナと敵対する事なんて考えたくもなかった。

 フロウエルとしてはここの守りが自分になった事はルヴィナにとって好都合になるはずで、仲間の一人として迎え入れて貰うつもりだった。


 しかし誤算だったのは、ここを守りを固めた時『ここに何かある』とカストルに気付かれたことだった。カストルとポルックスは面白半分でここでの戦いに身を投じ、激戦の末にフロウエル以外は壊滅した。

 フロウエルはそれでもこの状態ならルヴィナが来てくれれば、気兼ねなく仲間に入れると思っていた。

 カストルとポルックスのやり方はねちっこく、拷問に近いものだった。


 (死にはしないが)半死半生とも言える状態で遂に待ち望んだルヴィナが来た時に、ルヴィナは心配するでもなく、にべもなく『助けられたかもしれない』としか言わなかった。

 その時フロウエルは、ルヴィナは助けにくるつもりがなかった事を悟った。フロウエルの想いは一方通行でしかなかったのだと感じた。

 その時に感じたものを一言で言い表すのは難しい。

 絶望である。それでも捨てきれない深い愛情である。そんな自己矛盾の葛藤である。ルヴィナに幸せになってほしいという慈愛である。でもその横に自分は要らないという悲愴である。

 そしてその膨れ上がった感情の処理にフロウエルは疲れ切ってしまった。


「……ルヴィ……ナ。私……疲……れ……ちゃった。……さ……よなら……だ……いす……きな……私の……。」

「フローラ?」

「…………。」


 フロウエルは、生きることに疲れてしまった。

 フロウエルの生はここで終わったのだ。

 魔生物は死ぬことはないが、生きることを諦めた時が事実上の死である。


 これがルヴィナの選んだ世界だった。

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