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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第六章 重ねる思い 過去と今
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四十三話

 ルヴィナは悪魔と天使の恋話を聞いたことがあった。それは、かなたから四本の剣の話を聞いた時だ。

 偶然ではないだろうこともわかっていた。なぜなら零の剣はルヴィナがサフィーナとディアンナと一緒に暮らしていた家にあったものなのだから。

 つまりルヴィナとアルスはお互いには知らないことであるが、ルヴィナの祖母とアルスの魔力の根幹であるアースが恋愛関係にあったということである。


「……悪魔を愛したことが罪なの?」

「そりゃあ……ね。天使は正しい秩序の下に規律に従うことを尊ぶ種族。逆に悪魔は名の通り、魔を以て悪しきを為す種族だもの。無秩序、混沌そういったものを好むやつらと関わっても天使達に良いことはないわ。」


 秩序と言えば聞こえはいいが、悪魔的に言えば天使の思想は『束縛』であり悪魔の思想は『自由』である。

 厳格なルールに即した頭の堅い不自由な制度は柔軟性を欠如し、思考放棄にも繋がる。ただ天使はそれを正しいと信じて疑わない。


「天使と悪魔は敵対しているの?」

「今はしてないわ。魔界にいるシリウス、プロキオンの義兄弟きょうだいとアルデバランっていう最強格の悪魔達が平和的だからね。ただ、そうじゃないのもいるから小競り合いはまぁ……しょっちゅうよ。」

「その三人の悪魔が止めたりはしないの?」

「止めてるかどうかは知らないけど止めても無意味よ。止めたところで聞かないしね。それにその三人と同格の悪魔の中には過激派も沢山いるから、その三人では抑止力にならないわ。」

「悪魔は天使に襲いかかってくるけど敵対関係ではない……?」

「そうね。天使達にも色々いて、平和主義な天使が多いのだけど常在戦場って心意気のやつもいるのよ。だからお互いにやり合う相手がいてウィンウィンなところもある。やり合う相手が居なくなっても戦いを望むやつが存在してると内部分裂の起因になるからね……。」

「複雑ね……。天使的には戦いに身を投じることも正しさなんだね。」

「そうね。仲間を護れるのはやっぱり誇り高いことでしょう?」


 祖母が天使であり、その祖母が戦っていたのもその誇りの為なのだろうか。ルヴィナはシルヴィアの事を何も知らない。ルヴィナ達が生まれるより前に既にシルヴィアは亡くなっており、そこのところはフロウエルに聞くことでしかわからない。聞いたところで言葉以上のものにもならないし、それがシルヴィアの真意であるかどうかも想像するに留まる。

 それが『亡くなる』ということなのだとルヴィナは痛感していた。


「お婆ちゃんが好きになった悪魔とフローラは面識があるの?」

「まぁ……一応はね。悪いやつじゃないとは思うけどあんまり良い印象はないわ。」

「そうなんだ。その悪魔は今も生きてるの?」

「……生きては……ない……かな。」


 歯切れが悪い。その理由は、フロウエルはアルスとアースの関係性も理解しておりその事をルヴィナに伝える事がルヴィナの為になるかどうかを考えていたからである。

 ルヴィナはその言い回しに何か含みがあるような気がしたため、さらに踏み込んでいく。


「どういうこと?」

「悪魔や天使は死ぬってことはないのよ。命に終わりがあるだけで。」

「終わったら死ぬんじゃないの?」

「答えづらい質問ね。終わり以外の要因で死なないって捉えてもらっても構わないわ。」

「天使も死なないって事はお婆ちゃんも生きてるの?生きてるなら会いたいんだけど。」

「シルヴィアも生きてないわ……。」

「……そっか……。」


 ルヴィナには『死』と『命の終わり』の違いがあまりわからなかったがそこに大した差はないものとして納得した。


「お婆ちゃんが天使で悪魔と愛し合っていたのなら私は悪魔のクォーターでもあるの?」

「ううん。それは違うわ。ルヴィナの祖父は間違いなく人間よ。シルヴィアが愛した悪魔との子は出来てないわ。ディアンナはシルヴィアが花の神子になったあとに出来た子なの。」

「そっか。悪魔を愛したから追放されて、そこで人間と結ばれてお母さんが出来た。お婆ちゃんはどういう心境だったんだろう……。」

「それはわからない。でも少なくともディアンナと暮らしていた頃のシルヴィアは幸せそうだったわよ。それでいいじゃない?」

「そうだね……。」


 その流れでルヴィナは目を背けていた、フロウエルの隣りにいる生物への疑問も理解した。


「死なないのは天使と悪魔だけじゃないんだね。だから……その……。」

「そうね。この『ニコル』は死ななかった。」


 今まで旅をしてきたニコル。とは別のルヴィナがディアンナやサフィーナと暮らしていた時に飼っていた猫、ニコル。

 オリジナルニコル。


「……てっきり死んだものだと思ってた。」

「そうね。ニコル……今はその名前はルヴィナの横にいる猫の名前になってしまったから、新しくノエルって名前をあげたんだけど、ノエルは魔生物だから死なない。」

「……。」

「ノエルのこと。知らないのはサフィだけよ。私もディアンナも知っていたわ。」

「……わかってる。」


 ディアンナの死因は餓死だった。

 サフィーナとルヴィナにご飯を与えるために自らの食事を減らして痩せ細っていくディアンナを見ていられなくて、ルヴィナは泣きながら飼っていた猫を殺めた。少しでもディアンナの為を思って。命を天秤にかけた。

 しかし殺めた猫は消失し、ご飯にはならなかった。虚無だった。その一連の行動によって得たものは罪悪感と喪失感だけだった。


 そんなこともあってルヴィナはニコルの事をニコルと呼ぶことをしなかった。思い出したくない事を思い出させるから。

 ルヴィナはニコルを『ネコちゃん』としか呼ばなかった。


 ルヴィナはノエルにどう言葉をかけていいかわからない。

 謝ればいいのだろうか?許しを請えばいいのだろうか?ルヴィナの行いは間違っていたのだろうか?


「ルヴィナ。世の中には仕方がないことが沢山あるわ。だからノエルも別にルヴィナを憎んだり恨んだりっていうのはしていない。でも、ルヴィナはルヴィナの罪に向き合わなきゃいけない。わかるでしょ?」

「うん……。」


 ルヴィナはノエルに歩み寄った。ノエルは以前と寸分変わらず、また何事もなかったかのように、ルヴィナに駆け寄ってくる。

 ただ謝ることしか出来ないルヴィナを慰めるようにルヴィナとじゃれていた。


 それからしばらくして、フロウエルがゆっくりと口を開いた。


「ルヴィナ、話は変わるんだけど。旅なんて止めてさ、私とノエルと一緒にここで暮らさない?」

「出来ないよ……私にはやらなきゃいけないことがあるんだから。」

「やらなきゃいけないこと、ね……。今までのことを聞かせて欲しいわ。」


 フロウエルは言っていないことがある。それはルヴィナ達が今まで旅をしてきた事によって起こっているルヴィナ達が見えていない問題点である。

 ルヴィナはこれまでの旅のことを話した。その結果そのフロウエルは言えていない問題点について確信した。その問題が間違いなく起こっていることを。


 だがフロウエルはその事をルヴィナに伝えるかどうか悩んでいた。ルヴィナ達の旅路は決して無駄ではない。多くの人々を救っている事実は変わらない。そこに水をさすべきではないのかもしれない。

 結局フロウエルはルヴィナに伝える事は出来なかった。


「そういえば、この世界に来る時に、ルヴィナだけをさらったからルヴィナの仲間は心配してるんじゃない?私が言うことではないんだけど、ルヴィナは全然心配してなさそうだから。」

「そうだった……急に難しい話が出すぎて忘れてた。でも、私の仲間は皆強いから大丈夫だよ。」


 ルヴィナの安心感の根幹には薫風があった。薫風はコミュニケーション能力が高い。知らない相手とも仲良くできる力がある。そういった強さを薫風は持っていることをルヴィナは知っていた。


「でも、多分ルヴィナの仲間が向かったのは魔界だから……あんまり悠長なことはしてられないわ。」

「魔界?」

「そう。でも魔界って言ってもこことそんなに変わらないけどね。冷たくて薄暗くて風がなくて息苦しいぐらいで。」

「一致してるところのほうが少なそう……。」

「とりあえず私が魔界の入口まで案内するわ。入口までね。」

「魔界の案内もしてよ。ここと変わらないってことは行ったことあるんでしょ?」

「私が案内しなくても多分迎えが来るわ。すぐわかるから大丈夫。」

「……?」


 フロウエルに案内されて、魔界へと続くゲートへとルヴィナとニコルは向かっていった。



 アルスはシリウスとの話が少しずつ自分の理解の外へと向かっていくのを感じた。


「俺がその悪魔の……アースの魔力が収まっている器?じゃあ俺は人間じゃないのか?」

「いや、アルス君は人間だ。アルス君は間違いなく人間だし、アースでもない。ただ、君が持っている魔力そのものの根源がアースだというだけのことだ。」

「……どうしてそんなことがわかるんだ?」

「魔力には特色というものがある。人間で言うところの指紋や声紋が他と一致しないようなもので、強力な存在や近しい存在の馴染みのある魔力なら感じ取ってわかるんだ。」

「……俺がそのアースの魔力を持っているのはわかった。それは俺にとって何か不都合があるのか?そのアースに乗っ取られるとか……?」

「君が魔力を暴走させるようなことがなければ大丈夫だ。」

「……そうか。そのアースっていう悪魔はどんな見た目だったんだ?」

「見た目?そうだな……大きな翼を持つ鳥のような化け物の姿だ。力を行使する時には全身が紫色の炎に覆われていたからはっきりと姿を見たことはわたしはあまりないがね。」

「……そうか。」


 アースの外見はロック鳥のようなものであるらしい。


「なぜ俺にそんな悪魔の魔力が収められているんだ?その悪魔は死んだんだろう?その魔力は霧散するんじゃなかったのか?」

「時間が経てば霧散するはずだ。だがその時間とはなんなのかは誰にもわかっていない。」

「時間は時間じゃないのか?」

「アルス君のよわいは精々三十にも満たない程度だろう?それだと時系列が合わない。この世界基準でアースがベテルギウスに殺されたのは今から数百年前だ。そこまで長い時間を霧散せずに残ることはない。」


 アースが死んだのは、ルヴィナの祖母シルヴィアがうら若き乙女であった頃であり多めに見積もっても100年もないぐらいである。


「だから恐らくわたしが思うには時間の流れる速度が異なるか、或いは世界を分断した時に時間軸自体がズレてしまったか。いずれかであるとは思うが、だから『その魔力的には』霧散する前にアルス君の中に収まったのだろう。」

「悪魔の魔力っていうのは人間に収まるのは普通のことなのか?」

「そんなことはないはずだ。だが、天使達がアースの魔力をアルス君が生まれた世界に送り込んだのは偶然ではないのかもしれないな。」

「天使によって意図的に俺の中に入れられたってことか?」

「多くの人間は魔力適性が低く、人間本来の持つ魔力すらまともに扱えない。その中で適性が高いアルス君が選ばれた、のかもしれないね。」

「……。」

「いずれにせよ、推測に過ぎない。天使が何を意図してそのような行いに出たのかもわからない。それを知っているのはやはり天使達だけだろうが……。」

「俺は別にそこまで知ろうとは思わない。俺は人間で俺はアルスなんだ。今はそれだけわかれば十分だ。ありがとう。」


 アルスにとって何故天使がそういう行いに出たのかは、アルスがアルスであることに影響はなく大した興味もなかった。

 アルスにとって大事なのはあくまでもアルスに直接関わることだけである。


 ここまでの顛末を纏めるとこうである。

 ベテルギウスを封印する折、天使達は世界をいくつかに分断した。その際に、シルヴィアを追放する。

 ベテルギウスの襲撃から天使達を守るために戦い、そして魔力の塊となったアースもシルヴィアと礼も兼ねて、天使達は同じ世界へと送り、そこで再生をさせることにした。


 しかし『晦』によって既にアースの魔力は既に終わっており、再生することはなかった。『晦』にそのような作用があることをその時点で初めて天使達は知った。

 そうして残った霧散するしかなかったアースの魔力はアルスへと引き継がれ、アルスが今アースの魔力を行使している。

 説明されていないが、そこにはフロウエルの行動が関わっている。アルスの中にアースを入れたのはフロウエルなのだ。アースが生まれた時にはシルヴィアは亡くなっているので当然といえば当然である。

 また、フロウエルはシルヴィアやディアンナ達も預かり知らぬところで天使達のいる世界へと戻り連絡なども行っていた。天使達が『晦』の事を知った情報源もそこである。


「シリウス様。少しよろしいでしょうか?」


 クッキーを出してから下がっていたミルザムがアルス達の元へと来た。シリウスになにか告げたあと、シリウスに指示されて飛び去っていった。


「アルス君。君達には仲間がいるんじゃないかね?」

「……! そうだ、この世界に来る時にはぐれて……二人見付かっていない。」

「そうだろう。今、ミルザムが捕捉してくれた。すぐに案内してくれるだろうから、心配しなくてもいい。」

「どうしてわかったんだ?」

「そうだな……それはアルス君の仲間達が合流してから話そう。君達全員に関わることだからね。」


 しばらくして、ルヴィナとニコルがアルス達と合流することとなった。

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