三十九話
「フレア……様……。」
「ルヴィナ? 妾を出し抜こうとしたのかえ?」
「滅相もございません。私はフレア様達が強すぎるので、人間達の被害を少しでも少なくしようと思い、先んじて将を倒そうとしました。」
「人間共の被害を最大限減らす最善の一手は妾達を説得すること。そうであろう?」
「被害を減らすだけであればそうですが、それを為すためにはかなりの時間を要します。鬼、龍の方々両方を説得するためにかかる時間がそのまま被害に直結します。そこまで考慮すれば、私共で人間を討ち果たしてしまった方が話が早いと判断しました。」
「であれば、それを妾やゴウエンに一言言っておけば要らぬ疑いをかけられずに済んだであろう?」
「……はっきり申し上げますと、フレア様やゴウエン様にそれをお伝えしたところで納得していただけないと思います。」
「それは勿論そうだけれども、妾はルヴィナのことを買っておった。故に、一言もなかったことを恨んではおらんが悲しくは思っておる。」
「……申し訳ございません。」
フレアの言葉に嘘はない。ルヴィナの選択も間違っていない。
「ルヴィナを責めるのは後にしようかの。今はこやつを処理せんとな。こやつらは妾達がやる。ルヴィナ達は下がっていてもらうぞ。」
「わしらの邪魔するようなら誰であれ斬り捨てる!わしはそう言ったはずじゃ!」
アルス達はそう言われてしまい、自分達も戦うと交渉したが言っても聞いてもらえる空気ではなく、大人しく引き下がるしかなかった。どのみち騎士団長は斬らざるを得ない状況であったし、そのつもりでいた。
ただ、なにも変わらないかと言うとそういうわけではなく、グレン達が斃してしまうと『鬼や龍が騎士団長を殺した』という事実がそこに生まれてしまう。
それは今後の人間と鬼や龍との関係性に少なからず響くことであろう。
アルスとルヴィナのように。
「グレンや。あの槍……わかるか?」
「あぁ……わかるぜ、ばあちゃん。あれからは親父とお袋の魔力を感じる。わざわざ角を折ってそれを使って槍を作るなんてな……。」
「事実としてそこらの金属で作るより頑丈で、魔力も籠っておるから、理にはかなっておるがな。」
「そういう問題じゃねぇよ……。わかってんだろ。」
戦いはグレン達が押していた。というよりも、圧倒していたと表現した方が正しい。
『所詮は人間』と言わんばかりの力量の差を目の当たりにして、今の今まで相手の騎士団長と戦い騎士団長の実力を知っているアルスやルヴィナからすれば、あまりにも一方的な戦いであることは好ましく思えなかった。
騎士団長とアルス達はおおよそ互角……とまではいかないにしても、それなりに近いところにあった。それを圧倒しているのだ。
アルス達もこの三人を相手にすればこうなることは想像に難くない。
「ふふ……ふははっ!これが鬼の力!龍の魔力!素晴らしいじゃないか!」
「あぁ!?気でも触れたか?」
「ふふふ……そしてその龍と鬼のハーフ……!いい……!実にいい!」
「……。」
「鬼と龍の力。そこに人間の智が合わされば最強になれる。」
「人間の智?笑止千万とはこの事よな。齢百にも満たない人間の浅はかな猿知恵など、妾達の叡知と比べれば雲泥万里というものよ。」
「獣らしくせいぜい吠えるがいいさ。」
「明らかに劣性なのに吠えているのはどちらなのか。その判断も出来ない知能でよくもまぁ、騎士団長などになれたものよ。人間が本当に優れているところは知能なんかではないのだがな。」
騎士団長が何を言おうと実力差が埋まるわけでもない。戦いはどんどんと騎士団長が劣性に傾いていく。
終には騎士団長の持っていた二本の槍は宙を舞い、グレンの手に収まった。
「頼みの綱がなくなった気分はどうだよ。なぁ?」
「頼みの綱……か。確かにその槍はとても強大だ。そしてこのままでは不味いことも承知している。」
「どうした?急に弱腰だな。だがオレは容赦はしねぇぞ。」
「ふふふ……。」
騎士団長が少しずつ後退していく。しかしそれは相手から逃げる意図ではなかった。
騎士団長が何かのスイッチを押す。誰にも見えてはいないがそのスイッチによって騎士団長の身体に変化が起こった。
先程押されたスイッチは騎士団長の体内に埋め込まれたある機械を起動するためのスイッチだった。
「今何をしたんだ?」
「……時に。この世には能力を持っているにも関わらず、その能力を行使しないものがいる。だが能力というものは使うことによって意味が出来る。だから俺はそういう能力を俺が使えるようにしたのさ。俺には今、未来が見える!!」
「……おい、てめぇ……それはどういう意味だ。事と次第によっちゃあ……。」
「言葉通りの意味さ。未来を見る能力を持った龍鬼が居たのでな。その能力を人間の聡明叡知をもってして、俺が取り込んだのさ。」
「……その龍鬼はどうなった……。」
「その龍鬼?……ふん、死んだよ。角と心臓と脳を液体へ変換し薬となったからな。」
「……フィア……。そうか……。」
「オレはお前の事を殺してやろうって思ってた。だが気分が変わった。……親父とお袋の魔力が籠ったこのニ槍。お前の両の眼窩にくれてやる!!」
「ほざけ。俺には未来が見えると言ったであろう。さっきまでと同じようにいくと思うな!」
騎士団長の言うことは正しかった。グレン達が三人がかりでも対等に立ち回れるほどになっていた。
ただ、それだけである。能力的にはかなり上昇したのは間違いないが三人一度に襲いかかられれば対応できるルートは限られている。
未来が見えると言えばその限られた正しいルートを選択できる能力ではあるのだが、そこから攻勢に出られるルートを模索してもほとんど存在しないのである。
そしてこの能力は『未来が見える能力』ではない。
ゴウエンもフレアも騎士団長に対してなにも言うことをしない。怒りはグレンと等しい、或いはそれ以上であるが、グレンと同じように吠えたところで向こうは気にも留めないだろうし、むしろ激昂し視野が狭まれば不必要な事故を誘引しかねない。
どれだけ怒りが強くとも頭の中は冷静でいるのは彼らがグレンより大人だからであろう。
騎士団長は強くなった。アルス達だけで戦っていたらどうなっていたかをルヴィナはどうしても考えてしまう。果たして勝てただろうか。
命拾いしたのではないだろうかとルヴィナは思わざるをえなかった。
しかしそれも杞憂であった。
「ぐ……ぐあぁ……。」
少しして騎士団長が頭を抱えながら呻きだした。
「グレン坊!わしらのアレで仕留めるぞ!」
「あぁ!任せろじいちゃん!如何なる空をも焼き焦がす!」
「『炎界・十天黒一』!!!」
騎士団長の足元から火柱が立ち上る。そこから発生する熱風だけで肌が焼けるようでもあった。
炎が鎮まったときには騎士団長だったものは、元の騎士団長の大きさの骨となっていた。
「……くそっ……。フィア……。」
「グレン坊……。」
「仇は討った……でもそうじゃねぇんだ……それでフィアが帰ってくるわけでも、オレの腹の虫が収まるわけでもねぇ。くそが……オレのこの気持ちはどこにやればいい……!ああああぁぁぁぁ!!」
悲痛な叫び声と共に当たり散らすグレンをアルスはただ見ていることしか出来なかった。ルヴィナにはグレンの気持ちがわかりすぎてとても見ていられるものではなかった。
殺したいほど恨んで憎んで、復讐を達成したところでその恨みも憎しみも消えるわけではないのだ。
暴れているグレンを止めたのはゴウエンであった。
ただ暴れるグレンを抱きしめ、共に泣いていた。
「グレン。ゴウエン。妾は今からこの戦争の全ての元凶にお礼参りにいく。」
フレアはそう言うと、王城へ向けて進みだした。
ルヴィナにはグレンよりもゴウエンよりもフレアが一番恐ろしく思えた。フレアは仇敵のとどめを二人に譲った。
そして泣くことも叫ぶこともせずただ堪えている。しかし内心穏やかでいられるはずがない。
その感情はどこへ向かうのだろう。
「私も行きます。」
そう言ってルヴィナは着いていくことにした。このままフレアを一人で行かせるわけにはいかないと判断したからである。だが、実際は一人ではなく、グレンもゴウエンも泣き止んで着いてきていた。
言いたいことがあるのは二人も同じである。
当然置いていかれても困るので、アルスも薫風も黙って着いてくる。
城の前で騎士が止めようとしてきたがフレアが一瞥するだけで、怯んでなにも言えなくなった。
それだけの凄みがあった。それだけの怒りが滾っていた。
騎士団長がやられたことで騎士達はどうしていいのかわからず城内は混乱していた。
そして王のもとへとたどり着いた。
この国、ウルカの王は玉座に座り、フレアとゴウエンが来るのを待っていた。
アルス達一行は王に会うのは初めてであり、その姿を人目見て『偉そう』という感想をアルスは抱いた。
勿論、偉いのだが、『偉そう』という感想に至ったのは王が仮面を着けていたからである。
人間の王と龍や鬼の長の関係性は対等ではないのだろうか。少なくとも王はフレア達を待っていた以上、フレア達に会うことは解っていたということであり、そういう場で仮面を着けたままというのはあまりにも無礼である。
「お前があのクソ団長の親玉か。」
「……口の聞き方も知らない獣が余に何用だ。」
「何用だ、だと?ふざけんじゃねぇ!お前の!お前達のせいで!!フィアは……!」
「フィア……?あぁ……なるほど。あの龍鬼の身内か。」
「身内か、じゃねぇ!」
「一つ誤解を解いてやろう。余はあの騎士団長の行いに一切関与していない。」
「関与していない?どういう意味だ?」
「関係していない。関わっていない。そういう意味だ。」
「んなこと言ってんじゃねぇよ!!」
「グレン坊、わしに話させろ。」
「ふん、鬼か。余が話すことなど何もないぞ。」
「騎士団長のやったことは騎士団長が勝手にやったことだって事だよな。それはわかった。じゃが、部下の落とし前つけるのが上に立つ者の責じゃあねぇのか?」
「そうだな。責任をとって彼の騎士団長には余から罰を与えよう。いや、騎士団長は死んだのだったかな。」
「話すだけ無駄よな。なら妾が直々にお主に手を下してやろうぞ。」
「余を殺そうというのか。余もお主らと同じ被害者でしかないというのに。」
「なに?」
「余は戦う力は持っていない。余は騎士団長に脅され民から金を集め開発費に回していただけに過ぎないのだ。」
「……それが妾になんの関係がある?何もないであろう。」
「フレア様、いけません。民には王が必要なのです。殺してしまえば、この国はどうなるのですか。」
「それも妾には関係のないこと。それに単純に妾はこやつが気に入らん。」
「どうかお願いします……。」
「どうしてそこまでする?元よりルヴィナにも関係ないことであろう?最初に妾達のところへ来たことも、妾達に内緒で騎士団長を倒しに行くこともそうだ。妾には理解が出来んな。」
「人間達を救うために私達はこの世界に来ましたから。」
「はぁ……。」
フレアは納得するはずもない。
でもルヴィナは折れるつもりはない。
「妾がこのゴミを殺そうとしたらルヴィナと戦いになるのか?」
「そう……ですね。私達がフレア様に勝てるとは思いませんが……仕方ないです。」
ルヴィナは弓を構えた。
「待ってくれよ、姉御!こんなやつのために姉御が命を張るなんてバカバカしいってレベルじゃないぜ!」
「止めるなら、グレンくんとも戦わなきゃいけない。私は戦いたくはないよ。」
「だったら退いてくれよ!」
「フレア、少し落ち着け。わしはそこまでやるつもりはないぞ。」
「ゴウエン……まさかお主が人間につくとはな。妾はゴウエンとて容赦はせんぞ。」
「落ち着けと言うとるに。」
ゴウエンとフレアが揉めている。ルヴィナとグレンが揉めている。
アルスと薫風はそれぞれの口論を止めに入るしかなかった。でもどちらにつけばよいのだろうか。
アルス達はルヴィナの主張が正しいのかを考える。ルヴィナは民には王が必要というが、この王は騎士団長が言う通りなら、ただ私腹を肥やすだけの穀潰しでしかない。
だがここで王を殺してしまっていいものか。流石にフレアもグレンも全ての人間を滅ぼそうというつもりはないだろうが、ここの国の人にとって王がどのようなものであるかはわからない。それに端から見れば鬼と龍によって王城が陥落したようにしか見えない。
王の不遜な態度が気に食わないのはアルスも同意見だった。仮に騎士団長が勝手にやったことであり、騎士団長に脅されていたことも本当だとしても、同情の余地こそあれ、取るべき姿勢ではない。
誠意がない。
ゴウエンがフレアを止めてくれているのが不幸中の幸いか。アルスは考えた結果ルヴィナと同じく、フレア達を止めることにした。
アルスはグレンを、薫風はフレアを止めに行く。
最初こそ王を殺すのだと息巻いていた二人であったが、最終的には落ち着き諦めた。
それに対しても王はなにも思っていないかのように、フレアを止めたルヴィナ達に対して特に何かを言うこともしなかった。
「ここにいても腹が立つだけじゃ。フレア、わしは帰るぞ。」
「……そこの人間。何かの上に立つ身なら、それ相応の責任が伴う。お主にはその意識も才覚もない。此度はルヴィナに免じてこれ以上何もせぬが、次はない。絶対にな。」
「そうじゃな!わしも次同じようなことが起ころうものなら、それを起こしたのが誰であれ人間共を殲滅してやるから、それが嫌なら次世代以降の王に自らの愚行を後世に語り継ぐといい!」
そう言ってフレアとゴウエンは出ていった。
残されたルヴィナ達も出ていこうとしたがその前にルヴィナが口を開いた。
「王様。一人の人間として進言させていただきます。」
「申してみよ。」
「王であれ、民であれ、一人の人間です。」
「くだらん。下々の人間と同列に扱うなど侮辱に値するぞ。捕縛されたいのか?」
「本当に騎士団長に脅されていたのであれば、そうやって権力で物事を解決できる状態にない事も理解できるはずです。このままでは、いつかこの国は人間の民達によって滅びます。そうなる前に更正されることを望みます。」
「バカバカしいにも程がある。そうならないように既に手を打っている。」
「……その手が最善手であることを、願います。」
そうして、ルヴィナも城から出た。
城から出ると目の前にルーンがいてフレア、ゴウエン、アルス達と話していた。
ルヴィナもその会話に混ざるために足早にそこへ向かった。




