三十八話
薫風が案内をすれば、基本的に戦闘を避けられる。
やや遠回りになってでも一行は戦いを避けて進んだ。
そしてこの戦争の総大将である騎士団長の陣の近くへとたどり着いた。
陣幕の前は今までよりもさらに強そうな兵士が構えている。誰にも気付かれないよう、隠れながら小声で作戦をたてる事とした。
「ねぇどうする?ボク達がこのままあそこに向かっても話は聞いてくれないと思うんだけど。」
「ルヴィナはどうしたい?」
普段のアルスなら自分の意見を言ってからルヴィナの発言を促すのだが、単独行動をとる選択をしたのはルヴィナの指揮であり、それならば極力ルヴィナの指示を仰ぐのがセオリーだと判断した。
「私は……ここは強行突破するしかないと思う。」
アルスの質問とは少しズレた回答だ。アルスが聞いたのはどうしたいかである。だがアルスはこの際、四の五の言うのをやめた。ルヴィナはどうしたいかよりも腹を括って強行突破する覚悟を決めたと言ったのだ。そうであるならばアルスはそれを尊重することにした。
「よし。それでいこう。薫風、ニコル。俺が先陣を切る。援護は任せるぞ。」
「りょーかい!」
アルスの斬り込みに合わせて、ニコルと薫風が畳み掛ける。不意打ちであったため陣の周りにいた兵士達を制圧するのに時間はかからなかった。
そして四人は陣の中へと入った。
入った瞬間にアルスは少し様子のおかしさを感じた。それもそのはず、陣の中なのに兵士がほとんどいないのだ。
周りを護っていた兵士でほぼ全てだと言うのだろうか。
そしてこの空気はなんだ?
「アルス……気を付けて。ここの空気、魔力が多すぎる……。なにかあるよ。」
警戒しながら奥へ進んだ。そこにいたのは魔物と呼ぶのが相応しい、巨大な球体状の体に翼と腕と尾の生えた存在だった。
一行が近づくとその魔物が話しかけてくる。
「お前達は……牢に捕まっていたのではなかったのか?」
若干くぐもってはいるが聞き覚えのある声、話し方。
「お前は騎士団長……なのか?」
「如何にも。最強の騎士にして最強の兵器。素晴らしいとは思わないか?」
「人間をやめてまでなりたいものだったのか?」
「姿が変われば人間ではなくなる等というのは考えが浅はかと言わざるを得ないな。肉体など所詮は精神の器でしかないのだよ。それに人間の身体というのはあまりにも脆い。強い魔力に耐えられないからな。」
「私達はそんな話をしに来たわけではありません。私達は戦争を終わりにして頂く思いここに参りました。」
「それは鬼や龍共が敗北を認め、我らに屈すれば良い話。であれば当然、話す相手が違うのではないか?尤も、野蛮で低能な獣共に言葉が通じるとも思えんがな。」
「彼らはそんなに下等な生き物ではありません。現に人間側の勢力は劣勢であり、程なくして攻め上がってくるでしょう。これ以上無駄に被害を出して何になると言うんですか?」
「劣勢?くだらないな。兵士がどれだけやられようとも俺がいる限り負けはない。」
「だったら……初めから貴方一人で戦えばいい。それこそ無駄な犠牲でしかない。……民を犠牲にする戦いに何の意味があるんですか!」
「民がどうなろうと知ったことではない。民とは王に搾取されるためだけに存在するものだ。金も命もな。」
「王のために民がいるんじゃない!王のために国があるんです!」
「くだらない。力を持つものだけが、この世界で生きていける。いつも力を持つものだけが得をする。それが道理だ。それが摂理だ。」
「貴方はそれでも騎士ですか……それでも騎士団長なのですか……。」
「ルヴィナ……。言うだけ無駄だ。」
「でも……私も一人の騎士として……許せない。」
「騎士と一言でも言っても一つの形に収まってるわけではない事は俺たちの世界でも同じだ。」
「それは……。」
「それに、騎士には二通りあるんだ。国に仕える騎士と国王に仕える騎士。あいつは後者なんだろう。」
「……。」
ルヴィナは騎士団長の物言いが気に食わなかった。
他者への配慮も思い遣りも何もない。
ルヴィナにはわかっている。相手は強すぎる力を得たが故に驕り、そして精神的に壊れてしまっているのだ。
「騎士団長。はっきり言って俺はお前が嫌いだ。だからお前を斃さないとこの戦争が終わらないというのなら、俺が終わらせてやる。それをしたくないやつの代わりにもな。」
「その辺の兵士にも捕らえられる囚人風情がよく囀ずる。だが丁度いいウォーミングアップだ。直々に相手してやろう。」
そう言うと騎士団長は掛けてあった二本の槍を手にした。
「アルス!あの槍ヤバイよ!気を付けてね!」
薫風が言うように騎士団長が持つ槍から異様な雰囲気をアルスは感じ取った。アルスの持っている『零の剣』とはまた違う異質さだ。
先手を打ったのはルヴィナの矢だった。土の魔力を纏った『螺旋』はとても水の魔力とはまた異なった強烈さを持っていた。
気圧や水圧を押し退けて貫く水とは異なり、岩の槍は物質を貫く勢いがあった。
それを油断せずに丁寧に対応されたことがルヴィナにとっては驚きであった。ルヴィナ自身、騎士団長の戦いを見たことはないが人間離れした姿を得て力に溺れるわけでもなく、冷静さを欠いていない。
物言いこそは相手を見下した態度であるのに立ち回りだけは騎士団長然とした丁寧さであることが、この敵の厄介さを象徴しているようであった。
それを感じ取ったのはルヴィナだけではなかったし、一行が気を引き締める切っ掛けになった。
ルヴィナが続けざまに矢を射つのにあわせて、薫風とニコルが連撃を叩き込む。それを受ける相手の動きには無駄がほとんどない。最小限の動きの範囲内で最大限のリターンを取ってくる。
彼もまたサテライト技術によって強化された存在なのであろうことは戦っていれば自ずとわかった。
槍の横薙ぎが飛んでくる。それをアルスが受け止めたとき、アルスは身体が浮くのを感じた。
「アルス!!」
グレンよりも一撃が重いなんて事があるだろうかとアルスは考えた。確かに、受けるときに上半身に力を込めたのは確かだし、脚に入れた力は相対的に少なかったのは間違いないが、それにしたって限度がある。
この感覚は薫風の『一陣の戦斧』を受けたときのそれに近しい。ただ完全なる膂力によって飛ばされたこと以外は、だが。
アルスやニコルの攻撃を受けているときもそうである。
相手の重心がぶれない。筋力や体重に余程の差があるのだろうが、相手の慣れた槍術と合わさって攻撃を重ねても重ねても微動だにしないのだから相手は余裕をもって追撃の守りや反撃を行うことが出来る。
また、スピードも尋常ではなく、地面を蹴る力の強さと体重からもはや自動車が急発進するかのようである。
相手の攻撃を全力で受け止めるアルスだが、力強い二本の槍をいなすことすら至難の技だった。故にニコルや薫風、ルヴィナが攻撃の手を休めることは許されなかった。
相手の槍をこちらの攻撃への対処へ使わせないとアルスの身が危ない。
しかしそうは言っても限度があった。
アルスに出来ることはただ耐えることだけだった。そして攻め手に欠いている。
相手と刃を重ねる毎に相手との筋力差によるダメージが蓄積する。
アルスが受ける疲労もとても大きいことは語るまでもない。
「『矢礫』!」
アルスの消耗が激しいことはアルス以外にもわかっている。そこに生じる焦り、不安。
それは確かに存在し、仲間内で伝播する。
そうなればなるほど相手は余裕が出来、冷静になっていく。
精神的な優劣で言えば相手が優勢であった。
騎士団長にダメージが入っていないわけではないのだろうが、目に見えて疲れたり負傷したりした挙動は見受けられないためそこまで深手を負ってはないのだろう。
「そういえば、こんなことも出来るのだよ。」
そう言ってなにをするかと思えば、相手は火炎の息を吐き出した。それはグレンの魔技とほとんど同じものだ。
アルスは咄嗟に普段使っていない『零の剣』を抜いた。そして火炎を切り裂いた。
一度見た技だ。わかっていれば対処も出来る。
「やるじゃないか。剣で炎を斬るなんて。一剣士としてご教示願いたいね。」
「……。」
「アルス、といったか。お互い万全の状態で先の大会で戦っていたならば、その方が勝っただろうな。」
「俺はそうは思わない。お前が強いとか弱いとかではなく戦いっていうのは常に、時の運が付いて回るものだからだ。絶対的な強者なんて存在しない。」
「だから今も諦めない、と? 愚かしいな。力に押し潰されたことのない経験の浅さ、延いては若さか。」
「俺は今は一人じゃない。俺達全員を同時に相手し続ける事は楽じゃないだろ。だからお前も安直な魔技で倒そうとした。」
「くだらんな。そんなに頭が悪いと思わなかったよ。」
アルスと対話している間もニコルや薫風は攻撃の手を緩めることはない。
これは試合ではない。フェアな勝負かどうかは勝利が前提にあればこそであって、彼我の実力が拮抗している或いは劣っているのであれば、アンフェアでもなんでも手段を選んではいられない。
だからアルスもルヴィナも手を止めない。アルスが手を止めるとニコルや薫風が怪我をしかねないから。『勝つために』護らなくてはならないから。
そこにあるアルスが持っている情は、友情や親愛とは程遠いと言っていいほどに、とても利己的で合理的なものであった。
アルスは時々わからなくなっていた。
『俺は何故戦っているのだろう。サフィーナのため?』
『サフィーナを殺したのは俺だろう?』
俺は……誰のために……?
『ルヴィナほど誰かのために尽くすことも、ニコルほど達観してストイックになることもできない。かといって薫風のように何も知らないふりをして道化を演じるだけの知恵もない。』
『俺もニコルも、ルヴィナや薫風を利用しているに過ぎない。』
世界の全ての人間がルヴィナのようにはなれない。
ニコルもルヴィナも薫風も俺の大切な仲間だ。それは本心だ。でもその仲間が戦闘中に死ぬようなことがあったとして俺は悲しむことが出来るだろうか?
悼む気持ちはあっても悲しむことはない気がする。
そうして今、この騎士団長の横暴を目の当たりにしてアルスが考えたことは
『この騎士団長と俺の違いはなんだろうか?』ということだった。
『俺も所詮はこいつと同じ穴の狢だ。』
武術大会の時、この騎士団長と戦う前。魔力を暴走させるほどの怒りの根幹は正義感なんていう綺麗なものじゃない。恐らくそれは同族嫌悪だ。
『だったら俺は……。』
「アルス!ダメだよ!」
「大丈夫だ、薫風!」
アルスの半身がアルスの炎で燃えかかっていた。燃えていた。燃え盛っていた。
「また暴走するか?ふん、芸がないな。そうでもしないと俺には勝てないと悟ったか?」
「そうだな。」
魔技の力は人間が元来使えるものではない。正確に言えば、使い方を知らなければ人間には使えない。アルスもルヴィナも最初は使うことが出来なかった。
しかしこの騎士団長は魔技への理解があるようにアルスには感じ取れた。
アルスの身体は紫炎に包まれ、背面からは巨大な翼が生えていた。
しかしあくまでも翼の生えたアルスの姿を保っていた。
「シャーッ」
「あぁそうだな、ニコル。行こうか。」
『猫』を使い大きくなったなったニコルと二本の剣を構えたアルスが並び立っている。
「でかくなったり、燃えて羽が生えたり、大道芸か何かか?そんな程度で戦況は変わらない!」
「……お前は知らないだろうが、ニコルはこの魔技を使うのを嫌うんだ。なんせ……制御が出来ないからな!」
アルスが一歩踏み込んだ。あまりにも大きな一歩だった。
一歩で懐まで踏み込んだアルスが斬り上げたが相手は辛うじてそれを受けたが、そこにニコルの追撃が入る。
ニコルの攻撃で怯んだ相手に四人がかりで攻撃を重ねていく。
相手も意地があるのか、単純な実力か、初撃こそ通ったがやはりそれでも手堅い立ち回りを徹底されると中々攻撃を通すことは叶わなかった。
だが相手に反撃する隙がないのであれば、なにも問題はない。攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。
相手もどんどん魔技を駆使してくるようになっていた。
火炎の息を吐くだけではなく、アルスと同じように槍に炎を纏ったり、火炎弾の射出、地面からの火柱など魔技は多彩であった。
アルスは魔技を使いはじめて日が浅い方ではあるが、それでも騎士団長の方がさらに日数は短いはずであり、アルスはそこに少し劣等感や悔しさを感じざるを得なかった。
「オラァ!くだばれぇ!!」
聞き覚えのある声が響いたかと思うと、グレンが騎士団長に斬りかかっていた。
「グレン!?どうしてここに……?貴方は他の兵士達と戦ってたんじゃないの?」
「人間達ならどういうわけかわからないけど、ルーンが止めてくれたぜ!それにしたって姉御、オレ達になにも言わずに抜け駆けなんてずりぃじゃねぇか!」
「抜け駆けっていうか……。」
「説明も言い訳もどうでもいいぜ!こいつを倒したいのは姉御達だけじゃないんだ。オレ達も参戦させてもらうぜ!」
「オレ達……?」
ルヴィナはイヤな予感がしたので振り替えると、そこにはゴウエンと笑顔のフレアがいた。




