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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第五章 陽炎 面影 君の声
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三十六話

 ルヴィナ達のいる龍の宮も鬼の気配を感じとり騒々しくなっていた。


「フレア様、如何なさいますか?」

「決まっている。妾が直々に討ち果たしてくれようぞ。」

「しかし相手は……!」

「わかっておるわ。だからこそ妾がやる。」


 ルヴィナは話に着いていけていなかったが、鬼が迫っていることと、その鬼がやばそうということだけは雰囲気でわかった。

 アルスは交渉に失敗したのだろうか?それならアルスやニコルはもう無事ではないのではないだろうか?という当たり前の疑問が頭を過る。


「ルヴィナや。そう暗い顔をするでないわ。ルヴィナの仲間は恐らく無事よ。」

「どうしてそう言えるんですか?」

「ここに向かってきとるのは、死んだはずの鬼の長の子。」


「オレのお袋だ。」

「グレンくんの……。」

「つっても、言った通りお袋は死んでる。人間共が作ってた兵器ってやつだろ。ほんと胸糞わりぃ……。」

「……。」


「鬼の方へ向かっていくのは妾の息子。そのことはゴウエンもわかっとる。ならばゴウエンならゴウエン自身で処理すると判断する事は自明の理。それならこちらも相応に礼節を持ってゴウエンに応じてやらねばな。」


 フレアは穏やかに見えてその実、業腹であることをルヴィナは感じ取った。他人の機微に敏感なルヴィナはそういうものを強く受けてしまう。そういう性格は常日頃からルヴィナの精神を蝕んでいた。

 いつ爆発するか誰にもわからないぐらいひっそりと、確実に。


「皆の者!妾はこれより打って出る!妾の足を引っ張らない自信がある者だけ着いて参れ!」


 そう言ってフレアは出て行った。周りにいた多くの龍族がそれに続く。誰もが本当の意味でフレアの足を引っ張らないと思っているわけではない。フレアの言ったことはある種の方便で、残る選択肢を与えただけに過ぎない。

 正しく意訳すれば、フレアの行動に異論がなく、強敵と相対する覚悟と勇気と実力があるやつだけ着いてこい ということだ。


「姉御、アホ鳥。オレは着いていくぜ。二人は好きにすりゃいい。実際問題……酷なことを言うようだが、姉御は足手まといになりかねない。アホ鳥が戦えるのはわかるが、だからこそ姉御の護衛は必要だろうしな。」

「グレン……。」

「……じゃあな。」


 そう言ってグレンも出て行った。この部屋に残っているのはルヴィナと薫風を除くと小さな龍や老いた龍ぐらいであった。


「ルヴィナ。ボクは……グレン達と一緒に戦いたいよ。ルヴィナはどうしたい?」

「私も……そうだね。カオル、戦いに行こう。……皆、身内と戦うなんて望んでないはずだから……私達がやろう。」

「ルヴィナ。それは違うよ。」

「違う?」

「うん。確かに身内と戦うことは望まないけど、身内だからこそ自分達がけじめをつけないといけないんだよ。他の誰かに迷惑をかける前に身内の自分達がっていう気持ちかな。」

「そんなの……わかるけど……わからない。」


 理屈では理解できるが、ルヴィナの考え方では到底納得できない答だ。

 ルヴィナは情が深い。愛情も友情も憎悪も。であるが故に、自分の手で親愛の対象を手にかけるなんてことを到底出来ない。ルヴィナが好きな対象が、間違い罪を犯したのならば、正しく裁かれ正しく処分されるべきではあるが、そうならないように説得するならまだしも……。


「ルヴィナ。ボクはルヴィナの気持ちもわかるよ。……人間にとっては、ルヴィナの考え方の方が自然で正しいのかもしれないけどさ。でもグレン、フレアにとってはそうじゃないんだ。それもある種の矜持なんだよ。気高さってやつさ。」

「気高さ……?どこが……。私にはわからない……。」


 気高さ。高貴で上品な様。

 ルヴィナには薫風の物言いが本当に理解出来なかった。

『私の気持ちがわかるなら、どうしてカオルは私と一緒にグレンくん達を止めようという考えにならないんだろうか?』という思いの方が強い。


「ルヴィナは待っててもいいよ。ボクだけでも行ってくる。」

「待って、私も行く。でもグレンくん達に戦わせるならカオルこそ行かなくていいんじゃないの?」

「ボクがやるのは露払い!多分だけどここにきてる鬼っていうのと戦い始めたら、そのまま人間の兵士がたくさん来るよ!家族水入らずのとこに、水さされちゃ堪ったものじゃないだろうからね!」

「……そうだね。」


(納得できなかろうが何だろうが、それが仲間の嘘偽りのない望みだというのなら。それに応じるのが仲間としての礼節でしょ?)


 ルヴィナには思いを飲み込む器量ぐらいはある。


 薫風と話していた時間の遅れを補うべく、二人は駆けていった。



「久しぶりじゃのう!イグニ!!!」


 ゴウエンの大声が戦場に響き渡る。ゴウエンとイグニの戦いは挨拶もなくゴウエンの不意打ちから始まった。

 鬼の方も龍と流れはおおよそ変わらない。アルスはルヴィナよりも鬼や龍の心情への理解があったが。


 イグニにゴウエンは(大声で)語りかけながら攻撃を続けているが、肝心のイグニは会話に一切応じる気配はない。黙々とゴウエンの猛攻を凌いでいる。

 アルスはやや遠くで見ていたがとても助勢など出来そうもない戦いだった。剣戟の一振り一振りがぶつかり合う音が振動となって大気を震わせるような気さえした。


「しばらく見ん間に、寡黙になったんじゃなぁ!!死人に口なしっていうのはこういうことだったかのう!!!」


 アルスは戦いを眺めていて幾つか思ったことがあった。

 今までのアルスの戦いぶりとは大きく異なるゴウエンの戦い方。一見力任せに見えて相手の受け方、受けた相手の状況まで考えられている無駄のない一太刀。アルスは自分にもそれが出来ればと考えていた。

 アルスの普段の戦い方はルヴィナや薫風を守りながら戦うことをベースに置いている。ここにゴウエンのような戦い方を混ぜることが出来れば……もっとアルスも仲間も負担が減るはずだ。


「ニコル……?」


 アルスの傍らにいたニコルが突然警戒姿勢に入った為、アルスも周囲を警戒し始めた。

 そして、ゴウエンを囲うように人間の兵隊が配置されていることに気付いた。


「ゴウエン達の邪魔はさせない。ニコル、あいつらを倒すぞ!」


 言うが早いか、ニコルと一緒に兵士を倒しにかかる。

 アルスは『この兵士達はどこか違和感がある』という感覚を覚えた。アルスは仲間の中では『対人間』の経験が多い方である。

 なお、一番多いのはルヴィナではあるが、ルヴィナの『対人間』スキルは部下を指揮して戦うものであって直接的にルヴィナ本人が戦うことは多くはなかった。


 そんな『対人間』経験豊富なアルスが感じたものであるのだから、当然それはただの違和感ではなかった。


 統率はとれている。詰めるところと離れるところの線引きもおおよそ正確。ただ、ひとつ。

 誰も彼も、剣筋が同じだ。当然普通はそんなことはあり得ない。個人の筋肉(筋力や柔軟性)の差はもちろん、武器一つとっても重心や質量は完全に同じにはならない。

 それなのに、ここにいる兵士達は間違いなく人間そのものなのだ。むしろそれがアルスには恐ろしく感じられた。


「こいつら……っ!」


 アルスとニコルの二人がかり、といえば戦力的に大きくは感じるが、それに対しての兵士の数がとても多い。連携もしっかりしているため各個撃破というのも楽ではない。

 ちんたらしていると次々と増援がやってくることは解りきっている。


「ニコル!魔技でまとめて蹴散らすぞ!」


 アルスは剣士としてはおおよそ完成しているが、魔技使いとしても人間としても成長過程である。今まで通りであれば範囲を攻撃する魔技は必要性が低かったが、こういう状況ともなれば話は変わる。

 アルスの持つ魔技では複数を相手取るのは(いささ)か無理がある。であれば手段は一つ。


「ニコル!合わせろ!『紫電一閃』!」


 アルスの放った燃える斬撃が雷が走るように飛び回る。威力は『閃変万火』の非ではないが、やはり魔力の消費が大きい。アルスの欠点として魔技を使うときの魔力配分があまり適切ではないというところがある。確かに威力は高いが魔力を抑えて使うということが苦手で余剰が生まれやすくなっている。

 倒せないよりは余分に魔力を使って倒しきる方が良い場合が多いのでアルスはあまり気にしてもないが、元々消費が多い魔技であればその差は大きくなってくる。


 魔力管理で言えばニコルもそこまで得意ではないが、ニコルは魔力の絶対量が桁違いなのでよほど長期戦にならない限りは影響はない。

 薫風やルヴィナはその辺りは上手な方である。


 『紫電一閃』で強引に兵士達を倒していった。魔力の消耗は大きいが、それなりの戦果は上げられただろう。

 そしてその頃にはゴウエンの戦いも終わりかけていた。


「……空しいな。正直に言えば、例えどんな形であれもう一度イグニと手合わせできるのではないかと心踊ったが、所詮は紛い物よな……。筋力や魔力(ちから)こそオリジナルよりは高いかもしれんが経験が足りん。」

「……。」

「口も利けんしな。イグニ……もう終わりにしよう。二度と悪用などできんように、わしの最強の技で一撃で沈めてやろう。炭どころか灰も残してやらん。」


「『九死一殺』」


 そこから先は何が起こったのかアルスには見えなかった。それはゴウエンが早かったとかではなく、ただただ激しい炎によって視界が覆われたからである。

 炎が収まったときにはそこにはほとんど何も残っていなかった。イグニも少しばかりの草もなく、土は焦土と化していた。


「イグニ……さよならじゃ。こんな形になってしもうてすまんかった。どうか安らかに眠ってくれ。」


 悲しい風が吹いていた。

 その風がそこにいたイグニの塵も吹き飛ばしていったように思えた。


「さて、アルス。わしは今から人間のところへカチコミに行く。止めてくれるなよ。」

「……俺も人間のやり方が気にくわない。だから止めはしない。」

「そうか……。」

「だが、できれば可能な範囲でいいから話し合いで解決をしてほしい。」


 そういう方針はルヴィナの影響を多大に受けている。

 アルスはルヴィナや薫風と旅をして、強くもなったが弱くもなっていた。


「それは無理じゃな。わしとてアルスの話だけであれば善処したが人間のこのやり方に、わしは業腹というものよ。散々わしらをバカにしくさって、あわくって話し合いなんて虫が良すぎる。止めるというならわしはアルスとて斬るぞ。」


「……そうか。いや、俺は止めるつもりはないが……。ないが、悪いのはあくまでもこういう手段に出た人間だけだ。町民まで全滅させるまではしないでほしいというのもわがままか?」

「歯向かうなら斬る。それ以外何物でもない。話し合いはここまでにしよう。向こうから敵がぞろぞろやってきおったわ。」



 それより少し前。フレアとグレンもカガリと戦っていた。

 ルヴィナと薫風はアルスと同じように周りの人間の兵士を相手にしていた。

 ルヴィナは土の魔力を使った『岩壁(ウォール)』での防御と、魔力を込めた矢を地面に射ちその後地面から岩の(つぶて)を矢と共に突き出す『矢礫(ブロウ)』で遠距離からの支援に(つと)めた。

 直接的なダメージを稼ぐことは土の魔力に不馴れなルヴィナには厳しいが、『矢礫(ブロウ)』は相手の足元から足や顎を狙えるためルヴィナが想像していないほど有効な技となった。しかし複数を相手するのには相変わらず不向きな技である。だからルヴィナは多人数を倒すための技を考えていた。


 既存の技も土の魔力でやればまた別のものになる。

 例えば 『泡沫(バブル)』と同じことを土の魔力でやれば土塊ができる。もう少し密度を上げれば石塊、岩塊にできる。だが空中に岩を作り出したとしても自由落下するだけで留まらせることが出来ない為、同じ技として使っていくことは不可能だった。では、異なる技として見た時に相手の上から岩を落とすだけの技が強いかと考えるとルヴィナ的にはそうは思えなかった。

 ルヴィナの『泡沫(バブル)』は大きくても直径1メートル前後の球体だ。そのぐらいの岩であれば魔技を使える相手にはそうそう有効打にならない。

 具体的に言えば、不意に頭上から落とせれば大きく怯ませるぐらいは出来るかもしれないが、真上からまっすぐ落とさないと機能しない上に回避も余裕となると有効ではないと言って差し支えないだろう。


 では『泡沫(バブル)』を土でやるのは無駄なのかと言えばそうではないとルヴィナは考えた。

 例えば相手の真横に矢を射ってそこから突然大岩が出てきたらどうだろう。

 例えば相手の真下から突如岩が出てきたらどうだろう。

 もはや『泡沫(バブル)』とは呼べないそれは、相手の位置を強制的にズラし、相手の状況如何によっては転倒させたりすることが狙える。従来通り水で使う場合との区別のために呼称を『石塊(ぺブル)』へと変えた。



 しかしこれも、多数に勝てるものではなかった。

 ルヴィナは土が使えることを知ってから人間達のところへ着くまでにこの戦いは相手が多数になることはわかっていたし、それ故に色々考えて水にした時にも使えそうなものを考えていた。

 そこで考えついたものが『岩波(ウェーブ)』である。『矢礫(ブロウ)』と同じく地面に矢を射ち、その後作り出した流砂により相手を押し流しつつそこに岩を交えてダメージ与えつつ有利な展開を作り出す事ができる。


 ルヴィナは土属性はとても補助に優れている属性と考えていた。水よりも物理的な意味合いが大きい土は、風や炎や雷などとは役割が大きく異なり、物理的に関与する力に長けている。そこを補助的にルヴィナは捉えていたが、使い手によっては寧ろ攻撃的な側面を持つことも事実である。


 ルヴィナ達が人間達を処理し、フレアとグレンは邪魔なくカガリと対峙することが出来た。こちらはゴウエンVSイグニとも異なり二対一であり、背丈の低い小鬼のような外見の鬼であるため戦いはさほど長引かずに終わった。


「おやすみ……お袋……。……ばあちゃん、人間のところへ行くんだろ?オレも連れてってくれよ。」


 フレアは黙って頷いた。やはりフレアもグレンも人間の事が許せなかった。


 こうして鬼、龍連合と人間達の戦いが始まった。

 イグニ、カガリ両名を撃破してから程なくして人間の兵士が大量にそれぞれの軍へと送られてきていた。


 ルヴィナは心を痛めながらその戦いに身を投じるしかなかった。


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