三十五話
「ばあちゃん、本当か!?」
グレンはフレアの言葉に驚いた。グレンが説得できなかった相手をルヴィナが説得するということはないと思っていたのである。
グレンにとってルヴィナは『人間が』来ることに意味があるぐらいにしか思っていなかったし、それ以上に『オレが言えばばあちゃんは聞いてくれる』と思っていた。
しかし実際にはグレンの言うことを聞いてはくれなかったためグレンは半ば諦めていたのだ。
「じゃがそれも鬼共の兵が争いを辞めて退いてくれることが前提。そして妾にはそっちが上手くいくとは思えん。」
「それは私の仲間が上手くやってくれることを祈るしか……。」
「ふむ。鬼の長のゴウエンという男はな。とても面倒な性格をしておる。一筋縄ではいかんよ。」
「面倒……ですか?」
「うむ……。」
この時グレンは『ばあちゃんも大概面倒だ』と思いはしたが言いはしなかった。フレアの機嫌を損ねたくはなかったし、そもそもの話、グレンはフレアに喧嘩を売って勝てはしない。
「とりあえずこちらの状況を仲間に伝えて、向こうに龍達が敵意がないことをわかってもらいましょう。」
ルヴィナはここに来てからだんまりを決め込んでいる薫風の方を見やる。
「のう、薫風?やってくれるか?」
「う……うん。もちろん……やるやる。」
ルヴィナはフレアが自己紹介もしていない薫風の名前を呼ぶことに、一瞬違和感を覚えたがどこかで名前を出したかもしれないという結論に至った。
薫風がタメ口なのはいつものことだ。
一方、その頃のアルス達は小鬼に案内されて、鬼達の里に着いたところだった。
「着いたぞ。ここがわしらの里じゃ。」
龍の宮と変わらずここもやはり、スケールが大きい。
「そしてわしがここの族長。ゴウエンじゃ。」
「お前が……族長?」
「見えないじゃろ? 相手が油断してくれてわしは大助かりよ。わしはもう齢350年は過ぎとるよ。」
「本気で言ってるのか……。」
「とりあえず立ち話もなんじゃから、わしの家へ来い。」
家まで行く過程でゴウエンが族長であることはすぐに理解できた。
周りの鬼達のゴウエンへの態度。それは敬意と恐怖が同居したものであった。それはルヴィナの感じていた畏怖とは似て非なるもの。もっと根本的な、力による恐怖からくる支配。そこに含まれる少しの憧れ。
そして一番豪華な家。
「入れ。ここがわしの家じゃ。」
「あぁ……。」
アルスは案内に応じて家の中へ入っていくほどにこの里の異様さを痛感した。権力ではなく武力による統治というものは現代の人間にはあまりない。アルスの世界でも騎士団こそ実力主義的なきらいはあったが、その騎士団は王の配下で王の命により動くだけで政治などに参加するわけではない。
だが、この里はどうだろう。ゴウエンが一番強いとはいえ、副官と思われる鬼もかなりの強さなのが端々から感じ取れる。
アルスはアルス自身がこの里では下から数えた方が早いかもしれないと考えていた。実際は位階の低い鬼達は戦場に出ているため流石に一対一でアルスが下から数えた方が早いということはないが、里に残っている長に近い階級の強者達と比較したらかなり下の方になるのは確かだろう。
奥へ進むと一人の鬼が出迎えた。外見はゴウエンよりは年上に見えるが、それでも若い。
「お館様!その方は……人間ですか?」
「そうじゃ。すまんが今すぐ他の長達を呼んできてくれ。緊急会議じゃ。」
「緊急会議……!?かしこまりました!」
「俺のことで会議するのか?」
「まぁな。わし一人で解決できる話でもなさそうじゃしな。」
「俺はまだ何も言ってないが……。」
「大方、戦争を止めに来た……ってとこだろ。それをわしが飲んだとして周りの鬼からすれば戦争を引き起こした人間が何言ってんだってなって納得しやしねぇ。」
「なんで……知って……?」
「わしはちっとばっか勘が優れてるんだ。龍の方にもお前さんらの仲間が向かってるんだろう? 龍の長のフレアなら話を聞くまでもなく人間によって戦争が起こされたことも、人間共が何かを企んでることも理解してるはずじゃから、わしらが結託さえすればお前さん達の望みはすぐにでも叶うじゃろ。」
「……。」
ゴウエンは勘だと言った。しかしあまりにも鋭すぎる。
でもそこに嘘の感じはしない。
勘というよりもなにかもっと大きな予想を立てるに至る何かがあってそれを勘と称しているというのが一番しっくり来る。
程なくしてアルスのもとに数人の鬼が集まった。
子供のような容姿なのはゴウエンだけで他は皆、老年の大鬼である。
「皆のもの、緊急の呼び掛けに応じてもらい感謝する。此度、人間の……なんじゃった?」
「アルスだ。」
「そう、アルスにこの戦争についての説明をしてもらう。その上で皆の意見を聞きたい。」
少しのざわめき。鬼の部族達は力によって制してきた故にそういう形で会議するということは珍しい。大体のことはそれで問題になることはないのだ。
「紹介に預かったアルスだ。俺達はこの鬼と龍の戦争は人間達に仕組まれていることを知り、また人間達が秘密兵器によって、弱った鬼や龍を駆逐せんとしていることを聞き付けたため、鬼と龍の戦争を止めるためにそれぞれの里へと向かい戦争を止め、人間達の兵器への準備を万端にしてもらいたいと思ってここへ来た。」
アルスの話を聞いて頷く者、怪訝そうな顔をする者、怒りを顕にする者等様々だった。
そのうちの一人がアルスに疑問を投げ掛ける。
「何故人間がそれを言う?そうして戦争を止めさせることこそが人間の策略ではないと何故言える?」
「俺達は……異世界から来た人間だ。ここにいる人間達の非道さが正しいとは思えなかったから、こういう行動に至った。俺達はここの人間ではない。」
「それを信用するに足る根拠はない。」
それを証明することは恐らく出来ない。だがそこを疑われるのも仕方がない。
「ゴウエンはどう見る?」
「わしはアルスの言っとることは事実だと思っとる。でもなければわざわざ皆を呼び立てたりせん。それに人間共の作っとる兵器とやら。それがどうにも引っ掛かってならんのじゃ。」
「引っ掛かるというと?」
「わからん。胸騒ぎというか……ただの勘じゃ。」
「勘か……。」
ゴウエンの勘が鋭いことは鬼達にとっては周知の事実だ。だから勘と言われても『たかが勘だと』嗤うこともできない。
「……仕方ない。アルス、席を外して貰えるか?わしらだけで話したいことが幾つかあるんでな。」
「あ、あぁ。わかった。」
「すまんな。少しの間里を見て回るといい。案内役もつけよう。……ショウはいるか!」
ゴウエンに呼ばれて一人の鬼が現れた。先程、会議のために他の鬼を呼びに行った鬼である。恐らく小間使いのようなものなのだろう。
「お呼びでしょうか?お館様。」
「おう。ショウ、わしらはこれよりわしらだけで会議をする故にしばらくこのアルスに里を案内してやってくれんか?」
「かしこまりました!どれぐらいの時間がかかりそうですか?」
「正直わからん。終わり次第詳細は追って沙汰する。」
「かしこまりました。それではアルスさん、どうぞこちらへ。」
ショウに案内されてアルスとニコルは里を見て回っていた。そして丁度その頃薫風からの便りが届いた。
「あーあー。アルス聞こえるー?こっちは皆無事でうまくいったよ。龍達は日が真上に来たときに兵を完全に退いてくれるからそれに合わせてそっちも退くようにってさ。深追いはしない指示もしてあるからそっちが片付き次第下げてくれたら助かるよ。」
龍の方が上手くいったのは良いが、そう言われてもこちらは中々片付きそうもない。アルスはそんなことを考えながら案内を受けていた。薫風の声はショウには聞こえていない。
ニコルにも聞こえてはないだろうが、そこはあまり気にする必要もないとアルスは考えているし、事実ニコルはアルスのそういう思考に対してある程度の理解を示しているし、薫風から何かしらの連絡があったであろう事はアルスの挙動で察していた。
その上でアルスがわざわざニコルに何かを言うこともせず黙っているということは、薫風達に特別大きな異変はなかったことは想像に難くない。安心させるという意味では報告はすべきではあるが、ニコルはそこまで心配もしていなかった。
「ショウ……って言ったか。ゴウエンは何を考えているんだ?」
「……それはどういう意味でしょうか?お館様に疑念をお持ちで?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだが、どう言ったものか……。はっきり言えば俺の言うことをすんなり聞き入れるというのは俺の考える限り不自然だ。それは俺の望みではあるが物事のあり方として正しくはない。」
「じゃあアルスさんは疑われたいんですか?人間がわざわざ言ってくるなんて何か企んでいると。」
「そういうことじゃなくて……。」
「えぇ、わかってます。……お館様の考えはお館様にしかわかりません。ですがアルスさんが嘘をついていないことは誰にでもわかります。」
「……なんでだ?」
「アルスさんの魔力は正直すぎますからね。人間にしては澱みが少ない。恐らく嘘をつくこと隠し事をすることに対しての後ろめたさ、苦しさ、そういったものが耐え難い。そういう気がするんです。」
「……魔力だけでそこまでわかるのか?」
「一部の極端な人間だけですよ。良くない質問かもしれませんがアルスさんはここ最近、ずっと何かを隠して生きてきたんではないですか?それも、苦しみながら。」
「……。」
「詮索する気はありません。しかしその隠し事をすることを理屈で飲み込みそうすると決めたからこそ、その決断の苦しみと痛みを知っている。だからそれが耐えられないほどにアルスさんを苦しめている。そう見えます。」
「なんでもお見通しなんだな。」
「いえ……なんでもというには程遠いです。お館様であればもっともっと見えているんだろうとは思いますよ。」
ゴウエンは強い。それはアルスの目から見ても間違いない。だがそれ以上の何かがあるのだろう。『勘』と言っていたものの正体はショウの言う魔力の動きを見ることなのだろうか?
アルスは考える。しかし答は出ない。
「アルスさんはグレン様に会ったのではないですか?」
「あ……あぁ。グレンは今、龍の宮に向かっていってそっちの対応を俺の仲間と一緒にしてくれている。」
「ですよね。」
「魔力でそんなこともわかるのか?」
「いえ、ただなんとなくそうなんだろうなって。」
そんなことがあるだろうか?アルスの疑問は浮かんで消えた。アルスにそんなつもりはないが、考えても仕方ないことは割とすぐにいつも消えていく。
聞けばいいことも聞かないままなことが多い。
アルスとルヴィナの大きな違いの一つが疑問に思ったことを知りたいと思うかどうかであろう。
だがお互いに影響を及ぼしあって少なからず性格も似てきてもいた。
ここにルヴィナがいたら質問していただろう。アルスもそれぐらいの理解はあった。
それからショウと少し話をしていて、時間が過ぎた頃。
「……!」
ニコルが何かを察知したらしいことがわかる。アルスにはなにも感じ取れなかったが、ショウもそしてこの里にいる多くの鬼達も反応を示し、里はどよめいていた。
「なにがあったんだ?」
「とりあえず、お館様のところへ戻りましょう!着いてきてください。」
何があったのかと思いながらもアルスとニコルはショウに続いて走って向かっていった。
「お館様!」
「ショウ、アルス。戻ったか。丁度良い。皆は気付いておろうがこの里へ向けて強大な龍が近付いてくる反応を感知した。わしらは全身全霊を以てこれを対処せねばならん。」
龍が近付いてくる。アルスは薫風の言葉を思い返す。言っていることが違うではないか。
「待ってくれ。俺の仲間が言うには龍達は説得に成功したと聞いている。龍が襲ってくる理由はないはずだ!」
「……落ち着け、アルス。わしらは別に龍達がわしらを襲ってきているとは考えておらん。向かってきている龍は間違いなく襲いにきているだろうがな。」
「どういう意味だ?話が見えないんだが……。」
「全員が同じタイミングで龍の気配を感知した。それは普通に考えてあり得ない話じゃ。本当の龍であるならわしらの感知能力の高さの順に感知するじゃろ。」
「……それはそうだな。」
「ではこの龍の反応は何か。答は明白じゃろ。人間達の兵器の正体がこれじゃよ。今頃龍の方には鬼の兵器が向かっとる。人間の考えそうなことよな。」
「……。」
理にかなってはいるのかもしれない、とアルスは考えてしまった。一つの策として。情を抜きにして。
「ただその作戦には大きなミスが三つある。一つはアルス達が兵器の事をこちらに事前に知らせていたこと。一つは途中から気配を立てた事でどう考えても不自然な構図となったこと。」
「……。」
「そして最後のミスは こっち来ている龍の魔力はわしの娘の婿、イグニのものであるということだな。」
「イグニ……?」
「龍の長、フレアの息子でありグレンの父親じゃよ。恐らく龍の方に向こうとるのはわしの娘……カガリじゃろうな。ほんに……人間というやつは神経を逆撫でするのが得意な種族じゃよ。」
「グレンの両親は……。」
「あぁ。死んどる。つまりは……そういうことじゃ。」




