三十四話
目の前にいる子供の鬼に状況を説明することになんの意味があろうか。ここで事細かに説明したところで鬼の長にまた説明しなきゃいけない。
アルスはそう思った。それはアルスの悪いところと言ってもいい。先が見えているが故に目の前を軽視しがちだ。
今直面している目の前の事から一つずつ解決するということよりも、先を見据えて最終的な結果を求める。
「俺達は鬼達の長に話すべき事があって、それを伝えたくて鬼の里へと向かっている途中だ。襲撃をしようという意図はない。」
「……それで? それがどうして、うちのもんを殺すことになった?」
「それは襲ってきた鬼が俺達の話を聞いてくれなかったからだ!」
「……ふん。どうだかな。わしの問い掛けを無視し、わしと争ったものの言い分としては苦しいように聞こえるな。」
「それは……そうだな。すまなかった。」
「まぁよいわ。わしが案内してやるから着いて参れ。」
そう言うや否や鬼は、アルスにさっと背を向け駆けていった。アルス達はそれを必死で追いかけるだけで精一杯でとても案内しようという気持ちをもって向かっているようには感じなかった。
それでも案内された道は走りにくくはなく、鬼に襲われることもなかった。
どれぐらい走ったかわからないぐらいにアルスは走り続けた。
一方ルヴィナ達も龍の宮まで着いたところである。ルヴィナの感想は『綺麗』と『不思議』と『怖い』が同居した何かであった。
人間は人間のために作られた町で暮らしている。それは謂わば『人間の巣』なのだが、龍には龍の巣があってそしてサイズ感は当然龍の大きさに合わせられている。総じてとても大きい。
そして在るのは家ではない。宮殿という方が正しいような立派な建物ばかりだ。少し離れたところには鳥居のようなものも見える。恐らく神社でもあるのだろう。
いたるところから『グレン様だ……』『なぜ人間と一緒にいるんだ』という声が聞こえてくる。
「姉御、あんまりキョロキョロしないでくれ。迷ったら出られなくなるぞ。」
「出られなくなるってどういうこと?」
「……細かいことは気にしないでくれ。そういうところなんだ。吸い込まれたら出られなくなる。……アホ鳥も聞いてたな?」
「うん!おいしそうな匂いがするね!」
薫風のリアクションは明らかに話を聞いてないものであったがグレンは気にも留めずに進んでいった。
「ここだ。」
「うわー!おっきいね!」
今までのそれよりもさらに大きな建物を前にしてルヴィナも薫風も感嘆しか出なかった。
「グレン様!? 生きていらしたんですね!」
その建物の前を守っていた武装した龍の兵士がグレンに声をかける。
「ばあちゃんは中だな?入れさせてもらうぜ。」
「そちらの方は?人間をここに入れるわけにはいかないのですが……。」
「そこの責任はオレが持つから通せ。なんなら、力付くで押し通ってもいいんだぜ。」
「いえ。どうぞお通りください。……ですが、グレン様の行いが認可されなかった場合はこちらも容赦しませんよ。」
「たりめーだ。んなこたぁわかってんだよ。いいからさっさと通せ。」
「かしこまりました。」
龍の兵士はそう言うと入り口を開き通してくれた。ルヴィナ達は躊躇いながらも、どんどんと先に進んでいくグレンの後に着いていった
最奥まで着くと腕のはえた巨大な蛇のような龍が座っていた。ルヴィナには木目細かな金色の鱗と魅入られるような赤い瞳が特徴的に感じられた。これが龍の王─フレア。ルヴィナはフレアを前にして少し畏縮していた。
「久しいではないか、グレン。お前の両親が亡くなって以来か? 今まで何をしておった?」
「ばあちゃん……。」
「まぁ無病息災であったなら重畳。して、わざわざここに来たということは、妾にかしずく気になったということかの?」
「ハッ! んなわけねぇだろ。オレは話があって来ただけだ。」
「まぁそうであろうな。話とはなにか? 知っておると思うが今、妾は戦争しているところでな。長々と話している暇はない。手短に頼むぞ。」
「その事で話したくて来たんだよ。」
グレンは一つ一つ丁寧に説明していく。
人間によって起こされた戦争であること。フィアが人間の元に囚われていること。そして人間が新しい兵器を以て鬼も龍も打ち倒さんと画策していること。
「ふむ……話はそれだけか?」
かなり核心的な話をしたつもりであったが、フレアの反応はとても冷たかった。
「ばあちゃんは何とも思わないのかよ……。フィアのことも……どうだっていいって言うのかよ!」
「そうではない。そうではないが、妾からすれば既に知っていることでしかなかったのでな。その報告を受けて特別な反応をしてあげられるほど、妾は芸達者ではない。」
「知ってて戦争してるのか……!」
「妾からすれば始まってしまった戦争を、『降伏以外の方法で』穏便に終わらせるというのは、とても難しいことのように思えるがの。それに鬼と龍族は古くから争ってきた種族。こうあるのが正しい形……それもわからんか?」
「ばあちゃんはオレやフィアが産まれたのが間違ってたって言うのか……?」
「……そんなつもりはない。グレンもフィアも妾のかわいいかわいい孫。『それはそれ』よ。」
グレンは軽く頭を振った。何を言っても無駄なのだろうと諦めたようにルヴィナには見えた。
ルヴィナは自分がいる場所が場違いな気がしたが、そもそも何故自分がここにいるのか考え、思い返した。
「フレア様。お初にお目にかかります。ルヴィナと申します。僭越ながら私から申し上げたいことがございます。」
「……申してみよ。」
ルヴィナはゴクリと唾を飲んだ。フレアの圧力に気圧されそうになったが、それでも踏ん張って言うべきことを言うと決めた。
「フレア様……。グレンくんは祖父母に争っては欲しくないのだと考えます。そしてそれ以上にフィアさんのことが心配で仕方がない。」
「それぐらいは妾にもわかっておる。」
「はい、勿論です。ではフレア様の意思はどうなのでしょうか? 二人ともかわいい孫と仰っておられましたね。」
「それを|人間(お前)が言うのか……丸焼きにされたくなかったら口を閉じておくことを薦めるぞ。」
フレアからルヴィナが感じている威圧感が強くなる。逆鱗に触れてはないがフレアからすると触れられたくないところだったのだろう。
ルヴィナはそれでも退かないと決めたのだ。
「ばあちゃん待ってくれよ!姉御は違うんだ……人間だけど……。」
フレアを止めようとするグレンをルヴィナは制した。
「私は確かに人間です。戦争を引き起こした人間。フィアさんを捉えている人間。その事実は変わりません。言い訳もしません。ですが、私の行動は人間達の総意からも外れているので、その事を私から謝ったりすることもしません。」
「……。」
「私は最初、人間としてフレア様を説得するためにここに来ましたが、今は一人のグレンくんの仲間として、ルヴィナとして話をしようと思っています。改めて聞きます。フレア様はこのまま人間に滅ぼされることを所望しますか?」
「……。 随分、刺のある言い方をするのう?」
「『私』はフレア様にもグレンくんにも悲しい思いをして欲しくないですから。」
「では逆に問うが、妾がこれから人間を滅ぼしても文句はないということで構わんな?」
フレアの瞳がギラリと光る。ルヴィナはここでヘタに誤魔化すことを絶対にする人間ではないが、そういう態度をとろうものなら炎に焼かれ炭となり、噛み砕かれて畑の肥やしにでもされてしまいかねない。
「滅ぼすまではしてほしくないです。ですが人間達に仲間の家族が襲われるのを看過はできません……。人も鬼も龍も皆が仲良く暮らしていく世界を望みます。私達はそう願い、鬼の方へも私の仲間が向かっています。」
「妾や鬼共をどうにかするより先に人間が妾達に屈し、詫びを乞うのが筋ではないか?」
「私は人間代表ではないですし、人間達はあなた方に屈する気はないと思います。私は言ってしまえば売国奴なので、人間に私達の考えを言ってもなにも変わらないでしょう。
それと、一つ訂正さていただきます。私が望むのは人間が屈することでも、龍の方々を人間が支配することでもなく、あくまでもそれぞれの種が対等でいられることです。」
「所詮は綺麗事。それが為せば綺麗ではあるが、為ったとしても脆く儚いものでしかない。龍も鬼も人間も姿形だけでなく感性も思考も能力も異なる。勿論美徳もな。……故に、その方が申した言も妾には戯れ言にしか聞こえない。遠路はるばるご苦労であった。下がってよいぞ。」
「……。そうですか。無駄なお時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。ありがとうございました。失礼します。」
ルヴィナが引き下がろうとした所へフレアが声をかける。
「……。あぁ……そう……一つだけ忘れておった。」
「なんでしょう?」
「その身体……禁術を使ったな?しかもごく最近と見れる。」
「はい。仲間が魔力を暴走させたのを止めようとしたのですが私には水の魔力しか使えず、この世界と相性が悪かったため禁術になってしまいました。」
「……異世界からの来訪者であったか。なるほどなるほど。」
「……?」
「いや、なに。人間の割に肝が座っていて骨太じゃなと思っておったのでな。人間なぞ小さい頃に刷り込まれた先入観に溺れる矮小な種族じゃから、龍と逢うなぞ余程の奇人でもなければそうはない。龍は恐ろしいというのが共通認識故な。」
「……正直に申し上げますれば、私はフレア様が恐ろしくあります。」
「異なことを言う。妾に対する物言いは臆するもののそれではなかったがの。まぁよい。その方が感じた恐れと謂うものは、正しくは『畏れ』であろう。妾が話しているのはそういうものではない。それはさておき……少しこちらへ来やれ。」
「……?」
そう言われてルヴィナはおずおずとフレアへと近付いた。
ルヴィナが近付くとフレアはルヴィナの頭へ手を乗せた。
「あの……これはなんですか?」
聞いてみたものの返事はない。しかし少ししてルヴィナは何をされているのかを理解した。なのでそれが終わるまで、ルヴィナは大人しくしていることにした。
「さて、こんなもんかの。」
「ありがとうございます。助かりました。……でもどうして?」
フレアが行ったのはルヴィナが禁術を使ったことにより乱れた魔力の流れを正すことだった。フレアによってルヴィナはまた魔技を使える身体に戻ったのだ。
「どうして、か。月並みな言葉ではあるが気に入ったから……かの。ルヴィナと言ったか。妾は人間の事は好かんがそなた個人というのであれば嫌いではない。わざわざ自身と血の繋がりもない他人の為に、こんな僻地までやってくる根性と、そして度胸がな。」
「そう……ですか。」
「けれど、この世界ではまだ水の魔技は使わない方がいいだろうの。もう一つの土の力を使いなさい。」
「土の力……?」
「自覚しておらんのか?そなたが使える魔技は水だけではない。使った痕跡のようなものも感じたが……無意識か?」
「私には心当たりはありません。」
「そうかそうか。確かに多くの魔技使いは一つの属性しか使えないからのう。知らなくても無理はない。」
「土の力……。」
ルヴィナに心当たりはなかったが薫風にはあった。暴走するアルスを止めるために使った禁術。その時にルヴィナはどこからか鉄の塊を作り出して踏み台にしていた。薫風は血中の鉄分を動かせたとしてもそうはならないと思っていたが、その解を得た気分である。
薫風はフレアとルヴィナやグレンとの会話に割って入る気はなかった。それにはいくつか理由があるがその一つは薫風自身とフレアには少なからず縁があるからである。
それをルヴィナ達に悟られたくはないし、フレアにその事を触れられたくないからである。
「時にルヴィナよ。そなたは、自分自身のことをどの程度知っている?」
「……? どういう意味でしょうか? 私は未だ未熟な身。己が事を理解していると自惚れるほどまだ完成されていません。まだこれからも精進をしていく必要があるということは存じております。」
「あぁいや、そうではない。妾が言いたいのは……いや……そうさな。ルヴィナは人間か?」
「はい、もちろん。……えっ……それはどういう意味ですか?」
「いや、妾の勘違い故気にせんでよい。……それはそれとして、グレンや。お主の話聞き入れてやらんでもないぞ。ルヴィナに免じてな。」




