三十三話
アルスの目の前に立ちはだかるは、腰に大きな刀を佩いた大鬼で、アルスの背は決して低くはないのだがそれでも
見上げるほどであった。
高さおおよそ三メートル。肩幅は一メートルほどであろうか。
交渉を試みるが、相手は聞く耳を持たない。それどころか言葉が通じているのかもわからない。
相手は一切言葉を発することもなければ、こちらの言葉の言葉に対してリアクションをとったりすることもない。
ただわかるのは、相手はアルスに対して敵意を持っていることは間違いないということだ。
ゆっくりと抜刀し、一歩ずつ距離を詰めてくる。
相手が大きいが故にすごい威圧感である。だがそれに怯むアルスではない。
相手の間合いに入った瞬間、相手の剣が閃く。
アルスはそれを受けることはしない。グレンとの戦いでこのような相手とまともに撃ち合うことのリスクの高さを理解していたからである。相手が大きいということはそれだけ小回りが利かないということ。
ニコルが普段取っている戦術の模倣。基本に忠実に。
相手の攻撃を回避し、背後に回って攻撃する。それを徹底する。
これが一対一であったなら、この行動は実に理に適っていて、90点は貰える行動と言えたであろう。
だが実際には二対一である。
アルスの行動はニコルと同じような立ち回りをする。それはつまりニコルにとってはとても邪魔になる行動だった。
今のアルスとニコルの似た立ち回りであるが、根本的に異なる点がひとつある。
アルスはあくまでも相手と距離を置かず密着した状態で相手の攻撃を潜り抜ける等をして背後を取るが、ニコルは距離を置き速度に物を言わせて背後を取る。
当然背後に回るまでの時間も攻撃できる回数もアルスが上回る。が、ニコルが攻めるタイミングでもアルスがそこにいたのではニコルは攻撃がしづらくなるのである。
連携の相手がルヴィナか薫風であればアルスは今の動きで問題はなかったが、ニコルとの相性は悪かった。
一人の剣士として、前衛としては戦いになれているアルスだが、連携や仲間への配慮といった部分は最近ではニコル達に任せっきりであった。
いつもルヴィナは矢を外さない。だから多少強引に陣取っても邪魔にはならないし、泡沫『(バブル)』を使えばそもそも別の角度からアプローチをかけられる。
ニコルはヒット&アウェイを基本にしたスタイルなのでアルスが敵の攻撃を受け止めていればそれだけ好きに行動が許される。火力という一点ではアルスよりもルヴィナよりもずっと高いためメインのダメージソースとなっていた。
薫風は言うまでもない。そもそも薫風自身が補助型の魔技使いであるし、そうでなくても飛行能力を有する薫風にとって相手や仲間によって立ち回りを変えることなど造作もなかった。
だがニコルはアルスにとやかく言うことはしない。
アルスの判断が正しいことを理解しているからだ。まともに殴りあっても、アルスにとって分が悪い。
ニコルの頭の回転は他のメンバーよりも早い。薫風も回転の早さではかなりのものだが、アルスやルヴィナと比較すればニコルの頭はかなりキレると言っていい。
ニコルの導きだした答えはひとつだった。
アルスが常に背後に立つと言うのならニコルは相手の正面に立って相手の攻撃を回避し続ける。ということだった。
ポジションチェンジしただけではあるが異なる点がいくつもある。
アルスが盾をしようと思うと攻撃を受け止める必要がある。ニコルであれば身軽さで相手の攻撃を回避すればいいので、『当たらないのであれば』直接的なダメージは防げる。
多少無理な行動をする都合体力の消耗が早いことと、回避できなければ、アルスよりも脆いニコルにとっては致命傷になりかねないことだけが問題である。
立ち位置をスイッチしなければいけない相手ともなれば、相手の攻撃が元々それだけ痛いということであり、それは被弾したときのダメージの大きさ、延いてはリスクの高さを表している。
ゲーム用語で『回避盾』というものがあるが、現実的なものではない。ニコルが猫であることのアドバンテージの大きさは計り知れない。
また、ニコルは魔技を併用して回避しやすいようにしていた。前の世界でかなたと戦ったときにかなたが使っていた魔技。と同じものとニコルは思っているもの。
相手の動きを見てから反応するまでの時間を電気の力を持って強引に短縮する。と、いうよりも反射で強引に体を突き動かすので頭が理解したものを認識するより先に体が動く(体感的には吹き飛ぶ)魔技である。
実はかなたの魔技はここまで極端ではない。
ニコルはこの魔技に『臨』と名付けた。
ニコルはこの魔技を使ってみて、出来るなら多用はしたくないものだと感じた。
間違いなくニコルの魔技の中でも汎用性や出力は高く、一対一ならかなり強いと言える。だが前述の通り、体感的には吹き飛ぶ魔技であるため、自分の動きに画面酔いが生じる。
ニコルの三半規管は猫なので優れていて、実際に酔うことはないけれどそれでも気分がいいものではなかった。
吹き飛ぶといっても実際には思ってないタイミングで体が動き始めるというだけのものなので、ニコルの行動のスタートがコンマ数秒早くなるだけである。もちろんそれがとても大事なことではあるが、いつも通りアルスが矢面に立ってくれるのであれば使う機会はなさそうである。
そうして二人は戦い続けた。
アルスとニコルが一人の鬼に苦戦してる間に、グレンはほぼ一人で相手の恐竜を伸していた。
「すっごーい!グレンってめっちゃ強いんだね!」
「あぁ? 強いってかオレはこういうやつと戦うのに慣れてるだけだ。それにアホ鳥の支援も助かってるぜ。」
「へへへ……ボクたちとっても相性がいいんじゃない?」
「……。そんなことねぇだろ。」
「照れてる? ねぇ!照れてる!?」
「はぁ……。さっさといくぞ。」
ルヴィナから見て薫風はとても嬉しそうに見えた。
薫風のおふざけにちゃんと乗ってくれる相手がいるのは、薫風にとってはやはりとても大事なことなのだろう。
薫風はアルスをサポートするよりもグレンをサポートする方が性に合っていた。
同じ前衛でもアルスは防御的な動きを徹底している。逆にグレンは攻撃に特化している。薫風の支援は、攻撃をサポートする傾向が強い。
今までアルスに対して使っては来なかったが『速撃の追風』は薫風の魔技の中でも数少ない補助する為だけの魔技である。
対象の行動の全てに少しの追い風が吹く状態にする魔技で、攻撃も移動もその全てにかかる負担が少し減り、同じだけの労力で高い結果を出すことが出来るようになる。
今まで使わなかったのはアルスにはそれをすることの恩恵が少ないと薫風は判断していて、ニコルに至っては戦闘が始まった時には薫風の魔技が届かない位置取りをしているからである。
アルスに対しての必要性に関しては、薫風自身がこの『速撃の追風』という魔技を理解していなかった為に要らないと感じていたというのが正しい。
薫風は攻撃の速度を加速させる魔技だと思っている。そういうつもりで作り出した魔技だ。負担が軽くなるのは副産物でしかないのだ。
そして当たり前の事であるが、誰にも薫風の魔技を薫風に使うことは出来ない。
アルスの攻撃は戦闘中大きな影響与えることは多くない……という見解をされていることもあるだろう。
実際はどうだろうか? 大して強大でもない敵はともかくとして、薫風がアルスと共に戦った相手といえば、かなたとレヴィアタンぐらいである。
かなたとの戦いは誰一人として、かなたにまともに攻撃を成立させていない。参考にはならない。
レヴィアタン戦も同様だ。攻撃は誰もしていない。ルヴィナが対話をしていただけだ。
もう少しさかのぼり、アルス達VS薫風、旋風ともなれば旋風を倒したのもルヴィナとニコルであったし、薫風からみてアルスの攻撃は相手の攻撃を防ぐもの、相手に攻撃を回避(或いは防御)させてニコルやルヴィナの攻撃を通すためのものだと思っていたのだ。勿論当たればそのまま追撃が入る。
そういう所見だ。それはなにも間違っていない。
勿論やらないよりはやる方がいい。でもわざわざやるメリットは薄い。この魔技の魔力消費は(薫風の最大魔力基準で)多くはないが、弱い相手に雑に使っていくには重たい魔技だ。
ルヴィナに使ったところで火力の補強は出来ないのでルヴィナに使うことはない。弓の火力は弦を引ききった所が最大でそれ以上にはならない。そこにルヴィナが魔力を込めるわけだがその所作に薫風の補助は乗らないし、火力を高めたいならルヴィナが射った矢を後ろから押す方が妥当と言えた。
そういう魔技であるため使ってこなかった。
だがこの度の戦いを経てグレンから使われた感想を聞いた薫風は、この先はアルスにも使っていこうという考えに変えた。
固定観念というものは誰にでも存在する。それを修正していけるかどうかが大事であり、そういうところで薫風の柔軟さ、寛容さは仲間内でとても評価されている。
アルス達は苦労の末、やっとこさ一人の鬼を討ち取ったところだった。
「今のがただの斥候に過ぎないんだから先が思いやられるな……。」
「にゃぁ……。」
ニコルも『臨』を使い続けていたため、あまり余裕はない。
一人を倒すのにこれでは戦いながら進むと里に着く頃には日が暮れてしまう。アルスとニコルは極力敵を避けて進めるルート取りを強いられた。
鬼に見付からないようにこっそりと目的地へ歩みを進めていく。幸いにしてアルス達がいるのは敵の本陣の脇腹を衝く形になる。警戒されていないわけではないが最前線には程遠い。
鬼達が龍を想定して索敵しているのであればアルス達は視界に入っても意識まではしにくい。灯台もと暗しというやつであろう。
アルスの機動力はニコルほど高くはないし、むしろ人並み程度でしかないのだが、それでも鬼が相手であれば十分スニーキングが出来るぐらいのものである。
そうして、少しずつ鬼の里へ近付いていった矢先のことである。
「なんじゃあ。なにもんかがわしらの里を襲ってきとる言うもんで見に来てみてみたら、人間が一匹と猫が一匹か。して、わしらの里に何の用じゃ。……うちのもんを倒しとって何もありませんじゃ済まさんぞ。」
「……。」
なんだこいつは とアルス達は思った。背丈は薫風と同程度か少し高いぐらいで、人間基準だと子供と言っても差し支えない。鬼であることは角でわかるが、グレンでもアルスよりは若いであろうことから、かなり幼いと思われる。
「無視……か。人間ってやつはいつもそうよな。都合が悪いと理由をつけて無視をする。本当に腹が立つ。……まぁよい……さよならじゃ。」
そう言うや否や、相手は小刀を抜き、一瞬で間合いを詰めアルスに斬りかかった。
咄嗟にアルスは受けたがその判断は間違っていた。
受けたガードを力の差で崩されることは珍しくない。だが、そのまま大きく吹き飛ばされることは今まで殆どなかった。
さっき戦った大鬼よりも、グレンよりも、この小鬼の方が力が強い。力だけではない。スピードも魔力も……何もかもが……。
アルスは少し後悔していた。
なぜ自分は相手との対話をしなかったのだろう?
向こうは聞く耳を持ってくれたというのに。
油断か慢心か。相手を子供と思い侮ってしまったのだろう。今ならまだ間に合うかという疑問と、押し込まれたから焦って対話しようと試みる小者臭さへの嫌悪がアルスのなかでせめぎ合う。
だがここで意地を張っても仕方がない。
「待ってくれ。俺達は戦いたいわけではない!」
「わしは人間の!そういうところが、大嫌いじゃ!」
相手の言葉も尤もであり、アルスはただ申し訳ない気持ちになった。相手の猛攻を受け止めることはできない。だが回避するのもとても厳しい。
アルスが取った手段は受け流しだった。相手の攻撃のベクトルを少しだけ逸らして自分に当たらないようにする。それで相手の小刀はいなすことが出来た。しかしそれが有効だったのも束の間、次の相手の攻撃の際には拳や蹴りを交えた多角的な攻撃が多くなり流しきることはほぼ不可能になった。
この相手に勝つためには……もっと攻撃的な戦いをして相手に反撃させないようにしなければならない。
今までのアルスならそうしていただろう。
だが今のアルスは考え方が少しずつ変わってきていた。
ルヴィナなら……ルヴィナなら最初から対話して戦いを避けれていたのだろう。勝てる勝てないではなく勝てても戦わずに済む選択を……。
「すまなかった。どうか許してくれ。俺達は戦いたくない!」
「はぁ……まぁいいじゃろ。言っとくがわしの寝首を掻こうなんて思うなよ。人間程度が歯向かったところで、わしの外皮に傷一つつけられんのじゃからな。」
「あぁ……。」
「それで……?何故わしらの里を襲いに来た?うちのもんを殺した理由も聞かせてもらおうか。その上で納得できなければ当然死んでもらうぞ。」




