三十二話
「ぁーあ……カナタンも着いてきてくれたらよかったのになぁ。」
龍の宮へと向かう道すがら、薫風が溢すように呟いた。
ルーンが助けに来たその時、武器一式を返して貰った途端にかなたはすぐに消えていった。
「引き止めても聞いてくれなかったんだし、仕方ないんじゃない?かなたにも都合があるんでしょ。」
ルヴィナが薫風をなだめているが、ルヴィナも同じように考えていないわけではなかった。
ここの世界だけの話ではなく、かなたは戦闘員としても理解者としてもこれ以上はないほどの逸材だ。
しかしかなたに『旅に着いてきてくれないか?』とアルスが尋ねたが、かなたは『それはできないんだ、ごめんね。』と言って聞かなかった。
そして、かなたは剣を取り返すと闇の中へと消えていった。ルヴィナは他の仲間に伝えはしないが、かなたが旅に着いてこないのは、旅に着いてこない理由があるというよりも着いてきたくない理由があるのだろうということも察していた。
ルヴィナはかなたに対していくつか引っ掛かっていることがある。
そもそも、かなたは何故前の世界でルヴィナ達の邪魔をしたのだろうか? その答はかなた曰く『レヴィアタンを暴走させたら止められないから』と言っていたが、それは裏を返せば『レヴィアタンが暴走することをかなたは知っていた』ということになる。ルヴィナ達を殺すことはできなくても説明し納得させることは可能であっただろう。
それも出来ない理由があるのだろうか?
それに、かなたの命を脅かす存在とは?
かなたの実力ははっきり言って禁術状態のルヴィナと比較しても遜色ない程のものだ。素の状態では今のメンバーで全力を出してもかなたが全力を出そうとも勝てないだろう。ましてや、かなたが持っていた剣の性能のことを聞けば、まだまだかなたの全力には遠いと予測できる。
そんなかなたが殺されるのを恐れる、危惧する程の存在。
ルヴィナはひとつ……いや、ふたつ思い当たりはするが、それについては考えないことにした。理由は『そうであった場合の恐怖』等いくつかあるが、それ以上に『そうあってほしくない』からだ。
ルヴィナは誰にも何も言わない。
考えすぎだとわかっているから。思慮深いと言えば聞こえはいいが、考えすぎる性格はしばしば一般的には正しくない結論をも導き出す。
自身の或いは他者の感情を度外視し、正当性を求めたりしてしまう。例えば不幸な親交よりも無痛な孤独を望むように。
ルヴィナは子供ではないし、頭が悪いわけでもないのでそこまで極端な結論に走ることはないが、戦いに参加できないもどかしさや上手く循環してくれない魔力がルヴィナを悲観的な思考へと誘っている事は間違いない。そしてルヴィナはアルスと比べてとても感情に流されやすい性格をしている。
「ルヴィナ?大丈夫?疲れたなら少し休もうか?」
「ううん。私は大丈夫だよ。」
「そう……? ならいいんだけどさ。 そうだ、グレン。聞こうと思って忘れてたんだけど、妹さんはなんで捕まったの?なにか悪いことでもした?」
ルヴィナが聞けなかったことを薫風はあっさりと聞いてのける。
薫風のそういうところは多くの人間にとって、好ましいところであると同時に、とてもわずらわしくもある。
薫風に悪意も害意もない事は、薫風と少し話せばわかりはするが、薫風には気遣いも憚りもない事もまた、事実である。
ルヴィナは薫風とグレンの会話を聞いてはいたが、あまり疑問を投げ掛けるのも躊躇われたので黙っている。
「捕まったわけじゃねぇ。ただ、妹には……フィアには特別な力があった。それを利用しようとした人間がフィアを捕まえたんだ。」
フィアとグレンは血の繋がった兄弟なので、フィアは鬼と龍のハーフの子で、鬼の長と龍の長の孫である。
「特別な力?それってなに?」
「オレ達、龍鬼はある程度成長すると人によって様々な特殊な力が発現するって言われてんだよ。オレはまだだがな。」
「妹に先超されやんの!」
「フィアはオレより優秀だからな。」
「そういうの要らないよ! それで?その特殊な力はどういう力なの?ごはんを無限に食べられるとか?」
「そういうボケも要らねぇよ!フィアは未来が見える……」
「えっ!? すごい!! そんな能力があるなら誰だって欲しがるよ!」
「話を最後まで聞け! 未来が見えると誤解されてたんだ。」
「なんでそんな誤解を……なんかきっかけがあったんじゃないの?」
「フィアが持ってた能力は、目にしているもののほぼすべての過去と現在を把握し、次に起こり得ることを一瞬で演算する力だ。」
「……? ボクでもわかるように言って!」
「……そんな難しいこと言ってねぇだろ……。フィアは次に起こることを高い精度で予測できるんだよ。現在から離れるほど可能性が広がって精度は下がるがな。」
「つまりそれって未来が見えるってことだよね!わかるよ!」
「……。ツッコまねぇぞ。」
「ツッコまない宣言をした時点でそれはもうツッコミなんだよ!」
「あぁ……うん。そうだな。もうツッコまねぇ。」
「そんなこと言わないで!ボク悲しいよ!」
「まぁそういうこった。だからフィアは今も人間のところで悪用されてんだ。」
「なんで人間のところってわかるの?そりゃ血縁だから大丈夫って話はわからなくはないけど、でも龍鬼の力ってその未来を考えられる力は妹さんだけの力なんでしょ?だったら……」
「だったら鬼や龍の可能性もある、か?オレも最初はそう考えてたけどな。それだといくつか辻褄が合わねぇのさ。例えば今、なんで鬼と龍が争ってるか知ってるか?」
「えっと……人間がそう唆したから……?」
「そうだ。だがじゃあどうすればそうなるか。そこがキモなんだ。人間は……龍の長の子供と鬼の長の子供を殺した。オレ達の両親だ。……そしてそれをそれぞれの種族がフィアを独占したいがためにしたことであるという偽の証拠を残した。その時フィアの能力は目覚めてからそこまで月日が経っていたわけでもなくて、知っているのはそれぞれの長と両親とオレぐらいなもんだったから、当然そこに疑いはなかった。」
「……? 人間は知らなかったなら、それも辻褄があってなくない?」
「そうだ。だが人間が鬼と龍を争わせたということが不動の事実であるとするのなら、じゃあフィアがいれる場所は人間の所しかないんだ。」
「妹さんは、能力で人間に拐われるの解ってたんでしょ?だったら……。」
「フィアはいつも気にしてたんだ。解っている事でも変えられないことの多さを。……こうできれば対処出来たかもしれないって言って。変わらない意思を持っている奴を変えることは出来ないように、どうしたってどうにもならないことは沢山あるんだ。それでもフィアには結果が見えてしまう。」
「……。」
「フィアが捕まらないように逃げることが出来たとして、両親が帰ってくるわけじゃねぇ。それに言ったように、未来が見える訳じゃないから、闇討ちされたら両親だけ見てたらフィアには予測できない。でもフィアはそこまで考えられていればって考えてしまう。」
「優しいんだね……。」
「あぁ……。両親が襲われた時オレは丁度用事でいなかった。帰ってきたらフィアはいなくて、両親の……尊厳を破壊された両親の死体だけが転がってた。」
「尊厳……?」
「角だよ。鬼と龍にとって力と魔力の象徴であり根源でもあるのさ。それを折られることは鬼や龍にとっての名折れであり絶対あっちゃいけないことなんだ。それを知っているのだから相手は鬼か龍のさぞ邪悪なやつなんだろうと最初オレは思った。だから、オレはじいちゃんにもばあちゃんにも会う気にならなかった。」
「なるほどね……。じゃあ絶対に妹さんを助けないとね!」
「あぁ。言われるまでもねぇけど、そうだ。フィアは絶対に助ける。」
「ボク達も出来る限りで手助けするよ!ね、ルヴィナ?」
「……。」
「……? ルヴィナ?」
「あぁ、ごめん。聞いてなかった。なんだった?」
「ぼんやりしてないでよね!グレンの妹のフィアさんを助けるために頑張ろうねって話!」
「……うん。そうだね。」
話を聞いてなかったわけではない。
でも私に何が出来るというのだろう?
戦力外の自分に。
ルヴィナはそう思わざるを得ない。
戦えないことは仕方ない事なのかもしれない。ルヴィナが悪いわけではないから誰も責めはしない。
ただなにも出来ないことは変わらない。
考えないようにした。考えたところでなにも変わらないから。
「……ねぇグレンくん、龍の宮に結構近付いてきたと思うんだけど……。」
「あぁ、そうだな。だから……姉御の予想通り来なすったぜ!」
「グルァァアア!」
二足歩行。前傾姿勢。短い前足。長い尻尾。
龍は龍だが、襲い来るそれは恐竜と呼ぶ方が正しいような見た目だ。もう少し細かくはっきりと言うなら、これはおおよそラプトルだ。
一応補足しておくと、今出てきたのが恐竜のようなものであっただけであり、地球では龍は存在しなかったが恐竜は存在した、という話ではない。
場面が変わってアルスサイドとなる。
アルスとニコルはルヴィナ達とは異なる山へと向かっていた。
おおよその位置関係は人間の街、龍の宮、鬼の里でおおよそ正三角形となるような配置である。
ニコルとアルスの会話もルヴィナ達と大きく変わらず、かなたの話であった。違うことと言えばルヴィナ程深く考えていないことと、考え付いたことは腹を割ってすぐに打ち明けていることだろう。
深く考えていないからこそ、すぐに話せているのかもしれないが。
アルスもルヴィナ達の事は心配ではある。だが薫風もグレンもいるのなら大丈夫だろうとも思っていた。
ルヴィナは戦えないと言っても戦闘自体の経験はある。だから身の隠し方も、相手の攻撃の回避の仕方もその辺の非戦闘員とは比較にならない。
それをアルスは解っているため、よほどの強敵でもなければ大丈夫であろうという判断だった。
なんならレヴィアタンと一対一で戦っていたぐらい、戦いそのものへ恐怖を抱いてないことも信頼の一助となっていた。
心配はするがそれよりも信頼していた。グレンが着いていれば戦闘もある程度は避けれるとも聞いていた。
むしろ……心配なのはこちらの戦力であるとも考えていた。
ルヴィナを護衛させなくてはいけない手前、見栄を張って一人で向かうと大言壮語を吐いたはいいが、それが現実的であるとは考えていなかった。
ニコルがこちらに加わったお陰でかなり戦力面で補えはしたが、不安がないといえば嘘になる。
アルスはニコルの方を見やったが、ニコルからはなにも感じられない。
不安も油断も、ルヴィナ達を心配する気配すらも。
アルスは以前から、言葉は通じてもニコルの考えていることが解らない。
相手が猫だから……? それとも俺が不器用だから……?
その答はどこにもない。ニコルともルヴィナとも心の距離がアルスは近いとは思えなかった。
アルスは決してコミュニケーション能力に問題があるわけではない。友好的な関係性を築くことも別に苦手としてはいない。
薫風の様に距離感がバグっているわけではないが、それでも人並みに友達も恋人も作ることが出来る。
ニコルはアルスと積極的にコミュニケーションを取る気がないように思える。
ニコルは元々、アルスとサフィーナが知り合う前から、サフィーナが飼っていた猫だ。それがいつ頃からかはアルスは知らないが、アルスがサフィーナを殺した時ニコルはどういう気持ちだったのだろうか?
ルヴィナと異なり事の顛末を知っているニコルは、アルスを恨んではいないのはわかるが、それ以外のニコルの心境がアルスには解らない。
言うなれば、中身がない豪奢な器のような物に思えた。
受け答えに性格等があまり滲み出てこないような、AIのような。それでも一見まともな。
ニコルは恐らく なにかを隠している。とアルスは察していた。
だがアルスにとってそれはどうでもいいことだ。
秘めた感情など普通の事だ。アルスもそれに近しい何かを持っている。アルスにとって大事なのは、相手が敵なのか味方なのかだけであり、ニコルは味方だ。
味方を疑うことになんの意味があるのだろう?
隠し事であれば人間なら誰しも持っているものだ。
その隠し事によって裏切りなどの不利益が発生しないのであれば、気にするだけ仕方がない。
アルスはその辺は割り切っている。冷めているとも言える。ルヴィナからすれば、アルスの感情も解らない為、ルヴィナがニコルやアルスより薫風と仲良くなったのも自然なことだった。
アルスはいがみ合うつもりはない。
仲良く出来るならそれが一番だ。
だが、無理なものは無理だし、薫風のようになんでもかんでも素直に表現することが出来ないのは、アルスが大人だからだろうか。
しばらくアルスとニコルは走り続け、もうすぐ鬼の里へと着こうというところで、大きな鬼が立ちはだかった。
戦闘は避けられそうにない……!




