三十一話
危険に怯えながらであっても争いがない日々、それが望む平穏なのかと問われ、ルヴィナは少し考えた。
確かにかなたの言うことには一理あるようにも思える。……けれども。
「かなたの言ってることは少しずれてると思う。私は、相手が鬼でも龍でも、仲良くしたらいいんじゃないのって思ってる。人間だって力の差があるからってそこに怯えるかどうかは個人的な問題でしかないよ。」
「お姉さんは強いんだね。でもその強さを弱い人間に求めることは酷ってやつだよ。
お姉さんにはわからないかもしれないけど、出来る人間が出来る人間である自覚がなく出来ない人間にも当たり前にやることを求めているっていう状況に似てるんだけど……?」
ルヴィナにもかなたの言うことはわかる。
ルヴィナの言っていることは綺麗事だ。
「そうだね……。結局対処するのは私じゃない。私は……無力なんだ。」
「無力を自覚した上で尽力するのがお姉さんだよね。やるだけやったらいいんじゃないの。レヴィアタンの時みたいにさ。」
「うん。」
「ねぇ、カナタンはなんで急にそんな話をしたの?」
「ん? なんでってそりゃ……。 面白いから?」
「なるほどね! なら仕方ないね!」
なにが仕方ないんだろう? とその場にいた薫風を除いた全員が思ったが、恐らく薫風もなにも考えていないのだろう。
「ねぇねぇ!カナタンのこともっと教えてよ!」
「んー? なにを聞きたいの?」
「そうだねぇ 好きな食べ物とか!」
かなたと薫風は今までの重い空気を無視して、軽い雑談を始めていた。
アルスは雑談している二人を横目にルヴィナに向き直って話しかけた。
「ルヴィナ。禁術のことなんだが……。」
「……うん。」
「もう二度と使わないと約束してくれ。」
「……。」
『当たり前の事でしょ。』『約束するようなことでもないじゃん。』『私だって使いたくて使った訳じゃない。』
そう思いはするけれどその言葉がスッと出てこない。
ルヴィナにはわかっていた。何故その言葉がすぐに出せなかったのかを。
それでもルヴィナは……。
「そうね。約束する。でもあんたももう暴走させたりしないでね。」
アルスはルヴィナが素直に約束してくれた事に若干の違和感を覚えたが、ルヴィナのメンタルの事を慮って深く突っ込まないことにした。
「あぁ。勿論だ。」
アルスとルヴィナの会話は相変わらずぎこちない。
交わした約束は今ので二つ目にもなろうというのに。
それから数日が経った。
薫風も退屈してきたようで、最近はずっとウダウダ文句を言うようになった。
それを聞かされているかなたも最初こそヘラヘラと聞き流していたが、日が経つにつれ『文句を言いたいのはぼくもそうだ』と薫風と口論をするようになった。
アルスやルヴィナが辛抱強く二人をなだめるが、二人も辟易していた。
ニコルはどこ吹く風と言った感じで日がな一日寝ていた。
猫の睡眠時間を考えれば普段が寝なさすぎなのだから、ルヴィナとしてはそこになにも異論はない。
ルヴィナは退屈しのぎも兼ねて、情報収集のために外の会話に聞き耳を立てていることが多かった。
今日も外から何かの声が聞こえてくる。
「貴方は……!?」
「シッ……静かに。ここに大会の優勝者達が捕まっているな?」
「はい。それが如何なされましたか?」
「彼らを今すぐ釈放してくれ。」
「しかし……。その責任を私は取れません。なので申し訳ないのですが……。」
「ふむ……では仕方がないな。今から君は背後からわたしの部下に殴られる。そして気を失う。」
「はい……? 言ってる意味がわかりません。」
「最後まで話を聞きたまえ。気を失っている間にわたしに鍵を盗まれた。……と、報告すれば誰も君を責めないだろう。わたしの名前を出せば王であっても君を咎めることまではしない。」
「……。」
「君が了承しなければ、わたしは言った通りに君に襲い気絶させるだけだ。無駄に痛い思いをしたくはないだろう?」
「……。どうぞ倒してください。貴方を止めることは致しません。ですが止められなかった罰として受けましょう。」
「そうか。すまんな。」
ゴッ という鈍い音がした。
そして少し経って一行が捉えられている牢が開いた。
「こんなところで出会うとは!奇遇ですね!」
鍵を開けたのはルーンだった。後ろにグレンの姿も見える。
話を聞いていたルヴィナからすればルーンの態度は白々しいにも程があるといった感じである。
だがわざわざそこをツッコむことはしない。
「奇遇だな。ルーンが来た場所が牢屋でなければ偶然の出逢いに驚いているところだ。」
アルスの言うように、わざわざ狙ってではなく、偶然牢屋を訪れるなんてことはないだろう。
「そんな物言いはないだろう?わたしは君を助けに来たんだ。わたしはこの国の惨状をどうにかしたいと思っている。その為に君達の力を借りたいんだ。」
「……。この国の惨状、というのは……?」
「口減らしのためにスラムに捨てておきながら、『スラムの悪魔に食われた』と宣う大人達。そんな大人達が愛すべき子供を捨てざるを得なくなっている金銭的問題の根本的解決。いわば国そのものの諸悪の根源の廃絶さ。」
「王が悪いから王を叩くだなんて簡単な話ではないだろう?」
「然り。もっと問題は複雑だ。わたしとしては鬼と龍との和解こそがこの解決の糸口であると考える。それさえなってしまえば今のやり方で金を巻き上げるなどということは出来なくなる。だが、一つ懸念があるとすれば……鬼や龍が既に人間と仲良くやっている場合、つまり鬼や龍がマッチポンプであった場合はそうはならないということだな。」
「その可能性は高いのか……?」
「いや。ほとんどないと言って差し支えないが、可能性として存在はしている。」
「オレはそんなことありえねぇって思うぜ。」
しばらく黙っていたグレンが口を開いた。
「今の鬼の長はオレのじいちゃん、龍の長はオレのばあちゃんだ。どっちもプライドは一人前だし、ましてや人間に与するぐらいならって気持ちだろうさ。」
「そうなのか。グレンはどうしてここに?」
「どうしてもこうしてもねぇよ。街が壊れたからその修繕費や、アルスの旦那が魔力を暴走させたせいで民間の危機感が強くなって、ここ数日でさらに税が重くなったからスラムの人口が増えたんだ。それでもオレ達は食料やらなんやらを探さないといけないもんだから、苦心してたところに、ルーンが来て助けてくれるって言って食料を恵んでくれたんだ。」
「グレンくんはどうしてルーンさんを信じようと思ったんですか?」
「ルーンが旦那や姉御の力を借りるって言ってきたから、ルーンのことは信用ならないが旦那達なら信じてもいいと思ったからだ。戦ってみて信念を持って戦っているのがわかったから。」
「姉御……?」
「……? あんたの事だぜ?」
「姉御……。」
「それに、ルーンはある程度の事ならなんでもやってくれた。だからオレはオレの妹を……フィアをこの国から助け出す事も手伝ってもらうことにしたんだ。」
「フィアさん……?妹さんがこの国にいるんですか?スラムに一緒にいるからって話……?」
「そうじゃねぇ。フィアはこの国のどこかに捕らえられてるんだ。ここの牢屋でもないみてぇだがな。」
「それは……。私達も助けるのを手伝いたいです。」
『それは……』の後に『なぜですか?』と問いかけて、その質問は失礼になるかと思い止まった。
理由がグレンにわかっていたとしても、グレンに聞くことでもないし、そこには恐らくキレイな答は存在しないような気がしたからだ。何故なら捕らえたのが人間だから。
「……すまないが、君達には別の事を頼みたい。わたしがそのフィアを助け出そうと思う。わたしはこの国では顔が利くからね。」
「オレもそう聞いて、納得してるからそこは気にしないでくれ。」
「君達に頼みたいのは今から鬼と龍の国へ赴き、そこで戦争をやめさせることだ。」
「それは……どうなんだ? 俺が聞いた限りだと鬼と龍が争っていた方が人間としては安全で、そして人間が相手を倒すために疲弊してた方が都合がいいらしいが?」
「それは正しくもあり間違ってもいる。わたしは今の人間達の在り方が、鬼や龍との接し方が正しいとは思えない。今のやり方でいくのなら止めないのが良いのだろうが、わたしはやり方を変えたい。その為の一歩としては戦争を止める行為はとても正しい。」
「そうは言うが……。」
「いいんじゃない? 私は賛成だけど?」
ルヴィナは元々そちら側の立場である。
「ルヴィナがそういうんならボクも賛成!やっぱり皆仲良くが一番だよ!」
「そうか、ならそうしよう。俺達は鬼と龍がいるところへ向かえばいいんだな?」
「そうなんだが一つ問題がある。」
「なんだ?」
「正直言うともう時間があまりない。人間達の開発していた兵器がもうほとんど完成してしまい、明日には進軍を開始しそうな勢いなんだ。だから君達には二手に別れてもらってそれぞれの長を説得してほしい。」
厳しい相談だ。ルヴィナのコンディションは万全とは程遠い。元々この世界で調子が悪いのに禁術まで使ってもうボロボロだ。多少回復したとは言え、世界との相性は相変わらずである。
アルスの傷も魔力の影響もあり多くは癒えたが、それでも。
「わかった。それなら俺は一人でいくからニコル、薫風でルヴィナを護衛しながら行ってくれ。」
「アルス何言ってんだよ!」
「二手に別れるならそれがベストだ。」
「そういうことじゃなくて……!」
「旦那、オレもそっちのメンバーに入れてくれ。ここにいてもオレは何も出来ないし、鬼の里や龍の宮に行くなら道案内はできる。そっちなら顔も利くしな。」
「そうか、それは助かる。だったらルヴィナと一緒に行ってくれ。俺の方は代わりにニコルを同行させる。」
「アルス!待ってってば!」
「なんだ、薫風?時間が惜しいのは聞いていただろう?」
「それはいいんだけど、組分けはこうじゃないでしょ?元々言ってたのもそうだけどこんな状態のルヴィナと一緒に行くべきなのはアルスじゃないの!?」
「人間が説得した方が色々と都合がいいだろう。だから俺とルヴィナは別々で行くべきだ。」
「そうかもしれないけどさ!じゃあなんでネコ助を持っていくのさ!ずっと三人で旅してたんでしょ?長い時間一緒に旅した仲間を残してあげるべきじゃないの?」
「ニコルと話が出来るのは俺だけだ。会話が出来ないニコルと、出逢ったばかりのグレンの三人で行くよりいいだろう?それとも俺が一人でそっちに四人にするか?」
「そんなこと言ってないじゃん!」
「カオル。私はこいつの言ってることが正しいと思う。」
「ルヴィナ……。正しいとか間違ってるとかそういう話じゃ……。」
「……大丈夫だよ。ありがとう。」
「……うん……。」
「おいアホ鳥。」
「……なにさ。」
「感情だけでワガママを言うのは子供と変わんねぇぞ。」
「……わかってるよ。でも……。」
「なんでもかんでも理性的になれって言ってるんじゃなくて、感情と理性の落とし所を考えろって言ってるだけだ。旦那も姉御も別にお前の気持ちがわからないわけでも、ましてやそれぞれの願望を100%叶えてるわけでもねぇ。やりたいこととやらなきゃいけないことを考えて、その上で最善策を模索してバランス取ってるんだ。」
「……うん。そうだね。ごめん。」
「話は纏まったようだな。わたしは今から城へと入る。君達の武運を祈っているよ。」
「あぁ。ルーンも無理して捕まったりしないようにな。」
「はっはっは。経験者は語るというやつだな。先達のありがたいご意見、参考にさせていただくよ。」
「はぁ……大丈夫そうだな。」
そう言ってルーンは立ち去っていった。
「龍の宮があるのはあっちの山のてっぺんだ。歩いて三時間から四時間ってとこだ。鬼の里はあっちの山だな。」
「どっちがどうとか違いはあるのか?」
「襲われる危険性を考えたらどっちも変わんねぇ。だがオレと姉御のチームが龍の方へ向かうべきだろうな。」
「なんでだ?」
「オレと一緒なら龍の方は戦わずに話を聞いてくれるかもしれねぇ。鬼はとりあえず戦えや!って感じだからオレがいてもな。」
「グレンと一緒だね!」
「おう、アホ鳥。喧嘩売ってるなら買うぜ。」
「やっぱり一緒じゃないか!!」
「冗談だよ。アホ。」
「わかってるよ!バーカ!」
罵りあってはいるが、二人は笑顔であり、この二人は相性がいいのだろう。
「グレンくんの言う通り私達が龍のいる山へ向かえばいいんだね。」
「そうだな。ニコル、いくぞ。 ルヴィナ、薫風、グレン……気を付けてな。」
「アルスもね!そっちの方が危険そうだからボクは心配だよ!ボクは定期的に連絡するね!」
そうして一行はそれぞれ目的地へと向かっていった。




