二十九話
紫色の炎に包まれ、会場は騒然となった。
悲鳴と避難を命じる騎士達の声。そして燃え盛る炎の音。
会場に突如現れた、紫の炎を纏った一羽の鳥。
それは暴走したアルスの魔聖獣である。
暴走が始まってしまうともうアルスの意思で止めることはできない。魔力が尽きるまで暴れるか、意識を失う(死亡含む)までそれは暴れまわるのである。
「あぁもう!なんでよりによってお兄さんが暴走させちゃうかなぁ!」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてルヴィナは振り向いた。
その声の主はひとつ前の世界で出逢い、深海で戦った人物であった。
「貴方は……! なんでここに……?」
「そんなこと話してる場合!? トリ君、ネコ君!お兄さんをとりあえず街から引き離すよ。手伝って!」
そう言ってアルスへと向かう背を、ニコルは追いかけた。
薫風はというと……。
「あ……あぁ……。」
アルスが暴走を始めてからずっと腰を抜かしている。
「カオル!カオル!しっかりして!」
「うぅ……うぅ……。」
「カオル。悪いけど私もネコちゃん達の事が心配だから何か手伝えることがないか探しにいくよ。カオルが何をそんなに怯えてるのか私にはわからないけど、動けそうだったら後からでいいから着いてきて。」
そう言ってアルスの方を向いた頃には、ニコル達がアルスへ攻撃を仕掛け、それに怒ったアルスがターゲットをニコル達へと向けたところだった。
攻撃を続けながら二人は極力街を通らない様に街の外へと移動する。
アルスは大きく羽ばたきそれを追いかけた。羽ばたく度に火の粉が舞い、熱風が吹き荒れる。
それを受け悲鳴が上がるが、ニコル達はもう振り返りもせずに他の町民がいない安全な場所へアルスを運ぶことに専念している。
ルヴィナも置いていかれまいと、急いで追いかけたがニコルの速度は言わずもがな、風を使えるあの人物もそれと比肩する程の速度を保っているので追い付くどころか離されていく一方だった。
アルスはとても大きく、地面に立っている状態で頭の先までで三メートル~四メートルほどあり、燃えている事実を無視すれば人間が三、四人は上に乗れるぐらいである。
そんな大きな鳥が飛ぶのだから当然推進力も凄まじく、ニコル達に着いていくことも苦もなさそうであった。
ルヴィナは一生懸命に走った。とても追い付かないとしても、街を出てある程度すればニコル達が戦いを始めるだろう。そうすれば動きも止まり追い付けるはずだ。
ルヴィナが追い付いた頃、ニコル達は激戦の最中であった。相手が飛翔しているため遠距離攻撃でもなければ攻撃を通すことができないのである。二人とも遠距離攻撃手段は持ってはいるが、それでもルヴィナとは異なりメインウェポンではない。
ニコルの遠距離攻撃魔技『射』は直線軌道で対象に突き刺さる槍を咆哮と共に口から吐き出すものである。
真っ直ぐな軌道で打てる手段がニコルには口から吐き出すことしか浮かばなかった。
貫通力が高く『発』での体当たりの代わりとして、それ以上のものとしてニコルには重宝したし、結果的に必要不可欠なものの一つであった。
というよりもこれがないと仲間内でニコルだけ遠距離攻撃手段がなかった。アルスを見ていると立ち回りの利便性を考えればこういうものはあって損はないことも知っていた。
ひとつ大きな弱点を挙げるとすれば、口から打ち出す都合上、空中で使うと反動でニコルが反対側に軽く吹き飛ぶということだった。
アルスの『閃変万火』は剣の振りで加速を生み出しているので吹き飛ぶようなことはないが、ニコルはいわゆる助走がない状態で使うのでそうなるのである。
(そもそもアルスは空中で魔技を使うシチュエーションがないが。)
明らかに苦戦をしている二人を見ながら自分にも何かできないだろうかとルヴィナは模索する。
やはり弓を作ろうとしてもうまくいかない。
落ちている石でも投げてみようか。それでアルスがルヴィナに襲いかかってきたらルヴィナでは対応できないだろう。
ニコルがこんなに頑張っているのに何もできない自分に歯痒さを感じざるを得なかった。
水さえあれば。
(水ならあるだろう。)
聞き覚えのある音のない声が聞こえる。この声はウィルだろう。
(ほら、そこかしこに。ルヴィナの中にもな。そこにも、そこにも……。)
ルヴィナは何を言っているのかわからなかった。
だがすぐに合点がいった。
水ならあるではないか。そこら中に流れる紅いな水が。
戦っている二人に合流したルヴィナは、弓を作り出すことにした。
いつも通りではできない。弓を作る魔技が必要だ。
「お姉さん!?戦えないのに出てこないで!守りながら戦えるほどぼく達に余裕はないよ!」
「大丈夫……私も戦う! 『紅水』!」
ルヴィナの血液が、ルヴィナが使う弓となって、ルヴィナを守る盾となって鎧となって。今までの弓とは比にならないほどの出力を生み出した。
「お姉さん!ダメだよ!」
止められた気がしたがルヴィナの耳にはもうほとんど入っていなかった。
遠くを優雅に飛んでいるアルス目掛けて矢を射った。鋭く重たくその矢はアルスに突き刺さる。ルヴィナが望めば望んだ分だけ突き刺さっていく。
ルヴィナにはそれが楽しくて仕方がない。笑いが止まらない。
「あはははは!ふふふっ あははははははは!!」
(もっと沢山射ったらあの鳥はどうなるんだろう?
無様に落ちてくるのかな?)
怒ったアルスは熱風を浴びせたがルヴィナが纏う血の鎧の前には生暖かい風でしかなかった。
続けてアルスが炎の玉を幾つも上から降らせてきた。
ルヴィナがそれを見てから弓を構えて一本の大矢を射つと、その矢は降り注ぐすべての炎弾を気持ちの悪い動きで捉えその後アルスを貫いた。一本であれば射ったあとの矢を遠隔操作できるらしい。
「あははっ♪」
ルヴィナの圧倒的な力の前にニコル達は動けなくなっていた。ルヴィナの力ははっきり言って異常である。
ルヴィナの精神状況も異常なのも見て取れる。
「ネコくん。このままだと多分お姉さんはお兄さんを殺してしまう。ぼくとしてもそれは避けたいとこなんだ。だから……。」
ニコルは頼まれたことを聞き入れた。
ニコルがふと気付いたときにはルヴィナは地面を蹴り空中に作り上げた鉄の塊を蹴って飛び上がっていた。
理論上、質量が異常に大きい(≒位置エネルギーが大きい)場合空中のものを踏んで飛び上がっていくことは可能ではあるが、ルヴィナのやっていることはそういう事ではなく、作り出した鉄の塊を自由に操れる血液で押し上げているのである。ルヴィナが蹴れるほどの力で。
ほんの十数秒ほどでアルスのもとへと辿り着いたルヴィナ目掛けて、アルスは必死に反撃をした。
ニコルが同じことをしようものならその攻撃で、地面へ一直線。全身に一生残る火傷と骨折、打ち所が悪ければ神経系へダメージも入るだろう。体重の軽い猫のニコルでこれである。
ルヴィナほどの体重もあれば十分落下ダメージで死んでしまえるだろう。
ただそれはアルスの攻撃が通ればの話。
ルヴィナの弓はいつしか剣の形になっていた。
ルヴィナが剣を振る度に剣についた水滴が飛ぶかのような感覚で鋭い斬撃が飛んでいく。アルスの翼も弾き飛ばしアルスの吐いた炎のブレスをも切り裂いてアルスに傷を付けていく。
そして大きく怯んだアルスの懐へ飛び込んだルヴィナはアルスに剣を直接突き刺した。
墜ちていくアルスへ上から大量の矢が降り注ぐ。
アルスが大きな叫び声をあげる。
「ふふっ……殺してあげる!さようなら!楽しくなかったよ!!」
ルヴィナは時間が経つ程に自身の魔技のコントロールが上手くなっている。それは同時に魔技に飲み込まれつつあるということの照査でもある。
アルスはルヴィナからの攻撃を受け意識を失い、元の人間の姿のアルスに戻っていた。高所から落ちてくるルヴィナは剣を構えてアルスの首を狙っていた。
ニコルは走った。
そしてアルスの剣、普段アルスが使わない方の剣を咥えてルヴィナの攻撃を受け止めた。
「あはっ♪ 次はネコちゃんが相手してくれるの? あいつじゃ魔技を使うまでもなかったけど、この状態で魔技を使ったらどれだけ強い力が出せるのか今からとっても楽しみ! きゃははははっ! 」
ルヴィナは正気ではない。ニコルには原因はわからないがこのままでは良くないことはわかる。
ルヴィナが遠距離からどんどん矢を射ってくる。避けようにも剣がニコルには大きくて邪魔になる。
ニコルは剣で飛んでくる矢を必死で斬った。
初撃もそうだが、普通に考えれば猫の顎の力で攻撃を受けることなどできない。
だが相手の魔技を剣で斬る度に手応えのなさを感じる。ニコルはただ咥えている武器を振る労力以上の力を使わずに、相手の魔技を切り裂いていた。
「ふぅん? その剣、なにかあるんだね!あははっ面白いじゃん! じゃあどうやってネコちゃんを殺そうかな……?」
ルヴィナは少し考える。
「あははは!簡単だね! こうすればいいんだよ。」
ニコルの周囲360度×180度。前後左右、上空の真上から斜め上までの範囲に大量の矢が設置されていた。
「じゃあね!」
「させないよ!」
ニコルへの攻撃を例の謎の人物が防ぐためにルヴィナの矢へ攻撃する。そこでできた綻びにニコルが突っ込み矢を回避した。
「あははっ じゃあ今度は二対一だね? なら手加減は要らないかな? はははは! ふふふっ あははははははは!!」
「ボクもいるから三対一だよ! ルヴィナ……どうしちゃったのさ!」
「カオル……! 大人しく下がってた方が良かったんじゃない? 私は楽しくなりそうだからどっちでもいいけどね! あはははっ ははは!」
「トリ君遅いよ!お姉さんをぼくとトリ君で止めるよ!ネコ君は隙を付いてお姉さんをやって!」
「なに!?どういうこと!?ルヴィナをやるって!?」
「説明は後でするから!殺しはしないから時間を稼いで!」
「わ……わかったよ。」
ルヴィナがいくら狂気じみていても、三対一ともなれば形勢は傾く。
それでも互角レベルに戦えている辺りルヴィナもルヴィナだが、目は二つしかないが故に死角も存在し、ルヴィナが操る魔技も一つの脳でしか処理できない。
一進一退の攻防が続く。
次の瞬間、ニコルの持っている剣が閃いた。
ルヴィナは間一髪で血の鎧でそれを防いだがそれで全て決着が付いた。
ニコルの持っている剣は特別なもので相手を直接的に傷付けることはない。ただ如何なる魔技も受け付けない、それだけの剣だった。
ルヴィナは咄嗟に守りに入った。それが仇となりルヴィナの使っていた魔技の全てが解除させられてしまった。
魔技によって狂気に触れていたルヴィナの意識もそこで途絶えてしまった。
「はぁ……はぁ……ねぇ……なんでルヴィナがこんな状態になってたのか説明してほしいんだけど……。」
「あぁ……うん。それはね。」
説明しかけたところで、回りがガチャガチャという音が聞こえ三人は身構えた。
気付くと周囲を武装した騎士に囲まれていた。
「大人しくしろ。今からお前達を連行する。」
「……。」
「ねぇ、逆らわない方がいいかな?多分ボク達なら負けないよ?」
「やめた方がいいね。トリ君は無事でも身動きが取れないお兄さんもお姉さんも庇うのはムリだよ。」
「だよねぇ……。」
それから一行はお城から少し離れた薄暗い牢屋へ連れてこられた。当然全ての武器は没収されている。
数時間が経ちルヴィナは目を覚ました。
かなり気持ち悪い。吐き気とふわふわした高揚感と、体と心の動きが上手くリンクできてない感覚。
「カオル。ここはどこ?」
「あっ……ルヴィナ……よかった。元に戻ったんだね。ここは牢屋だよ。」
「牢屋……。」
人生で牢屋に入れられることがあることは普通は多くはない。
目が覚めたら牢屋にいたという状況に驚き等があるのは至極当然の反応である。
「お兄さんも動けはしないけど起きてるよ。」
「貴方は……。」
「久しぶり。お姉さん。」
「久しぶり……。私はルヴィナ。貴方の名前は?」
「ぼくは御名許かなた。かなたでいいよ。」
「かなたはなんでこの世界にいるの?レヴィアがいたところが貴方の住んでる世界でしょ?」
「ぼくはお姉さん達の様子を見てただけだよ。住んでる世界はまた別の世界。様子を見てただけのつもりが、手を付けられない事態になったから見てられなくてさ。そしたらぼくまで牢屋行き。はぁ……ぼくはどっちかっていうと国のために頑張ったのになぁ。ほんとついてない。」
「何が起こってこうなったの?」
ルヴィナの記憶はハッキリとしている。
ルヴィナが暴れていたこともハッキリと覚えている。
「まずお兄さんが大会の最中で魔技を暴走させてしまった。まぁそれだけならなんとかなる範囲だったんだ。」
「うん。」
「でもそのお兄さんを止めるために、お姉さんが意図せずだろうけど禁術を使った。」
「禁術……。」
ルヴィナはメディスにそのような話をされていたことを今になって思い出した。
魔力だけでなく何かしらを触媒としたりする類いのもの。ルヴィナのそれは血液を触媒としたものだったのだろう。
そしてそれを使えば……廃人になる。




