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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第五章 陽炎 面影 君の声
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二十八話

 大会が始まってアルスが感じたことは参加者の多さへの驚きであった。やはりこの不況のなか、誰しもが少しでも暮らしを豊かにしたい気持ちでいっぱいなのであろう。


 一回戦は乱戦形式。四人一組のバトル・ロワイアル。

 こういった形式の戦いはアルスには慣れてないが、幸いにも一対一の戦いが二組になった。どこかが一対一で戦い始めると残った二人は漁夫の利を得んとするけれど、そうなるとお互いが邪魔になるため、こういう構図になることは割と起こり得ることである。


 アルスが対面した相手は小柄な少年剣士のような人物であった。軽く剣と剣で打ち合うだけで力の差は歴としていた。

 相手が弱いわけではないのであろうが体格や経験の差が大きすぎた。鋭くはあるが素直でまっすぐな剣筋は、無駄がないが故に予測を容易くさせる。

 まずは一人。



 残った二人が争っているのをアルスは眺めた。どちらも大した使い手ではない。力任せな大柄の男二人の強引な殴りあい。

 剣術と呼ぶには無粋で無骨な剣技。先の剣士が真っ先にアルスを狙ってきたのは体格差を考えての事であろう。

 しかし小柄な体格を活かして戦うのであれば、寧ろアルスよりこの大柄の男のどちらかと戦うべきであり、そういう意味でもあの剣士の判断は間違っていたと言える。


大柄な二人の決着を待たずしてアルスはその二人を叩き伏せた。まったくもって勝負にならない。

 アルスは元々戦いを好む性分ではないが、単純作業で戦いをするのはもっと嫌いであった。


 数十分のインターバルの後、二戦目が始まった。

 一戦目とは異なりアルスと然して変わらない背格好の男が三人であった。

 一戦目のアルスの動きを見ていたのであろう。開幕の合図とほぼ同時に三人がかりでアルスに襲いかかってきた。


 三対一の戦いになったがアルスには一回戦と何も変わらない作業でしかなかった。

 確かに三対一の戦いは厳しいものであったが、その三人の連携は急造チームであるためとても拙いものであり、またその三人も敵同士である以上、寝首を掻くことを狙っていた。

 であればそこを刺激してやれば勝手に自滅していくこともアルスには目に見えていた。纏まって襲ってくるのであれば同士討ちさせることも容易い。


 次からは一対一の戦いになるということを知らされてアルスは少し楽しみに思えた。さらにここからは観客席から見える場所での試合となるらしい。そうなれば少しは盛り上がるだろう事も予想していた。


「アルスー!がんばれー!」という薫風の声がどこかから届いた。

 薫風の姿はとても目立つ。人間とは異なる体つきも、とても綺麗な羽毛も。だからアルスは薫風をすぐに見付けることが出来た。

 その横でアルスを見ているルヴィナのことも。


 だからアルスは負けたくない気持ちを強く持っていた。

 応援してくれる薫風のためにも。……ルヴィナのためにも。


 だがいざ戦いが始まってみると実際の次の相手はアルスの期待していた楽しさとも緊迫感とも少し離れたいた。

 この大会はインターバルがあるとはいえ、連戦を強いられているのだ。アルスは連戦というものに慣れていて、対戦相手とは基礎体力の差以上に温存した戦いというものへの理解度が違う。故に疲弊した相手を倒すことなど造作もないことであった。

 


 次が準決勝と伝えられてアルスはもうそんなに少なくなったのかと驚いた。だが単純計算で準決勝で残り四人、その前に一対一で八人、その前とその前が四人一組だったので百二十八人。そう考えれば妥当な所だろうと思い至る。


 先の戦いと同じように相手が疲れきっているのであれば余裕があるだろうと踏んでいた。それでも油断はしていない。

 アルスは幸か不幸か今まで目立って強い相手とは当たっていない。なので今までの相手がこの世界でどの程度の強さなのか計りかねていた。

 今までの相手が弱いのか。それともあれがこの世界の人間の剣術レベルなのか。


 しかし準決勝でその答は出た。アルスよりも少し背が高く、やや筋肉質な男が相手であった。

 剣を重ねた時にアルスより重い一撃を放つのは理解した。

 相手もそれをわかったのだろう。相手の攻撃は徐々に強くなっていった。


彼我の力量の差を見定める力が十分にあり、そこのアドバンテージを活かして戦えるというだけでさっきまでの相手とは全然違うことをアルスは実感した。


 少し相手の方が高いとはいえ背丈もそこまで変わらない。 相手の方が力が強いといっても誤差範囲ではある。

 だからこそアルスは負けたくなかった。ここでの敗けは男としてのプライドが許せなかった。

 相手が極端に強いだとか、相手が極端に相性が悪いだとかであれば、諦めることも出来ただろう。言い訳にも困らない。でも実際にはそうではない。五分であるほどに負けたくないのだ。


 アルスは連戦に慣れている。戦闘そのものにも。

 その事実そのものは疑いようがない。だが最近の戦いに限って言えばどうだろう。


 今、相手との切り合いに苦戦しているのは最近魔技に頼って戦っていたからではないだろうか。魔技がなくなった途端この(ザマ)で。

 アルスは不甲斐なさからくる悔しさと、同じぐらいの高揚感で満たされていた。


 魔技に頼っていたのは反省点。魔技の心強さを再確認できたのは評価点。アルスはこの戦いを通して自分の剣技と魔技に対してしっかり向き合うことが出来た。


「アルスー!負けるなー!!」


 アルスは負けない。

 アルスは他にはない自らの長所を考えた。それは武器の状態がすぐにわかることだと自答する。アルスの本当の長所はそういう冷静な判断が戦闘中でも出来る事であろう。

 見れば相手の武器は激しい打ち合いの結果、やや傷んできていることがわかった。真剣ではないが芯に少しダメージが入っている。

 であれば。


 アルスは一気に間合いを詰めた。

 急にそうされたら相手は咄嗟に守るか或いはアルスに対して武器を振り下ろすだろう。それを見る。

 相手の反応は……攻撃。ならその攻撃をしっかり咎めてやればいい。

 刃物にしろ木剣にしろ、腹に攻撃を受けれるようには作られていない。


 歓声が上がる。今までとは違う、確かに熱い試合であったのだから当然である。

 アルスは相手に一礼し控え室へと下がっていった。


 今までの戦いの流れから、この後すぐに決勝戦だろうことは想像できる。それまでに少しでも水分を取って少しでも回復をしなければいけない。体を冷まさない程度に。


 数分後すぐに決勝がそろそろ始まると知らせられる。

 呼吸を整える程度には落ち着いたがそれでも体力は然程回復したとは言えない。だがそれは恐らく相手も同じ。

 それならばまだ勝機はあるとアルスは考えていた。

 

 そして決勝戦が始まった。

 相手を見てアルスは驚いた。顔を隠しているが間違いなく相手はグレンではないか。

 今度は両手にちゃんとした槍を持っている。


 試合開始の合図が鳴るが早いか、グレンは一気に近付いてくる。槍を持っているのだからアウトレンジから間合い管理をしながら戦うのかと思っていたアルスは虚を衝かれた形となった。

 そして数日前の戦いでお互いに理解している事としてグレンの方が圧倒的に筋力が強いのだ。

 いや、グレンからすればアルスであるか否かに関係なく自身の方が強いのだろうが。


 まともに受けるのは得策ではないと判断したアルスは距離をおいた。だがその行為のバカらしさをアルスは理解し反省した。

 相手は槍を持っている。それはアルスもわかっていた。故に距離を置くというのは悪手でしかない。槍を含む長物は基本的に至近距離まで間合いを詰められるのを嫌う。

 だがグレンはそれを恐れない。その無理が通るほどの力があるから。ほぼ間違いなく殴り合いならグレンが勝つだろう。


 柄で殴られたとして(槍が耐えられるのであれば)アルスの剣と互角かそれ以上の力は出せることが戦いの中でわかった。


 だが。拙い。

 グレンの戦い方はグレン自身の持ち味を最も活かせる力任せな戦いだ。集団戦であればそれもチームにとって大きな一助となろう。だが今は個人戦。

 グレンの戦い方を理解していくほどに粗さや小回りの効かなさ、不器用さが浮き彫りになっていく。


 アルスはグレンと戦っている時、普段の魔技を使っている自分はこのような感じなのだろうかと考えたりしていた。

 アルスの使える魔技はそもそも種類数が少なく、内一つは斬り合いを有利に進めるためのものであるが、アルスは魔技なしで魔技ありの相手と互角以上に戦えるようになりたかったのだ。

 そうであれば……サフィーナを殺さずに済んだのかもしれないと。


 試合終了を告げるゴングが鳴る。

 アルスは勝利したのだ。危うい場面は多くあった。それでも最後に立ってたものが勝者なのだ。

 アルスが望んだことではないが、グレンは戦いの最中に少しずつ成長していっていた。アルスもそれに負けてられなかった。アルスはこの大会を通して一回り強くなった。

 そして、これからもまだまだ強くなれる。


「観客の皆さんも参加者の皆さんもご存知だとは思うが、この試合の優勝者には今から騎士団長である俺と試合する権利が与えられる。そして勝利した場合に限り王に直接謁見できる。」


 騎士団長を名乗る男が全体へアナウンスする。

 アルスはその男をじっと見つめた。そこまで強そうには見えない。ただアルスのコンディションは最低だ。

 準決勝も決勝も結局長期戦になってしまった。相手に筋力的に押されていたため、相手の攻撃を受けるにしても、避けるにしても体力の消耗が激しかった。


 それでも。ここまで皆が必死になった戦いをただの旅人であるアルスが言い方は悪いが踏みにじって今ここに立っている。

 アルスはこの国の民のために出来ることをしたかった。

部外者だからこそ。見えるものもあるだろう。


「それでは優勝者の登場です!」


 呼び出されたアルスが出ていくと会場は大盛り上がり。フルボルテージといった感じであった。


「アルスー!」


 薫風の呼び声にアルスは軽く手を挙げて応じた。

 すると周りから『アルス!アルス!』という声援が飛んでくる。薫風だけでなく見知らぬ他人ですらアルスを応援してくれている。その中にはこの大会で戦った相手もいる。

 アルスは少し嬉しくなった。アルスは目立つことは好きではないが、こういう場でアウェーな空気になるよりもずっと好きだった。


「お前は旅の者だろう?服の意匠がこの国とは大きく異なる……。旅の者が王にわざわざ謁見とは何が目的だ?商売か?」

「いや、違う。この国の惨状を見てどうしても居ても立っても居られなくなったから直談判したくなっただけだ。」

「惨状?ふん、くだらないな。確かにお前が見た世界は惨状ともいえるものだったかもしれないが、それはあくまでこの国の一つの面に過ぎない。物事はもっと多角的に捉えなければならない。」

「国防のためにお金を集めているのは知っている。だが……民があっての国だろう?」

「その話がしたければ俺に勝って、王に言うんだな。」

「……あぁ。」


「それでは試合を開始します!」


戦いが始まって、相手の出方を窺ってみるが、相手はどうも自分から攻めようというつもりはあまりないらしい。

 相手から攻めてこない以上こちらから攻めるか或いは体力の回復も兼ねて待つかの二択である。

 相手にとって分が良いのは当然こちらから攻めていくことであるのでアルスは待つことにした。


そうなると騎士団長はゆっくりと歩いてくる。ゆっくりと。ゆっくりと。

 アルスには影響はないがその姿は威厳がありそれがある者には恐怖として、ある者には希望として映った。


 相手の攻撃は騎士団長というだけあり、無駄がない騎士団流の型にはまった手堅い剣術だ。反撃する隙がほとんどない。防戦一方になっていく。

 相手の細かな隙を見て反撃を試みるが、疲労で身体がどんどん追い付かなくなっていく。


 もう立ってるのもやっとなほど疲れきっている。吐き気と目眩もする。


「アルスと言ったか。もう諦めろ。俺には勝てない。」



「やっぱり騎士団長には勝てないんだ……。」

「だが彼は俺達の中で一番強いんだ。彼が勝てないなら誰も勝てないということに……。」

「……。」


 沸き上がっていた会場はお通夜のような空気が漂い始めた。


 だがその声を聞いたアルスは合点がいった。

 それがこの国のやり方かと。

 連戦で疲弊しきった相手という事実を取り敢えず無視して、騎士団以外で一番強い存在を騎士団長の手で圧勝する。

 そうすることで騎士団長には勝てないという印象を植え付けることが出来る。


 国は王と謁見する機会をくれている。話を聞く気はあるのだ。 という形式をとっておけば文句は出にくくなる。

 また、この国の国柄か力勝負や実力主義というものが好きだから、権利が欲しければ力付くで得ろというものに燃えるものがあるのだろう。


 だがアルスはそこまで理解してしまった。バカではいられなかった。

 今までもそういう人物はいたのだろう。だがそういった人物もこの国の人間であることに代わりはない。だから周りの人間や国に絆されてしまったのだ。


「許せないな。」


 疲れきったアルスは感情の自制が難しくなっていた。

 怒り。悔しさ。不合理。不条理。

 こんな横暴が許されていいのだろうか。これが正しい形なのだろうか。

 これで誤魔化して、その水面下で貧困や飢餓に喘ぐ者達がいるというのに。


 アルスは最後の力を振り絞ってほとんど残っていない握力で剣を強く握ろうとした。様々な感情をその拳に込めて。

 ここで勝てば良いのだと言い聞かせて。


 だがアルスの身体は限界だった。

 アルスの意思と連動する魔力が感情で増幅し、それを抑える理性が疲労で乏しくなっていた。



 その結果……。

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