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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第五章 陽炎 面影 君の声
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二十七話

 燃え盛る火炎が相手の口から吐き出された。縦にも横にも広く見てからでは避けようがない。

 剣で切り払ってみようと試みたが、十分な速度をもって剣を振ろうとも火を消すには遠かったし、相手が炎を吐いている間は新しく追加され続けるため無駄骨でもあった。


 このままでは焼かれてしまう。アルスは炎に飛び込み本体を攻撃をする覚悟を決めた。しかし、そこまでするまでもなく炎は止まった。

 相手が炎を吐く前に『発』で逃げていたニコルが『爪』で襲いかかったからである。


「なんだこの猫……!うざってぇ。」


 しかし相手の棒捌きはかなり卓越したもので、ニコルの速度に対して苦もなく応戦してのけた。

 そしてそれ以上に……


「くっ……なんだこの力……!」


 両腕で剣を振るアルスを片腕で押し返すほどの、とてつもない腕力。相手は魔技を使っていないにも関わらず、ニコルとアルスの魔技を棒で処理している。

 それでも二対一であるため次第にアルス達が優勢になっていった。


「あんま調子乗んなよ!」


 激昂した相手から何か強い力を感じた。物理的な力だけではない、何か。


「『炎舞・斬々(きりきりまい)』!」


 相手が持っていた二本の棒が凄い勢いで燃え上がった。とても強い魔力が込められたその棒で攻撃されようものなら、ひとたまりもないだろう。

 しかし、残念なことに相手が持っていた棒は木製で、アルスやニコルとの打ち合いで誰も気付かない程度に脆くもなっていた。

 故に相手の棒は燃え尽き、炭になってしまった。


「チッ……使えねぇ……。」

「まだやるのか?素手であっても手加減するほどニコルは優しくないぞ。」

「ハッ……やらねぇよ。ボコるなり商店に吊るすなり好きにしろや。ただ盗んだもんは返さねぇ……というかもうひとつも残ってねぇ。全部食ったからな。」

「お前がここの子供達に渡していたことは知っている。」

「! あいつらに手を出したらただじゃおかねぇぞ!」

「彼らに手は出さない。ただ俺達は事情を聞きたいだけだ。」


「アルスー?ボク達が来るまでに何があったの?」


 丁度いいタイミングで薫風とルヴィナ、そして何故か着いてきたルーンが合流した。

 戦いになったことと、それに勝ちこれから話をすることを説明した。


「その割にはお互いそんなに疲れてなさそうだね。ボク達が来るまでにそんなに時間経ってないでしょ?」

「あぁそれは……相手が本調子じゃなかったみたいだ。」

「そんなことある?遠くからでもわかるぐらいすごい魔力を感じたよ?」


「ギャーギャーうるせぇよアホ鳥。」

「なっ……!? アルスゥ……こいつなんなんだよ……。」

「なんなのかはこれから聞くところだ。」

「そうだね……ボクは大人しくしとくから、ルヴィナと三人で解決して。」


「俺の名前はアルス。こっちの鳥が薫風、そしてルヴィナだ。お前の名前は?」

「グレン。」

「そうか、グレン。グレンはなんで盗みなんかしたんだ?」

「生きるためだ。スラムの連中は皆、今日食う飯にも困ってんだよ。」

「金がないからか?買いものという概念を知らない訳じゃないだろう?」

「……バカにするなよ。金がないのは事実だ。」

「なぜ働かない?盗みが悪いことであるのは知っているんだろう?盗めば生きていけるのかもしれないが、それがお前の、お前達の望む生き方なのか?」

「違う!働かないんじゃない!働けないんだ!」

「……どういうことだ?」


「どこもかしこも金がないから人を雇ってる余裕なんかない。人を雇えるほど余裕があるところはオレ達みたいなスラムの人間なんか使わない。」

「なるほど……。」

「金を稼げるのは生まれたときから最低限の資本があるやつだけだ!金を稼ぐのに金がいる!オレ達にどうしろって言うんだ。」


 物を売るのに物が要る。物を得るためにお金がかかる。

 サービスを売るのに専門の技術を学ぶ必要がありそれの習得にお金がかかる。

 働くにあたり、身なりや健康、清潔感そして教養は最低限要求される。それに応じられるほどの金がない彼らにはそれはとても残酷な世界であった。

 少しなんとも言えない沈黙が流れたあとルヴィナが話し始めた。


「グレンくんは……人間じゃないですよね。貴方の種族は何ですか?」

「……なんでそんなこと……。オレは鬼と龍のハーフだ。」

「鬼と龍ですか?そんなことがありえるんですか?」

「あるからオレがいるんだろ。両親はもういないから詳しくは知らない。」

「あ……ごめんなさい。」

「いいよ。オレはオレ自身がこの見た目で、この種族で生まれてきたことに文句はないし、なんなら気に入ってすらいるからな。」


「わかるよ!やっぱり種族っていうのは誇りだよね!」

「誇り……そうかもな。」

「ボク達仲良くできそうだね!」

「オレはそうは思わねぇ。」

「ぶーぶー!なんでだよー!」

「なんでもだ。」


「まぁ大体の事情はわかったけど、これは俺達に解決できる問題でもなさそうだな。」


 というよりも、これはアルス達の旅の目的とは関係がなさそうである。


「アルス!なんでそんなこと言うのさ!可哀想じゃん!助けてあげようよ!」

「カオル。なんとかするにしても、そんな簡単な話じゃないのはわかるでしょ?」

「わかるけど!……でも!」


「アホ鳥。別にオレもどうにかなるとは考えちゃいねぇよ。」

「えぇ!? なんで諦めるのさ!諦めたらそこで人生終了だよ!」

「まだ死ぬ気はない。せめて……あいつに逢わないことにはオレは死ねないんだ。」

「あいつ?誰?」

「アホ鳥には関係ない。聞きたいことはそれだけか?」

「うーん。そうかな?」

「ならオレは帰るぜ。」


 そう言ってグレンは去っていった。

 それまでずっと押し黙っていたルーンが口を開く。


「この国では年に一度武術大会がある。それで優勝したものは騎士団長と戦う資格が得られる。」

「いきなりなんだ?」

「まぁ最後まで聞きたまえ。話を戻そう。騎士団長との戦いに勝利すれば、王に謁見し交渉をする権利が得られる。その大会が二週間後にあるんだ。参加しないか?」

「するする!ボクたちなら圧勝だよ!」


「薫風、勝手な判断をするな。」

「なんでさー。これでグレンを助けられるかもしれないんだよ?」

「俺もできるならそうしたい。参加したいと思っている。」

「ならいいんじゃないの?」

「だが俺達は仲間で一緒に行動してるんだ。何事も個人で判断せず相談してくれ。」

「……そうだね。ごめん。」


「薫風が割り込んで悪かった。ルーンの話を続けてくれ。」

「続けよう。その大会は個人戦で得物を使った武術でのみ戦いが許されている。故にアルスさんやルヴィナさんはともかくとして、薫風さん達が参加するのは厳しいでしょう。」

「なにを!?ボクだって殴りあいできるもん!」

「魔技は禁止だよ。」

「うっ……それは無理……。」


「私も参加はしないかな。」

「なんで!? ルヴィナが参加した方が勝率が倍になるんだよ!」

「仮におなじ実力の人間が二人参加しても勝率は倍にはならないよ……。」

「そうなの?」

「試行回数を二倍にしても確率は二倍にならないでしょ。二分の一を二回やって一回以上起こる確率は七十五パーセント。二倍である百パーセントにはならないでしょ。」

「なるほどー?わからん!でも間違ってたのはわかった!」

「そもそも、そういう意味での勝率なんていうのは存在しないけどね。勝率は勝った割合であって勝つかどうかは人為的なものだから、確率で表せるものじゃなくて、人がどういう行動を取ったかで変わるものだから……。」

「う……うん。ルヴィナどうしたの?なんか熱入ってるけど。」

「……なんでもない。」


 薫風に言われてハッとする。ルヴィナにとって確率通りに物事が進んでいくことは、あまり好ましくないのである。

 定められた運命へ向かう様で。自分にはなにも変えられない様で。


「でもルヴィナが出た方が優勝しやすいのは事実じゃん?出ないの?」

「薫風。無理強いをするな。」

「無理強いじゃないよ!正論でしょ?」

「正論ではないな……ルヴィナは調子が悪いんだ。聞いてなかったのか?」

「魔技使えないならそんなに影響無さそうだけど……?」

「いや、俺も深海にいたとき力がちゃんと入らないような感覚がした。だからルヴィナも同じなら無理して戦うべきではないだろう。」

「そっか。ごめんねルヴィナ。」


「こっちこそごめん。」

「アルス!ルヴィナの分まで頑張ってね!ルヴィナも出れない分だけ頑張ってアルスを応援しよ?」

「そう……ね。」


 ルヴィナには『私がこいつを応援……か。』という思いはあるけれど、それも目的に向かう一助となるのであれば、(やぶさ)かであっても受け入れる気持ちは持っている。


「その武術大会の受付は今週中だ。あと五日ほどはあるからゆっくり考えるといい。わたしは参加しないがね。」

「そうなんですか?私から見ればとても……腕が立ちそうなんですが。」

「はははっ……美しいお嬢さんにお世辞でもそう言って貰えるとは光栄だ。でもわたしはとてもとても戦えはしないのさ。無論放浪者であるわたしが弱いと知られれば、足元を見られるから弱く見せない努力はしているがね。上手くいってるようでなによりだ。」

「……。そうなんですね。ルーンさんはとても器用で羨ましいです。」

「そう難しいことではないよ。まぁルヴィナさんは元から強いし、それぐらいのことはある程度見る目がある人間からすれば、すぐにわかるから強がる必要はないだろうけどね。

ただ、人生の先達(せんだつ)から一つアドバイスをするとすればルヴィナさんは強がりすぎている。もっと周りに甘えることも必要だよ。」

「……ありがとうございます。」

「ふっ……その様子ではとても無理そうだね。怠けろとか媚びろといっているわけではない。相手からの優しさを遠慮しすぎるのも良くないことだと言っているだけだ。まだわからない年頃かもしれないが、いつかわたしが言っていることがわかるようになるだろう。その時には肩の荷を下ろしなさい。誰もルヴィナさんを責めたりはしないよ。」

「……はい。」


「さて、わたしはやることがあるので、そろそろ行かせてもらうよ。この大通りを真っ直ぐに行けば王城へ着く。そこで武術大会の受付もしてもらえるだろう。宿屋を探しているならこの通りから一本こっちへ外れた通りに幾つかあるから良いところを選ぶといい。足元を見られないようにね。」

「はい。何から何までありがとうございます。」

「また機会があれば出逢うこともあるだろう。」


 ルーンを見送ったあと三人は三人で話し始めた。


「ねぇ、あのルーンって人。戦えないなんて絶対嘘だよ!」

「でしょうね。お互い目を見て喋ってるのに相手が常に私の手の動きや全体の背景を警戒してるのが伝わってくるぐらいだから。」

「ルヴィナと話してるのに、謎のきんちょうかんが襲ってくるから食欲なくなっちゃうよ。」

「カオルお腹すいてるの?さっきまで食べ歩きしてたでしょ?」

「お腹すいてるよ。緊張の糸が解けたからなおさらね。ボクは成長期だからお腹すくのは仕方ないんだよ。」

「成長期……ねぇ。カオルって歳いくつなの?」

「……さて!ごはんにしよっ!」

「……そうだね。」



 それから一行は食事をして宿を探した。ルーンが言うように、正当な価格ではないものも多く見える。アルス達も金銭的に余裕があるわけではない。一日二日ほど一人で泊まるなら多少の贅沢と割りきることも出来ただろうが、四人旅で少なくとも一週間以上も泊まることを考えるとぼったくるお店に泊まればお金で苦しむことにもなりかねない。


 数日が経った。情報収集も兼ねて色々なところを回ったり、ルヴィナは夜中にこっそりとこの世界での魔技の勝手を確認したりしていた。

 やはりどの魔技も使えない。アルスが深海で魔技が使いにくかったというものと比較にならない。魔技が一切出る気配がない。そしてもっと深刻なことに弓矢を生成することすらままならなかった。

 不可能ではないが今まで通りとは程遠く、弓矢の生成にエネルギーを多く割く都合で、そこから更に弓を射る力や精度を求められるとまともに戦えたものではなかった。

 感覚的に言えばとても重い弓と引っ張っても中々引けない弦、それで重い矢を打ち出すようなものであった。重いというのは比喩であるので、それらは筋力を鍛えてもなにも変わらない。

 ルヴィナが普段使っている弓より実物の弓を使った方が今のルヴィナだと強いだろう。


 そしてさらに数日が経って大会当日になった。

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