二十六話
「ねぇ、聞きたいことがあるんだけど。」
ルヴィナがネムレスに問いかける。ここは世界と世界の境界、狭間の領域である。
「ん?なんだい?」
「さっきの世界で戦った相手に岩や炎、風なんかの色々な属性の魔技を使われたんだけど、魔技の属性はひとつじゃなかったの?『全』という一つを持ってるとかいう屁理屈?」
「……それは本当?ルヴィナさんの言う通り全部を一つとして持ってるって可能性はなくはないけど、そんなことほとんどあり得ないからたぶん違うと思うよ。」
「じゃあ、どういうこと?」
「そうだねぇ。ルヴィナさんやアルスは魔聖獣の力を借りて魔技を使ってるけど、その魔聖獣にも好みがあって一つの方向性に沿ったものであれば応用が効くんだよ。」
「一つの方向性?」
「そう。炎とか水とか単純な属性っていうのも方向性の一つに過ぎなくて、例で言えば生物の力を模した力とかそういうのも方向性の一つなんだ。生物の力という方向性で言えばカンガルーの跳躍力とシャコのパンチ力を擬似的に再現するために風で跳んで岩で押し潰すとかそういうこと。」
「そういうものもあるのね。それは人間だとかそういうのは関係ないの?」
「人間でも関係ないけど、そもそも外見が人間であることになんの意味もないよ。相手を騙すために外見を変えるなんてのは常套手段だからね。」
「ネムレスが言うと説得力があるね。」
「なんの話?僕は可愛い猫ちゃんだよ。」
「……そうね。」
「もしくは……いや……それはないか。」
「なに?」
「なんでもないさ。質問は終わりかな?次の世界へいこうか!」
なんとも釈然としないがルヴィナはネムレスはこういうやつだという認識をしているため、気にしないことにした。
そして……新たな世界へとたどり着いた。
新しい世界はどこかから熱い風が吹いている。空気は乾燥していて蒸し暑さのような不快感はない。
風からは焦げた土と空から降る灰のようなものの匂いが漂う。
どこからか人間ではない何かの叫び声のようなものが聞こえるような気がしないでもない。
「うわっ……なにここ。地獄か何か?ボク熱いの苦手なんだけど!」
「随分熱い風が吹いてるな……焼けるようだ……。」
「ボク知ってる!フェーンってやつでしょ!」
「流石、薫風は風には詳しいな。」
「ボクの専門分野だからね!」
吹いているその風がフェーンであるかどうかはさておいて、この世界の気温そのものが高く、風がなくても暑い思いをしたことだけは間違いない。
アルス一行がいる場所は、遠く三方を山に囲まれた場所であり、フェーン現象が起こってもなにも変なこともない。
「カオル、悪いんだけどまた偵察頼んでいいかな?」
「勿論だよ!出番が多いのは良いことだからね!」
「そうなの……?じゃあもっと活躍してもらわないとね。」
「任せてよ☆」
薫風が『風向の循環』を使えばおおよその事はわかってしまう。この力があれば新しい世界での戦闘のリスクを減らしたり、不必要な警戒をして精神力が摩耗したりすることも失くせるだろう。
「え……これはなんだろう。巨大な何かと巨大な何かかが争ってるみたいだよ。巨人とヘビかな?あっちだよ!そんなに遠くない。」
薫風の指差す方向から、叫び声のようなものが聞こえてきている。
「あと、反対側に遠いけど町があるね。これは人間の町だね。大きくない。」
ここでいう『大きくない』は町の規模としてではなく、巨人が使うスケールのものではないという意味である。
「どうする?ボク個人としては争いを見に行ってみたいけど。」
「俺は反対だな。巻き込まれでもしたらたまったものじゃない。」
「私も同意見。というか、この世界に来てから私、なんか調子悪いんだよね……。」
「風邪でも引いた?前の世界で雨晒しだったもんね?」
「そういうんじゃなくて。なんていうんだろ……血が回ってない感じ?」
「冷え性?前の世界で雨晒しだったもんね?」
「いや……なんでループさせたの……。」
「ルヴィナがバカだからだよ!一人で勝手に行動して危険な目に遭って。ボクはまだ許してないからね!」
「悪かったって。次はそんなことないから。だから今調子悪いって伝えてるわけだし。」
「そうだよねぇ。まぁ許してあげようじゃないか。で、ルヴィナの体調不良は休めば治りそう?」
「そういうんじゃないんだよ。多分この世界と私の相性が悪いんじゃないかな。」
「薫風。あまりルヴィナを困らせるな。俺が深海で思うように戦えなかったのと同じで、俺にとっての深海がルヴィナにとってこの世界なんだろう。恐らくだがこの世界に水の魔力が少ないんだろう。」
「多分ね。でもあんたが深海で戦ってたレベルの戦いも今の私には出来ないと思う。普通の矢を射ることすら怪しいと思う。」
「えぇ!?じゃあこの世界ではルヴィナなしで解決しないといけないってこと?」
「戦闘面では、ね。戦うだけが問題解決ではないよ。」
「屁理屈だよ!ボク達にはルヴィナの力が必要なんだから。」
「うん……そうだよね。頑張る。」
「薫風。ルヴィナに無理をさせるな。薫風が無理を強いればルヴィナは頑張ってしまうことぐらいわかるだろう。」
「あんたに心配してもらわなくても大丈夫。無理をしようにもどうにもならないよ。」
「そういう問題じゃない。これはルヴィナだけじゃなくて薫風の問題でもあるんだ。」
「二人とも止めて!ボクのために争わないで☆」
「はぁ……。そうだな。なんだかバカらしくなってきた。……それで、多数決で町へ向かうことにしていいか?」
「うん。怪獣大戦争見たかったけど仕方ないね!それじゃ遠くの街までレッツゴー!」
薫風に案内されて街まで来た。街の奥、ここより高い場所には大きな城が見える。城下街は繁華街と住宅街に別れている。とてもきらびやかな王城都市。
聖王国ウルカ。
「うわぁ……すごいすごい!ボクこんなに大きな街初めてだよ!」
「反応が田舎者だな。いや、俺も人の事いえないぐらい驚いてはいるが。」
「美味しそうないい匂いがするね!」
「そうだな。肉や、パンの焼いた匂いや、醤油やら味噌やらの匂いがとてもうまそうだ。」
「まずは情報収集がてら腹ごしらえだね!ボクねあっちの甘い匂いが気になるよ!」
「薫風は甘党なんだな。」
「ボクは頭をよく使うから糖分が欲しくなるのさ!」
「あぁ。そういうことにしとくよ。」
ウルカの街を食べ歩きする一行。薫風が浮いていること以外はアルスやルヴィナと街並み自体に違和感はない。
店で売っている人間は明るく振る舞っているが、客の顔はどれも幸せとは少し離れた表情をしている。
そんな中、一人の店員から声をかけられた。
「やぁ!そこのお兄さんお姉さん!ウチに寄ってかないかい?」
「ここは何の店なんだ?」
「お兄さん旅の人かい?ここは葡萄酒と肉の店さ!」
「ここの客は皆酒が入ってるのか?」
「ん?まぁそうだな。」
「その割に、と言ってはなんだが、空気が暗くないか。酒とはもっと明るく楽しく笑いながら飲むのが醍醐味だと俺は思ってるんだがここでは違うのか?」
「そうだなぁ。とりあえず……チップをもらおうか。情報もタダじゃないんだ。」
「……そうか。仕事の邪魔をして悪かった。帰ろう。」
「チッ……しけてんねぇ。」
「アルス、よかったの?情報とかお酒とか、買わなくて。」
「いいんだ。俺が旅人とわかってから急に気配が変わったから、ぼったくる気でいるのが透けて見えた。情報がタダじゃないことは俺も承知しているが、金を払う価値がある情報じゃないものに払うつもりもない。」
「ふーん。そういうもんなのか。」
「ただ、今の店員の態度からしてチップをせびらないといけないほど貧窮しているのも事実なんだろう。そもそもチップというのは俺の解釈違いでなければ、店員側から求めるものじゃないはずだ。」
「絢爛豪華な大きな街でもそんなことあるんだね?お客さんも少ない訳じゃないみたいだったんだけどね。」
「人々が暗い顔をしているのはその辺りが影響してるのかもな。」
「あぁ。その通りだ。この国の人々は今、貧しさに悶え苦しんでいる。」
知らない男に声をかけられた。身なりからしてこの男も旅人であろうか。この辺りにはあまり似つかわしくない。
「貴方は?」
「あぁ、すまない。わたしはルーン。放浪者をしている。見たところ君達もそうだろう?」
「はい。私達は今しがたここへ来たところですが、ルーンさんはここに来てから長いんですか?」
「まぁね。この国には魅力的なものも多いから、ついつい居座ってしまうんだ。立ち話もなんだ、あそこの店で少し座りながら話さないか?わたしが奢ろう。」
「……嬉しい申し出ではありますが。」
「ふむ。まぁ疑われても仕方がない。この辺りはあまり治安がいいとは言えないからね。」
「……どうして治安が悪いままなんでしょうか?王城があるということは統治している王がいるんだと思うのですが。」
「そうだ。この国には確かに王がいる。王はいるが仮に事件が起こった場合、対応するのは王ではなく騎士だ。騎士を動かすのは王であるが、今騎士団はそれどころではない。故のこの事態だ。」
「それどころではないっていうのは、どういうことですか?」
「騎士団は王の命令により戦争の準備を進めている。重税も軍事力のために使われているのだ。」
「戦争……ですか?ここ以外にも大きな国があるということなんですね。」
「あぁ……いや、そうだがそうではない。人と人の戦争ではなく人と龍と鬼、三種族の大戦争だ。今、鬼と龍が争っているが双方が疲弊したところを潰そうというハラなのだろう。」
「鬼と龍ですか……なるほど。それなら確かに人々は貧しくても文句を言えないわけですね。」
「それが正しいとは思わないが、君達も所詮は旅人だ。この国の良いところだけを見て回るといい。特に料理はこの国の自慢だからね。」
「はい。ありがとうございます。」
そうして話し終えて、解散しようとしたその時であった。会話のあとの束の間の余韻を叫び声が打ち砕いた。
「誰かそいつを捕まえておくれ!!泥棒だよ!」
咄嗟に声の方を向くと声の主と思われる小太りの女性と、こちらへ走ってくる赤黒い影が見えた。アルスがその影の目の前を塞ぐように立ちはだかったが、相手は減速するでもなく、むしろ加速しタックルでアルスを突き飛ばした。
「ニコル!」
アルスには目もくれず走り去る影を、アルスの声かけによってニコルが追いかけていく。アルスも立ち上がってその後に着いていった。
「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
「あぁ……怪我とかはないよ。」
「さっきのは……?」
「貧民街のやつさ。うちも裕福じゃないんだけどこんなことされちゃ商売にならないよ。」
「スラム?」
「旅人さん、ここも治安は良いとは言えないけど裏路地の先にあるスラムには行ってはいけないよ。あそこは無法地帯だからね。あそこに入ったら最後、ぼこぼこにされて身ぐるみ剥がされてごみ回収に出されるがオチさ。こっちは大丈夫だから早くお仲間さんを止めてきな。」
「はい。わかりました。お大事になさってくださいね。」
「ありがとう。」
ニコルは赤い影を追いかけ追いかけ、スラムへと行き着いた。犯人は小さな子供へ盗んだものを渡して奥へと入っていく。ニコルは少し遅れて着いてくるアルスを案内し、スラムの中へ入っていく時にその説明もした。
「ここまで着いてくるたぁ、命知らずだな。あんた。」
「……! お前……。」
アルスは赤黒い影の姿を正面から見て驚いた。それは人ではなかったのだ。赤い肌に二本の角。長く太い尻尾には黒いトゲが幾つか付いている。
それは両手に長い頑丈そうな木の棒をもっていた。
「アァ!?なに見てんだ。」
「……人間ではないんだな。」
「チッ……だからなんだよ。これだから人間は嫌いなんだ。自分が一番優れた種族だと信じて疑わない。」
「いや、そういうわけじゃない。驚いただけだ。すまない。気を悪くさせるつもりはなかったんだ。」
「うるせぇ。お前はこれから消し炭になるんだ。お前が謝ろうがなんだろうが許さねぇ。せいぜい苦しんで死ね!」
アルスは油断していたわけではないが、警戒していたわけでもなかった。その木の棒で殴りかかってくるだろうというぐらいの気持ちではいた。
「『炎芸・火吹男』」
アルスはまさか魔技が飛んでくるとは思ってはいなかった。




