二十四話
安全な場所へと移動を済ませたルヴィナはレヴィアタンへ向き合った。
ルヴィナへレヴィアタンからの威圧感が強く襲いかかる。
その威圧感の向こう側に幾つかの、幾つもの感情が渦巻いている。言葉にならない声。文字に起こせない音。
これは恐怖。これは畏怖。これは尊敬。これは憧憬。これは……嫉妬。
レヴィアタンから発せられるそれがルヴィナの心を痛め付ける。
その有り様を見ていたガディッドは急いでアルスの元へと駆けつけた。急いで、といってもルヴィナの位置からアルス達のいる洞穴まではかなりの距離がある。
ルヴィナが深海まで潜り戻ってきた時、レヴィアタンを連れてきた時に、逃げながらであったことと安全な位置を求めてさらにかなり遠くに移動したが故に仕方がないことではあるが。
レヴィアタンと対峙するルヴィナの横に一匹の猫が現れた。ニコルである。
ニコルはすぐさま臨戦態勢に入ったが、ルヴィナがそれを制止した。
「ネコちゃん!一体いつから……ううん。それはいいんだけど、ごめん、ネコちゃん。手を出さないで。」
ニコルには理解が出来ない。自分や仲間の命を脅かす敵性存在を前にしてなぜ戦ってはいけないのか?
ルヴィナがニコルを止めたのは武士道とか騎士道とかそういった類いのものではない。ルヴィナにはレヴィアタンからの声が聴こえている。それを聴いて尚、レヴィアタンを倒そうと思えなかったのだ。
このレヴィアタンとの戦いは殺しあいではない。向こうはそんなつもりもないだろうが、ルヴィナは苦しんでいるレヴィアタンの解放を、介抱をしてあげたかった。
それはルヴィナの優しさであり弱さであり悪いところである。ルヴィナはそれがルヴィナのエゴであり、それに巻き込まれるニコルやアルスにとっては迷惑であろうことは理解していても、目の前の苦しんでいる存在を無視してしまうことも出来なかった。それがルヴィナの良いところでもある。
だがそれも目の前の事しか見えていないが故の偽善なのかもしれない。
「アルスさん!ルヴィナさんが!」
「ルヴィナがどうした?」
「ルヴィナさんが……なんでか知らないけどレヴィアタンと戦ってるんだよ!早く助けにいかないと!」
「はぁ!?ルヴィナがなに考えてるのかボクにはわからないよ!」
「俺にもわからん。とりあえず急いで助太刀にいかないといけないな。まぁ……ニコルがいるから相手がどんだけ強かろうが死にはしないと思うが……。」
「そういう問題じゃないよ!」
「あぁ。わかってる。急ごう。ガディッド、案内頼めるか?」
「当たり前だよ!おいらはその為に来たんだからね。でもレヴィアタンはとても恐ろしいから気を付けてね。」
アルスにガディッドがルヴィナのことを伝えた頃には、ルヴィナとレヴィアタンの戦いはかなり苛烈になっていた。
ルヴィナはレヴィアタンの攻撃を紙一重で避け続けながら的確に矢を返していた。その矢は相手を倒すために打っているわけではない。ルヴィナが薫風に向けて射って避けられた矢。相手との意思疎通を図る為の意思の矢。技名は『伝達』。
(そういえば弓は腕の力ではなく心の意思の力で矢を飛ばすんだってガイアさんが言ってたっけ。)そんなことをルヴィナは考えていた。
その言葉が理解できるようになってから、その言葉を意識することはなかったけれど、ルヴィナの矢にはいつもルヴィナの心がこもっていた。優しさも。殺意も。
レヴィアタンのどんな攻撃であっても直撃すればひとたまりもないだろう。しかし直線的な攻撃であれば『流転』でおおよそ受け流せる。
ただし、受け流しても無傷ではない上に、相手の攻撃一つ一つに魔技を使って対応し尚且つルヴィナはルヴィナで『伝達』を使わないといけない。
故にルヴィナの体力も魔力も消耗が激しかった。元々ルヴィナは体力自慢ではないし、弓という武器が一回一回攻撃に体力を使う。本来は盾となる味方がいて防御や回避にスタミナを割かないでいれるのだが今はそうもいかない。
そこがとてもルヴィナにとって苦しかった。
だから攻撃を避けきれずに直撃したこともなにも不思議ではなかった。
レヴィアタンの噛みつきをバックステップで回避した直後にそのまま尻尾の横薙ぎに巻き込まれた。
大きく吹き飛ぶ体。揺れる景色。詰まる息。
動けないルヴィナにレヴィアタンの追撃が来る。
避けられない。
ルヴィナは被弾を覚悟したが、レヴィアタンの攻撃は飛び回る稲光に阻まれた。
「ネコ……ちゃん……!」
レヴィアタンは怒りで標的をニコルへと定めた。そもそもルヴィナからはダメージを受けることはなかった。レヴィアタンからすれば優先すべき対象は当然ニコルになる。
ルヴィナが落ち着くまでニコルとレヴィアタンの攻防が続いた。ニコルはルヴィナの気持ちを汲もうと考え直接的に攻撃はしなかった。ただ防御行動の全てに電気を使うため、攻防一体になってしまってはいた。
ルヴィナも立て直すと、すぐ戦線に復帰した。ルヴィナの望む勝利はルヴィナが戦わないと達成できない。
そこからしばらく二匹と一人の戦いは続いた。ニコルが弾除けとして存在してくれているだけで大きな助けとなることがわかった。もしニコルがここにいなければ、ルヴィナはどうなっていただろうか。
ルヴィナはこの戦いを通して一人での戦いと相手を倒さない戦いの苦しさ、そして仲間の大切さを思い知ることになった。
長い戦いになった。体感的なものも事実上の長さも、とてもとても長い戦いであった。直接的に敵を倒すわけではないので終わりが見えない戦いであると同時に、本当にこのまま続けて望む形で勝利ができるのか、今やっていることは全部無駄で徒労に終わるのではないか。
長引けば長引くほどにその不安は大きくなった。
しかしルヴィナは折れなかった。途中までこの作戦でやってきたのを諦めることは今までの戦いの否定になる。そういう意地も勿論あったがそれ以上に、レヴィアタンのことが心配であった。
なぜそんなにレヴィアタンが苦しんでいるのかはわからない。わからないが、ルヴィナはレヴィアタンの声を間近で聞いているためそれを見捨てるなんてことが到底できなかったのだ。
そうして長引いた戦いの先。
「『隠牙の凰鳳』!!」
紫の炎を纏った大きな鳥がレヴィアタンに襲いかかり始めた。ルヴィナはすぐに状況を理解し、その紫炎の鳥を撃ち落とすために『螺旋』を使った。
こんなことに魔技を使っている余裕なんてないのだが、一度では落ちなかったので、二度三度撃つ羽目になった。
「ルヴィナ!!何するんだよぅ!」
「邪魔しないで!」
ただでさえ余裕がないのに仲間に邪魔されたのでは、たまったものではない。語調が強くなってしまうのも致し方ない。
飛んできた紫の炎の鳥はアルスと薫風の合体魔技だった。
ルヴィナは相手を倒したいわけではないのだから当然邪魔でしかない。
「邪魔って……ボク達はルヴィナを助けに来たんだよ!?」
「どうしてここが……。カオル、悪いけど手は出さないで。」
「なんで!?ルヴィナもネコ助もボロボロなのに見過ごせないよ!」
「見過ごせないなら攻撃せずに私を守って!」
「……??? 意味わかんないよ!」
「薫風、言うことを聞こう。ルヴィナ!後で説明してもらうからな!」
そこから四人での攻防が始まった。ルヴィナの魔力消費は抑えられたものの、ルヴィナの魔力がなくなりかけている事も事実で、ルヴィナは『伝達』を使い続けるのにも限界を感じつつあった。
魔力が枯渇気味になるにつれて意識が薄れていく。そうなるにつれて『伝達』の効果も少しずつ薄くなっていく。
それでも膝をつけない。つかない。
薫風の魔技はどれも防御にとても便利なものだ。薫風自身が望んでそういう力を得たのかは別にして、『一陣の戦斧』は物理攻撃ならおおよそ撃ち負けないし、『狙撃の突風』なら間接攻撃を弾くことができる。それ以外でも薫風自身が意図して使ってはないが『風向の循環』の応用で危険予知をしていたりする。
薫風はとても優秀な補助担当である。ルヴィナにはとても真似できない。
ニコルが参戦してから、薫風達が来てから、ルヴィナの戦いは楽になっていった。それは間違いない。
だからルヴィナはレヴィアタンのためだけではなく仲間達の為にも意地でも負けられなくなっていった。
戦いの最中ルヴィナはあることに気付いた。疲弊するのは自分達だけではないはずである、ということである。
マザーのように機械であったならそれも見込めなかったが相手はあくまでも生物に過ぎない。なら当然疲れもある。
冷静になって見ると相手の動きは明らかに鈍っている。生物的なフィジカルの差は大きいが、水棲生物を陸地にまで連れ出して戦ってることでもアドバンテージは得ていると言える。
前向きな気持ちが生まれたことでルヴィナは調子を多少取り戻した。調子を取り戻したことで『伝達』も調子が良くなった。
そして……。
ルヴィナの矢がレヴィアタンの後頭部に直撃した時、レヴィアタンの動きがゆっくりになって、そして止まった。
そしてレヴィアタンはすごすごと海に帰ろうとした。
「ま……まって!」
ルヴィナが呼び止めるとレヴィアタンは振り向いた。
「大丈夫なの……?貴方はどうしてそんなに苦しんでいたの?」
ルヴィナの問いかけに答えるでもなくレヴィアタンはただまっすぐにルヴィナを見つめていた。
「答えられないのかな?ボクみたいに喋ったり出来ない種族なのかも?」
「薫風のせいで当たり前に思ってたが動物は普通喋らないものだからな。」
「ボクが普通じゃないみたいに言わないでよ!ボク達が特別優れてるだけだよ!」
「あ……ごめんなさい……喋れます……。」
「喋れるなら色々聞きたいんだけど……。」
ルヴィナが質問するのを遮るようにレヴィアタンが叫び始める。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
話しかけようとしてもレヴィアタンには聞こえていないようだった。
「どうする?ルヴィナ?話を聞こうにもなにも聞けないよ。」
「……。」
ルヴィナは無言でレヴィアタンに近付き泣き叫ぶレヴィアタンにハグをした。鮫肌とまではいかないがレヴィアタンの肌はざらざらしている。レヴィアタンはとても冷たい身体をしていたが、それでも心臓が脈打っていることだけは伝わってくる。
「大丈夫だよ。落ち着いて。」
ルヴィナの優しい声にレヴィアタンは少しずつ落ち着いていった。
「それで、貴方は……レヴィアタン、でいいの?」
「うん。レヴィアでいいよ。」
「わかった。レヴィアはどうして暴れてたの?」
薫風が小声で言った「レヴィアだとルヴィナとかぶるね」というのは案の定スルーされた。
「レヴィは……レヴィアタンだけどレヴィアタンじゃないの。」
「どういうこと?」
「レヴィの中にはレヴィじゃない魔力がもうひとつあって、それがどんどん大きくなって……その魔力が抱えてた負の感情と、レヴィの持ってる孤独感とか寂寥感とかが合わさって抑えきれなくなりそうだったんだけど誰かがレヴィごと封印してくれてたの。」
「……あぁ……なるほど。」
海底で戦った謎の人物がレヴィアタンを封印していたのをアルス一行が解放してしまったのだろう。
「そしたら暖かいものが流れてきて、私を包み込んでくれたの。」
「ルヴィナの出してる水って温水だったんだね!」
「そうみたいね。」
「そうじゃないだろ……。」
「それでもやっぱり、レヴィの魔力は落ち着けなくて、レヴィの心はどんどん破壊衝動に侵食されちゃった……。ごめんなさい……。」
「でもそれはレヴィアが悪いんじゃないんでしょ?」
「ううん。レヴィが悪いの。感情は支配されても結局行動を起こしたのはレヴィだから……。意識はあったんだ。」
「今は大丈夫なの?」
「うん。レヴィの中のもう一つの魔力がどこかにいっちゃったみたい。」
「どこかにいった?」
「うん。多分吐き出しきったからじゃないかな。」
「また魔力が回復したら暴走しちゃうの?」
「ううん。多分だけどそんなことはないよ。そのもう一つの魔力がそもそも回復しないと思う……。そっちの魔力はレヴィのものじゃないから。」
「そうなの?」
「うん。 あっ……。」
「どうかした?」
「レヴィのせいでずっと雨降ってたんだね。」
レヴィアタンが言う通り大雨が降り続いていたし、海面もかなりの水位まで上がってきていた。レヴィアタンが今、雨を止ませた。
都合良く虹が架かったりはしない。
「でもレヴィアがいなかったらこの世界に雨は降らなかったよ。この世界にも世界の人々にもレヴィアは必要なんだよ。レヴィアは孤独なんかじゃない。人も魚人も皆レヴィアが望めば仲良くしてくれるよ。」
「本当に……?皆レヴィのこと怖がってるんでしょ?知ってるよ?」
「レヴィア。レヴィアは私が怖い?」
「……? 怖くないよ。怖がってるのは人達だよ。レヴィじゃない。」
「人達もレヴィアを怖がってるのはそうだと思う。でもそれはレヴィアのことをなにも知らないからだよ。レヴィアの力の部分しか人々は知らない。だからレヴィアが人々とわかり合わない事にはそれは変わらない。」
「うん。」
「でも、レヴィアは怖がられるかもしれない、忌避されるかもしれない、それを怖がってるでしょ。」
「……。 わからない。」
「私が間に入るから魚人や人間達と話してみましょう?」
「……うん。」
「じゃあおいらが魚人の皆を連れてくるから、少し待ってておくれよ!」
「ガディッドさん……?いつからいたんですか。」
「最初からだよ。アルスさん達を呼びに行ったのもおいらだからね。」
「そうなんですね。助かりました。ありがとう。」
「いいってことよ!それじゃ行ってくるよ!」
そうして一行はガディッドが連れてくるのを待つことにした。




