二十三話
「ねぇ、ルヴィナさんどこにいったか知らない?」
ルヴィナが洞穴からでてから数時間が経って、少女がアルスと薫風に尋ねる。
「結構前に外に出るって言って出ていったけど……。ルヴィナに何か用事?」
「用事ってほどじゃないよ。うちは見ての通り男所帯だからさ、ガールズトークでもしたいなーって思っただけ。」
「なるほどねぇ……。じゃあちょっとルヴィナに風を送ってみるよ。返信は来ないけど聞こえたら帰ってくると思うしさ。」
「あぁ、いや。そこまでしなくてもいいよ!」
「そう?」
「うん。それじゃあ、ちょっとアタシはスティングレイの様子を見てくるよ。」
「この大雨だよ……?良くないんじゃないかな。」
「雨だからだよ。いくら海水にも耐えられる装甲だって言っても金属部品は錆びるからね。」
少女はルヴィナと雑談を楽しみながらメンテナンスがしたかったのであろう。ルヴィナがいないとわかると少し残念そうに洞穴を出ていった。
その後しばらくして少女が慌てて戻ってきたことは言うまでもない。
「ねぇ!!スティングレイがないんだけど!!」
「えぇ!? なんで? どこに落としてきたの?」
「あんな大きいもの落とすわけないでしょ! 多分……ううん、絶対ルヴィナさんがどっかに持っていったんだよ。何か聞いてない?」
「ボク達はなにも聞いてないよ!でもなんでそんなこと……? スティングレイを大事にしてるのはルヴィナだってわかってるはずなのに……。」
「それは別にいいんだよ。いや良くはないけど、アタシはスティングレイよりルヴィナさんが心配だよ。」
「それなら心配ないだろう。ルヴィナにはニコルが着いてる。」
「ニコル君が?」
「ルヴィナが出ていってすぐにニコルにルヴィナに着いていくように頼んだからな。」
「そうなんだ……。……それは……どうして?」
「ルヴィナは他者に優しすぎる。……優しすぎて少し拗らせてるところもある。だから俺を頼ったりは絶対にしない。それは薫風でも変わらないだろう。そういうことだ。」
「……?」
アルスは口が上手くはない。上手くアルスとルヴィナの関係性を隠しながら、誰もが納得する言い回しを咄嗟に考えたりすることはとても苦手としていた。
故にアルスは下手な方便を用いて相手を丸め込むよりは素直に正直にいることの方が、アルス自身にとって良い結果が舞い込むことも理解している。
ルヴィナがアルスを頼らないのは勿論、因縁や私怨もあるが、ルヴィナはそれよりも物事の是非を尊重する人間であるからである。頼るべき局面では恥も外聞、安いプライドを捨ててでもルヴィナはアルスを頼ることを選ぶだろう。具体的には戦闘などがその最たる例と言える。
「アルスが言いたいのは、ルヴィナはニコルなら気兼ねなく頼れるってことじゃないかな。」
「ふーん?そんなに二人は仲が良いんだ?」
「仲が良いって言うか、なんだろうね。息が合うんじゃないかな。」
アルスを恨み続ける旅路の中で、見ず知らずの土地に於いて、本来ルヴィナはずっと孤独であるはずであった。だからこそルヴィナは最初からニコルにだけは心を開いていたのはあるだろう。
今は薫風に対してもそれは変わらないし、決してニコルが特別仲が良いということはないが、まだ仲間になったところである薫風に対して、幾ばくかの遠慮や疑心があってもなんら不思議ではない。
むしろアルスが特別なのだ。当たり前のことだが。
「でもアタシになにも言わずにスティングレイを使ってどこに行ったんだろう?」
「きっと使い方を教えてもらって試してみたくなったんだよ!やっぱり折角覚えたなら使いたくなるよね!」
「無断で? それはない……というかルヴィナさんはそんなに子供じゃないと思うよ。多分ただの散歩だったらアタシに断りをいれるぐらいのことはするよ。」
「そうかな……?」
スティングレイへの少女の想いの大きさはルヴィナも重々承知しているので、少女の見立ては正しい。
「だとしたらやっぱり深海に行ったって考えるのが自然だよね。ルヴィナが歩いていけるところに、わざわざ速いわけでもないスティングレイに乗って行く理由がないだろうし。」
「スティングレイが陸上で速くないのは仕方ないでしょ!水陸両用って言っても本質は潜水艦なんだから!!」
「ボクは別に遅いことに文句言ってないよ!」
「薫風、ルヴィナに風を届けることは出来ないのか?」
「ムリだよ……やるだけやるけど、ルヴィナがスティングレイに乗ってるなら密閉空間になるから届けられないし、そうでなくても海中に届けるのは魔力量を増やさないといけない……。元々ほとんど無料みたいな魔技ではあるけど……海中だとボクの体長一人分毎に、二倍になるぐらいのコストが必要だからボクの全魔力使っても魚人達まで届くかどうかってぐらいだよ。」
薫風一人分……おおよそ1メートルほどであろう。それ毎に倍になる。消費量が1メートル毎に基礎値の二倍、三倍ではなく、1メートル毎に基礎値の二倍、四倍という意味である。(数式は省略)
それなのに魚人達まで届くかどうかのラインまでいけるぐらいには薫風の魔力の総量は多いのだろう。元々ほとんど無料みたいな魔技、というのも薫風基準での話であり実際はそんなことはない。
一応捕捉しておくと、やるだけやる のは水中にいないことを想定してやるだけやるということであり、やれる限りやるという意味ではない。
「ルヴィナがそんなに勝手なことをするとは思ってなかった。すまない。」
「勝手なこと、か。確かにそうなんだろうけどさ。アルスさんはルヴィナさんともっと向き合うべきだと思うな。」
「……。」
「ルヴィナさんがさ。なんで一人でそうしたのかって、多分アルスさんや薫風君、ニコル君を自分自身の直感での判断に巻き込みたくなかったとかそういうことだと思うんだよ。ずっとイヤな予感がするって言ってはいたしさ?」
「そうだな……。」
「ルヴィナさんの行動は確かにアタシも間違ってると思うよ。アタシのスティングレイ関係なく、ね。皆に心配かけて、迷惑かけて。どうなったかもわからない。コンタクトも取れない。……でも、そこまで考え込んで一人ででも確認しなきゃ気が済まないことに対して、アルスさんがあまりにも無関心だったんじゃないかな?だからそういう行動に出るしかなかったんじゃないかな?」
アルスは色々言い返したくもなった。
『なにも知らないくせに。ルヴィナだってなにも言わないじゃないか。俺だけが悪い訳じゃないだろう。ルヴィナが考え込んでいることに対して俺が口を挟む権利などあるのだろうか。何か聞いたところで俺にはルヴィナは答えてくれないだろう。』
それを少女にぶつけて何になると言うのだろう。
そもそも少女はアルスを責めているわけではなく、これからのアルスの態度に対しての忠告の気持ちでいる面もあるのだろう。
そう思ってアルスはその全ての言葉を飲み込んだ。
「アルスだけじゃなくてボクも、もうちょっとルヴィナを気にかけるべきだったね……。とりあえず今はそのことよりルヴィナと逢って話をしないと。」
「ルヴィナさんが帰ってくるのを待つ以外に出来ることはあるのかな……。スティングレイはアタシの唯一無二の潜水艦。代わりになるものなんて存在しないよ。」
「薫風の風の力で海水を避けて海底に行くことは出来ないのか?海底の神殿は空気で覆われていただろう?」
「ムリムリ!留まってるエリアに強引に風を起こしてこじ開けるならまだしも、海を割いて海底に行くなんてことするのは、どんだけ魔力があっても足りないよ!」
「それなら定期的に風で呼吸できる空間を作ればいけないか?」
「風の力で海を強引に押し寄せて空間を作ってもそこは真空になるから入ったら全身切り刻まれるし、呼吸も出来ないよ。もっと言えば海底までに水圧で生身が耐えられないしね。」
真空で切り刻まれるというのはあまり正確な表現ではないが、特に大事なことではないのでスルーする。
ここで大事なのは薫風の力では海底まで行くことは出来ないこと、そして海底神殿での状態が如何に異常な状態であったかだけである。
海底神殿の状況を今の一行が魔力量などを無視して再現するならば、風の魔技で強引にスペースを作って、そこに水の魔技で水を水素と酸素に分離しそのスペースに入れれば真空ではない空間はできる。ただこれはルヴィナがいないと不可能なのでそれ以外となると、薫風が言ったように上からひたすら海を割って酸素を運べば可能ではある。あとは炎の魔技で海を蒸発させながら突き進むとかそういった類いのことになってくる。
あまり……というかあまりにも現実的ではない。
「そうか。いや、少し考えればわかることだったな……。」
「しっかりしてよね!残念だけどボク達が今出来ることはルヴィナが帰ってくるのを待つだけだよ。今焦ったって仕方ないからルヴィナの無事を祈ろう。」
「……そう……だな。」
一方その頃のルヴィナはコーラルーラルを横目に深海域へ差し掛かっていた。深海域は初めて来たときと変わらずルヴィナを歓迎してくれているようにも思えた。
しかし大きく変わっていることもあった。
一つは深海域の最奥、ルヴィナ達が謎の人物と戦ったその場所は完全に水に覆われていたこと。戦った相手が作り出したフィールドでその人物がいないのだから、それもそのはずである。
もう一つはルヴィナを呼ぶ声が今までよりも強く大きくなっていることだった。いや、実際にはルヴィナを呼んでいるわけではないのかもしれない。明確に『ルヴィナ』と呼ばれているわけではないし、その呼んでいる声というのは音でもない。ルヴィナの第六感か或いは魔力の波長というものか。なんにせよそういったフィーリングの類いでしかなかった。
声を頼りにルヴィナはスティングレイを動かした。ある程度近付いたところで声の発信源がどこだったかすぐにわかった。そしてその正体も恐らく考えるまでもないだろう。
スティングレイのライトに照らされて『それ』は白銀にキラキラと光輝いた。
それ。蛟。海蛇。海竜。a.k.aレヴィアタン。
「あなたが……呼んでいたんだね……。」
ルヴィナは小さく呟いた。勿論その声はスティングレイから外へはでないし、レヴィアタンに届くこともない。
近付けば近付くほどレヴィアタンから届く声が大きくなり、ルヴィナはとても悲しくなった。
痛み。苦しみ。憂い。
数々の感情を込められた言葉にならない呻きが、嘆きが、ルヴィナに心に響いてくる。
ルヴィナの頭は割れそうなほどに痛くなるほど悲しみに包まれた。
それでもルヴィナはレヴィアタンへと近付いていった。レヴィアタンがルヴィナを呼んだのにはなにか理由があるのだろう。その呼び声は助けを求める悲痛な叫びだったのかもしれない。
相手の視線を誘うように、スティングレイはゆらゆらと揺れた。すると、レヴァアタンはスティングレイに気付いたらしくルヴィナの方へと向き直る。
そしてその大口を開けて今にもスティングレイを食らわんとしていた。それをすんでのところで回避をし、ルヴィナは水面へ向けてスティングレイを飛ばした。
レヴィアタンの追撃を避けながら深海域を抜け、コーラルーラルを巻き込まないようにという意識をして、海面へと上っていく。
その姿をガディッドは見ていた。そしてガディッドは泡を食いながらもも、レヴィアタンに見付からないようにこっそりと後を着けていった。
レヴィアタンの追撃はルヴィナにも恐ろしかった。ただの噛みつきだけではない。ルヴィナも想像していたことではあるが水の魔技に長けているらしく、渦であったり水流であったりと水中ではかなり自在に、そして多角的に攻撃が襲いかかってきた。
慣れない上にそこまで融通の効かないスティングレイの操縦ではあるがそれでもルヴィナは精一杯攻撃を回避し続けながら深海を抜け海面へと向かっていく。
ルヴィナはしっかり回避しながら進んできたはずであったが、水によって流されてきた石の礫によってスティングレイはぼこぼこと嫌な音を立てていた。
それでもルヴィナはなんとか海を抜け陸地へとたどり着いた。そこからルヴィナはレヴィアタンを誘導していく。
レヴィアタンは水棲生物であるにも関わらず、当然のように地を這い、スティングレイを降りたルヴィナを追ってきたので、ルヴィナは少し安心した。
勝手に借りてきたスティングレイを、これ以上は傷付けたくはなかったからである。
逃げ回るルヴィナを追いかけるレヴィアタン。
こっそり着いてきたガディッドはどういう状態かわからなかったが、ルヴィナが一人でレヴィアタンと対峙している事実だけがそこにあり、それはとても危ないこともわかっていた。
ガディッドは急いでアルス達の元へと向かった。




