二十一話
暗い曇天の空を掻き分けて、薫風はニコルを乗せて上へと到達はした。しかし、大雨とニコルの重さでかなり疲弊したことは間違いない。
「はぁ……しんどいや……。ネコ助、悪いけど少し休もう。」
薫風の提案にニコルも乗ることにした。ニコルを乗せる必要がなくなったのでこの先は幾分か楽ができるはずではあるが、戦いにならないとも限らない。
「そうだ。ネコ助が大きくなってボクを乗せて運んでよ。」
その発言はニコルにスルーされた。
「なんだよー……。ボクだって頑張ったんだからすこし休ませてくれたっていいだろー?」
薫風の言葉にニコルを首を降る。休ませることには文句はないが、大きくなって乗せるというのは到底無理な話であった。以前に説明した話ではあるが、無理というのは重さの問題ではなく、ニコルが大きくなるために使う魔技『猫』はその身に落雷を落とし、その電気を以て蓄電体質のニコルが膨らむというものであるので、その状態のニコルに触ること自体が危険行為であるということ。そしてこの豪雨でずぶ濡れの空気でニコルが『猫』を正常に使えるかどうかと定かではなかった。
ニコルにはそれの説明のしようもないのだが。
少しの時間休み、息を整えた薫風は『風向の循環』で辺りを探った。少女の言う通り、町から少し離れたところに大きめの洞穴があることがわかった。
薫風はそこへ向かう前に、声を届けようかと考えたりもしたが、風の魔技に馴染みのないこの世界の人間にそれをすることの危険性を鑑みて止めることにした。
そしてその洞穴の前へと辿り着いたのだが、洞穴の前に立っている人間の男はいやに殺気立っていた。
薫風とニコルを見るや否や腰にさげていた曲剣を抜いた。まるでネズミ一匹通さないという意気込みであったかのようにも見えた。
「……。」
その程度で怯む薫風ではないし、恐らく普通にやりあっても負けはしないが、この状況はよろしくないことは薫風にもわかる。こちらは頼み事をしに来ているのだ。
「待って待って!話し合おうよ!」
「……!?」
相手からすればいきなり鳥が話しかけてきたのだから驚くのは当然の事である。
薫風の交渉スキルはE程度である。ルヴィナでCぐらい。アルスはFぐらいだろうか。アルス一行の交渉は基本的に成功していない。
「話が通じるならここに来ないでもらえると助かる。アニキは今……少し前から……恐らく未来永劫、機嫌が悪いんだ。」
「何かあったの?」
「他人に話すようなことじゃない。」
ぶっきらぼうに返す相手に、薫風は不服であったがアルスとルヴィナのためを思えばそれも我慢できた。
「……これを見て欲しいんだけど……。」
薫風が見せるが早いか、相手は前のめりな反応を見せた。
「これをどこで!?どこから盗ってきたんだ!?」
「な……なんだよ!失礼だな!盗ってきてなんかないよ!」
「あ、あぁ……すまない。どこで拾った?」
「拾ったわけでもないよ。女の子から借りたんだよ。これがその子からの手紙。」
その手紙を受け取り、読んだ相手は血相を変えて薫風に向き直す。
「すまない、お客人。俺はアニキにこの手紙を見せてくる。だから少しだけ待っていてくれ。」
「うん!」
「雨の当たらない程度には入ってもらってもいいが、他の奴らに見付かると面倒になるから、奥には入らないでくれ。」
「わかったよ。」
少しすると、洞穴の奥の方から怒声が聞こえてきた。しかし、何を言っているかまではわからない。
それからしばらくして、先程の男が帰ってきた。
「遅くなってしまって申し訳ない。とりあえず君達の事も、君達の要求も全て信用に足るものであるとして、受けることにした。」
「本当に!?」
「あぁ。ただ、ここにお嬢の服はあるし、男の衣服なら問題なくあるが、女性用の衣服というのはここにはない。だから少し時間をもらう必要があるが……構わないか?」
「それは仕方ないね。どれぐらいかかりそう?あんまり遅くなるなら先にその事を伝えにいくけど。」
「そうだな。衣服だけじゃなく食料などもいるだろう。そうなると一時間程度はかかるかもしれない。」
「一時間かぁ……微妙な時間だね。ここで大人しく待ってるよ。」
「そうか。わかった。出来るだけ急いで戻る。」
そう言って男は街へと駆けていった。
「いやーネコ助。話のわかる人達でよかったね!」
「にゃぁー。」
ニコルが何を言ったのかはわからないが、とりあえず同意してくれたのだろう、と薫風は判断した。
「あ、そうだ……。すっかり忘れてたけど別に直接アルス達に会いに行かなくても連絡はとれるんだった……。」
薫風は風に声を乗せて運ぶことができる。ただし、この魔技には大きな弱点がある。それは、密閉空間には声を届けられないということだった。
ダクトだろうと、煙突だろうと、(遮蔽物の有無は関係なく)通気孔があれば声を届けることができるが、完全に密閉された部屋には届けることができない。スティングレイは潜水艦なので当然、穴なんて開いてはいなかった。
それでもダメ元で送ることはできるので薫風は送るだけ送ることにした。
「『雁渡の受渡』!」
「アルスー聞こえる~?聞こえたら返事してー?返事しても聞こえないんだけどねー。」
とりあえず現況を報告はした。それがアルス達に聞こえたかどうかはわからない。ニコルはこのように薫風が言葉を送るのを見るのは二回目だが、返事が来ない大きな一人言はやはり発信側から見るとシュールなものである。
伝え終わったあと、後ろから声をかけられた。その声はしゃがれていて、そしてとても酒臭かった。
「おい……お前ら!」
「うわっ!くさっ! なんだよぅ!」
薫風が振り返るとそこにいたのは、ぼさぼさの頭に無精髭のやや太りぎみな大柄の男であった。目は赤く充血しており、ひどいクマもあった。
「あぁ……。驚かせるつもりはなかったんだ。」
そう言う男は軽く両手を上にあげて見せた。男意図としてはハンズアップなのだが、二匹の動物にとってその行為は威嚇行為だ。尤も二人はとても理性的なのでその辺りは気にしないことが出来るが。
「お前達が……お嬢を探してくれたのか?」
「お嬢……?あぁ……探した訳じゃないよ!見付かっただけ!」
「わしはお嬢はもう亡くなったもんだと思っとった。いなくなってから探し続けたがいくら探しても見付からなかった。」
「ずーっと潜水艦で潜ってたんだって言ってたよ。」
「あぁそうだ。お嬢が潜水艦で沈んですぐのことだった、大時化が来てわしらは撤退を余儀なくされた。」
とても悲しそうな顔で言うその人を、見捨てたなどと詰ることなど誰にも出来ようもなかった。
「わしを含め何人かは残ると主張したが……怖じ気づいたものもいた。わしらの元船長の言葉だが……人の命を天秤にかけてはいけない。だからわしらは……わしらは……。」
「大丈夫だよ、『お嬢』さんは生きてる。元気してたよ。」
「あぁ。そうなんだな……。」
『お嬢』がいなくなってから、彼は日がな一日酒に溺れ、泣き続け、悪夢にうなされ眠れない日々を暮らしていたのだ。
「立ち話もなんだ。中へ入れや。狭いし散らかってるがな。」
「ありがとう。行こう、ネコ助。」
男に着いていって、ニコルと薫風は洞穴を進んでいった。中は外観からは想像できないほど入り組んでおり、至るところから人の気配がした。
「あぁそうだ。名乗ってなかったな。わしの名前は白波。まぁ覚えなくてもいい。皆からはアニキって呼ばれてる。し、まぁそう呼びたければ呼んでくれても構わん。」
覚えなくてもいい。
「アニキ!その……大丈夫なんですか!?」
白波が歩いている様を見て一人の男が、その白波へと問い掛ける。白波の元々の様子を考えれば無理からぬ話である。
「あぁ。大丈夫だ。そんなことよりお嬢が見付かったらしい。この事を全員に報告してくれ。」
「……! 本当ですか!?」
「わしはそんな、相手を期待させるような嘘は大嫌いだ。もし嘘だったら……こいつらの首だけじゃ済まさねぇ。」
そう言うと白波は薫風とニコルを睨み付ける。薫風達は知らないが彼らは海賊でありその頭目ともなれば、迫力も威圧感もある。しかし薫風もニコルもそれに怯むタマではなかった。
「大丈夫だよ!ボク達は嘘なんかついてないからさ!」
「しゃ……喋った……!?オウムか……?」
「失礼だなぁ。ちゃんと意志疎通とれるよ!」
「おい。こいつらはわしの客人だ。あまり無礼を働くなよ。」
「わかりました、アニキ。……ごめんな。」
「大丈夫だよ!」
そんな他愛のない会話をしてる間に最奥の部屋まで辿り着いた。
「すまんな。取り敢えずなんか飲むか? 焼酎でもウイスキーでもワインでもなんでもあるぞ。」
「全部お酒じゃん!」
「がっはっはっ! 冗談だ。子供にはまだ早かったな。」
「そうだそうだ!ボクにはまだ早いよ。」
「アニキ。これを。」
「ん……おう。」
子分が持ってきたタオルとホットミルクを白波は薫風とニコルに渡した。ニコル用のものは平皿に、薫風のはカップに入っていた。
「これなら大丈夫だろ。鳥が飲みやすいような器がわからんかったからそれに入ってるが……飲めるか?」
「うん!大丈夫! ありがとう!」
「全部飲みきらなくてもいいから飲みたいだけ飲んでくれや。」
それから(ニコルを除いた)二人はお互いのことを話していた。薫風とニコルについて、アルスやルヴィナ、異世界について。白波やその子分達、そしてお嬢について。薫風と白波の人間性(一匹鳥だが)は驚くほどに合致した。薫風のノリの良さが海賊の気質と合うのだろう。
買い出しにいった子分が戻ってくるまでに二人はすっかり仲良くなっていた。
「アニキ。戻りました。」
「おう。ずいぶん沢山買ってきたんだな。」
「女性用の衣服の勝手がわからなかったもので……。すみません。」
「いや、いい。責めちゃいねぇ。恩人への謝礼の一部だと思えば安いもんだ。下がっていいぞ。」
「わかりました。他のクルー達にお嬢のことは……。」
「伝えてある。入り口の番も別のやつに頼んであるから、お前は少し休め。お前はいつも少し働きすぎだぞ。もっと気楽にしろ。」
「……しかし……。」
「しかし、じゃねぇ。お前の悪い癖だ。ON、OFF切り替えられねぇといつか電池切れを起こすぞ。そんとき困るのはわし達だ。わしは面倒は嫌いだ。わかるな?」
「……わかりました。失礼します。」
面倒が嫌いだから、というのは方便だ。白波なりの優しさだ。それを子分もわかっている。
「ずいぶん待たせちまったな。」
「うぅん。全然!沢山おしゃべりできて楽しかったよ!」
「お前さんはそうかもしれないが、お嬢やお仲間さんは待ちくたびれちまってるかもしれねぇだろう? 仲間なんだ。そこにいない時もその仲間への思い遣りを忘れちゃいけねぇ。わかるか?」
「……そうだね!アニキさんも仲間想いなんだね!」
「当たり前だろう?海賊っていうのはそういうもんだ。」
「そうなの?賊ってなんか、利益を求めて略奪行為を行う非情な集団だと思ってたよ!」
「お……おう……。海賊であるわしにそれを直接言われるとフクザツだがな……。だがわしらはその辺の弱小海賊共とは違う。」
「そうなの?」
「あぁ、そうだ。わしらは海賊から奪い取って『大事そうなやつは』持ち主に返してるからな。」
「大事そうなやつ『は』……?」
「持ち主がわからないものだってあるだろう。食品とか酒とか……酒とかな。」
「……なるほどね。わからないんじゃ仕方ないね!」
「おうとも!わからないんだから仕方ねぇ。どんだけ高級なビンテージワインだろうが、酒の肴の缶詰だろうがな!がっはっはっ!」
「わっはっはっ!」
「海賊ってやつはな。仲間意識が強くなきゃいけねぇ。何故かわかるか?」
「うぅん。わかんない。」
「狭い船の上でひどい仲間割れが起こったらどうなる?逃げ場もなくお互いがお互いを斬り合い……そうなった末はどう転んでも悲しいものだ。」
「それは……そうだね。」
「だからわし達は結束力を第一としてるし、報酬の取り分も仲良く分けることを心情としている。」
「報酬って……?」
「わし達は依頼を受けて奪還任務を受けることもよくあるんだ。むしろそれで食べてると言ってもいい。だからその報酬だな。」
「義賊みたいだね!」
「義賊は権力者や金持ちから奪うが、わし達はそういうわけではないし、偽善を掲げるつもりもないがな。……わしらのやってることは間違いなく犯罪行為だよ。正当性もない。だが、義侠心だけは必要だと思ってるがな。」
「かっこいいー!ボクも真似してみたい!」
「がっはっはっ! そうだろうそうだろう!お前さんもこの海賊団に来るか? お前さんの仲間も含めて皆歓迎するぞ!」
「わっはっはっ! ボク達はやることあるからダメだよ!それに、ボクも仲間への思い遣りは忘れないって決めたからね!」
「おうとも。それでこそわし達の仲間になる資格があるってもんだ!いつでもわし達に会いに来てくれていいからな!離れていてもわし達はもう仲間だ。」
「うん!」
「さて、お前さんの大事な仲間が待っているんだ。早く届けてやれ。」
「ありがとう!」
そうして薫風とニコルは白波から預かった手紙と、食料や衣服を持って大事な仲間の待つスティングレイへ戻っていった。




