十九話
戦いが始まってから三十分ほど経っただろうか。依然戦況は好転しないまま、アルス一行は魔力の消耗によりもう多くは魔技を打つことが出来なくなりつつあった。
それに対して相手の余裕はなんだろう。相手が攻勢に出てきているわけではないのは承知しているが、回避や防御に魔力を割いている都合上、四人懸かりで仕掛けてまだ余力があるというのは、もはや化け物染みて見えた。
「『閃変万火』!」
「……それも、もう見飽きたなぁ。」
相手を崩そうと斬ってもびくともしないほどの防御と、不利な姿勢からでも強引に持ち直せる回避などの移動能力。相手の厄介なところはその二つの能力がずば抜けて高いことと、その二つの能力を十分活かせるだけの状況判断の速度であった。
アルス一行は手の内をおおよそ全て晒してしまっていて、そうなると相手の対処も容易になっていくことは自明の理である。全て見せきったわけではないが現状使えないものもある。
「……はぁ……はぁ。くそっ……。」
「ただでさえ魔技がワンパターンなお兄さんが、疲労で頭が回らなくなって攻撃の単調さに拍車を掛けてるよ。」
「……単調で悪かったな。」
「別に。お兄さんが弱いほどぼくとしては大助かりさ。」
「……そうだな。」
「……アルス!好き勝手言われて悔しくないの?ボクは悔しいよ!」
「お兄さんは現実を見てるんだよ。ぼくには勝てないっていう現実をね。……トリ君はさ、悔しいとか言える立場なの?自分で枷までつけて、その結果、今現在大敗を喫しようとしてるわけだけど、それはトリ君の責任でもあるんじゃない?」
「……。」
薫風は相手の言う『枷』の有無に関係なく、恐らく劣勢か敗北であっただろうと認識していた。ただそれを口にすることは薫風には出来なかった。まだ、負けてはいない。……まだ。
「関係ないな。薫風がどうだろうと、俺が弱かろうと。……勝てばいい。それが全てだ。」
「なんだ。現実を見るの止めたの?逃げるなら止めないよ?」
「仲間が諦めないって言ってるんだ。俺だけ逃げたいなんて言ってられないだろ。」
「トリ君以外の二人の意見は聞かないんだ?ネコ君もお姉さんもお兄さんよりももっと早い段階で勝てないって理解してたと思うけど。」
「そうかもな。」
「……色々言われてるから言わせて貰うけれど、少なくとも私が見てる現実は、逃げないカオルとそれを見捨てられないコイツが戦うって判断してる以上は私にも退路がないってことだけだよ。」
「追わないって言ってるんだけどなぁ。」
「私には私の都合があるんだよ。」
「そう?でもお兄さん、本調子じゃないでしょ?体力がどうのってこと以前にさ。」
「……なんのことだ。」
「気付いてないの?それとも気付いてない振りかな?」
「……。」
「はっきり言ってあげようか。炎の魔技を使う上でこんな深海まで来て、フルパワーで戦うなんて無理なんだよ。火というものの絶対条件として、酸素と温度と可燃物が必要なことぐらいわかるでしょ。まぁ……それでもここまで炎の魔技を使えてるだけでもただ者じゃないような気もするけど、でもぼくに勝てるほどじゃない。」
「コイツが本調子じゃないことぐらい、私はずっと一緒に戦ってきたんだからわかってるよ。それでもコイツは退かない。」
「お姉さんはお兄さんが間違ってると思わないの?」
「間違ってるでしょうね。というか、間違ってても別に構わないよ。」
「理非を考えないその勇気を蛮勇と言うんだけど。お姉さんはもう少し冷静なのかと思ってたけど違うみたい?」
「冷静かどうかを判断するのは私自身じゃないから、その質問を私に投げられても困るけどね……。ただここで私達が退いたところで、またここに来る以外に出来ることはないんだよ。雨が降らないことも深刻化してきてるから時間的に猶予も沢山あるわけじゃないしさ。だったら今決めるしかないじゃない。」
「冷静じゃなさそうだね。……まぁいいか。もういいかな……。」
「……?」
「ぼくも暇って訳じゃなくてね。こうしてる間にも色々問題は起こってるんだよ。」
「それは俺達だって同じことだ。」
「うん、そうだろうね。だからもう終わりにしようかなって。」
「何をする気だ?」
アルスの問い掛けを無視し相手は剣を抜いた。使うまでもない、そう言っていた剣でありアルスにとっても特別な雰囲気がする異様な剣だった。それを抜いたかと思えば辺り一面炎で包まれた。
「さよなら。お兄さん、お姉さん。君達がここを生き残れたらぼくの敗けでいいよ。」
「おい!待て!」
アルスの呼び止める声も聞かず相手は闇の中へ消えた。それはネムレスがアルス一行を別の世界へと移動させる時のそれと同じ様な魔技であることは一目でわかった。
「あいつはなんだったんだ……!」
「アルス!そんなことよりこの炎をどうにかしないとこのまま焼け焦げちゃうよ!」
「わかってるが……。」
アルスはルヴィナに少し視線を動かした。大火に包まれたこの場を乗りきるにはルヴィナの水の魔技が最適であると考えたためである。だが、ルヴィナのこれまでの魔技に水そのものを使うものはなかった。強いて言えば『泡沫』がそうであるが当然この局面においては使い物にならない。
「ルヴィナ!助けてよ!」
「助けろって言われたって……。」
「こんな時こそ魔術だよ!」
「魔術……?」
「魔技に魔力を込めて詠唱するんだよ!」
「何言ってるのかわからない……!カオル、今はふざけてる場合じゃないんだよ!」
「ふざけてないよ!!」
薫風の話を聞くに、どうやら既存の魔技を使うタイミングで追加の魔力と詠唱を入れれば魔術へと変えられるらしい。
魔力を込めることはともかくとして、詠唱というものがどういうものなのかルヴィナには理解できなかった。
なのでルヴィナはウィルに、魔術というものの存在と詠唱というものの意味を訊いた。
ウィルが応えるには、魔技を魔術に変える上で程度や範囲を指示するために詠唱が必要であることはわかった。
ただ、制御の難易度からも実戦向きではなく、戦闘中に使うことはほぼ使えない代物であることも知らされた。
「其の力、大渦となりて、我らを包み込み、解き放て。」
「……! アルス!ネコ助!こっち来て!」
「『流転』!」
「ボクらを守って!『慈悲の烈風』!」
ルヴィナの魔技によってかなり大規模な渦潮が発生した。薫風は魔力の高まりの異常さに気付き、即座にアルスとニコルに呼び掛けて巨大な風の壁を作だした。それにより、その渦の危険から一行を守ることが出来た。当然一行を覆っていた大火も無事消すことが出来た。
そしてルヴィナが生み出した大渦の水は神殿の方へと流れていった。
「ルヴィナ!薫風が守ってくれたから良かったが……。」
ゴゴゴゴゴ……
アルスがルヴィナを責めようとしたその時、地鳴りのようなものが聞こえた。しかしここに鳴るような大地はない。
となると音の原因は……。
神殿の最奥から大水が流れてきた。最初こそルヴィナの魔技による水が壁に当たって返ってきたのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。その事に気付くのに、それほど時間は用さなかった。
なぜならその水の勢いはルヴィナのそれの比ではないほどに強かったからである。
一行は一目散に逃げ出した。このままでは良くて溺死、最悪の場合押し寄せる波とここを覆う海による圧死といったところだろうか。
ここまでアルス達を連れてきた海賊の少女のもとまで走り抜けた。
「すまないが、すぐにスティングレイを出してくれ。」
「長い間置いていかれたと思ったら、走って帰ってきて、いきなり何!? レヴィアタンはどうなったの!?」
「説明はあとでするから……頼むから急いでくれ!」
「わ……わかったよ……。」
アルスに急かされて少女はスティングレイを起動した。スティングレイは海面に戻るように舵をきった。スティングレイを操縦しながら少女が問い掛ける。
「それで、何があったのさ?」
「なんていうか……敵がいてな。苦戦した。」
「レヴィアタンと戦ったの!?」
「いや、そうじゃない。レヴィアタンの所へ向かう手前辺りで一人の人間が待ち伏せしていた。」
「人間……?あり得ないでしょ。ここらにはスティングレイを除いて潜水艦のひとつもないのに、人間がこんなとこまで来るわけないじゃん。それに、スティングレイは唯一無二の最高傑作だよ?そんな簡単に作れるもんでもないしさ。」
「わからない……俺たちは何も……わからない。」
「それで?負けて逃げ帰ってきたの?」
「……そう……かもな。」
「そうじゃないよ!逃げ帰ったのは相手の方!ボク達は勝ったの!」
「アルスさん達以外には誰もここには来てないよ?」
「相手は異世界に逃げたんだよ!」
「異世界ねぇ。なら、お兄さん達と同郷ってこと?」
「ボクは同郷じゃないけど……?」
「俺達も多分違うな。同じ世界の全ての人間と関係性があるわけじゃないから断言は出来ないが……。」
「薫風君とアルスさんは違う世界なんだよね。じゃあニコル君の世界かな?」
「……それはわからないらしい。ニコルの世界はとても広くて五億平方キロメートルぐらいあるらしい。……国、言語も一つに定まらず地域単位で民族というものも異なるらしいな。」
「はぁ?そんな広いわけないでしょ。流石にニコル君に騙されてるよ。」
「……。」
他愛ない会話の最中にも暗い表情を浮かべているルヴィナを見て、少女は薫風に小声で問い掛ける。
「ねぇ、ルヴィナさんの様子がずっと良くないのは気のせい?」
「気のせいじゃない……けど、仕方ないことなんだ。」
「何があったの?」
「敵の置き土産でボクらの周りを炎が覆ったときに、ルヴィナが消してくれたんだけど、そのときに力加減が出来なくてボクたちまで巻き込まれそうだったから、ルヴィナはそれを気にしてるんだ。」
「不可抗力じゃないの?」
「ボクらがそう思ってもルヴィナが納得できないみたいだから……。」
ルヴィナが気にしていることはアルスの叱責も原因としてある。アルスに責められるまでもなくルヴィナは仲間を巻き込んだことを重く受け止めていた。それ故にアルスの態度もなにも間違っていないことも重々承知していて、アルスに文句の一つも言えない自分自身が腹立たしくもあった。
「ねぇルヴィナ!一緒に外を見ようよ!銀色の魚がいっぱい泳いでてキレイだよ!」
「ごめんね……そんな気分じゃない。今は少し休ませて。」
「う……うん。そうだよね……。」
「ルヴィナさん。毛布あるから使っていいよ。」
「ありがとう。少し寝るね。」
そう言ってルヴィナは毛布にくるまって顔を隠した。寝ると言いはしたがルヴィナはとても寝れる心境にはなかった。 ルヴィナはただ音を遮断して考えに耽りたかった。
ルヴィナの聞こえないところで三人の会話は続く。
「アルスがルヴィナを責めたからルヴィナが考え込んじゃってるんじゃないの?」
「……そうかもしれんが、俺達が危なかったことも事実だ。それはルヴィナには理解してもらわないと困るのは俺達だ。」
「だからってあんまり強く言う必要はないじゃん。ルヴィナが居なけりゃ今頃丸焦げだよ?」
「それとこれとは話が別だ。俺だってルヴィナが居ること自体は戦闘面でも助かってる。だが、薫風が居なければ俺とニコルはルヴィナによって今頃水圧でぺしゃんこだったんだ。ルヴィナが居なければ、薫風が居なければっていうのはたらればに過ぎない。」
「むぅ……アルスとルヴィナってたまに本当に仲が良いのかわからなくなるよ。二人が楽しそうに話してるところってほとんど見ない……見たことないかも?」
「……。……そうだな。俺がこんな性格だからだろう。」
「アルス。性格に対して『こんな性格』って一括りにしちゃダメだよ。性格なんて一言で言い表せるもんじゃないんだしさ。アルスのやってることは円錐形を片面から見て丸いものって言ってるようなもんだよ。」
「その例えは意味がわからないが言いたいことはわかる。だが俺は俺だ。」
「アルスはアルスなら、ルヴィナはルヴィナでしょ!アルスが何も言わなくても、ルヴィナはボクたちが危ない目に遭ったことを理解してたし、悪いと思ってたよ。」
「……。そうかもしれないな。」
「アルスさん。アタシは起こったことをこの目で見たわけじゃないけどさ。薫風君はアルスさんの事もルヴィナさんの事も好きなんだと思うんだ。だから、アルスさんも考えすぎないようにね?」
「あ……あぁ。そうだな……ありがとう。」
暗い空気を抱えたままスティングレイは海面まで上がっていった。




