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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第四章 降り止まない雨はないけれど
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十八話

 不思議な笑みを浮かべる相手を見て、アルスも不思議な感覚に陥っていた。


「やってみなきゃわからない、ね。確かにまぁ、そこのネコ君はまともな実力持ってるみたいだし、ネコ君とぼくの差によっては覆るかもね。」

「ネコ助以外は眼中にないってこと!?それは聞き捨てならないよ!」

「ふぅん……。じゃあ聞くけどさ?トリ君のその足のそれ。何?なめてるの?」

「……! これは……その……。君には関係ないだろ!」

「まぁ確かに関係ないね。でも図星でしょ?それに、その事をお兄さんやお姉さんに言ってないみたいだし?(いき)がるのも大概にしなよ。」

「……。」


 アルスやルヴィナには相手に薫風が何を言われたのかあまり理解は出来なかったが、薫風が脚に着けているアンクレットには何かがあるらしいことだけはわかった。


「お前が何を言ってるのかは確かにわからない。だが仲間を傷付けることは俺は許さない。それが言葉だろうと暴力だろうとな。」

「お兄さん達もそんな秘密があるようなトリ君を仲間として引き入れて大丈夫?仲間内で隠し事なんて御法度であるべきだと思うけど?ましてや人間でもないんだし人情や心理が同じとも限らないんだよ?」

「薫風が意図的に言わないことを俺は聞こうとは思わない。誰にでも隠しているのなら隠しているなりに理由があって、嘘を吐いているのなら嘘を吐く理由があるんだ。隠し事をしているとしても隠す理由があるのなら、見て見ぬふりをすることも仲間としての俺なりの誠意だ。」

「……なるほど。お兄さんも隠し事をしているクチだね?仲良しこよしやってる風に見えて、その実真っ黒で。それで仲間だなんて嘯けるんだから滑稽だね。」

「俺はそんな安い挑発には乗らない。お前は何なんだ。こんなところで……何をしている?いや、何をしていた?」


「お兄さん達こそ自分達が何をしているのか、何をしてきたのか理解してるの?」

「俺達は人間を救うために、問題を解決するためにここに来た。水がどんどんなくなってきているのは、ここにいるはずのレヴィアタンとなにか関係があるのではないかと思ったからだ。」

「外はそんなことになってるのかぁ……。そうだね。水がなくなっていってる原因としてはレヴィアタンというよりぼくが原因だろうね。」

「……。どうしたら水を元に戻してくれるんだ?」

「それは無理な相談かな。水がなくなっていくことは副作用でしかなくてね。ぼくの目的のためには必要なことなんだよ。」

「その目的とはなんだ?」

「今は言えないかな。ぼくにも都合があるしね。」


 相手の発言を聞いてアルスはやむなく剣を抜いた。ルヴィナと薫風もそれに呼応するように構えた。ニコルだけは最初からずっと臨戦態勢であった。


「そっちの剣は使わないのかい?」

「お前には関係のない話だ。」


 アルスには『そっちの剣』を使う理由がない。それは当然のことでアルスにとっては魔技を打てない不出来なお飾りの剣でしかない。


「まぁその剣を使ったとしてもぼくが剣を抜くまでもないぐらいだよ。お兄さんが抜かないなら尚更だね。」

「御託はいい。剣抜くまでもないのなら抜かないままやられろ。」

「お兄さんは強がってるけど周り見えてる?ねぇお姉さん?」

「……なに?私も貴方と話す気はあまりないのだけど。」


「連れないなぁ。それはそうと、お姉さん。人に向けて弓構えたことある?」

「あるよ。これでも騎士だったからね。」

「じゃあ人に向けて魔技を使ったことがないんだね。まぁ二人とも見るからに魔技初心者って感じだし、仕方ないかもしれないけどさ。そんな震える手で狙いが定まるのかな?」

「……あなたを斃すくらい訳ないよ。」

「お姉さんはさ。お兄さんと違って殺さない方法を考えてる。だから殺すことに関しては出来ても魔技を使って手加減出来るかどうか不安……ってとこかな?はっきり言うよ。全力でやってもお姉さん程度じゃぼくに傷ひとつ付けることが出来るかどうかってぐらいだよ。」

「仮にそうであったとして、貴方がわざわざ私達を挑発するのはどういう理屈?私なら手加減させて斃した方が楽だと考えるけど?」

「そうかもね。でもそれもまたお互い様だよね。お姉さんもぼくが油断している間にさっさと殺ればいい話だよね?」

「……話してもキリがないようね。」

「そうかい。残念だよ。諦めて帰って欲しかったんだけど。」


「貴方が貴方の正当性を立証すれば私達はすぐにでも立ち去るけど、貴方が自分の事をなにも話さないからそうなっているんでしょう?」

「ぼくはぼくで話せない理由があるからね。まぁいいさ、弓を構えなよ。」


 と、相手が言うが早いかニコルは襲いかかっていた。アルスもルヴィナも薫風も、その行動は予測していなかったが、そんな意外な行動にも相手は怯まず何もなかったの様にいなしてみせた。

 ニコルの攻撃を回避した直後、一瞬風の音がしたかと思うと、相手は地面を強く蹴って飛ぶように低空をアルスに向けて突き進む。

 咄嗟にアルスは剣を振り下ろしたが相手は斜め上へと回転をしながら飛び上がりそのままアルスを思い切り蹴り飛ばした。


「今のはボクの『一陣の戦斧(トマホーク)』と同じもの……!やっぱり風使いなんだね!」


 地面を蹴って飛び込んできた技もアルスを蹴り飛ばした技も、広義では薫風の『一陣の戦斧(トマホーク)』と同じ魔技で、薫風がやっぱりと言ったのはこの神殿が風で覆われていたことに起因する。

 そこで一つの疑問が頭に浮かぶ。


「ねぇアルス!ボク達が勝ってあの子を殺してしまったらまずいんじゃないの!?」

「……そうだ。だから殺しはしない。だが手加減もしない。手加減して勝てるほど甘い相手じゃない。」

「アルス……そうかもしれないけど……!ううん、そうだね!最悪の場合……間違って殺しちゃった場合はボクに任せていいから思う存分やっちゃってよ!」

「最悪の場合ねぇ。トリ君は随分ぼくの事をなめてるんだね。」


 背後からの声に薫風は驚きつつ急速に振り向いたが、そこに相手の姿はなかった。


「カオル!上!」


 高所から落ちてくる踵落としをルヴィナの声を受けた薫風が回避した。そして先程まで薫風がいた所へアルスの『閃変万火』とルヴィナの『螺旋(へリックス)』が飛んでいったが

手応えはなかった。

 相手の速度はアルス達が想定していたよりもずっとずっと速かった。目で追えても身体が追い付かない。そういう感覚をニコル以外は覚えていた。

 ニコルのみが反応できたのはニコル自身の身体能力だけではなく、ニコルが雷の魔力を感じ取っていたからである。瞬間移動にも近い相手の動きはニコルの『(はつ)』と同じものであることをニコルは理解した。

 少し離れた位置へ止まる相手をニコルが捕捉し、『(そう)』で斬りかかったが、突如現れた大岩に阻まれた。反撃が飛んでくることを察してニコルはすぐさま退避した。


「風だけじゃないの!?本当に何者なんだよ!」

「ニコルによれば雷も使うと言ってる。」

「なんでもアリってこと!?」

「……なんでもアリってことでしょ!炎でも水でも別のものでも飛んでくる覚悟はしときなさい!」


 ネムレスは一人が使える魔技の属性は二つが上限でそれ以上はないと言っていた気がする。ルヴィナの頭を一瞬そんなことが過ったが今はそれどころではないと思い直した。

 それはそうとして、相手の思惑がわからないことに対してのもやもやはあった。戦っている内に相手の強さをルヴィナは感じ取ってしまった。その結果相手の言葉に嘘偽りはなく勝ちの目がないことも気付いたのだ。

 だが退くこともできない。


 アルスが燃える剣を以て斬りかかる。いとも容易く避けられそこに追撃した全ての魔技も成果を得られなかった。


「どうして反撃してこないの?」


 ルヴィナの疑問は口を衝いて出た。相手が使ってきた魔技で意図的にこちらを攻撃したのは最初の風を纏った蹴りぐらいで、それすらも薫風の『一陣の戦斧(トマホーク)』と同じくダメージ自体はほとんどないものであった。回避の過程で攻撃対象を蹴飛ばしたりすることはあっても、相手からはあまりこちらを殺ろうという意思を感じられなかった。


「じゃあ聞くけどさ。」


 そう話し始めた相手は、気付くとルヴィナの背後にいた。


「今、ぼくがお姉さんを攻撃してたら対処できた?出来ないでしょ。」

「……すぐ終わっても面白くないから楽しんでるだけってこと?」

「ぼくとしてはお姉さん達が諦めて帰ってくれるならそれでいいけど。」

「殺してしまえば済む話でしょ?」

「……お姉さんのさ、そういうとこ。ぼくあんまり好きじゃないな。自分は死ぬ覚悟が出来てるけれど相手は殺したくないみたいな綺麗事。」

「私は別に敵に好かれようなんて思っちゃいないよ。」

「……そうだよね。かわいくないなぁ。」

「……。」


 そんな会話を交わしてる隙にニコルはまた飛び掛かっていた。相手と実力差があることを理解してるのはルヴィナだけではないのだ。卑怯といえばそうなのかもしれないが、形振(なりふ)り構ってられないほどにアルス達一行に余裕はなかった。

 その相手に対して行った不意打ちも軽く対処されてしまった。その後の追撃も、そこからの展開もよろしくなかった。

 アルス達の全ての攻撃が常に後一歩届かないのだ。


 ルヴィナは何かがおかしいと感じていた。はたしてこれは現実なのかすら疑いもした。しかし、手応えも痛みも紛れもなく現実であり、ルヴィナは尚更混乱しつつあった。

 命懸けの戦いに身を投じながらも考え事をすることは集中出来ていないと批判する声もルヴィナの過去にはあったが、ルヴィナは元々騎士団の部隊長で目の前の戦いをこなしながら全体を広く見る能力に長けていた。薫風やアルスはそれとは逆で、目の前の戦いに十二分に集中することで自身のスペックを120%発揮するタイプであり、そこに差こそあれど優劣はない。


「どんだけ強くても、一人では限界があることを教えてあげるよ!いくよネコ助!」


 薫風の呼び掛けにニコルが反応し、身を翻し薫風の足元まで飛び込んだ。


電光の一矢(スパーキングアロゥ)!」


 薫風が風を力を使ってニコルを力強く蹴り飛ばした。それと同じタイミングでニコルが薫風を利用して『発』を使うことでかなりの速度でかなりの威力の弾丸となったニコルを射出した。言うまでもないような相応のデメリット当然がある。

 事実、相手としては意外な一手であった。虚を衝いたその一撃は想像よりもずっとずっと速く回避など到底出来るものではなく、相手に大きなダメージを与える……はずであった。

 人間の反応速度では反応できない速度だった。ましてや相手は油断もしていたし、普通よりもさらに反応は遅れていたはずだった。防御することすら厳しかった状況下で、防御すらされずに回避されたことは薫風とニコルにとって大きな誤算であった。


「うわっ びっくりした……。はははっ確かに一人では仲間を蹴飛ばすなんてコトできないよね!」

「なんで当たらないのさ!ボクとネコ助の必殺技なんだよ!」

「あんなの当たったら弾け飛ぶよ。ぼくだって不死身じゃないんだから。」

「そうじゃなくて!」

「薫風。言うだけ無駄だ。まともな問答なんて敵に期待するな。」

「だって当たらないなんてことあるはずないよ!おかしいよ!」

「自分の常識で測らない方がいいんじゃないかな。ぼくはぼくでトリ君はトリ君だよ。それにネコ君はなんで当たらないかなんて、もう気づいてるんじゃない?」

「そうなの!?」


 確かにニコルは当たらない理由に勘づいてはいた。ただそれを仲間に伝えたところで何にもならないことも理解していた。当たらなくすることが出来るわけではないからだ。

 だが、一応アルスに対して説明をし、それをアルスが仲間へ伝える。


 前述の通り相手が使っている魔技の属性の一つに雷が存在する。人間の行動は、かなりざっくり言うと電気信号によって行われる。(膜電位がどうのこうの。)

 なので、理論上は目で見たものを脳で処理するまでの速度を、脳で処理したものを行動に移すまでの速度を、雷の魔技で加速させれば通常ではあり得ないほどの反応速度での行動が行える。


 ニコルは気づいてはいないが、自身に電気を付与する魔技というのは相応の負担が体にかかるため、そんなにほいほい使える魔技ではない。そこまでの理解に至っていればニコルはこの事を伝えたであろう。伝えていれば消耗戦に持ちかけることも視野に入ったかもしれない。(それで勝てるかどうかは別にして。)

 ただ、ニコルが気づかなかったことも無理はない。なぜならニコルも同じ魔技を考えていたから。そしてニコルは蓄電体質故に、その魔技によってダメージを受けることがないのだから。


「もう終わり?諦めて帰らない?これが最後の警告だけど……どうする?」

「なんで撤退を薦める?何を考えているんだ?」

「……別に。お兄さん達との戦いに飽きてきただけだよ。魔技もほぼ全種類出しきったでしょ。」

「……あぁ。少なくとも俺は全部出したな。」

「お兄さんの魔技は単純でいいね。とても素直だ。でも……とても悲しい魔技だ。」

「悲しい?」

「うん。いや、お姉さん程じゃないけどね。お兄さんの紫炎(しえん)からお兄さんの真面目さと意思の強さと……葛藤を感じる。」

「……そうか。」

「不純な目的でここに来たわけじゃないことくらい、ぼくでもわかる。だからね、諦めてくれないかなってね。」

「ボク達としては不純な目的じゃないってわかってるなら、どいてほしいんだけどな!!」

「ははは……そりゃそうだ。でもぼくがここにいる理由も不純じゃないんだよね!」



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