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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第四章 降り止まない雨はないけれど
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十七話

 スティングレイはより深く、深く潜っていった。日の射さない深海域では、とても見通しが悪かったがライトも完備されたスティングレイであればそれも苦にはならなかった。

 それよりもなによりも、目の前に広がるとても綺麗な光景は、ルヴィナの抱えていた一抹の不安さえも消し飛ばしてしまうほど素晴らしいものであった。薫風からしてみれば水族館に来たようなものである。


「見て見て!アルス!煮こごりが泳いでるよ!」

「そんなわけないだろ。煮こごりは泳がないんだから表現としては漂っているといった方が正しい。」

「いや、アルスさん。ツッコむとこそこなの?煮こごりじゃなくてクラゲだよ。」


 薫風にとって海というものは新鮮で、好奇心が抑えられないのが見てとれた。アルスもルヴィナも(薫風ほどじゃないにせよ)楽しんでいたし、薫風の挙動に関しても二人よりもわかりやすくアウトプットが出来ているだけで、なんら文句もなかった。


「あの光ってるのは何?」

「あぁあれは、ターコイズオクトパスだよ。」


 タコ is octopus


「ターコイズオクトパスって言うんだね!言われてみると確かに宝石みたいな色だね!」

「そうでしょ?生でも茹でても揚げてもおいしいんだよ。」

「え……あれを食べるの?私にはちょっと想像できないかなぁ。」

「食わず嫌いはよくないよ。まぁルヴィナさんにとって馴染みがないものだと敬遠したくなるのもわかるけどね。」

「敬遠するのはー経験がないからーオーイェー。」

「ふふっ……なにそれ。」

「くんぷうは さながらさすらう ばーどだぜ(五七五)。」

「まぁ、確かに薫風は(バード)だな。」

「ちがう!(バード)じゃなくて吟遊詩人(バード)!」

「さっきのカオルは吟遊詩人というよりロックじゃなかった?」

「細かいことはいいんだよ!二人には風情ってものがないの?」

「カオルに言われることじゃないと思うんだけど……。」


 そんな無駄話をしてる間に、かなり深いところまで潜ってきた。そこで外を見ていた薫風が叫んだ。


「あれはなに!?」


 また何かの動物を見付けたのだろうと周りはあまり大事には思っていなかったが、いざ見てみるとそれはかなり異質なものだった。無理に例えて言うのであれば海底遺跡、海底神殿、そういった類いのものであり、そしてそれにアルスとルヴィナとニコルは見覚えがあった。所々異なるところこそあれど、三人が思っているものとおおよそ同じであった。


「あれは……『神殿』じゃないか!?」

「え?アルス知ってるの?」

「あ……あぁ。あれと同じようなものが俺達の世界にもあるんだ……。」


 アルス達の世界の植物達が暮らすエリア『植民地』。その最奥にあった神殿に酷似していた。その神殿を目にした三人はサフィーナのことを思い出していた。忘れられはしないけど思い出したくはないことを。


「すごい偶然だね!ボクの世界にも探せば有るかな?」

「偶然……?これは本当に偶然なのかな……。」

「ルヴィナ。考えすぎだ。わからないことに関して考えすぎると抜け出せなくなるぞ。」


 アルスの言うことは尤もで、言われずとも理解もできているが、それをアルスに諭されることはルヴィナにとって許せなかった。神殿を見てサフィーナを思い出したのはルヴィナだけではないことをアルスの発言でルヴィナは察したし、だならこそアルスの発言は、サフィーナから意識を逸らさせるための誘導であるように聞こえた。

 正しいとか間違ってるとかはさておいて、ルヴィナにとってそれはタブーであったが、ルヴィナも決して平静さを失ったりしなかった。薫風には二人の関係性は伏せてあることもあって、ルヴィナは何も言わなかった。言えなかった。


「どうする?あれに向かっていったらいい?」

「あぁ、頼む。」

「ねぇアルス。あれ、なんか変な感じしない?」

「変な感じ?具体的にどういう……?」

「うーん……近付けばわかるかも。」

「わかった。とりあえず近付いてもらえるか?」

「りょーかい。」


 スティングレイが近付くにつれて薫風の言っている意味が少し理解できた。遠目ではわからなかったがその神殿はとてつもなく大きいこと、そして何故かわからないがその神殿の回りは気泡のようなもので覆われていた。


「私達の世界の神殿とは似てるけど大きさが大分違ったね。」

「あぁ、そうだな。だがおかしくないか?そんなに遠くにあるものがこの真っ暗闇にも等しい深海でスティングレイのライトがあるとは言え見えるはずがないだろう。」

「朧気に光ってるのかな……もしくは……。」

「もしくは、なにー?」

「……ううん。気にしないで。あの泡みたいなの、なにかな?」

「それだ!ボクが感じてた変な感じ。こんな深海なのに風の魔力を感じるんだよ!」

「風の魔力?薫風くんはそんなものがわかるの?」

「魔技使いは自分と同じ属性の魔力を感知できるんだよね!」

「私はできないけど……。」

「俺も……できないな。ニコルは出来るみたいだが。」

「えぇ!?裏切りだ!」

「そんだけカオルが優秀ってことでしょ。」

「優秀……。そう!ボクは優秀だからそんなことも出来ちゃうんだよね!」


「それで、風の魔力があると何なの?アタシにはよくわからないんだけど……。」

「ボクの予想だけど、風の魔力を使ってあの神殿の周囲から水を外に押し出してるんだと思う。」

「そりゃまた何で?というか、そんなことが出来るならスティングレイでもあそこまで行けはしないんじゃない?」

「ただまっすぐ突っ込んだら間違いなく阻まれると思うけど、ギリギリまで近付けてくれればボクがなんとかするよ!」

「信じて大丈夫……?なんかとても不安なんだけど。大事なスティングレイに傷が付こうもんなら、アタシ達全員揃って海の藻屑になるよ?」

「カオルを信じてあげて。やるといったらやる子だから。」


 そう言うルヴィナの発言に対してアルスは無言で頷いた。アルスもルヴィナも薫風の事を完全に信じている……というわけではない。ただ、ルヴィナとしては普段ふざけてはいてもあまり自信家とは言えない薫風が、自主的になんとかすると言ったことを尊重したかった。アルスもそういうルヴィナの意向も汲みたかった。


「そうそう、ボクに任せておきなよ!」

「わかった。頼んだよ……!」


 三人がそういうのだからきっと大丈夫なのだろう。少女にとって魔技関連のことは専門外も専門外。全くもって理解の外。少なくとも少女視点では『魔技の専門家』が大丈夫だというのだから大丈夫なんだろうという考えであった。そもそも少女自身の不安も、魔技というものを知らないからそう思うだけかもしれないという考えになっていた。

 薫風の言う通りに、神殿を覆う気泡のギリギリまで近付けた。薫風の言うギリギリは少女が想定していたよりも遥かにギリギリではあったが、薫風曰く風の魔力の特性上、潜水艦越しに魔力を関与させることがとても難しいということであった。

 薫風の尽力のお陰もあってスティングレイは気泡の縁をくぐり抜け中まで入り込むことに成功した。薫風の見込み通り、内側から強い力で外に向けて水を押し出したかのように神殿は水のないエリアで覆われていた。勿論普通にそんなことをすればそこは真空状態であり、スティングレイも大破しかねないのだがなぜかそこは十分な酸素のある空気で満たされていた。

 そのことをスティングレイの機能で確認した一同は、スティングレイを降りて神殿へと向かいかけた。


「待って、貴女はここに残っていた方がいいと思う。」

「いきなり何を言いんだすんだよ!アタシはレヴィアタンが見たくて皆を乗せてここまで来たんだよ!?今さら残れってどういうことなのさ!」

「私が思うに、この風で覆われた空間を作り出した張本人がこの先にいるんだよね。そしてそれは……多分私達の敵になるんだよ。」

「レヴィアタンが敵になるかもしれないっていうのは先刻承知だったじゃないか!それを今更……!アタシを騙してここまで来させたのか?」

「そんなことをしたら帰れなくて困るのは私達だよ。」


 ルヴィナの返事は感情的になっている少女に反してあまりにも冷静で、そして真剣であった。その毅然としたルヴィナの態度に少女は、ルヴィナが悪意を持って留まるように言ったわけでないことは理解した。頭で理解はした……が、感情の面では納得できないし、利用されただけでリターンがないという感覚はぬぐえない。


「この先にいるのはおおよそ間違いなくレヴィアタンじゃない。だっておかしいでしょ?私達は水に関わる存在を求めて深海に来たのにそこに水がないエリアがあって、そこは意図的にそういう風にされているなんて。」

「この先にレヴィアタンがいるわけじゃないってこと?」

「ボク的にはレヴィアタンもいるけど、なにか別のもいるんだと思うよ。ルヴィナが言い出すまでなにも考えてなかったけど、ルヴィナが言ってることは正しいと思うな。」

「ここまで来て……収穫なしだなんて。かい……船乗りの名折れだよ……。」

「……いくら払えば納得してくれるんだ?」

「……そういう話じゃないんだよ。いや、勿論、一船乗(いちふなの)りとしての矜持の話をすればそれで間違っちゃないんだけど、アタシはお金で買えないものを求めてここまで来たんだ。」

「それはわかるし、悪いと思ってるけど……。」

「……冗談だよ。困らすようなこと言ってごめんね。」


 本心は冗談ではないが、聞き分けるしかないのだろうとして、少女は折れることを選んだ。少女自身がここで死ぬことになってよくてもアルスやルヴィナ達にとってそうなったら困るのは自明の理で。おそらくレヴィアタンだけであれば、なんとかなったのだろうが、現実はそうではなくて。


「でもさ、もし安全だったら奥まで連れ行ってよね。」


 そう言って笑う少女と約束を交わして、一行は神殿の奥へと突き進む。響く足音、湿った空気、薄暗い道そして誰も喋らない緊張感と広がる沈黙。そのどれもが不気味で不快で、なんだか笑ってしまうようなくすぐったい恐怖感に、耐えきれず薫風が(せき)を切った。


「ねぇねぇ!この先になにがいるんだろーね?」

「知らない。俺達はそれを確かめに行くんだろ?」

「うーん……アルスはさ。もっと冒険を楽しむべきだと思うよ!言ってることはその通りだと思うけど、もっとワクワクドキドキするような、心踊るような夢があったっていいじゃない!」

「遊びに来てるんじゃないんだぞ。ましてやこんな見通しの悪いところで敵を警戒するのは当然のことだ。」

「正論だけど正しいだけで楽しくないよ!手は抜かないし気も抜かないけど楽しんでもいいじゃん!」

「……。」


 薫風は限りなく享楽主義的であった。そんな空気ではない、空気を読めと言われる局面でこそ、薫風は明るく振る舞った。空気が読めないわけではなくそういう空気だからこそ、空気を読んで敢えてそうした。

 それが周りに疎まれると知りながらも、薫風はただひたすらに明るく明るく……。


 そうやって一行が向かった先に中庭があってその先に大きな部屋があった。その部屋の前に一人の人間がいた。そんな状況下ともなれば流石に薫風も気を引き締めた。


「やぁお兄さん達。はじめまして。」


 暗そうな外見に反して話しかけてきた声は明るく、若さを感じ取れた。パーカーのフードを目深に被っており顔はよく見えないが背格好からして少年か背が低めの女性であると誰の目にも見てとれる。だがアルスはそれよりも何よりも腰に提げている一振りの剣が気になった。


「はじめまして!こんなところで何してるの?」

「何してるのか、かぁ。それはお互い様かな?ぼくにはトリ君やネコ君がこんなところにいる方が違和感ありありだよ。」

「……その剣はなんだ。その……剣は……。」

「さぁ……ね。お兄さんこそ、良い剣持ってるじゃん?」

「……あぁ。そうだな。」


 せせら笑う相手の反応を見て、アルスはアルスの持っている剣のことを……アルスがマグナとの勝負で勝ち取った剣のことを、なにか知っていることを確信した。

 相手方が携えるその剣は、アルスの持っている剣と似ていると鞘越しにアルスは感じ取っていたが、相手もそう思ったからこそそういう風に返したのだろう。


「ボク達はこの先にいるレヴィアタンに会いに来たんだよ。」

「……まぁ、そりゃそうだよね。」

「こっちの目的は話した。そちらの目的を聞きたいんだが。目的如何によっては……。」

「斬る……かな?怖い怖い。でもそうだなぁお兄さん達四人じゃぼくには勝てないよ。」

「それはやってみなきゃわからないだろ?」



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