十一話
三人が準備を済ませ出掛けるのをツルは見送っていた。そして三人にこう告げた。
「二人とも無事で帰ってくるんじゃよ。勿論ニコルちゃんもね。」
「ありがとうございます。風神様のことは私達に任せてください。」
「全部終わったらまた顔を出します。」
「あぁ、わしらのことを気負いすぎないようにの。ムリでしたって帰ってきたっていいからの。」
「いってきます。」
それからかなりの時間が経った。雲より高いところ、それよりもさらに高いところを目指しているのだから覚悟はしていたのだが、それでも三人に少なくない疲労が溜まるのは必然であった。
そうして村の明かりがほとんど見えないぐらいの高さまで登ってきた時のことである。
「止まれ!」
上から声がして三人が見上げると、そこには二つの影があった。そしてそれはやはり薫風と旋風の二匹のフェザードであった。
「空を駆ける自由の翼!薫風グリーン!参上!」
「同じく旋風ブルー参上……。」
「五人揃って!薫風戦隊センプウジャー!」
「センプウジャー……。」
どう見ても二人である。
「ボク達の描くトリコロールの虜になるがいいさ!」
色合いはともかくとして、少なくなくとも一色足りない。
「……カオル、やってて恥ずかしくないのか?」
「えぇ!?何を言ってるんだよ!最高にカッコよく決めたとこなのに!」
「いや、もうツッコまない……。お前がいいならそれでいいよ。」
「恥ずかしくなって中途半端なのが一番恥ずかしいんだぞ!」
「……。」
「そこの二人(と猫)は……生きてたのか。何をしに来たんだ?」
「聞かなくてもわかるよ!ネコ助をボクにくれるんでしょ!」
「カオルは少し黙ってろ。」
「ネコちゃんはあげられないんだ。ごめんね?」
「わかってるよ!カオルに乗らないでくれ……収拾がつかない。」
「苦労してるんだな……。」
「違うよ!これはツムジなりの愛情表現ってやつだよ!」
「ふーん?そうなんだ?」
「はぁ……やめてくれ……ほんと……。」
「……苦労……してるんだな。」
「私達は私達を助けてくれた風神様に一言直接お礼を言いたくてここに来たの。通してくれないかな?」
「……だから生きてたのか。それはそれとして、言っていることがおかしい自覚はあるか?礼を言うのにこんな深夜に来ることはないだろう。それとも人間にはそんな常識もないのか?」
「上に登るまでの時間を見誤っただけだよ。もっとかかると思ったんだけどね。」
「嘘も方便ってやつか?下にある集落に行っていたなら、参拝の時間が決まっていることも知っているだろうし、なら所要時間という考え自体必要ないことも理解しているはずだよな?」
「ツムジ!なんでもかんでも疑うのはよくないよ!」
「はぁ……そうだな。じゃあそういうことにしてやるから、今は大人しく帰ってくれないか?」
「悪いが……そういうわけにはいかないな。」
「だろうな。構えろ薫風!あの世へ追い返すぜ!」
「ニ名様ごあんなーい♪」
アルスとルヴィナのそれぞれを目掛けて一直線に飛んでくる二本線。二人は自分を狙うそれを迎撃せんと攻撃をしたが、いとも容易くいなされてしまった。
旋風の持つ槍とアルスの剣がぶつかり音を立てた。ルヴィナの矢が幾度となく薫風に弾かれて飛ばされて消えた。隙をついたニコルの攻撃も薫風を貫くにはとても遠かった。
「あー!もう!邪魔だよネコ助!」
「カオル!無理すんなよ!」
「ボクの名前は薫風だよ!」
「余裕そうだな!」
「まっかせて☆」
「『泡沫』!」
「泡!?目障りだよ!飛んでけ!『一陣の戦斧』!」
薫風が泡を蹴り飛ばしたその瞬間。薫風の魔力は足先に集中している。そこに付け込むようにルヴィナは矢を放った。取って置きの一矢を。
「『螺旋』!」
「『グングニル』!」
「『狙撃の突風』!」
完全に薫風の虚を衝いた攻撃であった。だがしかしそれは旋風の投げた槍に阻まれた。槍を失った旋風をアルスとニコルが攻め立てたがそれも薫風の風の刃に防がれて、形勢はまた五分に戻ってしまった。理屈は不明だが旋風の投げた槍も手元に返ってきた。
「危ねぇだろ薫風!迂闊なことしてんじゃねぇ!」
「ツムジだって危険が危なかったじゃないか!おあいこでしょ!」
「物事には優先順位ってもんがあんだよ!」
「なにそれ!わかんない!……でも、楽しいね!」
「あぁ!楽しいな!」
薫風と旋風は調子づいたのか、連携がどんどん巧みになっていく。それぞれの個々の力も高まっていてアルスやルヴィナは対応するので精一杯だった。そこに活路を開いたのはやはりニコルであった。
『猫』を使って大きくなったニコルは薫風や旋風で抑えつけられない程の魔力を振るっていた。ルヴィナとの修行を経てニコルはさらに力をつけていたのもあって、ニコルの単騎に於ける性能は現状では過去にアルス達が戦ったどの個人、個体よりも強かった。
だがそれは個体をみた時の話であって、ニコル一匹ですべての戦闘が解決するかと言えば、全くもってその様なことはない。
ニコルの『猫』には大きなデメリットが存在していた。
まず一つ。ニコル自身の理性が少し失われること。これは普段理性で(無意識に)抑えられていた魔力、筋力を引き出すというメリットにもなり得るが、そのメリットも特訓次第で平時から出せるようにものでしかなく、その反面連携が行いにくくなるというデメリットがあまりにも大きかった。ただこのデメリットも特訓次第で多少制御出来るようにはなる。
もう一つ。ニコル自身に負担がかかること。連携が取りにくくなるが故にアルスやルヴィナは倒すべき相手に手を出すことが難しくなる。それは同時にニコルに依存しやすくなることであり、さすれば必然的にニコルの負担は大きくなる。というものに加えて、『猫』という魔技はニコル自身の蓄電体質を利用したものであるが、自身に雷をぶつける都合コストパフォーマンスがいいものではない。
『猫』によって魔力の基礎値、絶対量が増えても『猫』を使った状態に於ける高火力な魔技を使うためには消費も相応に大きくなるため、『猫』の発動コストは決して安くない。
ニコル自身が大きくなるということがルヴィナにとってやりにくさを増長していた。射線に入りやすくなることと視界を遮りやすいこと。それだけで『邪魔』というには十分な理由になった。
それを対処するのが連携であるがそれを妨害するかのようなニコル自身の精神状態。
これをもどかしいと言わずしてなんと言おう。
大立ち回りを繰り広げるニコルと薫風と旋風に遅れを取るまいと必死に食らい付いていくアルス。その四人の視界に、世界に、ルヴィナの姿はどこにもなかった。
だからこそルヴィナにとっては好都合であった。相手にされないからと不服に思うほどルヴィナは子供ではないし、ましてや戦いに身を置く上で、目の前の事に手一杯になることがどれ程危険であるか、それを理解できない幼さを思い知らせれば勝つのだから。
『猫』で大きくなったニコルの『爪』による攻撃と『旋』による防御を凌ぐので精一杯。その合間から飛んでくるアルスの猛攻も薫風旋風の連携で対処する。もはやそれが限界。
そうなれば二人が打つ手は一つしかない。前回もそれでやられたのだから……。
「ツムジ!」
「わかってる!」
二人が後方へ飛び上がる。そして『俺達流、烈風轟嵐牙』を使おうとしたその瞬間。そのコンマ数秒をルヴィナは待っていた。
二人が飛び上がったその少し上には雲があった。戦いに夢中になっていた二人はその事に何も違和感を覚えなかった。
だが、飛び上がった上に雲があるなんて有り得ないのだ。何故ならそこは地上より遥かに高く雲より高い所なのだから。
ルヴィナ一人ではただの雲であった。だがニコルが『猫』を使っているのなら話は別であった。常に身体の周りから放電をし続けている今のニコルであれば、『誘』を使って電気を引っ張ってこれる。それを利用すればルヴィナ単一でも『曇』を発動できる。
そして『曇』に気付かなかった二人はルヴィナの『螺旋』が明後日の方向へ飛んでいったことを、気にも留めずに片を付けようとした。
「『螺旋』!」
ルヴィナが放った第二矢は、真っ直ぐ薫風を目掛けて飛んでいった。風で防げないその矢を咄嗟に旋風の槍が弾いた、その瞬間に旋風の背後から何かが突き刺さった。
突き刺さったそれは雷の矢であった。前述の通り『曇』は『泡沫』のような性質を持っており『曇』に矢をぶつけることで角度を変えつつ威力を増した矢を射出できる。それに『泡沫』とは異なり電気ショックまでついてくる。
「ツムジ……!ツムジ!」
「……逃げろ薫風……逃げて嵐隊長に報告するんだ。」
「ボク……ううん。わかったよ、ツムジ。」
「泣きそうな顔をすんな……。これぐらいじゃ死にゃしねぇよ。」
「ツムジ……信じてるからね!ちゃんと生き残ってね!」
「CQ!CQ!」
「へっ……待たせたな……。」
「……まだやるつもりなのか?負傷したお前一人で俺達三人を相手取るのは無理があるだろう?」
「この程度の傷、屁でもねぇよ!」
「もうやめましょ?このまま戦えば貴方本当に死んじゃうよ?」
「……それがどうした?お前達に関係のある話じゃないだろ。それとも何か?敵に情けをかけるつもりなのか?」
「俺達は戦いに来たわけじゃない。」
「あぁ……そうだろうそうだろう。だがこっちはこっちで通すわけにはいかねぇんだ。」
「死ぬことになってもか?」
「門番の仕事は門を護ることであるように、俺達の仕事は問題の対処とその報告なもんでな。死ぬ恐怖からその役割を投げ出すぐらいなら、端っから尖兵なんか務めてないんだよ。」
「じゃあなんでもう一人の子を逃がしたの?」
「……両方やられたんじゃ報告できねぇだろうが。」
「一人だけ残って何が出来るの?今の貴方と戦ったところで足止めにも時間稼ぎにもならないよ?」
「二人してやらましたっておめおめと逃げ帰ったんじゃ示しがつかねぇだろうが。」
「そんなことのためなのか?」
「なんだと……?そんなこと……?」
「あぁ、実にくだらないな。命あっての物種だろう。死に急ぐなよ。」
「……お前達とはわかり合えないぜ。お前達がどう思おうと俺は退けねぇんだ。」
「それがプライドだとでも言いたげだけど、それはただの意地だよ。意地張ってないで少し落ち着いたら?」
「もう一人のフェザードのことはどうするんだ。生き残れって言われたんだろ。」
「生き残れないからあいつはそう言ったんだよ。」
「私達が貴方を斃すつもりならそうかもしれない。でもそうじゃないなら、そうじゃないから、貴方は生きる道もあるはずだよ。」
「俺達には俺達の生き様ってやつがあるんだよ。」
「生き様か。生き恥を晒したくないからって、その気もない敵に殺せってせがむのがお前の生き様か。なんとも無様なもんだ。死に様としても目も当てられないものだな。」
「……くそが……後悔しやがれ。」
そう言うと旋風はふらふらとふらつきながらもさらに上へと飛んでいった。
「まだ子供だな。」
「そうね。」
三人はまた上へ上へと登っていった。道中特になにもなかった。なにもないことが逆に不気味ですらあった。
薫風が伝達に飛んでいってどれくらいがたっただろうか?
旋風は結局どうなったんだろうか?
そんな疑問が頭に浮かんでは消えた。
そんな数分、数十分。円錐の大穴の崖の縁を回って回って
登った先。そこは想像だにしない景色だった。
なぜなら崖を登りきったそこから見えるものは少し歩けばたどり着けそうな地平線と幾つかの遠方で宙に浮かぶとても大きな球体だけだったのだから。
ルヴィナはおおよそを察した。この球体毎に人が住んでいるのだろう。この球体を星と呼ぶのならそれはそうなんだろう。
羽音が聞こえたので見上げたルヴィナの目に映ったのは、旋風よりも一回り以上大きな隻腕のフェザードだった。
ただ者じゃないことが一目でわかってしまうほどの威圧感があった。
「貴方が……嵐隊長さん?」
「そうだ。薫風と旋風が世話になった。」
「どこにいけば、風神様に会えるか教えてくれないか?」
「今は礼拝の時間ではない。それを承知で押し通そうとする理由は?」
「風神様に異常が発生してる可能性がある……その原因を究明するために来たんだ。」
「……着いてきてくれ。」
今いる星をしばらく歩くと小さな叢祠があった。その中には小さなオーブが置いてあった。そのオーブを覗くと何かが渦巻いて見えた。
「これが……『霊珠ーアトモ』ですか?」
「そう、そしてこれが風神様の形代。」
「形代?」
「当たり前の事だがこの霊珠そのものが風神様ではない。だがこの霊珠はただの玉でもない。」
そう言うと嵐は『霊珠ーアトモ』を取り出した。ルヴィナはそれを見ていると吸い込まれそうな不思議な感覚を覚えた。
「凝視するのは止めておいた方がいい。飲み込まれるぞ。」
ルヴィナは嵐に注意されて我に帰った。
「この霊珠が風神様の所在へと導いてくれる。目を閉じて身体が浮かぶ感覚を意識するんだ。」
そう言われて従うと身体が浮いているような気がする。気がするだけかもしれない。
ただ、目を開けていいと言われ目を開けたときには三人はさっきまで立っていたところとは別のところに立っていたことだけは事実として存在した。




