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いずれルビーかサファイアか  作者: いつき
第一章 深窓の令嬢
1/63

一話


一話だけ四話ぐらいの長さがありますが、二話からは一話辺り5000~7000文字ぐらいで書けたらなぁと思ってます。

 ルヴィナは小さい頃、双子の姉のサフィーナと母親のディアンナと三人で猫のニコルと共に暮らしていた。少し特別な家柄であったが為、苦労の絶えない日々であったが同時に笑いも絶えない家庭であった。

 三人の関係はとても円満であったが母親のことに関しては譲れないものがあったらしく、幼かった二人はしばしば喧嘩をしていた。


 しかし、そんな楽しかった日々はすぐに終わりを迎えた。ディアンナの死である。

 その頃には猫のニコルもいつの間にかいなくなっており、『危機を感じて逃げてしまったのか』とサフィーナは思っていた。


 そしてディアンナの葬儀のとき、ルヴィナは自分はもうサフィーナと一緒にはいれないことを思い知った。


 翌日の葬儀に来た人間はほんの数人でディアンナに関して特に何かを感じているようには一切見えなかった。そう、悲しんでもいない。

 ただ必要だからという一つの作業として処理されていた。悲しんでいるのは双子とその家系の面倒を見てきた一匹の妖精ぐらいだった。

 その葬儀の後、大人達がルヴィナの身元をどうするのかという話をしていたのをルヴィナは耳にしてしまった。

 今となってははっきりと内容を覚えてはいないが、少なくとも彼女にとって耳触りのよい物ではなかったことだけは確かである。

 ディアンナが亡くなった翌日に、邪魔者の処分を検討する醜い大人達。ルヴィナの目にはそう映ったし、その見解は間違ってもいなかった。


 もうどうせここにはいられないのだ。


 そう思いサフィーナにも何も告げず飛び出した。誰も気づいてなかったのかもしれない。気付いていても気にしなかったのかもしれない。

誰にも呼び止められることもなく、誰もいない川まで来た。

 その為に走ってきたつもりはなかったが、その川を見てルヴィナは決心をした。


 その時のルヴィナにはなにもなかった。

母親と双子の姉の二人との縁が1日で断たれ、少なくとも彼女の中では誰にも必要とされていない存在だった。

 ディアンナの死因を双子は知っていた。だから二人はもう一緒に居られないこともわかっていた。だからこそルヴィナは思い悩んだ。今でなくもっと早くこうしていればディアンナは死なずに済んだのかもしれないと。そしてそれは手遅れだった。

 彼女は彼女のせいでディアンナが死んだのだというところまで考え込み、そして流れる川に身投げした。


 昨日の雨のせいか普段よりも水位が高く、流れも早くなっていた川に流されてルヴィナは助かるはずはなかった。しかしそれも許されなかった。

 気が付いたときルヴィナは一人の女性に救出されていた。


「どうして助けたんですか……。」

「溺れてる子がいたら誰だって助けるだろう?」


 ルヴィナの言葉は疑問ではない。別に理由や理屈を聞きたかったわけではなかった。


「なんであんな所で溺れてたんだい?」

「……。」


 ルヴィナの飛び込んだ川は一般人には入れないところにある川である。ルヴィナの家系は一般人ではないし、勿論ルヴィナを救った彼女も一般人ではない。


「あんたディアンナにそっくりだね?サフィーナ、或いはルヴィナって子じゃないのかい?」

「……。」

「私はガイア。あんたの名前は?」

「……ルヴィナ……。」

「ルヴィナ、あんたディアンナの子だろう?なんで自殺なんかしようとしたんだい?」

「……。」


 自殺しようとしたとは言っていない。ただ状況証拠だけで想像に難くないことだった。本来誰も近付かないところで溺れるようなことはあり得えないのである。

 ガイアがルヴィナを発見したことは偶然ではない。ルヴィナは確かに誰にも呼び止められることもなく逃げてきたが、ガイアはルヴィナのことをディアンナに頼まれていたのでルヴィナをずっと探していたのである。


 ルヴィナは都合の悪いことは無視した。ルヴィナからすれば見ず知らずの人間であり、そんな人間に話すこともなければ、ましてや責められることなどなにもないと考えていた。


「まぁ正直なんでもいいさ。あんたが死なないでここにいて、これからも自殺するようなことがないなら、それで。」

「……私がどうしようと貴方には関係ないじゃないですか。」

「そうもいかないな。私はディアンナとの約束があるんでね。あんたを引き取るっていう約束が。」

「そんなこと知らないです。お母さんはもういませんから。もう……いません……から。」

「……ツラいなら泣いてもいいんだよ。」

「私は泣きません……。お母さんが亡くなった日に散々泣きました。そしてもう泣かないと決めました。」


 そう言うルヴィナの目は潤んでいた。


「そう……強いんだね。でも私はそれが正しいこととは思わない。泣くことは必ずしも悪いことじゃないだろう?」

「正しいとか間違ってるとか私にはわかりません。でも間違っていようとも私がそうしたいからそうするんです。」

「そうかい。……とりあえず!あんたの身柄は私が取る。今日からは私が家族だ。文句は言わせないよ。」

「……。」

「返事は?」

「……拒否権はないのですよね……。今日から奴隷生活……。」

「はぁ……奴隷じゃないよ。人聞きの悪いこと言わないでくれ。奴隷なんてものが必要なほど贅沢な暮らしはしてないよ。……さぁ、とりあえずご飯にしよう。あんたのことももっと知っておきたいし私のことももっと知ってほしいからね。よろしくね、ルヴィナ?」

「……よろしく……お願いします……。」


 そこまで話してルヴィナは結局泣いていた。その涙が悲しみなのか喜びなのか、或いは安堵なのかは今では本人にもわからないが、しかしそれがルヴィナの生涯において最後の涙だった。


 そうしてルヴィナはガイアに(すく)われて共に暮らしていた。そうして数年が経ち、ガイアはルヴィナに自分の腕輪を託し、騎士学校へと入学させた。その腕輪は特別なものであり、腕輪から弓や矢、或いは剣や槍などを『創り出す』事ができた。原理はガイアにもわかっていない。

 ルヴィナ(とサフィーナ)はディアンナに剣術を教わってはいたがガイアの指導もあってルヴィナは弓術を専攻した。

 ルヴィナの本音を言えば、ルヴィナにとって剣を振るうことはディアンナやサフィーナのことを否応なしに思い出させる事に繋がり、そこから逃げたかったのである。

それほどに、ルヴィナからの彼女達への愛情が深くそれ故に、ルヴィナは彼女達のことを忘れることで過去を乗り越えようとしたのであった。


 それから数年の月日が経った。ルヴィナは過去を誰にも話さずにただの一人の騎士訓練生、ただの騎士、ただの騎士部隊長だった。

 ルヴィナが望んだことではないが、女性騎士としては異例の躍進、抜擢(ばってき)だった。

 基礎知識とその応用の用兵技術、そしてそれ以上に求められる個人の戦闘能力、責任感と信用。その面で騎士の階級制度は男性を優遇してきた。


 差別的な話ではなく、筋力的な差とそれに伴う体重差は明確に力として、実力として表れた。

 そして差別的な話で、女性に上に立たれることをよしとしない男性がいた。

 ただ逆も然りであり、男性の下につきたくない女性も少なくはなかったし、その為数人は女性騎士であってもある程度の地位を持っていた。ルヴィナはたまたまその中の一人になれたというだけの話である。ただし、勿論他の騎士を納得させるだけの実力は持ち合わせていた。


 そしてルヴィナが部隊長として箔がついてきた頃、聖花の儀が催される事が決定した。聖花の儀は花の神子(みこ)の、サフィーナの結婚相手を発表、決定するお祭であった。

 花の神子の結婚相手に選ばれることはとても名誉なことであり、世の多くの男性、そしてその男性に恋をする女性には一大イベントであった。それでなくともただの大掛かりなお祭として皆聖花の儀は楽しみであった。ただし一部の騎士は仕事に従事しなければならなかったが。


 今日のルヴィナの部隊の仕事はサフィーナを護衛することだった。サフィーナとルヴィナが姉妹であることを知っているのは騎士団のなかでも上層部だけではあったが、今回の配属はサフィーナを(おもんぱか)った意図的なものであったことはルヴィナも理解していたが、気乗りはしなかった。


 サフィーナの顔を見たことをある人間で言えばもっと数が少なく、サフィーナが祭に紛れ込んでも気づく人間はいないという算段であった。むしろ護衛をつけることで危ぶまれるのでは、という声もあったが護衛をつけないという選択をできなかったのでこういう結果になったという側面もあった。

 ルヴィナもその選択が間違っているとは思わない。ルヴィナが逆の立場なら迷わずそうしたであろうと納得はしているしわざわざ不平不満を言うこともなかった。


 ルヴィナは自分の部隊をサフィーナが気づかない程度に離して配置し周辺を警備させた。

そしてルヴィナは久しぶりに家に戻ってきた。今はいるはずもない猫の臭いすら思い出されるようだった。

 チャイムを鳴らすと一匹の精霊が出てきた。この家の、この家族の御付きの精霊でありルヴィナとも勿論面識があった。


「ルヴィナ!久しぶり!元気だった!?」

「お久しぶりです。フローr……レンス様。」


 彼女の愛称であるフローラと呼びかけて思い止まった。しかしそのフローレンスという名前も本名ではなく略称である。本名はフロウエルなんとか、とかいう長ったらしい名前なのだがルヴィナは覚えていなかった。


「随分…他人行儀なのね……?」

「……私は仕事で訪れてますので。神子様はどちらにおられますか?」

「待ってよルヴィナ……今の貴方を見たらサフィは悲しむわ……。」

「なにしてるの?フローラ。早く入ってもらってよ!」

「サフィ……。」

「……お邪魔します、神子様。」


 幾星霜の時を経て、ルヴィナはサフィーナと再会した。再会したサフィーナはルヴィナには以前とはかなり違って見えた。前はあんなに自分と似ていたのに、今となっては顔が似ている程度でしかなく、彼女の指に光る見慣れない指輪のせいなのかもしれないと、そこまで考えた後変わってしまったのは自分であろうとルヴィナは自嘲した。

 顔立ち、空気感や雰囲気、立ち振舞いなど境遇によって二人は大きく違う存在になっていた。


「……今回の護送任務を担当させていただきます、ルヴィナ・セルディアスです。よろしくお願いします。」

「はい、よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします、じゃなくて!サフィはなんとも思わないの!?」

「何を思うの?」

「ルヴィナがこんなに冷たくなって、こんなに遠くなっちゃったのよ!?」

「なんだ、そんなこと?」

「そんなことって……。」

「そんなこと、だよ。もう会えないかと思ってた……本当に冷たくなって本当に遠くなってしまったのかなってずっと思ってた。それなのに元気で生きていてくれて、今こうしてここにいて。それを思えばそんなこと、本当に些細なことだよ。」

「それはそうかもしれないけど……。」

「それにね……フローラはルヴィナのこと冷たくなったって言ったけど、そんなことないよ。言葉遣いは確かにちょっと硬くなったけど、ルヴィナは……ルヴィナは昔と変わらない優しい眼をしてるよ。だからルヴィナはいつものルヴィナなんだ。」


 いつもの。サフィーナにとってルヴィナがいなかった時間がルヴィナとの思い出、記憶に影響を与えることはなかった。ルヴィナが存在しなかった時間そのものが存在しなかったかのように。


「いつものって……。私ときどき……ううん、割と頻繁にサフィの言ってることがわからなくなるわ。」

「そうかな……?そんなに難しいこと言ってるつもりはないんだけどなぁ。」

「つもりがないから(たち)が悪いわ。」

「……お話のところ悪いのですがそろそろお時間ですので……。」


 サフィーナと違ってルヴィナは素直には表現できない。今まで音沙汰もなく再会がこういう形になったこと、そして今の自分の態度への申し訳なさ。そんな自分でもいままで通りに接してくれることと、自分とは異なり息災で居てくれたことの感謝。

 その二つがありがとうとごめんなさいという言葉にはなっても、口にはできなかった。それをお互いの立場のせいとしてルヴィナはとりあえず正当化した。

 それが間違っていると知りながら。


 サフィーナには花の神子としての立場がある。ルヴィナには騎士としての立場と責任がある。お互いのこれまでの苦労も痛みもなにも分かち合うことはできない。それが二人の選んだ道だった。


 だからサフィーナは殊更(ことさら)にルヴィナの態度を責めることはしないし、そうであってもルヴィナはルヴィナであると認めることができた。

 だからルヴィナはサフィーナが今まで負ってきた重みはルヴィナには計り知れないものであると知っていたし、その事に関して何も助けてあげられなかったことに負い目を感じていた。

そしてその事を切り出すことが怖かった。


「そうだね、いこうか。ほら、フローラもふて腐れてないで着いてくるんだよ。」

「ふて腐れてなーいー。言われなくとも着いていくわよ!」

「あっそうだルヴィナ。」

「……はい、なんでしょうか?」


 そう言ったサフィーナはルヴィナに抱きついた。


「おかえり、ルヴィナ。」


 ルヴィナは応えに困った。ただいまと応じていいものか。ルヴィナはこの家に帰ってきたわけではない。結局ルヴィナはサフィーナの頭を軽く撫でるだけに(とど)めた。特に言葉をかけることもなく。


「えへへ……。」


 なにも言わずともサフィーナは満足そうであったのでルヴィナとしても一安心であった。サフィーナの機嫌を損ねることはルヴィナとしても望ましくない。


「サフィ?早く行かないと時間なくなるわよ。」

「そうだね、はやくいこ。」


 そうしてサフィーナとフローレンスを連れて、ルヴィナは街へと向かった。街は賑わっていて予想通り誰一人として花の神子が来たことに気付いてはいないようだった。


「こちらがパンフレットです。……どこから回りましょうか?」

「あっパンフは要らないかな……。」

「一昨日ぐらいから穴が開くほど見てたもんね?そんなに楽しみだったの?」

「べっ……別にそんなことないし!?ちょーっと暇だったから眺めてただけじゃん!」

「普通は暇潰しに眺めてる程度じゃ内容を覚えたりしないけどね……。」

「……もぅいいじゃんそんなこと。そんだけ記憶力がいいんだよ、この話はおしまい!」

「はいはい。……で、どこにいくの?」

「確かあっちでライヴやってるはずだから見に行こうと思うんだけどルヴィナもそれでいい?」

「はい……?私は一向に構いませんが……。」

「じゃあ出発……。」


 と言いかけたところで、サフィーナの腹の虫が鳴く。サフィーナは楽しみだったが故にあえて、お腹をすかせていたのだがそれを考慮したスケジュールを組まなかったのである。


「あはは……お腹すいたね……。」

「同意を求められても困るんだけど?」

「神子様はライヴに行っていてください。私が適当に買ってきますので。」


 ルヴィナはサフィーナの食べ物の好みはおおよそ把握しているつもりだった。護衛の名目で同行こそしているが、それはあくまで『彼女には騎士団がついている』ということの広告塔でしかなく、本命の護衛は別行動している。

 何の問題もないはずであった。


「待ってよ!なんでルヴィナはそう勝手なの?」

「……勝手?私は神子様の為に……。」

「それが勝手だって言ってるの!」

「ちょっとサフィ……落ち着きなさい。」

「だって……。」

「いいから落ち着きなさいって。……それで、サフィはルヴィナの何が気に食わないの?」

「……ルヴィナは私の何?私の妹じゃないの?……一人の人間じゃないの?」

「……それが……なにか?」

「……言葉遣いとかにまで文句をいう気はないけどさ、私はルヴィナはルヴィナで楽しんでほしいんだよ。」

「それは立場的に無理だってサフィも納得したんじゃないの?」

「別にルヴィナも一緒に楽しんだっていいじゃん。私にとっては勿論だけどルヴィナにとっても一生に一回しかないお祭なんだよ……?」

「それは違うわ、サフィ。一生に一回しかないのは間違いじゃないけど、祭の運営であったり出店を出してくれる人だったり、ライヴを開催してくれるアーティストやそのスタッフ。そして貴方を護衛する騎士団。そのすべてが祭の一部、祭の一環なの。誰かが仕事をしてくれているから楽しんでいられる人がいるのよ。」

「それは……わかるけど。でも私は……。」

「あんまりルヴィナを困らせたらダメ、サフィ。」

「……はい。……でもでも……ルヴィナがさ、私に気を遣うのはやめてよ……寂しいじゃんか。規則を破ることはないけど、折角一緒にいるんだから一緒に見て回ろうよ。私の護衛であっても私の従者じゃないんだしさ?」


「それぐらい聞いてあげられないかな、ルヴィナ?ルヴィナだって、それを望まないわけじゃないんでしょう?」

「……それぐらいなら……多分大丈夫です……多分。」

「怒られたら全部私のせいにしたらいいんだよ!私が悪いんだし!」

「……そうですね……考えておきます。」

「そんなことルヴィナが出来るわけないでしょうに……。それで、どこから回るの?」

「とりあえずなにか食べたい!あっちの方に屋台があるんだよね!」

「屋台と言えば焼きそばとかフランクフルトとかですかね。」

「私ね、わたあめとか冷やしパインとかが食べたいな!」

「うん?サフィお腹すいてるのよね?」

「うん。すいてるよ?」

「素直な質問じゃなくて、皮肉なんだけど。お腹が膨れるようなもの食べなさいな。」

「ま、まぁ物を見てから決めるよ、うん。」

「考えが透けて見えるようね……もう好きにしたらいいけど。」

「へへへ……やったぜ。」


「ねぇルヴィナ。私、サフィを甘やかしちゃいけないと思うの。」

「それを私に言われても困ります。それに、そもそも甘やかしているのは私じゃなくてフローレンス様ではないでしょうか?」

「それは仕方ないじゃない?だって貴方達二人のことは二人が生まれたときから知ってるし、私の子供みたいなもんだしね。それに……忘れ形見でもあるしさ。」


 フローレンスは二人の祖母の代からのお付きの精霊であり、それ故に特別な感情もあるのだろう。二人にとってもフローレンスは家族の一員であったし言っていることがわからないでもない。


「そうだよ、私は甘やかされて伸びるタイプだからね。もっともっと甘やかしてくれたらいいんだよ。」

「なにが伸びるのよ……。」

「なんか色々!細かいことはいいんだよ!」


 そんな話をしながら並び立つ屋台を眺めて歩いた。結局サフィーナはりんご飴とチョコバナナを食べていた。


「ルヴィナはなにも食べないの?」

「私は大丈夫です。」

「そっか……。」

「なんでサフィが残念そうなのよ?」

「なんでって……同じ時間を分かち合ってるんだから私だけ楽しんでてもなぁって。一緒にいるなら一緒にいる人も楽しんだ方が二倍楽しいでしょ?」

「楽しさって計算できるものだったかしら……。言わんとすることはわからなくはないけど、それは無理だって話したとこでしょ。」

「なんか……すみません。」

「ううん!全然大丈夫、気にしないで。」

「そうよ、ただのいつものサフィのわがままなんだから気にするだけムダよ。」

「むぅ……なんでそういうこと言うかなぁ。その通りだけどさぁ。」

「サフィ。食べるもの買い終わったなら早くライヴ行かないと終わっちゃうわよ?」

「そうだった!急がないと!」


 急ぐといっても人がごった返してる中、走ったりすることはできないので、なるべく早足で三人は会場へと向かった。フローレンスは飛んでいるので早足もなにもないのだが。

 会場ではロックバンドのLAMP OF KITCHENとBATWINGSがコラボライヴをしていた。片方の楽曲をもう片方が演奏、アレンジして歌うというものでありその二組はかなり人気なバンドであった。


「めっちゃ混んでるね……。ごめんね二人とも私がわがまま言ったから。」

「いえ、多分大丈夫ですよ、少し待っててください。」

「……ルヴィナ?どこにいくの?」

「待っててって言われてるんだから大人しく待ってなさいな。」

「でも……。」

「サフィ?このお祭りの、聖花の儀の本来の目的はなに?」

「いきなりどうしたの?私の結婚相手を決めることでしょ?」

「そうよ。これから遠くない未来に貴方は結婚するのよ?子供じゃないんだから、もう少し落ち着きを持った方がいいわ。」

「そんなこと言ったってさぁ?」

「サフィ……?」

「……はーい。……あ、戻ってきたよ。」

「お待たせしました。こちらへどうぞ。」


 案内された先は最前席に程近い、かなりいい席であった。


「ここどうしたの?」

「騎士団のメンバーに席取りをお願いしてただけですよ。」

「えっ……なんか悪いことしちゃったな。」

「サフィのために席を取ってたんだから悪いもなにもないわよ。」

「そうじゃなくてさ。待たせちゃったんだなって。」

「そのことなら心配要りませんよ。その騎士はここでライヴを楽しんでただけですから。」

「うん……。ルヴィナ、後でその騎士さんに私が謝ってたって伝えといてよ。」

「サフィのそういう優しさは評価するけれど、サフィは公私混同しすぎね。割り切ることも大事なことなのよ?」

「それはそうかもしれないけど……。」

「それに、サフィが言うべきことはどちらかといえば、謝罪じゃなくて感謝よ。謝ってたって言われても相手からしたらポカーンよ。ルヴィナだって伝えにくいわ。」

「そう……だね、うん。ありがとうって伝えといてくれる?」

「かしこまりました。」


 何時間かがあっという間に過ぎた。最新の曲から普段あまりライヴでやらないようなマイナーなものまで色々な楽曲を演奏したり、すごくメジャーな曲を観客でコーラスしたり。しかしそろそろライヴが終わる時間が近付いていた。


「ねぇルヴィナ。」

「はい、なんでしょうか?」


 曲と曲の間、周りがあまり騒がしくない時にサフィーナが話しかけてきた。


「私さ、音楽って正直よくわからないんだ。でもさ理解はできなくてもなんか……なんていうんだろ、『なんかすごい』っていうのは伝わってくるからやっぱり人気があるものって相応の理由とかがあるんだね。」

「理屈による理解が出来るものだけがいいものではないってことですね。私もそう思います。」

「サフィも意味わかんないけど私は好きよ?」

「フローラはすぐそうやってからかってくるんだから……。」

「でもそういう神子様もフローレンス様のことが好きなんでしょう?」

「ルヴィナまでからかってくるの!?」

「でもそう言いながらルヴィナのことも好きなのよね?」

「そんな変な流れに乗らなくていいからね……。」


 最後のアンコール曲の『プラスチックエレジー』と『唯心論』が終わったところで、いよいよ本命のイベントが始まろうとしていた。

 サフィーナ達はサフィーナの家の辺りまで帰る手筈となっていた。そこへ花の神子の結婚相手、通称『花婿』が迎えにいくことが決まっていた。サフィーナの家は一般人は進入禁止の区域にあるので、その境までルヴィナは護衛として着いていった。

 余談であるがルヴィナが暮らしていたガイアの家は進入禁止エリアとの境目にあり、ガイアはそこの門の管理者でもあった。


「それじゃあ、行くね。」

「はい、神子様。お身体にはお気をつけください。」

「また……会えるよね?また、家族として、会えるよね?」

「それは……。」

「あはは……そんなこと言われても困るよね。ルヴィナが望むなら、いつでもうちに戻ってきてね。ルヴィナは働いてくれるならうちに居れない理由もないんだから……さ。」

「……世間的には私は一般人です。神子様の家系ではないんです。」

「……うん。そうだよね……。」

「なので、お気持ちだけ受け取っておきます。ですが世間からどう思われようと私は神子様の……サフィの家族だよ。」

「うん…うん。ありがとう。ルヴィナも身体を大事にするんだよ?」

「はい、ありがとうございます。」


「フローレンス様。神子様をよろしくお願いします。」

「はいはい。任しときなさいって。ルヴィナ、貴方も難儀よね。」

「いえ……神子様やフローレンス様に比べれば私などの苦労は些細なものです。」

「私はもっと素直になってもいいと思うけどね。」

「神子様やフローレンス様は勿論、騎士団やガイアさんにも迷惑をかけたくないというのが私の素直な感情です。ご期待に添えることが出来なくてすみません。」

「いいのよ。貴方にやりたいことをやって欲しいというのが私の素直な感情だから、そうであるのなら期待通りよ。」

「ありがとうございます。」


 門を抜けて小さくなっていく二人の背中を見送った後、祭りの会場へと戻ると、花婿を決める儀式が丁度始まる頃合いであった。

 ルヴィナや他の人達からすれば、今回のこの儀式に大した意味はなかった。花婿に選ばれるのは毎度その時『最も強い剣士』と決まっていたので、此度(こたび)選ばれるのは間違いなく騎士団長のマグナであると確信していたからである。

(ただし、違反行為や人間的に問題がある場合は選定から除かれる。)


 その儀式では『占い』によって花婿を決めていた。その占いは眉唾物ではなく、歴代の花婿、つまりルヴィナの父親や祖父もその占いによって正しく選定されてきた。だからこそマグナが選ばれることが必然で必定だった。


 しかし出た結果はその予想を半分裏切った。


「二人選ばれるとはどういうことだ?」

「前例がないことなので、自分にもわかりかねます。」


 王からの問い掛けに占い師は動揺しながら応じた。観衆にもどよめきが走っていた。


「恐らく、この二人の実力が伯仲であるが故に起こった事態であると推測します。」

「……であるならば。」


 王の指示でスピーカーから(くだん)の二人の男へ呼び出しの声がかかる。


「騎士団長マグナ様、騎士団序列862位アルス様前列へいらしてください。」

「862位!?」


 騎士団序列は騎士団内の実力、功績の順位であり騎士団長は当然序列1位である(例外はあるが少なくともマグナはそうである)。

 不正行為などがない限りはおおよそ実力主義的に序列が決定している騎士団内で、騎士団長と並ぶ実力がありながら、そこまで低い順位であるというのはあまりに異様なことであった。


 無論ルヴィナ含め、同じ部隊でない騎士達はアルスの名前も顔も知らなかった。騎士団にかなり腕のたつ剣士が加入したことと、その剣士の腕前は騎士団長にも敵うほどではないかという噂をルヴィナは聞いたことはあった。

 しかしそれはあくまで噂。そこまでの実力があればすぐに上に上がってくるだろうがその者はなかなか現れず、ただ強いという話に尾鰭がついただけという結論に至っていた。


 呼び出された二人の騎士に向けて王が問いかける。


「二人とも是が非でも、花婿になろうという意思はあるか?」

「勿論でございます、王様。」

「自分も同じ気持ちでございます。」

「ならば。」


「これより、候補者二人による剣術闘技会を開催する!」


 王がマイクを使って宣言する。分かりやすい話がタイマン勝負である。


「剣術がより優れた者が花婿になるしきたり。ならばここで決着をつけようではないか。異論はあるまい?」


 ルールは単純、木刀による一本先取。真剣で戦っていることを仮想して討たれるような状況に陥った場合負け。盾はなしで、木刀だからといって身体で受けることも禁止。

 ジャッジは騎士団内から公平にジャッジできそうな人物を二人が一人ずつ選出した。そして

マグナに選ばれたのはルヴィナだった。


「騎士団長……どうして私なんですか?」

「君なら私情に囚われず平等な審判ができるだろうし、それに……神子様は君の姉君だろう。大事なことだから、君にとって公平でないジャッジであったという納得のいかないものであってほしくないんだ。」

「お心遣い感謝します。」


 恐らく私情に囚われないからというのは建前で本意は後者であろうことは想像に難くなかった。剣術だけでなくそういうところも含めて、騎士団長たる所以(ゆえん)であった。

 勿論、だからといってマグナを贔屓するルヴィナではない。


 二人の騎士を含めた多くの人間が闘技場へと向かった。その間アルスへ応援と暴言が飛び交った。騎士として人として尊敬され選ばれるべくして選ばれたマグナとは違い、無名でこれといった戦果もないアルスは事実としてそうでないにも関わらず『場違い』のレッテルを貼られていたのだ。

 しかし当の本人は一切気にしている風でもなかった。暴言は勿論応援に関しても。


「久しいな、アルス。」

「騎士団長……。お久しぶりです。」

「敬語なんて要らん。やっと同じ立場で同じ舞台に立てるんだ。」

「あぁ……そうだな。」


「……アルスには今まで勝てなかったから今回選ばれるのは、アルスだろうと思っていた。だが共に選ばれたということは遂に並んだということだろうから、俺は嬉しいんだ。」

「勝てなかったのは何年前の話だ……。」

「何年前だろうな、久しくて忘れたよ。最後に会ったのは俺が騎士団長になった時だし、手合わせしたのはそれよりもっと昔のことだからな。」

「手合わせしたというのであれば、マグナが騎士になるよりも前だからかなり昔だ。マグナは騎士になってかなり強くなったはずだ…今さらなんで俺なんかが……。」

「なぁアルス。お前は何故騎士団に入った?俺は当初、意思を汲んでくれたのかと思ったがどうやらそうではないようだしな?」

「……すまない。」


 アルスが騎士になったのは比較的最近のことであり、マグナが騎士団長になったよりもさらに最近のことである。それまではただのマグナの幼なじみの鍛冶師だった。

 マグナが騎士になる時、騎士団長になった時に、アルスに騎士になるように、騎士団長の右腕となるように言い渡しこそしたが、アルスはそんなつもりはないと、にべもしゃしゃりもなく返したものだった。


「いや、責めているのではない。問うているのだ。」

「大したことではないんだ。今の俺の実力ではこれ以上の(もの)は作れない、そう思ったから(これ)を試したかったんだ。」

「昔からアルスはそうだったな。……作った剣を活かすために剣術を磨いていた。剣術は剣士としてではなく、鍛冶師としての技術でしかなかった。今でもそうなのか?」

「……今は少し違うかもしれない。騎士になって誰かの下について、騎士に誇りを持ってるやつや剣の道に生きると決めてるやつを見てきて、そんなちっぽけなものと鼻で笑ってた昔の自分がえらく小さく思えて。何もわかってなかったのに何でも知ったつもりになってたんだなって。」

「……。」

「だからこの剣で救えるものがあるのなら少しでも強くなりたいし、それが騎士道の本懐に近いものであるのもわかっているから、俺は昔よりは騎士に近いのだろうと自負している。だから少しの誇りもある。」

「だが地位や名誉にはあまり興味がないようだな。」

「騎士であろうという気持ちよりも、騎士団に貢献できる鍛冶師でありたい気持ちの方が大きいからな。だが今回負けるつもりはない。」

「無論だ。手を抜くぐらいなら投了するべきだからな。」


 ドーム会場のような形状の闘技場へ着いて二人とルヴィナとアルス側のジャッジが、舞台へと降りてきた。そして王の合図と共に決戦の火蓋が切られた。

 騎士団長と互角なんて有り得ないと過半数の騎士が思っていたが、そんな大半の予想を裏切りアルスは善戦し、素人目にもわかるほどにレベルの高い戦いになっていた。

 腕の筋力だけであればアルスの方が強いであろうが、下半身や体幹まで含めると筋力バランスは鍛えられたマグナの方が優れていた。前述の通りアルスは剣士として剣術を磨いていたわけではないので、剣士としての細かい技術はマグナの方が上であろうが反応速度などの様々な要因から二人の差はほとんどないものであった。


 騎士団流の剣術を使いこなすマグナとは異なり我流での剣術で立ち回るアルス。同じ流派でないからこそ拮抗しているというのが正当化されたのかもしれない。(我流なのがアルスだけな訳ではない。ルヴィナも剣を振る時は騎士団流ではなく母親直伝のセルディアス流である。)


 二人の戦いが始まって五分ほど経った。無駄のない二人の攻防戦は白熱してはいたがそれと同時にどこか美しくもあった。だがその戦いにも幕を引く時が来た。

 マグナがアルスを崩し、止めをささんとするその時に一瞬何かが閃き、マグナの剣を弾き飛ばした。それは間に合うはずもないアルスの剣であった。

 有り得ないことなのに応撃が間に合い、そんなあり得ない姿勢からの大した威力も出せないはずの反撃でマグナは不覚を取った。

 油断していたわけでもないし、アルスが崩れていなかったわけでもない。油断して剣の握りが甘くなるようなマグナではないが、それにも関わらず弾き飛ばされた剣は数メートル先まで吹き飛んだ。


 アルス側のジャッジはすかさずアルスの勝利を宣言したので、ルヴィナも強い疑問を抱きつつそれを認めた。確かに状況を見ればアルスの勝ちであろう。観客にだってそう見えるしそれをルヴィナが否定したところで贔屓であると納得してはもらえないことはルヴィナもわかっている。それでも最後の一撃には納得いかなかった。


 アルスの勝利で会場は沸いた。大番狂わせ(ジャイアントキリング)だなんだと叫ぶ観衆を見てルヴィナはアルスに失礼だなと思った。中にはどちらが勝つか賭けていた者も居たようでその概算配当率(オッズ)はマグナが勝つことに極端に偏っていたこともありアルスの実力を知らなかった騎士達は大損をすることとなった。

 また、一部の女性騎士は『お慕いしている騎士団長様』が負けたことによる悔しさと同時に、もしかしたら自分にもチャンスが回ってかたのかもしれないという妄想で複雑な心境に陥っていた。なお、仮にマグナが勝利しても喜びと悲しみで苦悶するのだが。


「それでは勝者であるアルスにこの(つるぎ)を捧げよう。」


 その剣にルヴィナは見覚えがあった。それもそのはず、その剣は元々双子が暮らしていた家に在ったものである。そしてその剣の本来の所有者は二人の祖母であった。

 (恐らく)儀礼用の剣であるその剣は切れ味が鋭いとは言えず恐らくこの儀式のためだけに国が借用したのだろう。


「お疲れ様です、騎士団長。」

「……あぁ。お疲れ様、ルヴィナ部隊長。やれやれ……また負けてしまったよ。」

「また……ですか?」

「あぁ、アルスは知己なんだ。昔から剣を競って何度も手合わせしたものだがほとんど勝てなくてな。」

「騎士団長が……ですか?とても信じられませんが……。」

「ははは……いや、なに。当時は剣術なんてものじゃなかったからただのちゃんばらごっこ……みたいなものさ。それでも互いに少しずつ強くなっていってはいたのだがな。」

「……昔から『ああ』だったのですか?」

「『ああ』とは?」

「今日のお二方の試合を見て、明らかに最後だけ不自然でした。うまく説明できませんが、なにか……超常的な力が働いたような……そんな感じを覚えました。」

「なんだ、気付いていたのか。あれに関しては初めての事だったし、アルス自身にもよくわかってないことの様だった。ただ不正ではないしアルスの内在的な何か、或いは運命か、そう言った類いのものかもしれないな。」


「運命なんて……そんなものはないでしょう。」

「確かにな。それを言い出すなんて俺も負けたのが相当に悔しかったらしい。負け惜しみ……だな。」

「あまりご自身を卑下なさらないでください。負けた事実から目を背けることは良くないですが、騎士団長は騎士団長として今まで誰よりも強く、誰よりも信頼されてきたのです。たかが一回負けたとて、それを責めよう者がいるのなら、何もわかってないのだと言わざるを得ません。」

「部隊長、君は最強とはなんだと思う?」

「……? 最強ですか?……そうですね、存在し得ないものと考えますが、誰にも負けない力と知恵があれば最強ではないでしょうか。」

「そう。最強たらんとすれば誰にも負けない、負けられないのだ。存在しないと一蹴されたがな。」

「最強へのこだわりですか。それは騎士団長だからですか?」

「騎士団長になる前は、騎士団長になることが最強の証明だと信じていた。だから騎士団長の座は誇りだったし、誉れだった。だが現実はそうじゃなかったとアルスに思い知らされたようでな。」

「それは違います、騎士団長。確かに騎士団長は負けたかもしれません。ですが今までの実績や騎士団長の本人の人望で騎士団長は騎士団を率いているのです。」

「そうは言ってもだな……。」


「私は先程も述べた通り、知恵も最強の基準のひとつと見ています。剣術で負けたからなんですか。剣だけ強くても用兵に難があれば誰も着いてきたりはしないこともわかってらっしゃるのではないのですか?」

「あぁすまない、弱気になっていたようだ。そうだ、ルヴィナ部隊長。アルスを門のところまで案内してやってくれないか?」

「構いませんが……どうしてですか?」

「いや、深い理由はないんだが……まぁいい。アルスに話をつけてくる。少し待っててくれ。」


 マグナがアルスの元へ向かっていったのをルヴィナは茫然と見送った。マグナが負けたことよりもマグナが負けたことを気にしていることの方がルヴィナにとっては意外なことであった。

 マグナに声をかけられたアルスがルヴィナの方へ歩いてくるのが見えたので、ルヴィナもアルスの方へ歩いていった。


「お初にお目にかかります、ルヴィナ部隊長。アルスと申します。」

「はじめまして。」

「マグナ……騎士団長から聞いたのですが部隊長が、神子様の双子の妹君だっていうのは本当なのですか?」

「ええ、まぁそうね。騎士団長に聞いたことなら疑うようなことでもないでしょ?」

「そうかもしれませんが…神子様が双子だったなんて、それも有名なルヴィナ部隊長のだなんて、噂にもなったことがないほどの信じがたい話なんですよ。」

「それは……神子様に会えば多分納得するわよ。一卵性の双子だから似ているはず…だからね。」

「なるほどそれなら、確かにそうですね。」

「あ……そうだ。敬語、使わなくていいから。」

「えっいや……でも。」

「私は義妹になるんだから別に変な話でもないでしょ。」

「あぁ、そうか。俺が花婿だなんて、なんだか実感が湧かなくてな。」

「さっさと行きましょう。神子様が待ってるわ。」

「そうだな。」


 二人は特に話すこともなかったが、門の辺りまで来たところでルヴィナがアルスに話しかけた。


「神子様の事……よろしくね。」

「急にどうかしたのか?」

「ううん。ただ、私は神子様と姉妹といっても私はもうただの一般人……。神子様に会うこともしてあげられることもほとんどない。だから、私には神子様のことを護ってあげられない。」

「あぁ……だから俺に……。そういうことなら勿論、任せてくれ。騎士の名とこの与えられた剣に誓って神子様を護ろう。」

「ありがとう。」


 離れていくアルスの背を見送ってルヴィナは祭の会場へと戻った。祭が終わってまだそれなりの人はいたが多くは帰宅したらしく、残っているのは騎士団員と運営、あとは露店を開いていた商人達がほとんどであった。

 ルヴィナもこの祭のために出した椅子や机を片付けたり散らかったゴミなどを拾う、祭の後始末をし始めた。


 しばらく片付けていると、辺りがざわつき始めた。片付けに飽きたのだろうか、とルヴィナは大して気にも留めていなかった。

 しかし事態はそんな程度のことではなかった。


「おい、今の話は本当なのか?」

「あぁ……どうやらそうらしい。このままだと戦争が起こるぞ。」

「まさかこんな事になるだなんてな……。騎士団もてんやわんやだろう。」

「本当に花婿は何を考えてるんだ!本人は処刑されるだけで全てが済むのかもしれないが、後処理させられるのは俺たちだぞ!」

「まさか花婿に花の神子が殺されるだなんて前代未聞だ……。今からでも新しい花の神子を用意できないか直談判するしかないな。」


 ルヴィナは耳を疑った。サフィーナがアルスに殺されたという何とも信じ難い言葉が聴こえた気がした。その言葉が聞き間違いじゃないことを飲み込んで、理解するのに数秒かかった。そして事態を理解して走り出すのに一秒もかからなかった。


 騎士の仕事も投げ出して、思うがままに駆け出した。走っている間、何の感情も湧かなかった。ただ疑問だけが頭を(よぎ)った。

 本当に?なんのために?フローラは?現状は?


 門を抜け橋を渡り、草原を越えて森に入った。アルスがどこにいるのかわかるはずもないにも関わらず、なぜかルヴィナにはわかるような気がした。恐らく最深部にある神殿で間違いないだろう。

 なぜそこにいると思ったのかルヴィナにもわからなかった。ただそれは確信だった。そしてそれは正しかった。


 そこにはアルスと布を抱えたフローレンス、そして見知らぬ二匹の猫がいた。そこにサフィーナの姿はない。ルヴィナはアルスの背後から矢を射った。当てるつもりはない足元への威嚇射撃。アルスに存在を知らせるだけの目的だった。


「動くな。」

「ルヴィナか……。」

「サフィはどこにいるの?」


 その問いの答は聞くまでもなかった。フローレンスが抱えている布は、湿っている布は、サフィーナが着ていた服と一致していたからである。


「サフィーナは……死んだ。」

「死んだ?私はサフィは殺されたって聞いたんだけど。」

「あぁ……そうだな……。俺が……殺した。」

「そう、なら話すことは何もないわ。ここで死ぬか、断頭台で死ぬか選ばせてあげるわ。」

「……それはできない。」

「……。」


「ねぇルヴィナ……。」

「……なに?今、忙しいんだけど。」

「アルスの事見逃してあげられないかな……。」

「……ごめん……よく聞こえなかった。」

「ルヴィナ……。」

「……。フローラは私の……サフィの味方だと思ってた。共犯だっていうならフローラも捕らえないといけないね。」

「違うの!そうじゃない!」

「……。」


 今になってルヴィナはいくつかの感情が交錯していた。怒りと哀しみ、憎しみと喪失感、そして疑念と後悔。

 ルヴィナはこの時、平常心ではなかったがそれでも努めて平静であろうとした。


 そうでないとアルスを、そしてそれを阻止しようとするフローレンスを、問答無用で殺しかねなかったからである。


「フローラ。なんで、私が見逃さなきゃいけないの?こいつが往生すればいい話でしょ?」

「それは……そうかもしれないけど……。」

「ルヴィナ。」

「……何?」

「俺にはまだやるべきことがある。だからそれが終わるまで、待ってほしい。それが終われば必ず償いはする。だから……頼む。」

「やるべきことがある?……えぇ、そうでしょうよ。サフィだってね、サフィだってねぇ……!やるべきことがあった。やりたいことがあった。それを奪っておいて何様のつもり?」

「……確かに俺の言えたことではないのかもしれない。だがそれを為さないと俺はあの世でサフィーナに顔向けできん。」

「なんでそこでサフィが出てくるの?」

「死によって償うことは一見苦しいようでその実もっとも簡単な逃げ道でしかない。犯した罪の後始末をすべて済ませることが本当の贖罪ではないだろうか。実刑はその後でいくらでも受けよう。」

「……それを決めるのは罪人じゃない。私がサフィのことなら背負うからあんたは拘留されてればいい。」

「そんな簡単なことじゃないんだ……。」

「『やるべきこと』だなんて大層なこと言って。後始末って何の事なのさ?」


「それについては僕から話した方がわかりやすいかな?」


 突然話しかけられてルヴィナはぎょっとした。声をかけられたことそのものにではない。その声の主がそこにいた猫のうちの一匹だったことに驚いたのだ。


「これは……なに?」

「なにとは随分失礼だなぁ。僕は僕さ。」

「……。」

「……。」


 その猫はもう一匹と比較しても何とも言えない雰囲気を醸し出していた。チェシャ猫のように笑うその猫は外見とは裏腹に可愛げがなかった。


「僕とそこにいる猫は異世界を旅して各世界で起こっている問題の処理をしているんだ。」

「異世界?バカバカしい。そんなもの存在しないでしょ。」

「存在するさ。しなければ『異世界』という言葉そのものの否定になってしまうからね。事象の地平線(イベントホライズン)の先にあるというだけの事さ。」

「それって行ったら戻れないってことじゃない……。」

「いやいや、本来行けない所を越えられるというだけさ。帰ってこれるよ。」

「……信用できないわ。」


「ルヴィナ、異世界は存在するのよ。」

「フローラまで何を言い出すの?まさかフローラが異世界に行ったことがあるとでもいうの?」

「それは……違うけど……でも異世界から来た、異世界に向かった人は知ってる。」

「……異世界が存在するとしても、それとサフィはなんら関係のない話でしょ。」

「サフィは異世界の話を聞いたとき、異世界に行きたいって言ってた。好奇心だけじゃなくてあの子は人助けをしたがったから、私が止めたって行ってたんだと思う。」

「その世界の事はその世界が解決すべき事でしょ。」


「いや、それはどうだろうね。事実この世界の問題を解決したのはそこのアルスとニコルだ。」

「……ニコル……?」


 先の猫とは別のもう一匹の猫につけられた名前を聞いてルヴィナは疑念を抱いた。昔飼っていた猫と同じ名前であったからである。


「サフィがつけた名前なの。あの子、ネーミングセンスがないからって同じ名前つけることないのにね。」

「あぁ……そういうことなのね。それで、この世界で起こってた問題ってなんだったの?」

「どの異世界でも同じような事態ではあるんだけど、さる大悪魔が大昔暴れていた際の力の残滓(ざんし)がそこかしこにばらまかれてしまっていてね。今まではなんともなかったのに、昨今悪意となってその力の影響を受けた者が暴走し始めたのさ。それがこの世界では植物達の長だった、だからニコル達には刈り取ってもらったのさ。悪魔の力で凶悪になって苦戦したみたいだけどね。」

「……。でも私達で解決できた問題じゃないの……?」

「なにが起こっていたか把握できてない人間が何を言ってるんだか、だよ。ニコルが来てなければもっと事態が深刻化してから君達の耳に入っていた事だろうし、そうなっては手遅れだったんだよ。僕達に感謝してほしいぐらいさ。」

「……それもそう……ね。ごめんなさい、少し熱くなっていたわ。あと、ありがとう。」

「そういう人達を救うために僕とニコルは異世界を回っているんだ。だからアルスのような戦力になる存在が加入してくれるのは大歓迎なのさ。」

「……。そっちの……ネコちゃんは喋らないの?」

「ニコルは喋れないけど、アルスが今着けている指輪があれば話は聞けるし、ニコルも指輪の有無に関わらず言ってることは理解できるから大きな問題ではないかな。」

「指輪……。」


 そう言われてアルスの指を見てみると、サフィーナが着けていた指輪が着けられていた。ルヴィナはあれはそういう代物だったのかと納得こそしたが、聖花の儀の時点でサフィーナがニコルと接触していたのだと思うと、ルヴィナは何か言ってくれても良かったのにと思わなくもなかった。


「……その問題が起こっている異世界ってどれぐらいあるの?」

「あと5個か6個ぐらいかな。そんなすぐにはアルスは帰ってこれないよ。」


「ねぇ、あんたのやるべきことってあんたがやるべきことではないよね。誰かがやればいいことでしょ。それにサフィの為だなんだと言って、本心は亡命することでしょ。」

「……そんなつもりはない、が信用できないことはわかっている。」

「わかってるならあんたを異世界とかに行かせるわけもないことはわかるわね。」

「すまない……わかっていても退けないんだ!」


 ルヴィナは思考を停止した。アルスの言っていることが嘘だと決めつけているわけではないが、嘘であるか事実であるかは大した問題ではない。嘘でも真でもルヴィナはアルスをここで捕らえるか或いは処する必要があったからである。

 ルヴィナは明確に殺意を込めて矢を放った。しかし、その放たれた矢はアルスには届かず、粉々に砕け散った。

ルヴィナにはなにが起こったのかすぐには理解できなかったが、ルヴィナに対して威嚇しているニコルを見て、この猫の仕業であることを理解した。


「困るんだよなぁ、そういうの。ルヴィナさんとやら、話を聞いてなかったのかい?」

「……なんのこと?」

「アルスのように戦力になる存在が加入してくれるのは大歓迎と言った所じゃないか。それを仕留めようなんてニコルが許すはずないだろう?」

「……。」

「あー。ニコルごと倒そうなんて考えない方がいいよ。ニコルはルヴィナさんが想像しているよりずっとただの猫じゃないからね。」

「……見ればわかる……。」


 臨戦態勢のニコルを見れば誰だってニコルが只者ではないことはわかることであった。バチバチと音をたて電気を纏い、淡く発光すらしていたのだから。


「アルスも含めて二対一。ルヴィナさんの得物じゃ厳しいんじゃないかな?それがわからなくはないだろう?」

「……。」

「ルヴィナ。俺は何があっても必ずここに戻ってくる。だから……頼む。」

「……ねぇ、戦力が必要なら私が同行しても問題はないよね?」

「ルヴィナ……それは……。」

「あんたに訊いてるんじゃない。」

「……そりゃあ勿論。命を(なげう)つ覚悟があるなら仲間は多いに越したことはないさ。」

「じゃあ私も連れていきなさい。あんたの言葉は信用できないし、仮にあんたが途中でやられるようなことがあったら、あんたが逃げたも同然。帰らぬ罪人を待ちぼうけなんて苦痛でしかないわ。」

「俺にはルヴィナまで危険な目にあわせるなんてできない!」

「あれも嫌、これも嫌なんて随分といい御身分ね?私の事に関してまであんたに選ぶ権利があるわけないでしょ。」


「……アルス。ルヴィナを連れてってあげてよ。サフィの代わりをルヴィナも勤めたいのよ。」

「だが……とても危険なことなんだ。仮にサフィーナが生きていたとしても到底連れていけるものではない……。ただの旅行じゃないんだぞ。」

「それがわからないルヴィナじゃないわ。それにルヴィナも名うての騎士なのよ?」

「言っとくけど!あんたなんかに護ってもらおうなんざ思ってないし、護ってあげるつもりもない。だからあんたは精々自分が生き延びることだけ考えてればいいのよ。」

「……わかった。ルヴィナの言う通りにしよう。だが一つ約束してほしい。絶対に無理しないと。生きて帰ると。」

「約束を破ったあんたと交わす約束なんてない。だけどそんな約束しなくたって私は生きて帰ってくる……私自身の為にね。」

「あぁ……頼む。」

「話は纏まったようだね?いやぁ心強い仲間が二人も増えて僕もニコルも安泰だなぁ。」


 しゃあしゃあと言ってのけるその猫にルヴィナは『なにか』思わないでもないが、それを具体的な表現にすることは難しくあった。その『なにか』は明確な言葉にできない『なにか』でしかなかったからである。


「そっちのネコちゃんはニコルって名前なんでしょ?貴方に名前はないの?」

「僕の名前かい?そんなものも昔はあったような気もするのだけれどね。要らないものは忘れていくのが生物さ。」

「今はないってことね。」

「そういうことだね。いや、回りくどい言い回しですまないね。癖のようなものなんだ。」

「自覚のある悪癖は直すべきだと思うけど?」

「ふむ……簡単に言ってくれるけれど言葉選びというのはそんなに簡単に弄くれるものじゃないと思うね。」

「……まぁなんでもいいか。貴方のことは何て呼べばいいのかなって思っただけ。」

「好きに呼んでくれればいいよ。呼称がなくて困るのは僕じゃないからね。『それ』でも『あれ』でもどうぞご自由に。」

「……良い性格してる……。」

「それはどうも。それでどうだい?呼び方は決まったかい?」

「そうね。ネムレスとかでいいんじゃない?本人にこだわりがないなら安直でも別に良いでしょ?」

「そうだね。シンプルで分かりやすいことは良いことだ。」


 少し釈然としないところもなくはないが、ルヴィナ自身ネムレスのことを好きになれず、それ故に気にかけてもいなかったのでそれでいいかと思うことにした。


「ルヴィナ……。私は着いていけないからここに残るけど……気を付けてね。」

「うん、ありがとう。でも大丈夫。私も騎士だってフローラが言ってたんじゃん。」

「……ルヴィナは騎士として確かに強いかもしれないけど、私はルヴィナが無理しすぎるんじゃないかって心配だわ。」

「無理なんかしないよ。勝てない相手からは逃げる、投降する。そのぐらいの判断はできるよ。」

「そうじゃなくって。ルヴィナはまだ……サフィのこと……飲み込めてないんじゃないの……?いつも無理して笑って強がってばかりいたからそれに慣れてしまってない?ツラいなら泣いてもいいんだよ。全部吐き出してからでいいんじゃないの?」

「……ありがとう。でも、ツラくないことはないけれど私は泣いたりしない。そう……決めたから。泣いていても事態は好転しないんだって、泣いてて変わるのは時間が経ってしまって物事が手遅れになるその事実だけだって、私は知ってるから……。」

「……無理……しないでね。」

「……うん。大丈夫だから泣かないで……フローラ。」

「うん……うん。」


「騎士団長とガイアさんに、私がしばらく帰ってこないこと伝えといてくれる?」

「……わかったわ。」

「あと、サフィのこと……弔ってあげてね。帰ってきたらちゃんとお墓参りするからさ。」

「……うん。勿論よ……。」

「色々任せちゃってごめんね。」

「……大丈夫、それぐらいのこと何でもないわ。ルヴィナのこれからのことに比べれば……ね。」

「大丈夫だって。心配のしすぎて憔悴したりしないでね?」

「……善処するわ。」


「そろそろ準備は良いかい?アルスも、ニコルもルヴィナさんも。」

「あぁ。問題ない。」

「それでは悪夢(ゆめ)欲望(きぼう)に溢れる世界へと御案内、だ。皆目を瞑ってた方がいいよ。到着した途端に嘔吐に悩まされたくなかったらね。」


 そう言うとネムレスは不思議な影で三人を覆い、そこにはフローレンスだけが取り残されていた。

 そうして『彼女』は誰の手も届かないところへと旅立っていったのであった。

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