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英雄は最弱外道  作者:
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気だるいながらも目を開けるが、視界が変化する事はない。本当に目が空いてるのか確認しようと、目元に手を当てがうが、その過程で柔らかい何かに阻まれる。手の甲から温度が伝わる。あたたかい。腕を伸ばすとやはり何かに当たる。手をかざすと相変わらずあたたかく、手触りはスベスベしている。よく分からない空間だ。

(これが死だろうか。だとすればこの暖かいのは……生者の世界? ここまで来て生き長らえるのは御免だ。)

反対側に寝返りを打つように身体を捻る。キュッと心臓が締まるような感覚、身体の末端から血の気が引く、落下感を覚えた。が、またしても額に、今度は激痛が走る。

「がッ……!」

言葉にならない痛みが脳を貫通した。地面と思われる床は硬くゴツゴツしている。寝ていても痛いので仕方なくのそりと起き上がる。されど世界は暗いままである。

(いや待てよ……? なんで立ち上がれてるんだ?)

支えにしていた何かを握ってみる。

(……動いた!? そして暖かい!?)

驚いて手を引っ込めると、肘の辺りを捕まれた。即座に手のひらに指らしきものが突き立てられたかと思うとスライドし始めた。

(あれ……デジャヴ? ……そうだ! エレベーターで!)

快く真鍮のモヤが消えたかと思うと、世界の色が反転した。徐々に明確な色彩がフェードインし始める。最初に目に映ったのは、顔だった。

(近っ!?)

人間はパーソナルスペースという、侵入されると不快に感じる領域を持っているが、無意識のうちにそれを守ろうと、左足を後ろへやり上体を捻ってさらに右足を踏み込んで、距離をとる。適切な距離をとったことで、目の前のが、人型であること、長髪で胸部が膨らんでいたことから女性であること、さらに……角に尻尾、羽が生えていて、肌が青白いことが分かった。

(化け物だ!!)

次に考えるのは当然「逃げないと!」である。距離が足りない。こいつからとにかく離れるべきだ。回れ右で振り返った先にはまたしても化け物がいた。「ぁあっ……」と声にならない声が出たが、それを噛み殺してさらに回れ右をして振り返ると、また化け物がいた。立ち尽くすしかなく、近づいてくるそれは口を動かして何かを話している。何故か外回りの時に外国人観光客に話しかけられた時の恐怖がよみがえる。いや、彼らは大抵、英語を話すので聞き取れる英単語とフィーリングで察せられる見込みがあるが……この娘から発せられる言語が何語かすら分からない。少なくとも英語ではないことは確かだ。あからさまに戸惑っていると、その娘はふと気づいたように、手のひらを拳で叩き、口角を上げ微笑んで見せた。手のひらをみせて何かをねだっているようだ。爪が伸びきっている。

(……そうだ! エレベーターの手と同じ手だ!)

若干引きながらも、微笑み続ける彼女に応えるように、自分の手を差し出す。また指先を手のひらに突き立てられ、何か口ずさみながらスライドし始める。指が止まった時、徐々に彼女の声が聞き取れるようになってきた。

「……か? ……ますか? ……分かりますか?」

「はっ……?!」

「良かったぁ! 成功だ! やったぁあ〜!」

「……」(成功? こいつは何をした? 日本語が話せるのか?)

「んー? おかしいなぁ。もしもーし、聞こえますか〜? やっぱりさっき、頭打っちゃったもんなぁ……」

そういえば……と額に手をつけて見る。手は赤一色である。痛みが実体化してきた。

「はぁ……やっぱりダメかぁ……でも動き出すなんて初めてだし、上達してきたかも!」そう言いながら、彼女は端に置いてあった黒光りする棒を手に取った。重く響く金属音が、この空間内をこだまする。目を棒の先にやると、小さな短剣が布で括り付けられていた。音からしてかなり重そうな棒、いや、槍をゆっくり持ち上げたかと思うと、ビュンという軽快な音とともに振りかざし、こちらを見た。彼女の顔は相変わらず微笑んでいたが、違和感を覚えた。何か違う笑い方だ。すると腰を低くして、先端に手をかざし、片足を捻らせ、こちらに向かって飛び上がった。

「やめてくれ!」と、叫んだ。彼女の目が見開いたかと思うと、空中で体制を崩して槍を手放し、羽を3倍の面積まで広げ、そのまま飛び込んできた。反射的に目を瞑る。押し倒され、暗闇の中、カン、と槍の落ちる音が聞こえると、唇が圧迫された。目を開くと、彼女の顔が、初めて見たその時よりも、さらに近い距離にある。その起伏や形状を考慮しても、これは……接触している。ゆっくりと、彼女も目を開いた。ほぼ同時に、互いに適切な距離をとる。恥ずかしさで体から熱が露骨に出ているのを感じたが、彼女はと言うと口を押さえて、涙目だった。しかしそれも束の間、腕で拭うと口を開いて「初めまして。マスター。」と震えた声で信じ難い事を言い放った。

「……マスター? 俺が?」

「はい……あなたこそが私のマスターでございます」

「待ってくれ!」

「はい!」

彼女は微笑むばかりである。



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