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個性すら記号化され、どれもテンプレート通りに見える。隣人、同僚や上司、友人も、全て模範的なものである。それを良しとした人類が愚かであるとは言わないが、個性の無い世の中なんて、なんて陳腐なものだろう。私もその陳腐の構成員を、生まれてこの方20年弱続けて来ているが、どうも雨の日曜日、差し迫る締切、払えない家賃、既に遅刻の時間である会社、これらが重なったのが良くなかった。安易な選択とは言うが、安易なものか。ここまで事が運ぶのに様々な紆余曲折を経ている。ただ少し、判断力の鈍りが祟っただけだ。そうだ。この鉛色の空に、どこか親しみを覚えるほど疲れているから。人間の根源的な欲望というか、それに近づきたくなった。我が社は、偶然にも、高層ビル群の中でも抜きん出て高いオフィスを持っていたので、無意識のうちにエレベーターに乗り込み、40階を目指す。あぁ、ワクワクしてきたぞ……! この高揚、実に心地よい。ライト兄弟だって空を目指した。ガガーリンはその先に到達した。人間は高い所を目指す習性があるのかもしれない。根拠の無い愚説を並べ、エレベーター内の鏡を凝視していると、ポーンという無機質な通知音が、天国への到着を知らせた。視線を扉に移す。ただいま正午過ぎ、普段なら人影がある屋上だが、空模様が怪しいからか、幸い誰もいなかった。いや、居ないはずである。背中に違和感を感じるまでは。とっさに鏡に目をやる。肘先からの手が伸びている。それも2本。爪が長い。またしても幸いな事に、粗末な無常観の上では、このくらい、驚く事は無かった。だまって見ていると、その手の人差し指が腹に突き立てられ、円を書くようにグルグルと、こそばゆくスライドしていく。生物において、一般的に、腹というのは弱点のようなもので、触れられたりすれば無条件で抵抗するように思えるが、不思議な事に、その手を許容していた。頭に声が響いた。
「神の子よ。我が問いに答えよ。汝はこの世に深く失望しているのか」
この腹の円のお陰か、無常観か、陳腐な世の中が、俺の中にとんでもなく大きな器をこさえたようで、頭の中で響くこの声すら受け入れた。
「まぁ……陳腐だとは思うな」
「何故。」
「全て同じ、個性が無いように見えるな。例えるなら、モノトーンというか。」
「左様にしたのは汝らだ」
「確かに、明日も生きられる保証があるのはありがたいが、生きる為の努力を捨てるというのは、生物としていかがなものか……ってな」
「……ひとつ、汝に転機を授けよう。享受の是非は汝の判断に委ねる」
「いや、もう大丈夫だ。俺は……」
「え?」
屋上のフェンスに向かって踏み込む。
「ちょっと待って!」
手が腹に巻きついた。
「汝の欲するは個性に溢れ傀儡が跋扈する世と見受けた。転移するか。否か。」
なにを言っている。もうなんでもいい。清掃員が来る前にこいつを振り切らないと。
「あー。そだな。」
エレベーターの扉が閉じた。世界が暗転した。まばたきを繰り返す。間違いなく目は開いている。頭の中で、論理だって身の周辺の状況が説明出来なくなり、パニックに陥った。激動する意識にも関わらず、やがて意志は遠のいていった。
なんか堅くなった(文章的な意味で。)
こういうのを安定させられたら、いよいよプロの仕事ってもんですよね。知らんけど。