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燕恋歌  作者: 新淵ノ鯱
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3/3

燕と恋の歌

 3


「どうだった?」

 夢の中で語りかけてくる声がありました。今日もまた、私は真っ白な世界へと来ています。たった数日の間なのに、もうずいぶんと見慣れてしまったな。そして、彼女と話している時間も、虚構とは分かっていながらも、それを受け入れがたく思えるほどに、充実しているように思えました。

「楽しかったよ、純粋に」

 自分でも分かる。今の私は、とても良い笑顔で、その言葉を言えている。一週間前の私には、できなかったことです。

「ワタシが言いたかったこと、分かってくれた?」

「……うん、もちろん。とってもよく分かったよ」

 その言葉を受けて彼女が何かを発することはありませんでしたが、息遣いで、彼女の感情は分かりました。

「……私が感じた気持ち、って……」

 本当にこの気持ちが、私が知りたかった気持ちなのか……それは正直、判然としていません。でもきっと、自覚すれば……認めてしまえば、すぐにでも溺れてしまいそうな……。激流に呑まれるか弱い草のような曖昧な場所に、私の心は立っています。

「それは分かんないよ。ワタシにとって大事なのは、サユキがいかに自分なりの答えを導き出せるか、っていうこと。サユキも分かってるとは思うけど、『恋愛』って一口に言ったって、それをどう解釈するかは個人の自由。だから、色んな形が生まれるんだよ」

 ナナシちゃんの言うとおりです。たった一つの定義に縛られる必要はない。だからこそ、クラスメイトの女の子も、あのようなことが言えるのです。

「サユキなりの、『恋』の形を見つけ出すこと。次はそれが課題なんじゃないかな」

 その通りだと思います。十分に、橋渡しはしてもらった。背中も押してもらった。後は、その勢いのままに、私が私なりの答えを導き出すだけ。とても簡単なようで難しい問題が、やはり残ってしまいます。

「サユキ……これが、ワタシがアナタにできたこと。どう? 満足してくれた?」

 問われて、私は少し考えます。百パーセント満足したかと言われれば、素直には頷けません。でも……

「……うん、後は自分で何とかするよ。ありがとう」

 意外と、自然にその言葉は出てきました。「よかった」。今度こそ、彼女は安堵の言葉を漏らします。

「……じゃ、ワタシの役目は終わったね。サユキ、お疲れ様」

 どことなく悲しそうな声が、頭上から聞こえます。

「……終わっちゃうの?」

「ずっと夢を見続けることはできないよ。いつかは醒めなくちゃならない。分かってるでしょ?」

 分かってるけど……それでも、この空間にいることを、私は夢だと思いたくない。これもまた、現実であってほしい。そう、願わずにはいられません。

「だいじょうぶ」

 ほんの少し、彼女の声が遠くなった気がします。心なしか、小さい。

「後は一人でもやっていけるよ。さっきサユキ、言ったでしょ?」

 うん……。言葉にしたい言葉が、声となりません。

「ワタシはいつでも見守ってるからさ……。きっとね、『恋』って辛いことも多いと思う。でもね、楽しいことも多いんだよ。ちょっと考えてみたら分かるんじゃないかな?」

 一呼吸おいて、振り絞るようにナナシちゃんは言います。

「全くつながりもなかった赤の他人同士がさ、同じ場所で偶然に出会って、仲良くなって、互いの魅力に惹かれあうようになって、そして、互いが互いの人生を動かしていける。これって、とってもすごいことだと思うよ。もし、彼と、彼女と、出会うことができなかったら……今の自分はないかもしれない。そんな風に思える相手と巡り合えたこと。それを喜びあえるって言うことが、ワタシが考える『恋愛』かな」

 決してサユキに考えを押し付けているわけじゃないよ。言い訳のように、彼女は付け加えました。

「……うん、分かってる。やっぱすごいね、ナナシちゃんは」

「ふふっ」

 私の言葉に、照れているようです。彼女がどんな女の子かは分かりませんが、勝手に想像して、私も同じように笑みを零します。

「……さて、もう朝だよ」

「ホントに……終わり?」

「終わり、だね」

「もう……来れないの?」

「また深い悩みができない限りはね。ワタシとしては、そんなことがないことを祈るばかりだよ」

 私だって、もうあれこれと悩むのは勘弁です。でも……。

「…………うん、分かった。仕方ないよね。夢なんだから……」

「そう。悪いけど、受け入れてね。それじゃ……」

 そんな彼女の言葉を皮切りに、世界は白を失い始めます。徐々に色を……「無」だった世界が、「有」に染まっていく。黒く、黒く……そう、それはまるで、真っ白だった原稿用紙に、少しずつ物語が刻まれていくように。「経験」という名の物語が、私の中の原稿用紙に、たくさん、描かれていきます。

「ナナシちゃん!」

 夢と現実の狭間で、最後の声を響かせます。

「ありがとね! また! 会えたら! 会おう!」

 もう、返事はありません。

 気づけば私は、ベッドの上にいました。軽くなって、同時に重くなった心と共に、私は動き出すのです。



 **


 後日、私は『恋』について、ネットで調べてみました。色んなサイトを徘徊し、ある時、こんな記事を見かけたのです。

 ――浴衣の秘密!

 ここには、こんなことが書かれていました。



『浴衣のデザインともなっている〈つばめ〉。これの意味を、皆さんはご存知ですか?』

 気になって、私は読み進めてみます。

『燕は、恋を運ぶ鳥と言われているのです! ……』

 その後の内容は、もう覚えていません。

 心のどこかで、ナナシちゃんの歌声が、聞こえたような気がしました。

短いお話でしたが、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

次は文庫本一冊ぐらいの量の小説でお会いすることとなると思います。

もしよろしければ、これからもよろしくお願いします。

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