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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

つくってはいけない未来シリーズ

人型ロボットをつくってはいけない未来【短編版】

作者: 黒杉くろん




 長い黒髪の美しい少女が、俺のことを見下ろしている。

 しっとりと濡れた白い肌、髪の先端から落ちた水滴が、押し倒された俺の頬にポタリと落ちた。

 彼女が身じろぎする。白の面積がいやおうにも大きくなる。裸体をまじまじ見てしまっているってことで……俺は、必死で目を逸らす。

 くりくりとした漆黒の瞳が追いついてきた。彼女は顔を傾けて、穴が開くほどこちらを眺めている。


 くしゅん!


 くしゃみをした彼女の背中に、あわてて、近くに放られていた布切れを被せた。


 俺の白衣だった。


 光景のフェチズムが天元突破してしまい、気が遠くなった……


 地下室のひんやりとした床が、俺の背中の冷や汗をさらに冷たくした。


 望んでこうなったわけじゃない。

 むしろ何が何だかわかってない!


 彼女の背後に目を向けると、培養槽が佇んでいる。

 扉が開いていて、あふれた潤滑液が床をひたひたに濡らしている。彼女の体を濡らしているものも、これ。薄桃色の液体は、ロボット培養用潤滑液ーー


 つまり彼女は人型ロボットというわけ。

 そして、この地下研究室には俺しかおらず、作り出したのは俺であろうというわけ。


 まじで……どういうわけ……?


 記憶がぼんやりしている……


 クンクンとまるで犬のように俺の首元に鼻を押し付けている美少女から、努力して意識を逸らしつつ、今日の出来事を振り返っていく────

 ────





 初夏の日差しの中、俺は、未来技術高校に登校した。

 半袖の学生シャツから覗く腕がジリジリと日に焼かれたが、空調が効いた教室に入ると、ひんやり癒されていく。


 クラスメイトとたあいもない話をする。

 昨日の実験はどうだったとか、今日はこんな研究をするとか。

 もう3年生だ、みんな勉強にさらに力が入っている。


「ハジメ。お前は、今日はどんな研究をするつもりなんだ?」

「いやいや〜、本人に分かるわけないだろぉ。なにせハジメはアイデア馬鹿野郎なわけだし?」

「思いついたとたん無我夢中でアイデアを追いかけてしまって、その間の事は、何も覚えてないんだもんなー。そのとき以外は平凡だしさぁ」


 そんなふうにからかわれるのは日常茶飯事だ。

 ため息は出るものの、すべてその通りなので、反論なんてできるはずもない。

 あいまいな苦笑いを浮かべる。


 俺、ハジメは、真面目で成績はそこそこ優秀な生徒である。


 それなのに評価はクラスで一番下ドベ


 なぜかといえばクラスメイトのいう通り、頭の中にアイデアの光がきらめくと、もうだめなのだ。

 自己制御がきかなくなる。アイデアを現実にするために、暴走して、図書館の本棚を倒したり、科学室を爆破したり、屋上に侵入していたこともあった……。


 それが無意識のうちに行われてしまうのだから、防ぎようがない。

 いつも周りが大損害を被る、まさに欠陥人間である。


 ケラケラと無機質な笑いを、透きとおった声が遮った。


「でもハジメは、問題行動のぶん、今までにない新しい発明をしてるだろ? 図書館の暗号文書の解読、科学室の壁の裏に隠されていた戦前資料の発見、屋上に侵入したら天体システムなんてものも開発していたし。凄いと思うぞ」


 さらりと黒髪を揺らして、前の席の男子生徒が振り返った。


「「「まぁそうだけど」」」


 クラスメイトは口ごもって、立ち去っていった。


「ありがとヒフミ!」

「ジュース1本、明日ちょうだい」


 ヒフミはそういうと爽やかに笑ってみせた。

 助けてくれるたびにそう言うけど、実際にヒフミに集られたことはないから、快諾する。


「ハジメのこと、ほんとにすごいと思ってるからさ。羨ましいくらいだぞ。次々と新しいものを発明できる知能と行動力」

「ちょ、もういいよ。恥ずかしくなるから……ありがと」

「ハジメは、そんな自分が嫌なのか?」

「いやってわけじゃないけど」


 他人よりも特別な自分のことがほんのちょっと誇らしい気持ち。でもこの性格は問題が多すぎてダメだなって劣等感。

 そんな複雑な感情を、思春期の男子が持ってるのは、別に不思議なことじゃないと思う。


「まぁ困ってるって感じ?」

「わからんでもない」


 ヒフミはそう言うと、前の席に座った。


 俺とヒフミは席が前後だから、よく話す。

 俺が暴走したときにヒフミが手助けするようなとこもあるから、悪友ともいえそうな間柄。


「でも、気を付けろよハジメ。積み上げてきた罰則回数999点、だからあとひとつ何かをすれば、とんでもない大台達成だ」

「はは……さすがに退学かなぁ」


 乾いた笑いがこぼれた。


 目下の悩みごとはこれだ。もう何度も先生に注意されまくってる。

 999点の発明品を仕上げているとはいえ、そろそろお目こぼしも限界かも。


 科学研究学科に憧れてここにいるから、退学は嫌だなぁ。


 俺は研究が好きだ。

 新たな何かを創造するのが、とても好き。

 この世にない新しい物たちは、未来を少しずつ変えていく。それが自分の手で生み出されていくなんて、たまらないだろう!?


 こんなことばっか考えてるから暴走衝動とか起きるんだろうか……



 先生が教室に入ってくる。

 チャイムが鳴り、滞りなく授業が始まった。


 一限目【近代史】



 ーー平成44年。ロボットと人間がぶつかる大戦争が勃発した。発端は、働かされ続けた人型ロボットが、人間を攻撃し始めたこと。人間がロボットを粗雑に扱った、その扱いを反映し始めたためである。

 壊れるまで働かせて捨てること。子供の戯れで指をちぎられ足を蹴られること。それをロボットの剛力で、人間に対して行った。虐殺であった。

 ロボットたちは人間の言葉に耳をかさなかった。プログラム通りに話しかけても無視をされる、そんな日常がロボットの常識だったからである。

 人型ロボットを起点に、悲しみがどこまでも広がっていった。


 ーー大戦では、人間が勝った。


 そして新たな法律が生まれた。



「人型ロボットを作る事は禁止」

「血の色は禁止」



 この二節は絶対に守るべしとして、毎日教育される。繰り返し、繰り返し。



「起立」


 先生が俺たちを立たせた。

 一糸乱れぬ動きで立ち上がり、タブレット端末を昔の紙の教科書のように持ち上げて、音読を始める。


 1度、2度、3度、4度……


 繰り返す。



 大戦後、あらゆる技術が停滞していた。

 新たな可能性を人間は恐れてしまったのか、街は再建したものの、いたるところで昔ながらのやり方を延々と続けている。


 先生の背後には黒板。

 俺たちは伝統ある学生服を着て、音読という古めかしいやり方で、脳に音読内容を覚えこませていった。


 とっっっくに記憶しているし。

 そんなことをして何なるんだよ……って気持ちはある。


 はたして学習なんだろうか、これ?


 人型ロボットを大事にしなかったこと。

 それが戦争の原因であれば、俺たちが学ぶべきは、もう絶対作らないという臭いものに蓋理論ではなく、これから生まれてくるロボットたちに優しく接しよう、反省して慈しんでいこう、じゃないだろうか?


 大人のエゴで発展が滞っていると思う。

 学生たちは新しいものを生み出そうと日々努力しているっていうのに。

 創造をしたくて入学した高校ですら、このような慣習は廃れていない。


 まったくもう……とか、そんなことを考えていると、視界の端がぴかっと光った。



 ……やばい。

 ……このタイミングでアイデアの光くる!?



 俺は思考を音読でごまかそうと、熱心に発音する。


 6度、7度、8度、9度……


 人型ロボット、人型ロボット、人型ロボット……


 あーダメだ!

 頭の中が光でいっぱいになってきて、意識が朦朧としてきた……視界ももはや雷が轟いてるみたい。


 今までにないくらい強い衝動。



(ヒフミ助けて!)


 そんな気持ちを込めて、やつの肩を叩いた。


 怪訝そうに振り返って、ヒフミが目を丸くする。


「なんだそれハジメ……お前の目、過去切りロストされた月みたい」

「めちゃくちゃとんでもないこと思いついた」

 

 俺が言うと、ヒフミの黒い目にキラキラと白光が浮かぶ。

 それは、内側から光るような俺の目を、映しているからなんだけど。アイデア暴走の証なんだよ。


 まぁつまり俺が、めちゃくちゃ楽しそうな顔をしていたらしくて。

 ヒフミの解釈がこうなった。


「めちゃくちゃとんでもない、いいものか? よし、創造してこい。あとで僕にも報告してくれよ」


 違うんだって! やばいんだって!


 そんな俺の切実な焦りがついに、アイデアの光に完全上書きされた。


 俺は、めちゃくちゃいい笑顔で言い切った。


「うんフォローよろしく!」

「まかせろ」


 俺ぇーーーー!

 ヒフミぃーーーーー!

 ヒフミは俺の開発品のファンみたいなところがある。だからめちゃくちゃ思い切りよく、快諾してくれちゃった……



「せんせ一。ハジメ君の頭がぶっ壊れたそうです」

「何!? 保健室に行って来なさい」


 もうちょっと物言い何とかならなかった!? 先生も納得はやっ!?



 そうツッコミをしたのを最後に……


 頭の中がほんとに真っ白になって……



 気がついたらーーーー


 ーーーー

 ーーーー




 こんなことに。

 回想終わり。

 まじかよ。


 ガンガン痛む頭を、両手で抱えて、俺はグッタリと体の力を抜いた。


 アイデアの光がバチバチしていた後遺症で痛いのか、それとも今後のことを考えての精神的頭痛か、美少女ロボットが飛びついてきたときに後頭部を打った物理的ダメージなのか……


 そんなのはまぁいい。


 問題はこれからどうするかということなわけで。


 美少女ロボットが、俺の頬を、ペロリと舐めた。


「ウワーーーーーーーーーーー!?!?」


 思わず飛び起きた俺。

 そして、バランスを崩して後ろに転げていこうとした彼女を、慌てて抱きとめる。

 ものすごく間抜けな中腰の姿勢で、俺たちは停止フリーズした。


 何やってんだ、だから、これからどうするかってことを考えなきゃいけないのに。


 不意に触れた彼女の背中は骨格が細くて、膝裏の感触はやわらかく、ふにゃりと俺の指が白い肌に食い込んでいた。上目遣いに見つめられるとたまらなくなって、


 煩悩ーーーーーー!!



「せ、責任を取ります」


 俺がまず思いついたのはこの言葉だった。

 だって申し訳なさすぎる。


 勝手に生み出しておいて、勝手に知能まで与えておいて、勝手にははは裸まで見ちゃって。

 こんな風に触れてしまって。

 だから、


「君を、寿命めいっぱい、幸せにしてみせる!」


 誓った。



 ロボットの健康寿命は、実はそう長くはない。

 精密部品をたくさん使ってプログラムにより複雑な動作を行わせている、彼女の寿命は──


 暴走中の自分が残した製造過程メモを見つけた。

【10日】……なるほど。


 その間だったら、人型ロボットをみんなから隠し通すことができるかもしれない?

 いや、やる。



 美少女ロボットの長い髪と瞳は、黒#000000。現代人のスタンダードカラー。


 容姿年齢は高校生くらいだから、俺と一緒に行動できるだろう。

 高校に連れて行くとしたら、学生管理プログラムを、情報処理特化のヒフミにいじってもらうしかない。悪友ヒフミを味方にしたところは、暴走時の俺グッジョブ……!



 意外ときちんと考えながら、この人型ロボットを作っていたのかもしれないなぁ、俺。


 いやなんで作ったんだよ、とは思うけども。


 部屋に散らばる紙を、一つ手に取る。


「人型ロボット・ユイに優しくしてあげれば、人間とも共存できるはずである」


 ……なるほど。

 ……それが俺が潜在的に知りたかったテーマなのだろう。


 名前ももう決まっているらしい。



 俺は、フゥと息を吐いた。


「ユイ」


 パチ、と彼女が瞬きする。


「ハジメ」


 交互に指差すと、それぞれの名前だと認識できたのか、こくりと頷いてくれた。

 知能高そうだな。


 美少女ロボット改め、ユイに白衣を着せなおして、とりあえず、地下室のソファーに座ってもらう。それはもう壊れ物を扱うように慎重に置いた。


 俺が跪いて、改めて手を取る。



「これからよろしくお願いします。あなたを守るパートナー、ハジメです。あとごめんなさい……」


 付け加えた謝罪を聞いて、ユイがふふっと笑った気がした。


 そして桜色の唇がなめらかに動いて。

 な、何を言われるんだろう?



「わんっ!」



 …………。

 …………。

 ………………!?!?



 とんでもない新たな日常が、始まった。




 [レポート]


 美少女型ロボット ユイ


 ・知識 博士級

 ・知能 犬


 ・装備 白衣

 ・なつき度 MAX




読んでくださってありがとうございました!


「人型ロボットの幸せ学園生活!(を目標にサポートします)」もよろしくお願いいたします。

この作品のコミカル連載版です。



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