不名誉騎士の怒り
すり鉢状の地形を利用して作られた町の跡。
その底を上から眺める。
「なんか、揉めてない?」
私達がその遺跡に着いた時には既に先客が居て、そして、リザードマンの集団と向かい合っていた。
「神殿騎士の一行のようですね」
そうエリシャが答える。
……確かに、リザードマンと向かい合う人物はここからは後ろ姿しか確認できないけれど、彼女と同じピエンズ教の甲冑を身にまとって居る様に見える。
でも、一人しか居ないのに、一行と言うのだろうか。
天羊騎士団の慣習かしら。
「ちょっと、アイツらヤバイかも」
マーリーが眉間に皺を寄せる。
「ふざけるな!」
突然、雷鳴のような怒鳴り声が響く。
どこから取り出したのだろう。
いつの間にか、神殿騎士が馬上槍を手にしていてそれを大振りに振り抜いていた。
リザードマンが数体、その槍に跳ね飛ばされ体が宙に舞う。
「やめなさい!」
エリシャが弾かれたようにそこへ向け飛び出して行く。
リザードマン達も下がりながら武器を構えんとする。
マーリーがエリシャに続く。
私は、聞き覚えのあるその声に足が震えその場から動けなくなった。
◆
天羊騎士団イグロスは苛立っていた。
かつて聖人の住まう都市であった遺跡に自らが下等とみなす蜥蜴人が巣食っている事に。
その下等な存在が、人の言葉を話すことに。
そして、ここにあるはずのクリスタルの存在を秘匿することに。
知らないのではなく、隠している。
その事に気づいたイグロスは自らの持つ聖奇跡ジルコンの力、アドナキエルとしての力を開放してしまう。
叫び声と共に、出現させた馬上槍が下等な存在を吹き飛ばした瞬間、背後の丘の上から
掛けられた声に振り返る。
向かい来るのは自らと同じ天羊騎士団の者であった。
その事が、更にイグロス苛立たせる。
◆
エリシャが、叫び声を上げながら馬を駆り斜面を駆け下りる。
抜き放った細剣を片手に。
かつて戦場を駆け巡った軍馬はアドナキエルの叫びに慄く事無く疾走し、エリシャの怒りに応える。
「主よ、力を<鼓舞>」
自らと馬の両方に強化の祈りを施し、人馬一体となり遺跡の底の天羊騎士の元へと走る。
◆
「何か用であるか?」
イグロスは騎士が丘を下り、そしてその騎士が自分と正対するのを待ってからそう声を掛ける。
相手との間に十体の英霊が、左右に分かれ道を空けるように並ぶ。
「一方的な迫害は、主の教えに背きます」
エリシャは下馬せずにイグロスにそう言い放つ。
イグロスは、相手の胸に不名誉印が刻まれているのを認める。
「迫害ではない。戒規だ。神を信ぜぬ背教者に対する正しい制裁だ」
「主は全てを等しく愛せよとおっしゃっています。信ずるかどうかに関わりなく」
そう言った後、エリシャはイグロス背後の蜥蜴人に視線を向け、馬上槍にはね飛ばれた者たちが既に立ち上がり、後方に下がっているのを確認する。
その視線に気付き、イグロスの苛立ちは加速する。
「この出来損ないの世俗主義者め!」
エリシャの不名誉印を出来損ないと罵り、言葉から世俗主義と切り捨てる。
そのイグロスの言動はエリシャの教えを全て否定していた。
不名誉印は、自らの至らなさを省みる修行の一端でありそれ自体は蔑まれる物ではない。
そして、博愛こそが主の意志とそう信じてきたのである。
「主の教えを捻じ曲げる原理主義者が!」
エリシャは細剣を握る手により一層力を込める。
神、ひいては、その代弁者であり指導者である教皇を絶対とする原理主義。
教皇すら、神の前では大勢と同じく一人の人間に過ぎないとする救済主義。
ピエンズ教内に置いて両者は、対立に近い隔たりがある。
最も教団内に於いては原理主義が多数派であり救済主義を教え説くのは地方の教団権力から離れた司祭に多い。
エリシャの居たピス大聖堂でも救済主義を説いていた。
同じ神を仰ぎながら考えの異なる両者が睨み合う。
「目的は知りません。ですが、見過ごすわけにも行きません。お引き取りを!」
エリシャが、努めて冷静にそう言う。
「私の行いに指図する事、それ自体が、既に教えに背くと、分からんのかぁ!!」
叫び、馬上槍を突き出し突進するイグロス。
この脚部は、瞬時に馬の後脚へと変わる。
アドナキエルの力を顕在化させた一撃。
素早く詰められた間合いに、反応する事すらままならずエリシャの甲冑がその穂先を受ける。
馬上から跳ね飛ばされ地に全身を打ちつけるエリシャ。
その機を逃さず、リザードマンの戦士達がアドナキエルへと飛び掛る。
相手を、かつて同胞を殺めた異形と同類だと認識し怒りを露わにする。
マーリーが下馬し、エリシャへと駆け寄る。
「エリシャ!」
マーリーに身を起こされ、なお、エリシャは呆然として居た。
自分に何が起きたのか理解出来て居なかった。
視線の先で、異形と化した神殿騎士とリザードマン達が戦いを繰り広げて居た。
その向こう。
地面に、大きく抉られた跡があった。
「逃げよう」
マーリーがエリシャの両肩に手を置き、そう声をかける。
マーリーにとって、リザードマンもそれに対する異形の魔物もどうでも良い存在であった。
尋常では無い力を持つ魔物。
そして、一切の動きを見せない十体のレイス。
彼女が本気で戦い勝てるかどうか。
そう判断した。
しかし、彼女がその力を十全に発揮するには今しばらく待たねばならなかった。
大地を赤く染める夕陽が完全に地の下へと隠れるまで。
「逃げる……」
その言葉に、エリシャは我に返る。
そして、自らに癒しの祈りを施しながら立ち上がる。
『逃げなさい』
それは、エリシャの母親の最後の言葉だった。
悪漢に襲われ、自らを盾にして娘を逃し彼女は死んだ。
それ故、彼女は逃げる事を禁忌とした。
あの時逃げなければ、母親は死ななかったかもしれないと、どこかでそう思って居た。
「逃げない……逃げない!」
エリシャは、剣と盾を構えアドナキエルへ向け走り出した。
アドナキエルを前にして無力な力を振るう勇敢なリザードマン達を救う為に。
それに気付いたアドナキエルは、ランスを振り回し纏わりつくリザードマンを弾き飛ばす。
そして、迫るエリシャへと体を向ける。
伸ばされた馬上槍の穂先を躱し、横っ面を盾で弾きながら細剣を突き出す。
首を狙ったその一撃は、体を逸らされ躱されるが、エリシャは足を止めず死角へと回りこまんと動く。
そうして、体格で劣る相手に対し早さと手数で翻弄して行く。
半年以上、フルグレイの屋敷でゼンに鍛えられたその技で。
アドナキエルは、そうして剣を突き立てる相手が、しかし、非力であるとわかるとそこで戦い方を変える。
攻撃を受け、そして、剣を引く、その瞬間を狙い馬上槍を打ち据える。
辛うじて盾でそれを防ぐが、勢いを殺しきれず次第に体勢を崩される様になる。
一進一退の攻防。
リザードマン達はそれに割って入ることすら出来ず遠巻きに見守るのみである。
同じく戦いを見つめるマーリーは、エリシャを包む異変を感じ取って居た。
盾で受け止める馬上槍が、徐々に重くなる。
力で劣る、その事をエリシャがにわかに実感する。
もっと力を。
自分を鼓舞する為に、エリシャが吠える。
それに応える様に、盾にはめ込まれた星輝石、クリソプレーズが仄かに翠色に光る。
ヒザマルが施した未熟な封印が解かれようとして居た。
少しずつ、体に力が流れて来る。
相手の動きが見える。
エリシャは、その力を受け入れ更にそれを求めた。
戦いに勝つ為に。
「そうか。その盾、ノイセンの物か!」
イグロスが記憶の中にあるかつての持ち主の名を口にする。
「彼の無念を知っているのか!?」
「無念? 殺されて当然の世俗主義者であろう」
「ッ! 貴様!」
怒りが星輝石の封印を完全に搔き消した。
【罪過のハナエル】。その力はエリシャは包み込んだ。
「エリシャ……」
マーリーが、力なく呟く。
得体の知れない力に取り込まれて行く彼女を成すすべなく見つめ。
振り下ろされる馬上槍。
エリシャは身を捻り、それを躱す。
そして、細剣を突き出す。
アドナキエルの鎧の隙間に滑り込んだ剣先が肉を裂き、骨まで達する感触を握り込んだ柄越しに感じ取る。
相手の動きが見える。
身体が動く。
勝てる。
エリシャは、より一層速度を上げながらそう思った。




