怒る美人
スコルピオ公爵は自らの息子が連れてきたレーヴの使者と名乗る女と自らの屋敷の一室で向き合っていた。
ともすれば柔らかく見えるその微笑みは、訓練の末に身に付けたものだろうと短い時間で公爵は結論付けた。
そのように訓練された女をわざわざ使いに寄越す、レーヴ王国の元宮廷魔術師の子息。
会った事の無い男であったがその心象は良くなかった。
手渡された親書。
中には二枚の紙。
女の前で目を通す。
一通目。
レーヴに異変が起きようと変わらぬ友好を。
つまり何があっても攻め入るなと言う事である。
スコルピオ公国はブリズニツ王国の同君連合であり、正式な君主は今は亡きブリズニツ国王である。
革命の余波でその座は空席のままとなっており、スコルピオ公国自体の処遇も空に浮いたままとなっている。
そう言った状況もあり、公爵は息子がブリズニツで好きにしていることを見逃しているのである。
より内部の情報を得るために。
どちらに付くか、その二択となったときに息子は自分に付くだろう。
そう読んでいた。
当の息子はそうは思っていないのだが。
それよりも、その後に書かれていた情報の方が気になった。
ピエンズ教に不審な動きが見られるので注意されたし。
しかし、それ以上に具体的な記述が無いので何を注意すれば良いのか見当も付かず公爵はこの信書の意図を掴みかね、そして、二枚目に目を通す。
二枚目の紙は公爵向けの手紙では無かった。
目の前で微笑みを絶やさない、ジェルメールに向けたものだった。
ざっと目を通し、そして、その紙をその女へと渡す。
初めて笑みを崩し、驚きの顔をした後、手紙に目を通し目を細める。
その顔を見て、不意に美人だななどと自分の娘ほどの女に目尻を下げる。
ジェルメーヌ宛の手紙の内容はこうだ。
暫くレーヴ内部が乱れるだろう。
死に顔を見せたくないし、見たくもないのでブリズニツへ留まれ。
直にミラーシャ達も追いかけさせる。
信書を理由に自分の女を危険から遠ざけようとする様な男ならば信用出来るだろうと、当初の心象を変える。
そして、ミラーシャの名を記すことで、暗にスコルピオの動きを制してみせたのだ。
彼女は、今は空席となっているブリズニツ王国の王位継承、第二位に位置するのだから。
そして、立ち消えになったとは言え息子の婚約者候補である。
領土的な野心があれば構う事なく攻め入るだろうが、そうで無い公爵には十分な重しである。
なかなかの切れ者だな。
公爵は、僅かに怒りを滲ませた女を眺めながら会ったことの無い手紙の主を評する。
「返信は別の者へ持たせよう」
「いえ。それには及びません。
皆様勘違いなさってるようですが、宝石というのは磨かれて使われるから輝くのですよ?
箱に入れたまま仕舞われる宝石にどんな価値がありましょう」
「ふむ」
公爵は女の強気が気に入り一つ、戯れを口にしてする。
「もしその男が死んだら、我が息子の所へ嫁いで来ないか?
放蕩している方ではなく、ここの世継ぎである弟の方だ」
その誘いにジェルメーヌは微笑みながら答える。
「それは、後悔いたしますわよ?」
公爵は提案を取り下げた。
本気で怒る美人ほど、頭の上がらない存在は無い。
彼の経験がそう言っていた。
◆
ジェルメーヌと入れ違いに部屋へと入ったルトは父親の上機嫌な顔に怪訝そうな顔をする。
「何か良いことが有りましたか?」
或いはあのジェルメーヌと言う使者が余程良い話を持って来たか。
しかし、レーヴからの非公式な使いが一体何を土産に持って来たと言うのか。
ルトには皆目見当がつかなかった。
「儂も後十年若ければなと思うてな」
「まだ老け込む年でも無いでしょう」
「いやはや。
最早、熱など残っておらぬよ。
どうだ。下は楽しいか?」
上機嫌のままそう問われルトは戸惑いながら答える。
「それなりに。
最初は食い物に釣られて来たような者が大半ですが、それでも少しずつ自分の国を守ると言う事を自覚して来ているように思えます」
「ここでは皆当然の様にやっている事なのだがな」
「広さが全然違います。
彼らにとって国とは、実体のない、言うなれば神みたいな物だったのです」
「なるほど。神か。
神に見放され、やっと自分で立つ事を覚えたか。
それで、お前は神の代わりとなる気か?」
ルトは首を横に振る。
「あの国は神など居ない。
皆同じ人間なのです。
貴族とて例外では無く。
まあ、その理想とは程遠いのが現状ですが」
「その世界は、面白くなさそうだな」
「それはそうでしょう。
父上は追われる側なのですから。
その代わり、国民が選べば王にもなれます」
「それは力で勝ち取るから価値があるのだよ。
……それで何の用だ?」
ルトは一つ息を吐き本題を切り出す。
「レーヴの知り合いを紹介していただけませんか?
出来れば温厚で、先の見える人物」
「何をするつもりか?」
「国境を開いていただきたいのです。
共和国として、正式に国交を結ぶのです」
「まだ結んでおらぬのか?」
父親の当然の驚き。
ルトはそれに眉をしかめ答える。
「そもそも、よく革命など成ったなと驚く様な有様で」
ブリズニツ共和国の内情を思い出し盛大に肩を竦める。
「ふむ……。
お主らと話が合いそうな者……」
公爵は、レーヴでの顔見知りを思い浮かべる。
しかし、息子の話に耳を傾ける様な者に心当たりは無かった。
「あの、ジェルメーヌと言う使者。
その手紙の主。フルグレイと言うのだが、お前、一度会って来ぬか?」
「構いませんが」
「面白い事をほざいておる。
レーヴも、早晩王が潰える、と」
「……そのような事を嘯く人間が本当に信じられるので?」
「それを見極めて来い」
「そう言う事ですか。わかりました」
「つまらぬ男なら、それはそれで良い」
「切れ者ならばどうしますか?」
「どうもせぬ。言った様に最早、熱は無い」
ルトが訝しむ視線を投げる公爵は、言葉とは裏腹にミラーシャを保護し、それを大義名分に、聖槍を掲げブリズニツへ攻め入ろうと言う野心に火を付けようとして居た。
しかし、それは翌朝には消えるのだが。




