走って汽車を追いかけていた化物、再び
「また来たのか……」
「おうよ!」
心底嫌そうな顔をする牛頭。
さあ!
刮目しろ!
「ふん!」
振り下ろされたその棍棒を、剣で受け止める。
そのまま弾き、体を流しながら刀に力を乗せる。
さあ、にわかの二刀流はどうだ?
◆
「小手先に頼りすぎ」
先程の戦いをイネスが評する。
刀と剣で立ち回って、そして、ガラ空きになった顔面に思いっきり張り手を食らう。
頭を揺さぶられ立つことすらままならない内に牛頭は消えて行った。
「次は真っ向から勝とう」
次は、行ける。
手応えは、あった。
「そろそろルトも着くか。
まだなら明日もう一回挑んでも良い」
「ミノタウルスは本当に嫌そうな顔をしていた」
そうか?
結構楽しそうに見えたけど。
そんな話をしながらスコルピオへ戻る。
その入り口で、ルトと彼が案内をして来た一団と鉢合わせになる。
「着いたのか」
先頭のルトに軽く手を上げる。
その後方には揃いの鎧を身に付けた集団。
天羊騎士。
ピエンズ教の神殿騎士だ。
先頭の男以外は皆、目深に兜を被っていて表情が見えない。
このブリズニツからスコルピオ、レーヴへ抜ける道は彼らの巡礼路でもある。
修行として……それは何ら可笑しくは無い。
だが……。
「下の村で一緒になった天羊騎士団の方だ。
巡礼としてレーヴに向かうらしい」
軽く頭を下げる。
その先頭の男。
見覚えがあった。
アドナキエル。
ヨルチの仇。
一瞬火の付きかけた心を静める。
幸い、相手は俺に気づいていないようだ。
「では、我々はこれで。
道案内、感謝します。
いずれ、また」
そうルトに声を掛け、騎士団は町の中へと消えて行く。
その背を眺めながらルトに言う。
「宿で、怖い人が首を長くして待ってる。雷鳥亭だ」
「ヒザマルは?」
「……少し、買い物がある。イネス付き合ってくれ」
エルフの娘が、無表情で頷く。
◆
騎士団の一行の背を眺めながら離れて付いていく。
方角から、行く先は礼拝堂だろう。
『よく堪えたな』
……ルトがいたからな。
俺達の因縁にあいつは関係ない。
下手な火の粉を飛ばしたくない。
牛頭との戦いの後で、気落ちしていたのも良かった。
『それでも一瞬殺気が出たがの』
俺は聖人じゃないからな。
知人の仇だ。
結局ヨルチの墓は見つからなかった。
オーギュストによると、死体すら見つかっていないらしい。
野山で魔物の餌にでもなったのだろう。
俺は、線路の側へ花を置き、そして、フルグレイの壊した橋を工夫達が作り直す様をしばし眺め彼に別れを告げた。
そんな、神殿騎士団がここに何の用だ?
いや、用はおおよそ見当が付く。
「イネス、テフラスの力を借りたい」
「襲うの?」
無表情で聞き返すイネスに首を横に振る。
テフラス。
イネスが使役する闇の妖精。
それは、人を闇に紛れ込ませる。
陽の光の下では効果を発揮しないが、幸い空には雲が厚く立ち込めている。
「奴らの目的を知りたい」
「分かった」
少し歩様を早め、騎士団の背を追いながら答える。
「テフラス。悪戯な闇の精。悪魔の使い。共に遊びましょう。かくれんぼ。かくれんぼ」
そう歌うようにイネスが囀る。
曇天の空の下、彼女の姿が消える。
そして、俺も。
走る速度を上げ、騎士団の背を追いかける。
◆
「アメジストの聖槍を引き取りに参りました」
アドナキエルが、スコルピオの司祭に向かい言い放つ。
俺はそれを礼拝堂の影に身を隠し覗き見る。
礼拝堂には聖サッソリーと呼ばれる聖人の像が置かれており、その手にアメジストがはめ込まれた美しい槍が掲げられている。
「引き……取り、ですか?」
その像を見上げるアドナキエルの横顔に司祭が戸惑いを含む言葉を返す。
「左様です」
「しかし、この聖槍は過去より当礼拝堂の物ですが?」
「元は聖ピエンズの所有物。それを十二人の弟子へと貸し与えた。
というのが正教の見解です。
それ故、聖ピエンズの元へ今一度全てを集めるのです。
何か問題でも?」
「いや、しかし……」
なおも眉間に皺を寄せる司祭を見るとそれは一方的な言いがかりなのだろう。
「全ては教皇のお決めになった事。
即ち、主の意志なのです。
不服ですか?」
「教皇が……わかりました。
しかし、この槍は聖サッソリーの物。
そこは、勘違いなさらぬように」
「その思い違いも近いうちに改めることになるでしょうな」
僅かに怒気を孕んだ司祭の声。
それを打ち消すようなアドナキエルの笑い声が礼拝堂に木霊する。
「どういうことでしょう?」
「再誕の日が近い。
そう言うことですよ。いくら信仰が薄くても、その意味はお分かりになるでしょう?」
「再誕の……」
当然の様な口ぶりのアドナキエルと対称的に絶句する司祭。
トントンと、何かが俺の肩を叩く。
イネスか。
そろそろ時間という合図だろう。
静かに、音を立てぬよう礼拝堂を後にする。
◆
雨が降り出した礼拝堂。
そこを素知らぬ顔で訪れる。
中では司祭が一人、槍を取り外され空手を掲げた聖人の像を心ここにあらずと言った面持ちで見つめていた。
俺からすれば、それでもなお、威厳を失っていないように見える。
「美しい像ですね」
普段は参拝者が座る長椅子に腰掛けた司祭にそう声を掛けながら、通路を挟んだ反対の椅子に腰掛ける。
「聖サッソリー様。
聖ピエンズ様の十二の弟子のお一人。
その後、この聖堂を建立されたお方です」
俺はピエンズ教にはほぼ縁がない。
カトリ大明神、カシマ大明神。
武士は、この二人を拝めは良いって言う親父の所為だが。
その拝むべき神が何処にいてなんなのかは知らない。
つまり、俺にとって神は無いに等しいものなのだ。
「しかし、その象徴は……失われてしまった」
放心しながら司祭はそうつぶやいた。
「象徴?」
「再誕など、起きるはずは無い。一体何をしようとしているのだ……」
「司祭殿?」
「ノイセンの言葉は正しかったのか……」
「それは、天羊騎士団に殺されたノイセンですか?」
詳しくは知らないが、エリシャが副団長にその名を告げていた。
不名誉を、雪ぐ、と。
司祭が、微かに眉を上げ俺を睨みつける。
「一体、何が起きるのです?
ピス大聖堂でも同じように星輝石が奪われた」
「……旅の人。貴方、何を知っている?」
司祭の探るような目を真っ直ぐに見返し答える。
「何も。
偶然、ピス大聖堂のその場に居合わせただけです。
ノイセンは、ディラハンとなり彷徨っていた所を知り合いの神殿騎士が浄化した。
それだけです」
司祭が再び像を見上げる。
「再び聖王戦争を起こし、教皇が神となる。
ノイセンは、そう言っていました。
ブリズニツの混乱も、レーヴの混乱も全てはその為、と」
「なぜ、教会が国を混乱させる必要があるのです?」
「……わかりません」
司祭は静かに首を振る。
「聖槍を手に入れ、次は何を求めるのでしょう?」
「わかりません。
ただ、巡礼路を辿るならレーヴへと向かうでしょう。
そうすると、ベルソー、聖ミスカのクリスタル、トラス、聖ウシーザの聖剣、そしてレーヴ王室、聖シシリアのジャスパー……」
クリスタルは手の内にある。
聖剣は亡きトラスの王と共に何処かへと失われたと言う言い伝えがある。
残るは一つは王室。
いかに神殿騎士団とて、簡単には立ち入れない。
いや、あと一つ。
エリシャの盾がある。
狙いは……どれだ?
全て……か?




