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花売りの姉

 六年前、トラス地方を治める公爵の長子が王都において刃物で刺されると言う事件が起きる。


 その加害者がトラス人の女性であった事から、即刻斬首刑にすべしなどと言う強硬な意見が一部有力貴族達から上がる中、王立裁判所の判決が待たれる事になった。


 様々な横槍が王立裁判所に向けられていると噂が流れる中、事件は続く。


 刑の確定を待つ間、獄中にて女が殺害される。

 犯行に及んだ騎士見習いの男はその場で自殺を図り命を絶った。


 公爵の息子が刺された理由、女が殺害された理由の解明が為されないまま、王宮裁判所は死亡した女へ禁固一ヶ月と言う判決を下し事件の幕引きを宣言した。


 しかし、この事件は公爵家のトラス地方統治への揺らぎを与える事となる。

 女は、暗殺されたのだと言う根も葉も無い噂と共に。


 これが、表向きの過去である。



 女が獄死した命日である今日、襲撃が起きたことは偶然ではなく、それが一番トラス人の感情を動かしやすい、とそう見立てたからであろう。


 しかし、デルシアという騎士がその女と旧知であり、その墓参りの為の帰郷の途にあった事、そして、手練の冒険者が町に居合わせた事。

 それにより、何者かの計画は潰えることとなった。


 ◆


 騎士団が野盗共を蹴散らし、見える範囲で敵は居なくなった。

 しかし、同時に夜になり暗闇の中、破壊された門がポッカリと口を開けたまま敵を敵を警戒する必要が出てきた。


 デルシアは手早く騎士団の人員を配置し直すと共に、テロリストを本当に義勇軍に仕立て上げた。


 その様子を壁の上から、傷薬を塗りながら見つめる。


「高みの見物か」


 イネスと花売りがやって来た。


「そっちも大変だったみたいだな」


 漠然と状況は聞いた。


「別に」


 相変わらず涼しい顔で答えるエルフ。

 その後ろの花売りは憔悴しきった顔をしている。


「お前の兄貴は大活躍だな。きっと出世するぞ」


 大声を張り上げているデルシアを見ならが言う。

 機転が利いて、武力もある。

 順調に行けば、騎士団長になってもおかしくないだろう。

 それくらいの人物だ。


「……兄貴じゃないわよ?」


 壁の下の男に目をやりながら花売りが答える。


「あれ? 兄さんって」

「小さい頃にそう呼んでただけ。……姉さんと一緒に」


 成る程。

 道理で似てない訳だ。


 ……似てない……いや、似ている……?


「……コレッタ。コレッタ・エルマル?」


 俺が口にしたその名に、花売りが反応した。


 ◆


 それは、ピス大聖堂で殺害された司祭の葬儀が行われる日の朝。

 朝靄の中、一人剣を振った後のこと。


「おはようございます」

「おはよう」


 途中から、こちらを眺めていた修道女の人。

 ここに住み込んでいる人だろう。


「エリシャも一緒に行くんですって?」

「ええ」

「あの子、私の妹に似て向こう見ずな所があるから少し心配」


 そう、遠い目をしながら彼女は言った。


「……元気かな」


 そう、続ける。


「会って無いんですか?」


 俺の問い掛けに寂しそうな顔をする彼女。


「私は……故郷には帰れないの」

「そうですか」


 あまり深く聞いて居ないが、ここには何かしらの事情を抱え一時身を隠す人が何人か居るらしい。

 彼女もそんな一人なのだろう。


「故郷はどこですか?」

「言わない。

 でも、そうね、貴方が何処かで妹に会ったら私が生きていることを伝えてくれる?」

「いや、妹さんの顔、知らないですし」

「名前はコレッタ・エルマル。

 年は貴方と同じくらい。

 今は……何をしてるんだろう。

 花売りでもしてるのかな」

「名前と花売りってだけでは何とも」

「ここにね、ハート型の痣があるの」


 そう言って彼女は、自分の恥骨の辺りを指差す。


「それ、聞いたら怒られません?」

「じゃ目で確認して見たら?」


 彼女が妖艶な笑みを浮かべているのに気付き、からかわれているのだと思った。


 呪いなどお構いなしに、ドキリとする、そんな笑みだった。


『魔性の女じゃな』


 そうだな。


 ◆


 乾いた音が夜空に響く。

 ジンジンと痛む左頬。

 真っ赤な顔をした花売り。


 ほら。

 聞いたら怒られた!


「どう言う事よ!?」


 ◆


 当時、獄中で刺された女は、運び込まれた教会の治療院にて一命を取り留める。

 しかし、生きながらえても死刑になりかねない世論を鑑み、司祭は一計を案じる。


 治療の甲斐なく死亡したと周りをあざむき、棺桶に睡眠の魔法を施した女を入れ、司祭の権限にてその日の内に葬儀、埋葬を行う。


 そして、深夜に一人棺桶を掘り起こし彼女を逃し、ピス大聖堂へその身柄を預けた。


 女にとっても、また恩人となった司祭にとっても生かされた事が明るみに出ると不都合が多い。

 六年間秘して来たその事実を、ヒザマルに託した事に深い理由は無い。

 妹と年と性格の近いエリシャの旅立ちに感傷的になった、その程度の事だろう。


 しかし、偶然が重なりその糸は紡がれる事となった。


 ◆


「ピス大聖堂のパム・パタールって人を尋ねて見ると良い」


 痛む頬を抑えながら、彼女にそう告げる。

 偽名だろうが、あの人はそう名乗った。


「敵討ちは、不要になった?」


 それを見ていたイネスが、僅かに口角上げながら尋ねる。

 俺はそれに笑みを返す。


「そう。それが良い」

「どうして?」

「私がしていることも、姉の敵討ちのようなもの」


 そう、腰の鉈を引き抜きながら言う。


「でも、不毛。

 怒りは治まらず、かと言って見過ごすこともまた苦痛」


 そう言いながら、イネスは空に向け鉈を振るう。

 その刃に月の光が反射する。


「それでもやるなら手伝っても良い」


 その問いに花売りは首を横に振る。

 それを見て、イネスは鉈を鞘に納める。


 そして、篝火の光が僅かに闇を照らす街の外を眺める。


「俺は暫くここで様子を見る。

 お前、どうする?

 宿に戻るか?」


 その背に問い掛ける。

 夜の襲撃は無いとは思うが、野に転がる死体を求め魔獣が現れる可能性もある。

 駅の方から運ばれた死体も積まれ、満足な葬いも出来て居ないのだ。


「私もここに居る」

「そうか」


 振り返りもせずにそう返事がある。


「何か、食える物と水を買って来て貰って良いか?」


 花売りに顔を向け、そうお願いする。


「良いわよ」


 花売りに銀貨を五枚渡す。


「俺は肉が食いたい。

 お前は?」

「私も肉。

 味は濃く無い方が良い」

「わかった。適当に見繕って来るね」

「ああ」


 ◆


 お使いをお願いして結構時間が経ち、逃げられたかと不安になった頃に花売りが戻る。

 手にバスケットを持って居る。

 そして、はじめに飛び込んだ宿に置きっぱなしになって居た俺たちの荷物も。


 ……良かった。


「ごめん、遅くなって。何かバタバタしててあんまり売って無くて。

 後、荷物。訳を話して回収して来た」

「助かる!」


 失礼だと思いはしたが受け取った荷物の中身を確認する。

 無くなった物は無さそうだ。


 その間に花売りはバスケットを下に置き、中からパンやら薄切りの炙り肉やらを取り出す。


「急いで作ったから簡単だけど。

 水も買って来たけど、お茶を沸かそうか?」

「……え、作って来たの?」

「大丈夫か?」


 イネスが眉間に皺を寄せる。


 こいつとの旅で、初日に食べた弁当は……残念ながら口に合わなかったらしい。

 いや、不味くはなかったけど?


「口に合えば良いけど」


 イネスが肉を一切れ口に運ぶ。


「どう?」


 花売りの問い掛けに答えず、無言でもう一切れ。


「……うん」


 そう言ってもう一切れ。


「おいしい」


 そう言いながら再び手を伸ばす。


「待て。俺の分が無くなる!」

「早い者勝ち」



 先を争う様にイネスと弁当の取り合いになる。

 そして、沸かした湯でお茶を淹れながらこれからの予定を話し合う。


「私は朝までここに居ようと思う」

「じゃ……まあ俺も今晩は付き合うか。

 何もなければ、明日一日休んで西へ向かおう」

「そう言えば、汽車は明日走らないかも知れないと言って居た」

「いや、乗らないよ。馬で戻る」

「そうなの?」

「そう」


 何か、蒸気機関車に乗るとろくな目に合わない。


「……ありがと」


 花売りがポツリと言った。


「いや、この弁当が食えただけで頑張った甲斐があるよ」

「それ、カッコいいと思ってる?」


 イネスにジト目で言われ、花売りがクスリと笑う。


 ◆


 明け方、懸念されていた様な事は特に起きず白んで来た空の下少しまどろんで居るところに、デルシアが現れる。


「お前、俺と働く気は無いか?」

「……騎士に?」

 また勧誘か。


「正規の騎士として叙勲できる立場では無いが相応の立場を用意する」

「例えば?」

「傭兵部隊長とかな」

「荷が重い。

 俺は、無様に生き永らえるくらいなら命を捨てる。

 そんなのに隊長は務まらないだろ」


 傭兵家業は命が優先と聞く。

 それに、上に立って締まる様な年でもないし泊もない。

 デルシアが俺の顔をまじまじと見る。


「変な奴だな。

 そんな奴だから見知らぬ町で騒動に巻き込まれても文句ひとつ言わないのか」


 いや、文句は言いたい。

 特に、いきなり人を投げ飛ばしたイネスに。

 そして、そんな状況を作ったあの侯爵に。


 まあそのお陰で美味いメシが食えた。


「それに、やることもある」


 首を横に振った後、そう答える。


「だから、近いうちにここを離れる」


 デルシアが居れば多少の襲撃など問題ないだろう。

 むしろ居残ってそれに組み込まれる前に行くべきだ。


「そうか。月並みだが気をつけていけよ。

 用が済んで食い扶持に困ったら俺を尋ねてこい。

 生きていればこの国の何処かに居るだろう」

「ああ」


 そう答えた物の、傭兵をするつもりはあまりなかった。

 今とやっていることがどれだけ違うかと問われると答えに困るのだが。


 ◆


 日が昇り、そろそろ切り上げようかとイネスと相談して居るところで花売りが朝飯を差し入れに来る。


「おはよう。

 これ、簡単だけど」

「おお、ありがたい」


 差し出されたバスケットを受け取る横からイネスの手が伸びる。


「何も無かったんでしょ?」


 その問い掛けにパンを口に詰め込みながら頷く。


「良かった」

「杞憂だった」


 イネスが静かにそう答えたのが少し気になった。


「何を心配してたんだ?」

「死体を闇の中から操る、そう言う忌むべき存在も居る」


 それ以上は、飯が不味くなりそうなので聞かなかった。



「どっかで宿を取ろう。一眠りしたい」


 差し入れを平らげ、そうイネスに提案する。


 イネスは素直に頷く。


「ゴブリンが現れたら起こしに来て」


 そう花売りに伝えながら立ち上がる。

 それ以外では、起こすなと言う事だろうか。


 壁の上の兵に引き上げる事を伝え、後を託す。



 俺達が壁から下りた、丁度その時、昨日狙われた侯爵が護衛を連れ現れる。

 花売りが咄嗟に俺の陰に隠れる。


 何しに来たんだ。


「皆、賊の襲撃に備え不眠で働いて居ると聞いた。

 それに謝意と激励を伝えに来た」


 侯爵が、そう、朗らかに言った。


「なら、飯の一つも差し入れろよ」


 横に居た兵士が、嫌そうに呟く。

 徹夜で疲れきった兵士達から、殺気に近い空気が漏れる。


 侯爵に悪気は無いんだろうけども。

 周りも止めろよ。


 そんな殺気だった兵士達を満足そうな顔で見渡し、俺達の所で視線が首が止まる。

 そして、目を丸くして駆け寄って来る。

 頬を紅潮させ。


「おお! 其方は昨日助けてくれたご婦人。

 ここにおられたか!」


 そう言ってイネスの前に立つ。

 助けたんじゃ無くて投げ飛ばしたんだけどな。


「是非、礼をしたいのだが……」


 そう言いながら、侯爵は両手でイネスの手を握りこもうと僅かに腰を曲げ前かがみになる。


 パシッ。


 イネスが差し出された侯爵の手をはたき落したその音は、やけに大きく響き渡り、兵士達が一斉に二人の方を向く。


 場を静寂が支配する。

 衆目の中、イネスが口を開く。


「触るな。チ◯ポ見たいな顔で」


 それは、冷たく心底嫌そうな声で……。


 宿を取らずにこのままこの町から立ち去ろう。

 兵士達が噛み殺す笑いがあちこちから漏れる中、俺はそう決めた……。


 ◆


 暫くののち、コレッタは故郷を離れ、セブ大聖堂にて姉と再会する事となる。


「そうか。あの子が伝えてくれたか」


 再会の喜びに涙する妹を包容しながら、姉はその言葉を託した少年を思い出す。

 妹が落ち着き、そして、二人川を眺めながら近況を話し出す。

 はじめは、ポツリポツリと。

 やがて、六年の歳月埋めるように賑やかに。


「ところで、あの子、抱いた?」


 唐突にそう言われ、コレッタは真っ赤になる。


「だ、抱いて無いよ! なんでそうなるのよ!」

「何で? 裸見せたんでしょ?」

「見せてない!」


 そう、からかわれながら、しかし、姉が昔と変わらない笑みを浮かべていることに妹は安心し再び涙を零す。


「あーあ、勿体無い」


 そして、その言い方に、ああ、昔からこう言う女だったと思い出の中で美化された姉の姿を訂正する。


 やがて二人は、再会を約束し別れる。



 コレッタに再び故郷に戻る気は無く、しかし、これと言って生きていく術も持たない彼女はセブ大聖堂の司祭の使いとして頼まれるままにラールと言う町に赴くことになる。


 そこで偶然知り合った女性に誘われ、鉱山そばの飯屋に住み込みで働き、肉体労働で疲れた男達を相手にその料理の腕を存分に振るうことになる。

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