テロ事件勃発
トラス地方はレーヴ王国東部を示す地名である。
かつて、ここにはトラス王国と言う国が存在したが、レーヴ王国へ併合されたと言う経緯を持つ土地である。
併合初期こそ温和的な政策が取られはしたが、次第にその締め付けを強化し抑圧を強化し自治を縮小させて行く。
そして、海洋沿いに発展したトラス王国の発展の原資となった貿易の規制により衰退、貧困の一途を辿る。
このようにして、トラス地方はレーヴの支配下に置かれながら中央政府に対して反発を強めて居るのである。
そのトラス地方の一都市、ビトリアへは首都より蒸気機関の路線がつながっておりレーヴ王国内の東の終点となっている。
そこへ、一台の蒸気機関車が到着した。
◆
汽車がホームに着き、真っ先にそれから飛び降りる。
やっぱり大地は最高だ。
しかし……帰りはどうしようか……。
いっそここで一泊するか。
このまま蒸気機関車に乗ってとんぼ返りする気は起きないのである。
流石に。
「顔、青い」
ポツリと呟いたイネスを睨みつける。
うるせーよ。
誰のせいだと思ってんだ。
お前がフラフラと反対方向の汽車に乗り込むからこんな事になってんだよ!
反省しろ。
しかし、その抗議を口に出す余裕すら無い。
疲れた。
物珍しそうに蒸気機関車を眺めるイネスに、少しならと甘い顔をして西まで行こうとか考えたのが裏目に出た。
「少し、どっかで休む」
取り敢えず、駅から離れよう。
二度三度と屈伸をしてから出口に向かい足早に歩き出す。
◆
まだ、真新しさの感じられるレンガ造りの駅の先は広場になっており、出迎えや旅行者への物売り等で人があふれかえっている。
その中で一際色鮮やかな花売りが目に入り、この旅の目的の一つを思い出す。
命を賭して王女の守った元近衛兵隊長。
彼の墓前に花を手向け、そして、王子を守れなかった事、王女はひとまず無事な事を報告に行くこと。
最も墓の場所は知らないので、少し聞いてわからなければ線路脇にでも置いてこようと思っているが。
そう言えば、あっちの国で花なんか買えるだろうか?
そんな余裕など無さそうな情勢にも思えたが。
無ければ、少しキザに酒でも置いておくか。
そんなことを考えながら、花売から目を外そうとして、その売り子とは不釣り合いな表情が目に入った。
欠片も笑みを浮かべていない、おおよそ売り子とは思えない固い表情。
慣れてないのか。
あれでは、花は売れないだろうな。
折角だから一輪買おうか。
キザに。
などとそちらへと足を向ける。
出会いは突然に。
親父の言葉。
その機会は多いほうが良い。
いや、そんなやましい気持ちでは無いのだ。
無いことも無いか。
あの花は……誰に似合うだろう。
赤はブブラ、黄色はドドモ、ピンクは……いや待て。リザードマンばかりってどう言う事だよ!
一刻も早く呪いを解かねば……。
その為にフロウさんを捕まえねば。
あれだけ強い人だからまあ、向こうに行けば噂の一つや二つ聞こえてくるだろう。
その程度の算段しか無いが。
ふと、違和感を感じた。
花売りが俺を全く気にしていない。
いや、人目を惹く風体だとかいう、自惚れではなく。
客を見ない物売り。
その視線は俺の背後。
駅舎の入り口へと向いている。
その眉が、僅かに上る。
そして花に影に隠していた右手を引き抜く動き。
間合いを詰め、彼女の真横に。
その手にした、小型のスチーム銃を掲げる。
その銃身を右手で掴む。
「ーーーーー(水よ、沈め)」
女が、一瞬こちらを見るが構わずに引き金を引く。
しかし、それは蒸気機関は既に動作せず。
銃内部の水を凍結させてしまえばいとも簡単に無力化出来るのである。
女から銃を奪い取る。
憎悪の篭った視線を向けられる。
誰を殺したかったのか知らないが、人で溢れるこの場所でそんな凶行を行えば流れ弾が誰を巻き添えにするかわからない。
恨みは無いが、見逃すわけにも行かなかった。
その直後、背後から悲鳴が聞こえた。
振り返ると、イネスが貴族っぽい護衛連れの男を投げ飛ばしていた。
…………ええぇ? 何してんの!?
地に押し付けられた男とそれを上から押さえつけるイネス。
何が起きたのか理解できず呆気にとられる護衛。あと俺。
そんな彼ら目掛け、赤く光る火球が飛来する。
それは、着弾と同時に周囲に熱と炎を撒き散らす火の魔法。
フルグレイがよく使う奴だ。
こんな、街中で破壊魔法!?
大惨事だ!
しかし、それに気付いたイネスが静かに右手をかざす。
そこから青く光る小さな灯りが浮遊し、ふわりと飛び来る火球へと向かい、そして、それに触れるや否や火球はあっさりと消滅した。
『水の精霊じゃな。
流石はエルフ。精霊使役はお手の物と見える』
解説役ご苦労。でも今はそれどころじゃないんだ。
水を打ったように静まり返る広場。
「テロだ!」
誰かがそう叫んだ直後、逃げる人々と悲鳴とで大混乱になった。
「ご無事ですか!?」
俺は必死に頭を回転させ、イネスの下敷きになっている偉いさんに声を掛ける。
「イネス、もう離して大丈夫だ」
「いや、コイツ……」
「離して良い!」
なおも抗議の声を上げるエルフを黙らせる。
一睨みされた後、開放された偉いさんに手を貸して立ち上がらせる。
「何をぼさっとしている!
侯爵、エノア侯爵ですね?
白獅子のデルシアと申します」
背後から屈強な男が俺達に怒鳴りながら、立ち上がらせた男に話し掛ける。
知った顔だったのだろう。
侯爵の顔に安堵が浮かぶ。
「おお、白獅子の! なぜこのような辺境に」
「話は後です。今は避難を。
宿まで先導しろ!」
そう付き人達に怒鳴りつける。
弾かれた様に走り出す付き人達。
「お前らも護衛だ」
そう、俺とイネスに向かい怒鳴る。
……ここは、巻き込まれた方が良さそうだ。
頷いてイネスの粗相を有耶無耶にしつつ、侯爵を庇うように走る彼に続く。
混乱する人波の中、呆然とする花売りの腕を咄嗟に彼が掴み、引きずるように連れて行く。
……あれ?
お仲間?
俺の怪訝そうな顔に気付くと、彼は苦虫を噛み潰したような顔で小さく首を振った。
何か、事情がありそうか。




