勝利の美酒
引きの切らない盛り上がりを見せる酒場の喧騒。
勝利という物は何にも勝る肴であり、戦争が無くならないのは、男共がこれを求めて居るからでは無いか。
などと、酒場の端に座りその光景を眺めながら女はそう思う。
ゴブリンの襲撃を退けた戦士達が、幾度目かの飲み比べを始める中、フルグレイが船を漕ぎ始めたのを見てジェルメーヌは席を立つ。
下品な野次を笑顔であしらいながら、珍しく前後不覚な程に酔った男を回収し店を後にする。
敵を力で打ち負かし、叩きのめし、退ける。
それは、単純で分かりやすい。
だからこそ、手放しで喜べるのだろう。
だが、それをさせないために男は奔走して居た。
誰が敵かを見定め、どうすれば血を流さなくて済むか。
「僕は臆病だから、戦争なんかしたく無いんだよ。
友に手をかける内戦なんて特に」
そう言いながら、武器を密輸して居た貴族に或いはその敵対者の所へ臆面もせずに乗り込んで行く男は多くの敵を作って居るだろう。
それは、単純な戦場より遥かに危険だ。
知らずのうちに背後から銃口を向けられて居るかも知れないのだから。
その時は、せめてその最期を看取ろう。
三食昼寝付きとは程遠い生活をしながら男の側でそんな風に考える様になった。
それは、或いは自らが祖国崩壊の手引きをした事への贖罪なのかも知れない。
何ら罪の無いままに、その祖国を追われ隠遁をして居る王女の屋敷の呼び鈴を鳴らす。
中から教育係兼メイドの女性が現れる。
「すいません。
飲み過ぎた様で、水を一杯飲ませ部屋に放り込んで下さい」
元々はこの男の家の所有物であり、彼の私物が置かれた部屋も存在する。
「ジェルメーヌさんは、どちらにお泊り?
部屋は直ぐに準備出来ますよ?」
「では、お言葉に甘え」
「はい。それまで客間でお待ち下さい」
元々そのつもりで来たのである。
部屋が無ければフルグレイのベッドを使うつもりだった。
その場合、フルグレイは床で寝る事になるのだが。
客間に腰掛け、待つ事暫し。
棚に置かれた高そうな酒が目に入る。
いつか飲んでやろうと屋敷に来るたびに思って居た品。
今がその時では無いか。
そんな風に思いながら、ジェルメーヌは立ち上がりそれを手に取る。
ガラスの瓶に入り、固く栓のされたそれは、見た事の無い文字が書かれたラベルが貼られて居た。
「飲みますか?」
何と読むのだろうかと眉間に皺を寄せて居たジェルメーヌは戻って来たダイアナに声をかけられ肩を跳ね上げる。
「これは、何の酒ですか?」
「何でもエルフの物だとか」
「エルフ? 勝手に飲んで良い物でしょうか?」
「実は……私も狙っていたのです」
「では……共犯ですね」
ダイアナが悪戯をする少女の様な笑みを見せ、グラスを二つ用意する。
ジェルメーヌが栓を開け、それに酒を注ぐ。
「それでは」
「勝利に」
軽くグラスを合わせ、二人は躊躇いもなくそれを口に運ぶ。
「これは……」
ジェルメーヌが目を見開く。
少し口に含んだだけで、今までに口にした事の無い様な複雑なフルーツの様な香りが弾ける。
そして爽やかな喉越しと、想像以上のアルコールの熱が食道を焼き付ける。
「……何とも言えぬ……」
それは、ダイアナも同感だった様だ。
「美味しく……」
「ええ……ありませんね」
二人の口には合わなかった。
せめて肴を、とダイアナが簡単な皿を用意して二人は再び静かにグラスを傾ける。
不味い不味いと言いながら、酒は減って行く。
「フルグレイさんの様子はいかがですか?
風の噂はちらほらと流れて来る様になりましたが」
「なかなか難しい事をして居ます。
一人でも理解者が、味方が増えればと、そう願うばかりです」
「大丈夫でしょう。
彼は味方など居なくても自分を曲げない。
お父上もそうでした」
だからそこ、心配なのだと思い、それは何の心配だろうとふと思う。
酔いを自覚しながらジェルメーヌは話を変える。
「ミラーシャ様の様子はいかがです?」
「やっと淑女らしくなって参りました。
このまま、穏やかに過ごさせてあげたいですね」
「そう言えば、変な話を耳にしましたが」
ジェルメーヌは、町の人が口にして居た何気無い言葉を思い出し口にする。
それに、ダイアナが深い溜息を吐く。
「それは、ヒザマルさんが流した嘘ですね」
「ヒザマルが? アイツは一体何を考えているんだ?」
「いえ、それがですね……」
昼、戦場で男顔負けの活躍をした自称淑女二人の語らいは夜がふけるまで続き、翌朝起きて来た執事のゼンが酔いつぶれた二人と床に転がる酒瓶の数を見て天を仰ぐ事になる。




