魔眼の獣
夕陽が、森を赤く染める。
急ごしらえの見張り台の上から声が響く。
「主よ、抗う力を〈魔除〉」
エリシャの祈りが円を組んだ十人を包み込む。
カトブレパスの邪視に対する守り。
俺が囮として立ち、現れたカトブレパスをマーリーが魔法で拘束。
そこへ七人の冒険者が銃を撃ち込む。
見事カトブレパスを退治した後は、リザードマンの戦士達、三十人がゴブリンへ襲いかかる。
そんな手筈。
『荒いのう』
人も時間も足らないから仕方ない。
「じゃ各自、持ち場に」
俺が顔を見渡しながら言う。
それぞれから了の返事。
なんでか、ここの指揮者にされた。
皆、ギルドのランクはスチールらしい。
他は北へ回った。
その指揮官が囮役なんだから、おかしな話だ。
ま、大将は先頭を行くもんだ。
散会する皆を見送り、森へと近寄って行く。
刀を抜き、敵を待ち構える。
木々が揺れ、奇声が聞こえる。
森の中から矢が飛んで来るが、俺を大きく外れ地に刺さる。
そして、一際大きな魔獣が姿を現わす。
先程見た時は、頭に布を被せらせて居たが今は無い。
血走った目をこちらに向ける。
それは、片目で、ひょっとしたらゼンさんが射抜いたのはこいつの目だったのだろうか。
血走った目が、俺を捉え、一瞬体が掴まれた様な感覚を覚える。
それを振り払う様に体の中から力が滲み出る様な気配。
……長くは持ちそうに無い。
ゆっくりと、後ずさる。
緑のゴブリン共が見え隠れする森の中から完全に魔獣が姿を現した。
「絡みつく黒薔薇」
マーリーの澄んだ声。
魔獣の足元から黒く蔦が伸び、四肢に絡みつき動きを拘束する。
「射て!」
魔獣に向け、刀を振り下ろす。
直後、後方で乾いた音が連続する。
……気持ち良い。コレ。
『阿呆。気を抜くな』
放たれた銃弾が俺の背後からカトブレパスの顔面、血走ったその邪眼へと飛び行く。
しかし、狙いをそれ、あるいは、カトブレパスの皮膚に弾かれた弾丸は俺達の目論見を容易く打ち砕く。
攻撃への怒り、あるいは身を守る為。
カトブレパスは、その身を持って人が魔獣へ向かう愚かさを伝えんとする。
続け様に放たれた弾丸の中で大きく息を吸うのが見えた。
「ヴボォォォォーーーー」
頭蓋を揺さぶる様なその巨大な咆哮に、思わず半歩後ずさる。
体を包んで居た幕が引き剥がされ、極寒の中へ裸で放り込まれた様な感覚。
散り行く力の残滓を夢中で掻き集め、彼我の間へ。
「—————(拒み、弾け)」
エリシャの力を掻き集め、俄かに薄い板を形成したそれは、僅かに咆哮の魔力を遮断する。
直後、いつの間にか掻き消えたマーリーの拘束から解き放たれた両前脚を出鱈目に地に打ち付けるカトブレパス。
その度に、地震の如く大地が揺れる。
……このままでは壊滅する。
カトブレパスの向こう、森の奥で、ゴブリン共がほくそ笑むのが見えた。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……!
揺れる大地を蹴り、カトブレパスの横を抜け森へ。
「————(火よ、散れ)」
すれ違い様にその鼻先へ脆弱な炎を放つ。
緩慢な動きが俺を捉える。
カトブレパスの注意を引き付け、魔獣を反転させる。
森を背にして振り返る。
前面に、怒りを滲ませた隻眼。
背後からは、ゴブリンのざわめき。
片目ぐらいは貰って行こう。
ついでに、ゴブリン共も道連れに。
カトブレパスの眼から魔力が溢れ出る。
刀を上段に。
一気に飛び込む。
盾が砕かれ、体に魔力が絡み付く。
手足が硬く、重くなる。
せめて、果てる前にその眼に刀を突き立てる。
しかし、クソ、一息足らないか?
必死に刀を伸ばす俺の横を風切り音が通り過ぎる。
カトブレパスの邪眼の力が途切れる。
その片目に深々と矢が突き刺さって居た。
一拍遅れ、俺の刀がその瞳を完全に潰す。
「心臓に爪を立て(スクラッチ・コル)」
刀を引いてた所へ、マーリーの魔法が、カトブレパスの両側から現れ、五本の黒い棘がその腹へ深々と突き刺さる。
絶叫が響く。
整息。
跳ね上がる頭へ再び上段から刀を振り下ろす。
「—————(火よ、在れ)」
朱雀の太刀・纏赤竜。
技に竜の魔法を乗せた一撃。
赤く輝く手火丸丸の刃が、カトブレパスの頭部を両断する。
そのまま、体を反転させる。
残る敵は森の中へ潜むゴブリン。
「“来い! 竜の眷属!
醜い森の精を駆逐するぞ!”」
俺の絶叫に答え、三十のリザードマン達が森へ飛び込んで行く。
その怒りは、ゴブリンを悉く狩り尽くすだろう。
「お見事!」
ゼンさんがそう言いながら、細剣を手に俺の横をすり抜けて行った。
続かないと。
追いかけ森の中へ。
粗末な武器と弓矢を手にこちらに向かい来るゴブリン共を仕留めに行く。
◆
冒険者とリザードマンとの連合軍の前にゴブリンの軍団は、壊滅し夜の暗い森の中へと敗走を始めた。
もっとも半数近く石化して居た様だが。
森の中へ五人ほどのリザードマンが追い掛けて行った。
後は任せて良いだろう。
そう思い戻った俺を笑顔のマーリーが真っ先に出迎える。
「お疲れ! 良い囮だった!」
「痛って」
何故、褒めながらスネを蹴る?
「毎回毎回相打ち覚悟は止めようね! 心意気は立派だけど!」
笑顔だが、ちょっと怒ってるな。
「はいはい」
とは言え、判断が間違っていたとは決して思えない。
「生き残ればそれだけ慰め合う時間が増えるんだから」
そう言って片目でウインク。
もう少し、言い方なんとかならないかね。
まあ、わざとだろうけど。
「ヒザマルさん、怪我は?」
「平気」
エリシャに手を上げ答える。
「南が苦戦してるみたいです」
「了解」
南のゴブリンが二百ほど。
こちらの守備隊の倍以上の数だ。
夜と言う不利もある。分が悪い。
闇を苦にせず戦えるのは何故か竜の呪いで夜目が効く俺。
「じゃ、もう一踏ん張り行きますか!」
夜が本領発揮らしいマーリー。
「“我らも行くぞ! 怒りでは無く、主とその友の為に”」
「“恩に着る”」
猛った蜥蜴人。
ゴブリン二百なら十分蹴散らせそうだ。
◆
「あーしんど」
一旦後方へと下り、腰を下ろす。
押しては引き押しては引き。
そんな戦いをゴブリン共がしている所為で、想像以上に時間がかかっている。
既に日は変わった。
「ヒザマル!」
掛けられた声に振り返る。
ミラーシャが水を手に立って居た。
「ありがとう」
受け取り一気に飲み干す。
「……何してるの?」
「後方支援。炊き出しよ」
「ああ、お嬢様まで駆り出されたのか」
姫では不味いが、屋敷に召使い二人と住んでいると言うことでどこぞのお嬢様と言う事になっている。
変な虫が着いたら大変だとダイアナさんが嘆いて居たので、そうならない様な噂を流したら三日三晩淡々と叱られる羽目になったのは良い思い出だ……。
「こうやって甲斐甲斐しく働かないと誤解が解けないのよ!」
頬を膨らませながらミラーシャが言う。
ゼンさんとダイアナさんのお陰で、会った時に比べ大分明るくなった。
たまに無理をしている様にも見えなくもないが。
「ヒザマル!」
上からマーリーの声がする。
背の翼をはためかせ、器用に内股でミニスカートを抑えながら降りて来るマーリー。
それでも俺からは尻が丸見えだ。
全くもって嬉しく無いけど。
「あ、お嬢様。ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう」
ふわりと、何食わぬ顔で地に降り立つマーリー。
そしてスカートの裾を持ち上げミラーシャに挨拶。ミラーシャも笑顔でそれに返す。
これが今の二人の間で流行っているらしい。
心底、どうでも良い。
「どうした?」
「やっぱ、懸念した通りだ。本隊が来る」
「数は?」
「同数。二百程」
「わかった。誰かを報告に走らせてくれ。
俺はリザードマン達を集める。
朝まで持ちこたえれば逃げ帰るだろう」
「終わったら一緒に寝よう!」
「やだよ」
剣の刃こぼれを確認した後立ち上がる。
一晩なら行けそうだな。
手火丸はおいそれと刃こぼれしない素晴らしい逸品なのだか、それだけに頼りきりになる訳には行かない。
「ヒザマル。終わったらご飯食べに来て下さい」
「……喜んで」
例え不味くても女の作った飯は全て口にしろ。
親父の言葉。
その結果、ミラーシャの飯を食べる奴は……いつの間にか俺しか居なくなった。
マーリーが同情の眼差しを向ける。
若干重くなった気持ちを奮い立たせ戦場へと戻る。
◆
「ーーーーー(風よ、巻け)」
飛び来る矢を風が叩き落とす。
「“すまない”」
そうこちらに声を掛け、美人女の戦士、ドドモが斧を手に木をよじ登って行った。
この後、ゴブリンの断末魔が響く。
明るくなり掛けた空を切り裂く様にラッパの音が轟く。
「“退却だ!”」
夜通し、共に戦ったリザードマンの戦士達へ声をかける。
「“無理するな”」
肉体美が艶めかしい女戦士、ダダマが肩を貸してくれる。
太ももを矢で撃たれた。
毒を消し、薬を掛けたが、まだ傷は塞がり切っては居なかった。
……助かる。
…………ドキドキする。
いやいやいやいや。
ヤバいヤバいヤバい。
「“お前の様な戦士は竜人にもなかなか居ない”」
止めろ!
俺の精神を揺さぶるな!
「“抜け駆けは、許さないぞ”」
ドドモまで寄って来た。
「“ならば、三人でだな”」
「“……ふむ。まあ、それも良かろう”」
「“いや、そんなつもりは無いです。
やらねば成らない事が有るので”」
人間、卵、産まない。
「“そうか。お前程の男。
余程の使命があるのだろう。
私の美貌を持ってしても、引き止めるのは難しそうだ”」
「“この体で引き留めようなどと浅ましかったな”」
『勿体無い』
もうやだ。
この呪い。




