新しい生活
暗闇に物音と気配がして、目が覚める。
不味い。
しかし、その思考の直後、体は硬直した。
久しぶりのこの感覚。
「起きた?」
マーリーが居る訳で。
「鍵、掛けてたよな?」
宿も違うし。
「あんなの簡単に開くよ?」
窓を指差しながら悪びれもせず答えるマーリー。
宿の人が聞いたら何て言うだろうか。
「で、何しに来たんだよ」
「うん……」
少し、しおらしげにベッドに腰を下ろす。こちらに背を向けて。
「世界なんて滅んじゃえば良い」
俯きながら、静かにそう呟いた。
「……ずっとそう思いながら生きてきた」
そこで、再び長い沈黙。
「そんな私をさ、守るとか言う奇特なやつがいてさ、なんか変な気分になっちゃって。
こんな……私を」
独り言の様に言って、言葉を止める。
「私、エリシャが好きだ。
初めて、誰かを守りたいと思った。
あー……初めてじゃ無いか。んと、まぁいいや。初めてにしておこう。
とにかく! 一緒に居たいなぁって、そう思ったんだ」
顔を上げ、宙を見つめながら、そう力強く言い切る。
……お前、チョロインだな。
そして、こちらを向く。
「以上。決意表明!」
男じゃ無きゃなー。勿体無い。
そう思わせる程の笑顔だった。
わざわざ、それを言いに来た訳か。
「じゃ、エッチしよう」
「は?」
「もう一回言ってほしい? 何度も言わせたい派?」
ニタリと笑うマーリー。
「いや、お前、エリシャが好きって言ったよな? 今」
「言ったよ! だから大事にしたい! 嫌われたくない!」
「じゃ……」
「それと、欲望は、別だよね!」
金縛りに合い動かない俺の体にマーリーが自分の体を押し付ける。
「何でなのさ……」
全裸のマーリーが俺の上で呟く。
「何で? ヒザマルでも全然良いのに、全然勃たない。おかしいよ!」
知らんがな。
「そろそろ夜明けだ。帰れ。そして、二度と来るな」
「ヒザマルがサービスしてくれないからだよ!」
「しねーよ」
大体、体動かねーし。
動くなら逃げるけど。
「……また、来る……」
不満気にそう言い残し、服を着てマーリーは窓から出ていった。
俺の貞操を守るためにはエリシャに頑張ってもらうしか無いのだろうか。
溜息を吐きながら、剥がされた服を着る。
朝日が昇る。
剣を振りに行こう。
◆
そうして、何度かマーリーの襲撃を受けながらも何もされずに旅は進む。
呪いは、確実に俺を蝕んでいた。
その事に、遅ればせながら危機感を抱くが、だからと言ってどうすることも出来ず。
そうして、一行はオレンと言う北部の都市へと到着した。
◆
オレンと言う都市の郊外にあるお屋敷。
小さいながらも、書斎や礼拝堂もあってヒザマルが目を丸くしていた。
フルグレイさんの家の物で長らく使っていなかったというその屋敷に私は暫く身を寄せる事になった。
「このお二方が、当面ミラーシャの世話をしてくださるゼン・コルバータさんとダイアナ・セニャンサさん。
よろしくお願いします」
そう、フルグレイさんに紹介された。
「ゼン・コルバータです。よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げる痩身で燕尾服の老人。
「彼は、現レーヴ王の教育係でも有った人だ」
「ミラーシャ・フトゥールムです。よろしくお願いいたします」
そして、もう一人、黒い服に身を包んだ老婦人に向き直る。
「ダイアナ・セニャンサです」
「ミラーシャ・フトゥールムです。よろしくお願いいたします」
「もっと顔をお上げなさい。
背筋が曲がっています」
静かな声で、冷たく叱責される。
「すいません」
私をじっと見つめ、そして厳しい顔をして口を開く。
「ミラーシャさん。貴女は罪人です」
それは、旅の間忘れていた事実。
それを再び突き付けられた。
面食らう私にダイアナさんは続ける。
「そして、最早王族ではありません。
貴女を守るものは既に無く、しかし、そのせいで謂われのない言葉を浴び無くてはならない。
それは、とても辛いことでしょう。
しかし、貴女はそれを背負って生きねばなりません。
主は、貴女がそれを背負ってもなお、正しく生きられると、そう言っているのです。
貴女は、それに応えなくてはなりません。
何と言われようと、真っ直ぐに立って生きなさい。
その為に、ここで、もう一度全てを学び直していただきます。
貴女が、この先の苦難を乗り越えていけるように」
「……はい」
王宮を追われてから、生きろとそう言われたのは初めてだった。
思わず、涙が溢れ、止まらなくなった。
「ミラーシャ。涙は女の武器だ。おいそれと使わないようにしろ」
ジェルメーヌさんがそう言いながらハンカチを差し出してきた。
「……はい」
それを受け取り、両目を拭う。
それでも、まだ、涙は止まらなかった。
「女の武器は色気だよね? ヒザマル」
「色気で落ちるような男は所詮それまでなんだよ。な、ヒザマル」
「違います。淑女の武器は知性でございます」
「僕は料理って司祭様から聞いたけれど。どうなんですか? ヒザマルさん」
「結局、顔だよね。ヒザマルちゃん」
顔を上げなくても、彼が狼狽しているのがよく分かる。
顔を上げた私にダイアナさんが優しく微笑みかけてきた。
「さ、あちらに食事の用意がございます。
ヒザマルさんの女性の好みはそちらで聞くと参りましょう」
そう言って、静かに笑いながらゼンさんが全員を食堂へと導く。
こうして、私の新しい生活は始まった。
ダイアナさんは、厳しかったけれど、私を罵倒するような事は無かった。
身の回りの事は、ゼンさんが全て行った。
私も手が空いている時は手伝うようにした。何もできない私に、嫌な顔ひとつせず丁寧に教えてくれた。
剣もかなりの腕前らしく、私と同じくこの屋敷で寝泊まりするエリシャに毎日稽古をつけている。
フルグレイさんとジェルメーヌさんは私達が到着した翌日には既に街を離れ、イニジオ国内をあちこち移動しているらしい。
ヒザマルとマーリーはオレンに宿を取り、日夜冒険者ギルドの仕事をこなしている。
エリシャがそれに同行することもしばしば。
そんな日は決まって屋敷に夜を食べに来てその日の土産話を聞かせてくれる。
ヒザマルの毎朝の鍛錬は続いていて、屋敷の側で剣を振るっている。
起きてそれを眺めるのが私の日課になった。
帰り際に手を振る彼に手を振り返すことが。
静かに、穏やかに、日々は過ぎて行く。
そして、年が明け、季節はもう直ぐ春になろうとしていた。
一章 完




