計画の修正
ヒザマルが夜食も食べずに宿のベッドの上で半ば死んだ様な眠りに落ちた時、フルグレイとジェルメーヌの二人はオーギュスト商会のガラ事務所に居た。
この事務所には、オーギュストの屋敷と繋がる通信機が置かれて居る。
通信機自体は、この世界に置いてさほど珍しい物では無い。
離れて居ても魔力を伝導し、同期する魔道具。
それを利用し、紙に熱により文字を焼き付ける。
しかし、文字を焼き付けるのに時間がかかる事、さらにその文字を焼き付ける為の37文字の文字盤を回転される仕組みが複雑で高価な事、通信相手が限定される事などからその機械はあまり普及して居なかった。
冒険者ギルドや、ファルスト教団など多数の国にまたがり活動をする、もしくは、秘密裏に情報を流さんとする組織などが使用する程度である。
しかし、オーギュスト商会においては事情が異なる。
通常、一文字に十分程かかる印字の時間を特殊な魔法の加工により短縮。
さらに、文字盤の移動も数多の蒸気機械の作成、改良によって得られた知見を最大限に活用し、およそ二十分の一程度まで短縮。
更に、送る情報を文字ではなく符号化する事で一文字最長二秒まで短縮させる事に成功する。
“・”と“—”のみで全ての文字を表現するその通信は在庫状況や注文など予め定めた形式に則った情報を商会内で連絡し合うにはそれで十分なのである。
しかし、それだけでオーギュスト商会は莫大な利益を上げる事に成功していた。
その符号を使い、オーギュストとジェルメーヌは、日常会話と変わらぬ情報のやり取りを行う。
それは、かつて諜報と言う組織で生き抜いてきた二人だから成せる技であった。
「フルグレイ氏。暫く、姫を預かって欲しい。資金は援助はする」
ジェルメーヌが、王子が教団に同行した事、王女を無事イゼリアまで届けた事に対する返答である。
教団が何を考え王子を保護したかわからない以上、王女を簡単に他国へ亡命させる訳に行かなくなった事はフルグレイも同意見だった。
「簡単に言ってくれるな……」
フルグレイは頭を抱えながら呟く。
「それで、橋の件は不問にする。
とさ」
「橋はジェルメーヌちゃんが……」
「何の事?」
わざとらしく首を傾げるジェルメーヌにフルグレイは溜息を吐く。
「了解、と伝えてくれ。
正体は秘匿する、とも」
「優しいのね」
「甘いって言いたいんだろ?」
ジェルメーヌは肩をすくめ、通信機を叩く。
「それで君はどうするんだい?」
「暫くこっちでほとぼりを冷ますわ。
教団に狙われるとは考えにくいけど、戻ってもオーギュストに使われるだけだし」
「じゃ、僕に手を貸してくれよ」
通信機を終え、ジェルメーヌがフルグレイに向き直る。
「高いわよ?」
口角を上げ、挑発する様に言う。
「お幾ら?」
「そうね。三食昼寝付き、そんな生活がしたいわね」
その為に後どれだけ蓄えれば良いだろうかとジェルメーヌは頭の中で算盤を叩く。
「あ、そう。
君さえ良ければ、僕は構わないけれど?」
さも意外そうにフルグレイが答える。
「は?」
その返答の意味がジェルメーヌには全く理解出来なかった。
「まあ、使用人雇う程の稼ぎは期待出来ないけど」
「待て。
意味がわからない。
お前は何を言ってるんだ?」
「え? 三食昼寝付きって、結婚って事だろ?」
「そんな訳無いだろ」
「違うのか」
「どんな思考回路をしてるんだ?」
ジェルメーヌが鼻で笑う。
「いたってまともだと思うけどな」
「この体を見ても同じ事が言えるのかしら?」
ジェルメーヌは、自らのスカートをめくり上げそこにある物をフルグレイに見せつける。
「……すごいね。どうなってるんだい?」
目を丸くしながらフルグレイが問う。
「……口説き落としたら教えて上げる」
「へー。そりゃ楽しみだ」
「……本気?」
「大分、興味が出て来た」
「お前、興味無いのに結婚しようとしてたのか」
「ん、まあ、そう言う事になるかな」
「普通はこの辺で平手が飛んで行くと思うから気をつけな」
「ああ、慣れてるよ。
で、手を貸してくれる話は?」
「……乗りかかった舟だ。王女が落ち着くまでは居る事にする」
「助かるなあ。
僕は先に一度、家に戻り王女の家を手配する。
取り敢えず、みんなでゆっくり北上して来てよ」
「待て、私はこの国にそれ程詳しく無いぞ」
「あー……ヒザマルちゃん……も、怪しいかな。
あれで、かなりのポンコツだしな。
そしたら一人ガイドを手配しよう。
捕まればいいけど」
暫くは子守か。
ここに居ない面々を思いまあ、その呑気な旅も悪く無いなとジェルメーヌは思う。
「ギルドで伝言を送ろう。
その後、一杯どうだい?」
「美味い店なんだろうな?」
「ああ。それは保証するよ」
ジェルメーヌは言われた通り、事務所の金庫から自らの報酬とフルグレイへの王女の援助金を取り出しフルグレイと事務所を後にする。




