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潜水艦での決意

 簡易ベッドに横になったまま、いつの間にか眠ってしまったみたい。

 どれくらい眠っていたのだろう。


 外の光の差し込まない完全に密封された船の中では、時計がないと時間がわからない。

 頭をぶつけない様に気をつけながら、狭い艦内に置かれた狭い二段ベッドから身を起こす。

 そして、下で眠っているエリシャさんを起こさないように気をつけながら寝室と言われた区画を抜け、その横の食堂区画へ。


 この更に向こうが、潜水艦を動かしている蒸気エンジンの置かれた機械区画なのだと館長さんが誇らしげに教えてくれた。


 喉が渇いたので、何か飲ませてもらおう。

 そう思いながら無人の食堂区画へ。


 無人では無かった。


 ヒザマルさんが、四人がけの小さなテーブルに両肘を着いた姿勢で座っていた。

 左手に包み込まれた右手は、指が食い込み真っ白になっている。

 歯ぎしりが聞こえそうなほど奥歯を噛み締めている。

 怒っているのだろうか。小刻みに震えて居るように見える。

 その視線は、一点を見つめたまま動かない。


 思わず、足が止まる。


 彼をあれほどまでに追い詰めて居るのは私達だ。


 そんな私に気付き、ヒザマルさんが顔を上げこちらを見る。


「……ごめんなさい」


 そう口から出ていた。

 私と、弟の所為で。


「え、どうしてですか?」

「……いろいろと巻き込んでしまって」

「いや、そんな事は無いですよ。水、飲みますか?」

「え、ええ。いただきます」


 立ち上がり、飲み物の置かれた棚を開けるヒザマルさん。

 その顔に先程までの怒りは無かった。


「……ソーダ・レモネード……なんだろうこれ。知ってます?」


 問われ、私は首を横に振る。


「酒じゃないよな……」


 そう言いながら、ヒザマルさんは瓶を一本手にとって机の上で栓を開ける。



 突然、ポンと言う小さな渇いた音がして、私はビクッと肩を震わせる。


「びっくりした」


 そう言いながら、グラスに少し注いで味見をするヒザマルさん。

 美味しくないのだろうか。

 少し、首を傾げ考えるような仕草をする。


 手にしたグラスを置いて、棚からもう一つグラスを取り出す。

 そして、そのまま目を瞑る。


 ヒザマルさんの口が僅かに動き、カランと言う音がする。

 魔法だ。

 グラスの中にすっぽりと氷が一つ。

 その上から、瓶の液体を注ぎ込む。


「どうぞ」


 そう言いながらテーブルにグラスを置き、私に微笑みかけてくる。


「ありがとう、ございます」


 ヒザマルさんの向かいに座り、置かれたグラスを手に取る。

 一口、口をつける。


 それは、甘酸っぱい炭酸水。


 口の中で弾ける小さな刺激と、何より氷で程よく冷たくて。

 湿気が多く、少し熱いくらいの艦内ではとても心地よかった。


「美味しい……です」


 顔を上げ、ヒザマルさんに素直に感想を言う。

 そして、彼の目の下にくっきりと隈が浮き出て居るのに気が付いた。


 そう言えば、昨日も汽車の中で寝ていなかった筈。


「ヒザマルさん、お休みになった方が……」


 彼は、少し疲れた様に笑いながら言う。


「いえ、平気です」

「でも、ここでは護衛は不要ですよ?」


 いや、ブリズニツから私を逃した時点で、もうヒザマルさんの護衛の仕事は終わりなのかも知れない。


「……護衛、か。

 王子はお守りできませんでした。

 それどころか、俺すら守られてばかりで……」

「フローは、自らの意思で戻ったのです……。

 気に、なさらないで下さい」


 ファルスト教団の神殿騎士が連れていたのだから、ひょっとしたらあの車椅子に乗って居たのは本当の王妃かも知れない。

 教団の奇跡で、蘇った。

 それならば、弟はそこに居た方が幸せだろう。


 時折、機械の音が響くだけの艦内。


「あの」


 私は、堪りかねず口を開く。


「ヒザマルさんは、レーヴに着いたらどうなさるんですか?」

「俺ですか?

 俺は、もう一度ブリズニツに戻ります」

「え?」


 それは予想外の言葉だった。


「どうしてですか?」

「……そう、約束したからです」


 そう、決意の篭った目で言う。


 ……誰と、どの様な約束があるのだろうか。

 でも、それは私が聞いてはいけない気がした。


 ◆


 ミラーシャは再び寝室へと戻って行った。


 てかさ、良く眠れるよな。

 こんなところで。


 鉄の塊が海の中に潜ってるんだぜ?

 そのまま沈んで浮かばないとか考えないの?

 ここで死ぬとか思わないの?

 バカなの?


『お主、死ぬ死ぬ言う割には肝っ玉が小さいな』


 いやいやいや。

 そう言う問題じゃ無いんだよ!

 何が悲しくてこんな狭い鉄の塊に閉じ込められて暗い海の底で死ななきゃいけないんだ!


 あー!

 考えたらまた震えて来た……。


『小ちゃいのお……』


 うるせ。

 黙れ。


『もう一回あそこに戻るんじゃろ?

 怖がって居てもしょうがないじゃろ』


 怖いもんは怖いんだよ!

 もう一回は関係ないし。


『これでもう一回送って行ってもらえば良かろう』


 は?

 何言ってんの?

 バカ。

 そんなの無理に決まってんだろ。


『頼めば一人くらい大丈夫じゃろ』


 俺の!

 精神と肉体と精神が限界なんだよ!


『……』


 今すぐ、大地の上で!

 横になりたい!

 眠りたい!


『そ、そうか』


 だから、まあ、修行も兼ねて歩きで行く。

 フロウさんが通った山を越えて、そうやって強くなりながら追いかける。


『山? じゃが……』


 ああ。

 もうじき雪が降る。

 だから、行くのは半年先だな。

 ヨルチの墓に花も手向けられる。

 ちょうどいい時期だ。


『…………お主、バカじゃろ?』


 ◆


 翌日、夕方にレーブ南東部の港町、ガラへと到着した俺達はその足で宿屋へ直行した。


 その日は、文字通り死んだ様に眠った。

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