港町の戦い
夕暮れの中、汽車が走る。
目的地である港町セイールへ向かい。
線路は郊外から城塞の上を通り、そして町の中へと続いていく。
港町として栄える町。
俺達が出発したオレルアンより町の街頭に灯りが多く見える。
そんな町を見下ろしながら、蒸気機関車は線路とともに下っていく。
途中に設置された、緊急停車を指示する木製の看板を盛大に跳ね飛ばしながら。
そして、町の中心にほど近い旅客用のセイール駅へ汽車が近づいて行く。
耳をつんざく様な、汽笛の音が鳴り響く。
二度、三度。
セイール駅のホーム、そして、線路の上に神殿騎士団の姿が見える。
しかし、俺達を乗せた蒸気機関車は速度を落とす気配は無い。
再度、汽笛。
身の危険を感じ取った騎士達が線路の上から慌てて退避して行く。
その横を汽車が通り過ぎ、そして、緩やかに減速を始める。
港の程近くの停車場へ。
町に詳しい護衛によると、目的の埠頭まではそこからおよそ三百メートルほど。
陸揚げされ、国内へと運ばれる荷物が整然と置かれているのが見える。
途中の線路が不慮の事故で不通になってしまったので暫く物流は滞留するかもしれないが。
停車場に到着し、ゆるゆると速度を落としながら機関車は進み、そして完全に停止した。
窓の外には、体格の良い労働者がちらほら。
それに混じり、神殿騎士の一団が居る。
その数、およそ二十程か。
中央の駅よりは少ない。
おそらく、合わせても五十は行かないだろう。
護衛役の四人が後ろの扉から客車から降りて行く。
即座に、神殿騎士が幾人か詰め寄るのを窓から眺める。
言い争いが始まったその様子を見ながら通路の反対側に目を向ける。
そちらの方が神殿騎士の姿は少ないが、目指す埠頭とは反対方向だ。
そして、客車に乗り込まんとしている。
「姫君、参りましょう」
俺は、羽織った外套のフードを目深に下げ、そして、椅子から立ち上がりながら同じような格好をしたエリシャに、そう声を掛ける。
頷きが返ってきた事を確認して、客車から外へ。
オープンデッキから、慎重に飛び降りる。
「王子、出てきちゃダメだ」
そう言いながら護衛が寄ってきて、俺達と神殿騎士の間へと入る。
なるべく俯き気味に、様子を伺う。
視界の端に、乗馬した一団を捕える。
エリシャが俺の横へと並ぶ。
取り囲む騎士団から逃げ出す隙を探す。
「フレデリック王子、ミラーシャ王女、主ピエンズの思し召しにより、お迎えに参上致しました」
マントをしたこの場の責任者と思われる男が恭しく片膝を付き、頭を下げる。
その奥に、車椅子に乗った婦人の姿がある。
顔はつばの広い帽子に隠れ全く見えないが。
更にその向こうを、騎馬が四騎、襲歩で走り抜ける。
「フロオウ……」
突如、その車椅子の婦人が静かに声を出した。
とても、小さいその声は、心を鷲掴みにするかのように冷たく悲しい。
全身を悪寒が包み込む。
騎馬の一頭が、手綱を急に引かれ立ち上がる。
その上でフレデリック王子がこちらを呆然と眺めていた。
跪いていた神殿騎士が、一気にこちらへ飛び掛かって来る。
避けようと動くが、その手がフードに掛かり素顔が顕になる。
偽物と気づいた騎士は振り返り、本物の王子を見る。
「早く行け!」
完全に馬を止めたフレデリック王子を怒鳴りつける。
しかし、フレデリック王子はその場で下馬し、こちらに歩み寄って来る。
隣のエリシャが、静かに剣を抜き成り行きを見守る騎士の喉元へと剣先を突きつけた。
全く気づかない程、静かに、早く。
「神殿騎士副団長アエリア。主の教えを捻じ曲げる、お前の野心もここまでと知れ」
「……誰だ? 貴様は」
「ノイセンの不名誉、晴らさせてもらいます」
「な、に?」
よくわからない展開の隙を見計らい、地を蹴る。
そして、王子の元へ。
「お母様!」
王子が叫ぶ。
「フロオゥ……」
再び冷たい声。
全身が総毛立つ。
「フロー! あれは、母では無いのです!」
ミラーシャが、馬上から叫ぶ。
俺とエリシャが王子、王女に扮して神殿騎士団を引きつけ、その隙に本物が船へと乗り込む。
その作戦は、完全に頓挫した。
取り敢えず、王子を逃がさないと。
そう思い、神殿騎士の連中の間を抜け王子の元へ。
「早く……」
逃げろ。
その言葉は続かなかった。
走りながら王子を担ぎ上げようと近寄り、王子に手をかけた瞬間、景色が反転した。
気付くと地に転がって居た。
何が起きた?
王子に、投げ飛ばされたのか?
それを理解する前に顔を踏み付けられた。
「王子に手を掛けるとは随分と不届き者だな」
その声はフレデリックの物。
辛うじて見える足もフレデリックのそれ。
「ヒザマルさん!」
ミラーシャの声の後、足が退かされる。
そこに居たのは確かにフレデリックだ。
「姉上、こんな下賤を気にかけるなど随分とお優しい」
そう言って、俺の脇腹を蹴り上げる。
「かはっ……」
衝撃で息が止まる。
身をよじるが、今度は背を蹴られる。
「止めてぇ!」
ミラーシャの叫び声。
「目を焼く光」
フルグレイの声と共に世界が真っ白に染まる。
必死に体を転がし、なんとか体勢を立て直す。
片膝を付きながら、刀に手を掛ける。
脇腹が、痛い。
折れたか。
満足に動けそうも無い。
そして、斬って良いのか?
『斬らんと、殺されるぞ。
不法のアムプリエルの目覚めじゃ』
またかよ。
『それとあの騎士は空襲のハマリエル、それから座ってる者もじゃ』
視界が徐々に色を取り戻して行く。
「うわぁぁぁ」
誰かが、叫び声を上げた。
不法のアムプリエル。
フレデリック王子の顔をしたそいつは、四本の腕と六枚の翼、更にその背に車輪の様な物が浮いて居る。
「王を見てその様な声を上げるとは。
不敬だな」
アムプリエルが、尻餅を付いた神殿騎士へ右手を翳す。
背の車輪が上空へ浮かび上がり、そして、落下しながら神殿騎士を真っ二つにする。
その様子に、あちこちから悲鳴が上がる。
蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す騎士達。
しかし、次々と車輪の餌食となって行く。
「素晴らしい……」
そう呟きを漏らしたのはエリシャと向かい合って居た騎士。
エリシャが、繰り出す剣を捌きながらアムプリエルを眺める余裕を見せる。
「こっちを、見ろ!」
エリシャが叫びながら飛びかかる。
『あれも不味いの』
何が?
『あの盾も星輝石じゃ。
あのままだと力に飲み込まれ異形と化すぞ』
デュラハンの盾か!?
装飾の緑の宝石が淡い光を放って居る。
『封印せい』
クソ、簡単に言いやがって。
深呼吸一つし、力を集中させる。
意識をエリシャの石へ。
「―――――(抑え、包み込め)」
エリシャの盾に嵌め込まれた緑の宝石が一度、小さく弾ける様に光り、輝きを失う。
同時に力も失くしたのだろう。
エリシャの顔に戸惑いが浮かぶ。
その腹をハマリエルの剣が薙ぐ。
金属音を響かせ、そして、エリシャが弾き飛ばされる。
ジェルメーヌの放つ弾丸がハマリエルを襲う。
俺は立ち上がり、そして、アムプリエルへと剣を向ける。
フルグレイが馬を駆り、地に倒れたエリシャの元へ。
アムプリエルの車輪が飛んで来る。
刀で流し、辛うじて直撃を避ける。
衝撃が脇腹に響き、激痛が走る。
「退くぞ!」
ジェルメーヌの声が響く。
フルグレイがエリシャを馬に乗せるのが見えた。
「逃すとお思いか?」
そう言ったハマリエルの背から、翼が現れ空へと浮かび上がる。
「行け!」
そう、叫び声を上げその騎士へと飛びかかる。
まるで力の入って居ない無様な剣術で。
「ヒザマルちゃん!」
フルグレイの声。
しかし、返す余裕など無い。
左手で行けと言う合図を送る。
アムプリエルはいつの間にか俺達に興味を無くし、車椅子の元で両膝をついて居る。
この騎士、空襲のハマリエルだけ止めれば良い。
そのハマリエルが俺を見て笑う。
「その力、世界を正す為に使わないか?」
首を横に振る。
それだけで、腹が痛む。
脱力して、刀を立てる。
「そうか。残念だ」
上から、体ごと剣が振り下ろされる。
紙一重。
それを躱わし、そして刀を振り下ろす。
青龍の太刀。
相手を袈裟斬りにするその一撃は、狙った物では無く、これしか出せる余力がなかったからだ。
だが、火手丸の刃は相手の肩を浅く斬る。
それだけだった。
それは致命傷には程遠く。
……ここまでか。
後疵、逃疵なり。
最後は正面から。
四人は無事に逃げおおせただろうか。
ハマリエルが肩を抑え、少し離れる。
僅かに怒りをにじませた表情でこちらを睨みつける。
直後、上から何かが落下してハマリエルを地面に押し潰した。




